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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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「次の子は四百年後くらいだったかしら。これがまた一悶着あってね。その時に現れた聖剣を抜いたのが女の子だったの」

「マリコさんみたいな女騎士さん?」

「いいえ、魔物どころか虫も殺せないような小さくって儚気な少女よ。またもその時の王やら側近達は頭を抱えちゃってね。まさかそんな子に魔物討伐に行けだなんて言えないもの。困り果てて最後は神頼みよ」

 ユリスよ、貴方がこの子を聖騎士にと選んだんですよね、だったら責任取ってください。この状況どうにかしてくださいって儀式を通して詰め寄ったわけね。

「現れたのは腰にカタナって呼ばれるちょっと変わった剣を持った青年だった」

「花婿だったの!?」

 はわぁ、本当にいたんだ男で連れて来られた人。刀を持ってたって事はお侍さんか?

「ちょっと変わった子でね。聖騎士の女の子を逆に主君に据えて彼女の為に剣を振るうって、聖剣を握って自ら魔物討伐に出向いたわ」

 武士だ。モノノフだ。この世界でのラストサムライは間違いなくその彼だな。

「強かったわよぉ、押し寄せてくる魔物をバッサバッサとなぎ倒していって。あっと言う間に世界は平和になったわ」

 花婿はチート設定だったんですね理解。


 しかしですよ。過去二人の話を聞いてみて疑問に思ったのですが。

 何故私が連れて来られたのか? ほんともう当初からずっと言っておりますが、謎は深まるばかりです。

「ねぇハルちゃん、前の二人の共通点って何だと思う? それが彼等が選ばれた理由よ」

 最初の少女と二番目の青年の共通点。何だろう? 性別は当然違うし、多分向こうで生きてた時代も全然違うと思うし。男の人は日本人だろうけど今の話じゃ女の子の方はどうか分からない。

 遣り遂げた功績もバラバラだ。彼等がやった事、か?

「求められた事を忠実に遣り遂げた……?」

「そう、正解よ」

 フランツさんが言っていた。聖騎士が求めた通りの人をユリスは遣わすって。要求をきちんと実現出来る人しかこちらには来られない。

 二人は自分が求められた働きを理解し、その通りに働いた。

「結局振り出しに戻っただけじゃんよー!」

 テーブルに突っ伏した。ディーノは「魔に打ち勝つ術を持った者を」と願ったという。そして落っこちてきたのが私。ハッキリ言ってお呼びじゃないよね。何かの手違いとしか考えられないんだよね。

 もうユリスとやらをここに呼んで、正座でもさせてちょっとどういう事なのと問い詰め経緯を説明してもらいたいものだ。

 実はウッカリ連れてくる人間違えましたテヘペロとか言いやがったらグーでぶん殴ってやるんだから。

 

 ぽんぽんと軽く頭を叩かれた。女性的ではないけど優しい手つきだ。大賢者様が慰めてくれているようです。触らないで下さい、セクハラですと言ってやろうかと思ったけど止めた。

 心遣いが嬉しかったから。

「前の二人の時は要求が明白だったもの。だけどハルちゃんはね、正直どうして呼ばれたのかアタシも理由を掴み損ねてるわ」

 変な事を言うソレスタさんに首を捻る。だから魔物を排除するためじゃないの? それ以外に何かあるの?

「聖騎士が選ばれるくらいには魔物は確かに増えてるわ。でもユリスが花嫁を遣わす程に切迫してるなんて誰も予想もしていなかった。だからハルちゃんが現れて騒然としたの。世界は今そんなにも危機的状況に陥っているのかとね。聖騎士が選ばれれば必ず儀式は執り行われるんだけど、定例通り何事もなく終わるはずだった。アタシから見ても花嫁が送られてくるにまでは至っていないと思うのよ」

 過去二回と比べてみても、まだまだ平和な方なのだろう。昨日町へ行った様子も賑やかでみんなも魔物に脅かされているような雰囲気はなかった。

「もしかして私って何かする前から既にお役御免なの!? ていうかむしろ来て迷惑!?」

 がーん驚愕の事実! 無理やり連れて来ておいて「え、何で来たの? 別にあんたいらないけど?」とか、そんなの酷過ぎやしませんか!

