33無表情
「一体いつから……そう思っていたんですか?」
「それは……」
それは、俺自身でもはっきりはしない。
いや……それでも本当の事をいうと
ついさっきまでは疑惑に過ぎなかったよ。
ただ、違和感がどうしても拭えなくて
それを決定づけたのがホテルでの一件だった。
調教も何も……
カマをかけただけ。
レイ君が簡単に履歴
見せるわけ無いのに。
もし仮に俺が頼んでもきっと
それは君が絡みだと気が付いて
何かしらの言い訳でもしながら
君にまず確認を取るに決まってる。
それこそ君の不利益にならないように
細心の注意を払ってね。
あの子はどんな立場にあっても君を
裏切るようなマネはしないだろう。
「普段君ら二人だけの時、
英語で話してるよね。
君が本当に俺にその内容を
聞かれたくなかったら尚の事、
あの時に限ってわざわざ電話で
日本語を使う意味がない。
もしあるのだとしたら
理由はただ一つだけ」
俺に聞かせる為――違う?
俺の言葉に四堂君は目を細めた。
二面性を見せる彼の言動は
無意識なものだと思っていた。
初恋によくある過去の幻想と
現実の俺に対しての不安と苛立ちに
よるものだとの思い込みがあったから。
……実際それもあったかもしれない。
「俺ね、君みたいに頭は良くないけど
恋愛事に関してだけは経験上、君より上だよ」
日にちが経ち仕事に没頭するほど
妙に頭が冷静になっていった。
俺は肝心な事を忘れていたんだ。
君がもう‘子供じゃない’って事をね。
“接待”とまで口にしておきながら
あんなチャンスをみすみす見逃すだろうか?
俺が逆の立場だったら?
その答えは自ずと出てくるというのに。
――あの夜は、
おかしいと思える余裕はなかった。
それどころか…………
そしてこの前の夜、寒そうな君をみて
もう良いかとさえ思ってしまった。
だから敢えて口にした。
――否定して欲しかったからとか、
口が裂けても言うつもりはない。
「桐江さんこそ、俺が部屋に
戻って来た時……寝ていなかったのでしょう?」
「分かっていたから言ったんだろ。
実業家どころか役者にだってなれるよ」
「…………それはお互い様でしょう」
彼は再び微かに笑った。
だけど――俺が予想していた笑い方と
まるで違っていて耐え切れず
視線を外してしまったのは俺の方。
「だって普通じゃ物足りないんでしょう?
正攻法じゃ軽くあしらわれるだけだと
何度も思い知らされてきた。
こういう駆け引きめいた
事でもしないと俺の事見向きすら
してくれなかったじゃないですか。
好きならどんな手でも使いますよ、
当たり前でしょう、
それはそんなにいけないことですか?」
「だから俺には通用――」
「半歩って事は手応えはあった、
そう解釈しても良いんですよね」
「…………!」
笑うのでもなく怒ってるのでもなく
ただ無表情で言う四堂君に
俺は何も言い返せなかった。
四堂君が帰った後、
そのまま家に戻る気がしなくて
俺は目的も無くフラフラ歩いてると
誰かに人にぶつかった。
「もう!痛いわね。
ちょっ!?イイ男じゃん、何?今のナンパ?」
「スミマセン、ちょっとボーっとしてて」
「良いって~、ねぇねぇ遊ばない?」
「そんな気分じゃないんで」
それでも腕に絡めた手を離そうとは
しない女性にイラついたのは初めての事で。
ましてや、
「……いい加減、離してくれない?」
こんな風に冷たく言える自分が
信じられなかった。
「ちょっと顔が良いからって
調子に乗んなッ!バーカ!」
女は捨て台詞を吐いて人混みに
紛れて行ってしまった。
調子に乗ってる……
ホントそうだ。
「……クッ!!」
力任せに街路樹脇の壁を叩いた拳には
薄っすら血が滲んでいた。




