34傍観者
「見ぃーつけたっ!」
照明を極限まで落としたバーに
場違いの声を出して現れたのは
石川だった。
「良い所で飲んでんなぁ~
お前さぁ、携帯電源切ってるだろ。
会社に電話して先輩とやらに
心当たりの場所数軒教えてもらって
4軒目にして漸くヒット。
てか、あの阿部サンって人、
阿部センの息子だって?ちょっと驚いた」
苛つく程のテンションの高さは
絶対ワザとだろう。
「悪い……いま誰とも話したくない。
それと他の人に迷惑だから声落として」
よりによって石川とか。
今の気分に最もそぐわない人物の登場に
更に気持ちが落ち込む。
「ヤケ酒かぁ?良いねぇ~」
若干声を落としたものの
小馬鹿にした言いまわしで
石川は横の席に座ると
ホットウーロンをオーダーした。
「石川、今日は遠慮して欲しい。
お前を相手する気分じゃないんだ」
「あ、そう。OKOK。
俺は頗る気分が良いから
お前を肴に飲ませてもらう」
「じゃ俺が帰るよ」
「待て待て待て、ツマミが無くなったら
美味しく飲めないじゃんか」
――酒じゃないだろ、ソレ。
「いいザマだな」
余程上機嫌なのか鼻歌交じりに
俺を見遣って文字通り肴として
お茶を啜っている。
「…………」
つくづく悪趣味。
「悪いが良い気味だと思ってる。
いーっつも余裕しゃくしゃくでさ、
昔っからずっとその鼻へし折って
やりたいって思ってた」
(そうなんだ……知らなかったよ)
「いつも相手が自分に夢中で
お前の言動一つで動揺をみせるのを
高みの見物してやがったくせに
逆の立場になった今はどんな気分だ?」
相変わらず俺と四堂君のこと
石川にはだだ漏れ状態か。
「お前、まともに恋愛とかした事
ないんじゃね?
付き合った人数は確かに
多いかもしれないけど、
真剣に誰か好きになったことないよな。
カラダの付き合いだけだろ。
だからさ、代わりならいくらでもいると
思って簡単に別れられるんだ」
「いくら何でも言い過ぎだろ」
「アレ、違ったか?
どっちにしろあのガキの方が
よほど恋愛を知ってるよ」
「……彼が女の子ならとっくにモノにしてる」
「俺さ、そこが分からない訳。
なんでそう男だからってトコに拘んの?
お前貞操観念めっちゃユルイくね?
散々そういうのしまくってたくせにさ。
ケチケチしないで一回くらい
寝てやればイイんじゃん、
向こうだって気が済むだろ」
「四堂君相手にそれは出来ない」
「何で?」
「……お前には関係ない」
「ハイハイ、出たよ‘お前には関係ない’
俺にあの子を巻き込むなとは
よく言ったものだ。
本来なら小学生の時に
とうに終わっていた話を
此処まで引きづらせたのは
お前自身じゃないのか?」
口調も先程までとは違い
小さく落としたモノで、
石川らしからぬ至極まともな意見に
俺は黙るしかなかった。
「お前、もしかしてガキに自分のお株
取られてムカついてんの?
それとも自分に純真無垢に好意を
向けてきたと思っていた奴が本当は計算高く
お前を落とそうとしていたことか?
……それとも
自分が本気になりかけてたのに
騙されたらとでも――」
「石川っ!」
さっきの仕返しとばかりに
石川はお静かにと添えて
自分の口に人差し指を立てた。
「なぁ知ってる?
人って色んな時に怒鳴るけど
その一つには……図星を指された時、
ってのもあるってさ」
「…………」
「お前と同様ボーヤの方も相当荒れてるらしいぜ?」
「――え」
「零一が手に負えないって泣きついてきた」
成程それでお前が動いてるのか……
四堂君――
最後に見た彼の表情が
頭から離れない。
そこから何の感情も見て取れなかった。
「お前相手に向こうも必死だったんだろうよ。
そんなのも分からなかった?
随分余裕無いんだな、お前」
石川は俺を横目で呆れた様に睨む。
「そうせざるえなかった真意が
何かくらい考えてやれば?
お前と違って
根っからのタラシでもなけりゃ
からかって馬鹿にした訳じゃなし
恋愛上手とか自負すんなら
もっと上手くやれって話」
「――石川……」
「言っとくが俺はどちらの側にも
つく気はサラサラ無いし、
正直どう転ぼうと知ったこっちゃない。
単に面白がってる、一傍観者だ。
そこんトコお忘れなく」
言われなくてもそれくらい分かってる。
俺は目の前にある気泡の飛んだ
ぬるい酒をグィと口に含んだ。
この酒、こんなにマズかったっけ?
「……石川、あの話乗るよ」
「お、良いね~
まだまだ楽しめそうだ」
石川は上機嫌でウェイターを呼び
今度はジンジャーエールをオーダーした。




