4知名度
道理で知らないはずだと
遅めのランチを取っている時、
多分何度か注文するのをみたことがあるから
お気に入りなんだろうスモークサーモン&
クリームチーズベーグルを
ふた口程食べた辺りで阿部先輩が呟いた。
先輩の言い分は尤もだった。
と言うのも、
例の依頼主の会社名『トリガーK』は
全くもって知名度ゼロ。
いや、だから別に新規とか知名度が
どうのっていうのはどうでも良いと
いってはなんだけど問題はそこじゃなくて。
話題の焦点はそこが
とある外国企業の別名であり、
わざわざ日本進出に向けて
初めて登録された社名だという事にある。
更に言うなら更に一番しっくり来ないのが
元々の企業名を伏せていた点だ。
「故意に隠してたって事ですか?」
俺もアイスティーを飲みながら聞き返した。
「――としか思えないんだよなぁ。
まぁ真実はどうか知らないけど、フツー
実績あるんだしそれを前面に
押し出す方が楽だろ?
それにだ、ちょっと調べれば分かるのに
こっちが切り出すまで向こうからは一切
明かさないとかおかしいだろうが」
「……ですね」
そう――
この会社には本来の名前がある。
しかも唯の会社じゃない。
実際、その名が分かった時、
歓喜のどよめきが社内で上がった程だった。
理由はメデイアにも何度も取り上げられ
日本業界内でもその知名度は高く、
動向を注視しされている
世界的に有名企業だったからだ。
本来の名で最初に接触をされていれば
対応はまるで違うというのに。
相当なネームバリューを
持っているのにも関わらず
敢えて全くの別会社として依頼をしてきた。
分からない……。
日本で別名を名乗るのはいいとして
初めて契約をしようとする相手側に、
この場合親会社といっていいのか
分からないがその名を
伝えないというのが解せなかった。
どう考えても隠す利点など皆無。
しかもこちらが本国での会社名を確認すると
アッサリ認めたのだという。
それなら最初からそういえばいいものを
一体何を意図してそうしてきたのか
皆目検討がつかない。
本国での社名は『Updraft=Faust』
三年前に数人で立ち上げたベンチャー企業。
構成メンバー、会社の形態から
外資系というより外国企業に分類される。
昨年度の公開純利益はとても
新会社とは思えないほどのモノで
それもこれも初めて開発したという
システムソフトの成功に起因していた。
更に二年前に制作したソフトDLは
全米においても今なお記録更新中で
今期一番の注目株となっていて
その評判も上々。
そして、その戦略方法もこれまた独特。
高校、大学等の学生中心の参加型形式で
学生ならではの発信機動力に重点を
置き少したニュアンスが違うが
しいて言えば一種のオンライン商法に
近いかもしれない。
そのユニークな方法は今
学生の間で爆発的人気なのだという。
こういうやり方をしている
最大の理由及び話題性がここにあり、
それはこの会社の社員の殆どが
若干十代の現役学生。
つまりその特色の利を
存分に生かした手法だと言える。
十代で起業し加えて堂々たる実績を残し
アメリカンドリームを実現させた
今や学生憧れの企業だと言い切って
過言じゃないだろう。
その総資産額からみて
なるほど、日本企業では有りえない程の
契約金が破格なのも今なら頷けなくもない。
そんな会社が数多ある同業種の中、
うちを名指しだったといから
驚きと共に疑念も湧いた。
先輩から何故自分達の会社なのかと、
かなり上層部がリサーチに時間を
掛けていたようだと後から聞かされた。
リサーチの結果がどうだったか
その結果は知らされていないけど
異例であることに変わりない。
そして無論そう思うのは、うちだけでは無く、
他の会社の広告代理店、特に大手ともなれば
それ以上だ。
「どんな手を使って契約取ったんだ?」
とあからさまに聞けない代わりに
色々と嫌味とも取れる言い方を
されたっけ。
この話題性に事欠かないこの企業に
何処もお近づきになりたいという
気持ちは当然だろう。
だからこそ、
“何故、当社に契約を持ち掛けてきたのか?”
……実際はこっちこそ、
その理由を知りたいと思ってるとは
流石に口が裂けても言えない事だったけれど。




