37終止符
挑戦的に笑う顔、拗ねてみせる顔、
怒った顔、呆れた顔等々……
全部君の見せる顔は見たつもりだった。
そのどれとも属さない初めて見る顔。
こんな風に自嘲気味に笑う彼など
―――見たくなかった。
「ダミーだと知ったからこそ……」
四堂君がポソリと呟く。
「そこまでして俺を退けようとしてるの
分かってるのに、どうしろと?」
彼は俺をみているようで
何処か虚ろな目をしている。
いや、僅かに逸らせた視線が
そんな風に感じさせてるだけかもしれない。
暗い部屋を背に右手で扉を抑えて
半身だけを覗かせる彼とコートを着たまま
廊下で話す俺。
幸い誰かが通る様子もない。
「俺ね……貴方と初めて会った頃、色々悩んでて
自分の事、家族の事、これからの事で
頭が一杯ではち切れそうだった。
貴方に随分振り回されたけど
巻き込まれていくうちに次第に
考え過ぎることが馬鹿馬鹿しくなって、
随分楽になった。
実際かなり救われてましたよ、俺。
そのうち貴方が傍にいるのが当たり前になって。
いつの間にか待つようにさえなっていた。
特別な存在だと気付いたのはその頃から……」
彼は此処で微かに口角を引き上げ、
そしてすぐに又、表情を消してしまった。
「でも、桐江さんは俺だけの人じゃなくて
というか、そもそもゲームの一環で
俺と接してるだけ。
決して同じ思いでいる訳じゃない。
飽きたら俺の前からいなくなってしまう人なのにね。
女の子が好きなのも知ってたし、
男に興味ないことも分かってた。
ましてや年の離れた俺なんか
そんな対象になれる筈もないくらい。
レイは口にこそ出さないけど
俺に貴方は無理だろうと。
でも、それでも何もせずに
諦めたくはなかった。
もし、俺が子供じゃなくて
もし、俺が同じくらいの大人になれば
もしかしたら、貴方の気持ちも変わるかもと。
どんな問題でも解ける自信あるのに
貴方に関しては全然ダメで。
啖呵切ったもののホントはまるで
自信なんかありませんでした。
ねぇ……桐江さん。
俺の事、そんなにイヤでしたか?
何で分からなかったんだろう。
……嘘を付かせるまでとか
俺も大概、鈍いったらないな」
「本気で言ってるの?」
俺は自分の浅はかな行為を恥じつつも、
まだ何処かでこれも彼の演技ではないかと
疑念を捨てきれずにいた。
―――そして、そう思うからこそ
彼の最後の言葉に繋がったのだと思う。
「……最後の最後でその言葉は堪えますね。
桐江さんは分かってない、何も。
貴方は俺の初恋でした。
俺がどんなに貴方を好きでたまらなかったか、
でも結局……何一つ伝わらなかった」
「!!!!」
いつも強気な彼の瞳から雫が零れた。
「四堂君……っ!?」
違う。
「諦め……ま……す。
もう俺、これ以上……無理だ。
頑張っても頑張っても……ならもう……
――だって、
それが貴方の望みなんでしょう」
これが演技なんかであるはずがないのに。
「し……それは……」
俺は最後の最後まで彼を信じて
やれなかった。
純粋な性格を知っていたのにも
関わらずにだ。
しかも―――
よりによって一番汚いやり方で
彼に止めを刺しておきながら、
ノコノコと現れて彼の状況を見よう等と
どれだけ悪質極まりないのか。
俺は最悪の人間だ。
「今まで迷惑かけて……スミマセン。
でも、ご心配には及びませんよ、
『Updraft=Faust』の代表として
今後も御社との取引は続けます」
「待ってそんな事!心配なんかしてな……」
「ただ、俺は流石に貴方と一緒にでは
仕事にはなりそうにないから
今後、一切をレイや他の社員に任せます」
俺の言葉は最早、四堂君の
耳には入ってはいないらしく
あたかも用意された言葉の如く
淀みなく彼の台詞は続く。
「日本にはもう当分戻ることもなければ
二度と貴方にお目にかかるつもりも
ありません、約束します。
本当に……今まで本当にスミ……セ
……ンで……し」
「し、ど……」
最後は言葉に詰まったけれど
それも、きっと言おうと
決めていた言葉なのだと俺には感じた。
扉を彼が閉める直前、頭を少しだけ
上げた顔は大人びた小さな子供に見え、
無理して笑いそこねた顔は
俺なんかより余程大人にも映った。
今、
――抱きしめたい衝動に駆られたのが
例え錯覚じゃなかったとしても、
彼の心は既に答えを出している。
これで……
やっと不可解なゲームが終わる。
賽を投げたのが俺なら、匙を投げたのも俺。
再戦を切り出したのが彼なら、離別を切り出したのも彼。
勝敗もつかず、
勝者も敗者も存在しない不毛なゲーム。
そう単にゲームが終わりを告げただけ。
それだけ――
この感覚の所在を考えるなと
自分に言い聞かせるのに必死だとか、
胸に激痛が走ったけど
この痛みの意味とか
考えてはいけないことで。
目の前で閉じられた扉は
二度と開くことはなく、
関係を断ち切るのにはうってつけの
代物であって易々と
開けて良いものではない。
だって、
これが俺の望んだ事、
…………だった、筈だろ。




