36四堂君
「まだ帰国してない?四堂君が?」
『あー心配で一人でアメリカに
帰せないとかで零一が足止め掛けてる。
お陰で付きっきりだから
家にも戻って来ないんだけど?』
まるでお前のせいでと言わんばかりに
恨みがましい石川の声が
電話の向こうから聞こえてくる。
“お前と同様ボーヤの方も
相当荒れてるらしいぜ?”
帰国させれないほどの状態って、
まさか……俺の所為で?
「自宅は?家族がいるよね」
『家に戻ればボーヤが家族に
気を使うだけだから却って逆効果だとさ』
「…………」
四堂君は幼い時からその才能ゆえ
英才教育と称して両親と離れて
祖母たちのいるアメリカに渡米していた。
両親と過ごす時間が極端に少なかった為
彼は親への甘え方を知らずに育っている。
実際、両親はとても良い人達で
双方に別段確執があるわけじゃないけど
彼自ら距離を置き、どこかぎこちない。
それは今もって変わらないようだ。
……事情をよく知ってる
零クンだからこその判断だと思えた。
『本当はさぁ、この事お前には言うなって
零一に言われてたんだけどなぁ。
もうかれこれ十日も帰って来ないんだぜ』
俺は外回りを一件明日に見送って
とあるマンションのとある一室の前に
立っていた。
初めて訪れた建物は今風のモダンな
感じではあったけど単身者向けの
こじんまりした造りだった。
以前、正体を明かされてから
貰ったプライベート名刺裏の
手書きで書かれていた実家とは別の住所。
実家から一駅離れた場所にある此処は
両親には内緒で、
確かベレスフォード氏名義になってると
聞いた気がする。
昼間のこの時間を狙ったのは
零クンが学校に行ってると
踏んでの事だった。
何度かチャイムを鳴らして出てきた彼は
俺を見るなり
これ以上ないくらい目を見開いた。
「何……で」
「帰国してないって聞いたから、
その……心配になって」
「しんぱい……?」
小さく四堂君は俺の言葉を
繰り返すように呟く。
それはまるで意味の分からない単語を
子供が繰り返すソレに似ていた。
「俺を?なぜ?」
全く抑揚の無い声。
「心配するよ、だって……」
“友人だから”という言葉が続かない。
「……なぜ、来たんですか?」
意識的が或いは無いのか
まるで感情とういうものを感じない
言い方って多分こういうのかもしれないと
俺は初めて認識した。
四堂君はただ
壊れたゼンマイじかけの人形のように
“なぜ”
という言葉を繰り返す。
「四堂君?」
「何故……彼女いるのに?」
彼女というフレーズが
胸をチクリと刺した。
「彼女の件は違うんだ、アレは
本当は……その、嘘で、えと」
アッサリ自分でバラしたのは
今の彼を目の前にして咄嗟に
嘘を突き通せなかった。
それ程、四堂君の様子が変だった。
「だから?」
「じゃ、やっぱり零クンから
それも聞いていたんだ?
でも今、知らないフリを何故?」
「何故?それを貴方が聞くんですか?
こ・の・俺・に?」
「…………」
言葉を明確に区切り言った彼と
この時、初めてまともに目が合って
思わずたじろいでしまった。
それは彼はまるで見たことがない表情を
見せたからだ。




