3契約金
「お早うございます」
「お~桐江!お前こっちな」
その日会社に着くなり阿部先輩に
大声で呼ばれ手招きをされた。
阿部さんは俺より二年先輩で
新人研修から仕事のノウハウや
得意先回り、対クライアントの癖や
人となりを教えて貰った。
面倒見が良くてよく飲みとかも
連れて行ってもらう。
仕事もできる一番尊敬する先輩だ。
最近では一人で飛び込みとか
つきっきりではなくなったけど
この仕事はチームで
実際は動くことが多いから
今でも一番近しい関係である事には
変わりない。
「ハイ?」
課長のデスク周りには数人の人だかり。
今って特に急ぎの案件抱えてなかった
はずだけど……
「何かあったんですか?」
「あった、あった」
その陽気な感じからは深刻さはうかがえない。
「何か面白い会社でさ。
交渉前に向こうが契約金提示してきたんだよ」
「え?まだ取引実績も無いのにですか?」
「しかも、破格。凄いぞ、見てみ」
契約金は依頼されてからどういった
キャンペーンを組むかとか
散々議論するのに……プレゼンとか
何もやる前に契約金?
予算を提示してくるのは
あるけど、全く今まで取引も
したことのない会社相手にいきなり?
前代未聞じゃないかな。
少なくとも俺は未だ聞いたことがない。
しかも……。
「これ、マジでですか?」
提示されてる金額に又驚いた。
たかだかといっては御幣を生じるが
この手の広告内容にしては
その金額はどうみても相場より
一桁多い。
「ミスプリとか……」
「無論確かめた。向こうの担当が
間違いないと言ってきた」
チームが浮足立ている理由はこれか
にしても……。
「聞いたことが無い社名ですね」
「ああ。今リサーチかけてるトコ。
書面上から見て正式な依頼だとは
思うけどさ、まぁ用心に越したことは無いしな」
新規開拓は結構だが、怪しい業者に
当たりたくないというのは何処も
一緒で検討していますと返事を
しつつ、裏で目下この会社の徹底リサーチ中
との状況を教えてくれた。
「もしこれが当たりなら
スゲー良いクライアントだぜ、桐江」
「ですね。で、俺の役割は向こうの
広報担当と会う事ですか?」
「うん、話が早くて良いね」
「でも俺で良いんですか?
あ、胡散臭いから誰も行きたくないとか?」
「違う違う。相手の会社とか規模は
もう調査済で、確かに存在してるし
実績の把握もしてる。
今リサーチしてるのは別件。ちょっと
気になることがあって更に調査中って訳」
「はぁ」
何か不思議な言い方をする。
会社も実績もあるなら
他に何が問題になるというのか。
新規は別にこの会社だけじゃないのに
とは思いはしたが、まぁどっちみち
俺が向こうと直接会えば
分かることだし、会社から行けと
言われれば従うのみ。
それ以上の詮索は無駄だとし追求はやめた。
「この会社の担当、俺がお前を推薦した。
見た目優男のくせに
度胸あるし、期待してるんだよ」
「ありがとうございます。
勿論行きますよ、先輩の顔を潰したりは
しませんから安心して下さい」
「流石は桐江、よく言った。
お前、俺が教えた中で一番の出来だから
同期に鼻が高いぜ」
そう言いながら俺の頭をガシガシ
撫で回した。