「そうじゃないわよ。多分ハルちゃんの為すべき事がはっきりしないのは、呼んだ本人が自身の望みをちゃんと自覚してないせいだと思うの」

「……ディーノ?」

 

『そもそも、ディーノが不甲斐ないせいなのだわ。彼がもっとちゃんと自覚を持っていれば』


 これはマイスイート、ラヴィ様の言葉。

 またも回り回って、お姫様の達した結論に行き着くとは。御年十二歳になられたばかりだというラヴィ様の、あの達観した性格はどういう事なのかしらね。

 あの子の趣味は自分の有能な婿選びらしいからね。将来が楽しみなような怖いような。

 

「自覚ないんじゃディーノに聞いたって分かんないだろうね」

「困ったさんよねぇ」

 ふむふむ成程。長い時間講義を聞いた結果、私がここでやらなきゃいけない事が何なのかどころか、何故連れて来られたのかさえ分らないという事が分かった。

 私ってば無能!!

「あんまり思い詰める事はないわ。……これからって可能性もあるしね」

「これから」

「今はまだ猶予期間でこの先貴女の力が必要になる事態が起きるという、ね」

 先走って呼ばれたという事かな。それか前もって準備をしていないといけないような何かが起きるのか。

 どちらにせよ思い詰めるなというのは難しい。

 むうと悩んでいると頬を思い切り抓られた。昨日から私のほっぺた災難続き!

「考え過ぎると知恵熱出るわよ。ほらさっきの小説でも読んで息抜きしなさい」

「むぎゃあ! あの小説の事は忘れろ! ていうかホントにたまたまだから。たまたま目の前にあったのを取ったらあれだったの!」

「ええー? 恥ずかしがらなくてもいいのよ? あの作者は当時から絶大な人気を集めてた売れっ子だったから女性ファンも多かったわ。読めば世界観にぐいぐい引き込まれてまるで本当に誰かと肌を触れ合せているかのような」

「えらく詳しい! さてはあんたも読者だなっ!?」

 賢者のくせに生意気な! 官能小説愛読してんじゃないわよ。しかもそんな風に言われたらちょっと興味そそられちゃうじゃないの。だ、ダメダメ、そっちの扉は開いちゃいけないわ私!

「アタシは読んでないわよ? でもこの賢者としての迸る知識がね」

「いらんだろ! 官能小説の知識いらんだろ!!」

 テーブルに乗り上げてソレスタさんの襟ぐり掴んで揺さぶる。「ほほほほ!」って余裕の笑みを浮かべるもんだからムカついて余計に意固地になった。

「吐け読んだんだな大好きだったんだろ素直になれぇー!!」

「んん、ごほん」

 人に注意を促すときによくするわざとらしい咳払い。当然私でもソレスタさんでもない。

 発信源を辿るように二人して顔を動かして斜め上を見上げた。

 いらっしゃった。聖騎士様が私達を無表情に見下ろしていらっしゃった。こええええ!

「他に利用者がいないとはいえ、こういった場所で騒がれるのは感心しません」

「ご、ごめんなさい……」

 ソレスタさんから手を放して素直に謝る。しかし彼の猛攻撃は終わらなかった。

「テーブルから降りて下さい。行儀が悪いです」

「はいごめんなさい」

 即座に降りて椅子に座り直す。手はお膝の上。今のディーノに逆らっちゃいけないって私の本能が告げている。

 ちらっと正面に座るソレスタさんを見ると彼は平然としていた。冷気漂わせるくらい低温怒気を放っているディーノが怖くないのか。これが七百年生きた人間の度胸ってやつですか。私にも分けて下さい。

 たかだか十八年の人生しか歩んでいない平凡女子高生(卒業式過ぎたけど女子高生と言い張る)私には、国内一の実力を誇る騎士の迫力を前にして平然としてる肝っ玉はありません。

「えっと……ディーノはどうして図書館に」

「貴女がここにいると聞いたので」

 ひぃっ! 半棒読み早口で返された。怒ってるよ、ていうかどうしてここまで怒ってるんだこの人?

「お迎え御苦労さま。もうアタシの話は終わったから連れてってもいいわよ」

 しっしと追い払うようにソレスタさんがディーノに手を振る。連れて行かれるのはもしかしなくても私ですかそうですか。是非とも辞退したいところだけど……無理だよね。

「では、行きましょうか」

 にこりと清々しいほどの笑顔でディーノが手を差し出した。この手を取らないというのは残念ながら私のレベルが低すぎて選択不可だ。

 へへ、と顔を引き攣らせながら恐る恐る彼の手に自分のを乗せる。

 

 明らかに不機嫌な人に向かって「怒ってるの?」って聞くほど私は人の心情に疎くない。というか余計怒らせて喜ぶほど悪趣味じゃないのだ。なのでディーノが静かに怒りを湛えているのを、肌にひしひしと感じ取っているので何も聞きません、喋りません、足を動かすのみ。

「すみません」

 口をきつく引き結んでいた私にディーノが突然謝った。驚いて隣にいる彼を見上げると朱金色の瞳が少しかげっていた。

「怖がらせました」

 彼も私の怯えようを察していたようです。そりゃそうだろうとも。私のビビり方は尋常じゃなかった。だって普段温厚な人程怒ると怖いっていうけど、本当に恐ろしかったんだもの。ガクブルでした。

 でももう怒って無いようだ。

「ちょー怖かったです」

「以後気を付けます」

「何を?」

「なにって……」

 ディーノよりもむしろ私が気を付けなきゃいけないよね。図書館で大声出さない、机の上に乗らない、乱暴に人を揺すらない。

 注意してくれたディーノは面倒見のいいお兄さんなのだと思う。ただちょっとオーラがすごかっただけで。

「私に気を遣う必要なんてないんだって。ディーノが思う通りに何でも言ってくれていいのよ、私が許す」

 遠慮の塊みたいな所がまだ抜けきらないのね。もっと長いスパンで行かなきゃダメかしら。

「俺が思う事を何でも?」

「言うだけならタダってもんですよお兄さん」

 ディーノ見てたら気を遣い過ぎて胃に穴開いちゃうんじゃないかって心配になるよね。紳士的な態度は乙女としてはトキメキポイントでしょうが、そんなの私にやってどうすんのっていう。

 異世界人の私には騎士としてとか貴族としてとか全然関係なく接しても問題ないんだから、もっと気楽にしてくれたらいいのよ。

「言うだけ、ですか」

 ぐいと腕を引かれた。その勢いで身体は半回転し二歩ほど後ろに下がっていたディーノと向き合う形になる。

「ハル」

 言いながら頬をそっと撫でられた。びしっと私の身体が固まる。

 昨日ガラス片で擦った、今は跡形もない頬を親指で何度もなぞった。朱金がじっと窺うように見下ろしてくる。

 傷はもう何ともないのかと問うているのか、触って良かったかと許可を得ようとしているのか。どっちにしろ私は黙って頷く事しか出来ない。

「名前を、ずっと呼びたかったんです。昨日ソレスタ様に邪魔されて、今日も訪ねていけば彼と一緒に楽しそうにしていて、少々腹が立ちました」

 それは私に対してと言うよりソレスタさんに、ですよね!? という事はソレスタさんが飄々として全然悪びれないから私が八つ当たりされたわけか!? おネエめ許さん!

「名前くらい、いつでも呼べばいいのに」

「これからは呼びます。たくさん」

 その度に私の心臓が悲鳴を上げそうな気がせんでもないですが。ディーノって誰に対してもこんななのかな。どんだけ女の人泣かせてきたのかな。ラヴィ様には散々な言われようだったけど、モテモテだよねこの人。

 おおっと私もなんだか腹が立ってきた。

 

 地位も名誉も実力もあって女に不自由しない。まさにこの世の春を謳歌してそうなこの人が、一体何の取り柄もない私に何の望みがあって呼び寄せたんだか。

 

 私はディーノに何をしてあげられるんだろうね?

 


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