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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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page76

アダルトチームの話。

次からまたハル視点になります

 ヒューイットがユリスの花嫁の私室を一人で訪れたのはこれが初めての事だった。

 それはそうだ。ハル自身がどんなに気さくな普通の娘だろうが、全くそうは見えなかろうが、神の遣いである事は間違いないのだから。

 本来ならば気軽に近づいていい身分ではない。

 一介の騎士であるヒューイットが、師匠などと呼ばれたり、まして悪態を吐いたりなど、時代が違えば、いや、ユリスの花嫁が違えば即刻打ち首になったとしても文句は言えない。

 王族であろうとも崇め敬うべき、人間でありながら神に近き異世界人なのだ。

 

 しかし、事実ヒューイットがそういった理由で訪れなかったかと言えばそういうわけでもない。ただ単に彼個人が、ハルに用があって態々ここまで来る事が無かっただけだ。

 ハルには聖騎士であり騎士団長でもあるディーノが傍についている。何かあってもディーノに言づけるなり手渡すなりすればいい。自ら足を運ぶほどの接点も持っていないつもりだった。

 

 だがいつの間にか彼女の師匠などという意味の分らない関係を築いて、思いがけず元婚約者ともまた顔を合わせる事にもなった。

 

 頭に浮かんだ人物に思考が逸れそうになり、ヒューイットは軽く首を振り、歩む速度を速めた。

 

 重厚なドアをノックし「失礼します」と恭しく頭を下げながらユリスの花嫁の部屋へと入る。

 

「あらまぁ、あんた確かせつ子の元婚約者って奴よね。ここに何の用?」


 出迎えたのは目的のハルではなく、彼女と同じ黒髪と黒目勝ちの瞳を持つ、けれど目的の少女とは似ても似つかない艶やかな雰囲気の大人の女性だった。言わずもがな、興津上総だ。


 黒衣の魔女と呼ばれていた彼女を、ヒューイットも城下町で見かけた事があったが、今はその時とは全く出で立ちが違っている。

 

 浅葱色の踝まで隠れるさらりとしたワンピースは決して彼女の身体つきを強調するものではないが、それでも隠し切れない色香を纏っていた。

 どこか挑発的にヒューイットを見やると、意味ありげに唇を吊り上げる様は、自分のそういった表情が相手にどう印象付けるか全て分かっているのだろう。

 

 上総は現在ユリスの花嫁であるハル付きの侍女という役目を担っている。実際にハルに仕えているわけではなく、王城に留める為に与えた見せかけだけの職ではあったのだが、周囲に侍女と認識させるための偽装であるにもかかわらず、彼女は全くその役割を全うする気はないようだ。

 

 最早お仕着せは来ていないし、部屋の主が座すべき椅子に腰かけ、大理石でできたテーブルに肘をついて落ち着いている。

 

「ユリスの花嫁様なら只今留守にしておりまーす。御用の方はまた日を改めて下さいおなしゃーっす」


 面倒くさそうなアナウンスを終えた上総は、もうヒューイットに目もくれず、自分の前に置かれてあるカップにお茶を淹れはじめた。


「ていうか騎士団長があの子と一緒に出掛けてんだから、あんただって二人が何処へ行ってんのか知ってるんじゃないの? なんでここ来たの」

「貴女に答える義理は無い」

「えーケチねぇ」


 どうでも良さそうに答えながらも、紅茶を上品に飲みながらヒューイットを見る目は隙が全くない。言葉の裏の真理まで読みとってしまいそうな、不思議な黒い瞳に、柄にもなくたじろぎそうになった。

 そこだけはユリスの花嫁であるハルと同じ、底知れぬ畏怖の黒を持つ興津上総が、ヒューイットは苦手だと思った。


「言ったと思うけど、私はマクシスから力を与えられてんのよ。あんたの頭ん中勝手に覗くのだってワケないんだから」

「…………同じ異世界人でもこうも違うものか」

「はぁ? 何言ってんの、こっちの世界の人間だって、みんなそれぞれでしょうが。世界なんて馬鹿デカい規模で人間性括ってんじゃないわよ」


 神の遣いでありながら力の片鱗すらも扱えないハルと、禁呪によって人外のものにされたマクシスに召喚され、彼から力を与えたれ魔術を使いこなす上総。

 しかし、ヒューイットが言ったハルと上総の違いとは、この能力差の事ではない。


 単純明快に性格差を指して言ったのだ。

 ハルにはこんな人を食ったような、敢えて他人の神経を逆撫でするような言動は出来ない。根が正直で素直な性質だからだろう。

 そんなものは個性なんだから同じなわけがないだろうと言われればその通りなのだが。

 分かっていても、言ってしまうくらいに、二人が違いすぎた。


「まぁいいわ。あんま興味ないし」


 人を脅しておいて興味が無いと来た。

 ヒューイットは上総の意味不明の言動に、何故か自分の元婚約者であるセレスティナを見た。

 成程、確かに二人は友人同士であるようだ。別に似ているというわけでもないのに、どことなく通じるものがある気がする。

 

「それより私はあんたに興味あるわぁ。ねぇ、せつ子の元婚約者さん。もうきっとこうやってゆっくり話す機会なんてないだろうし聞いておきたいんだけどさ。あんた、せつ子とどうなりたいの?」


 せつ子、というのはきっとセレスティナ――今はセツカと名乗っているが――の事だろう。

 彼女となんて、どうもこうもない。ヒューイットはあからさまに溜め息を吐いた。

 

「どうもなりようがない。ファリエール家とは縁を切ったセツカ ロッカとはな」

「ふぅん、じゃああんた達は赤の他人で、これから先も変わらないのね」


 足を組み直しながら上総は思案気に視線を彷徨わせた。

 いつだって隙なく、見られているという意識を持っていて、自分のちょっとした仕草の変化が相手にどう映るのか計算している彼女にしては珍しく、無意識的な行動のようだった。

 

 それは彼の心の内を推し量るような会話の終了を意味していた。

 彼女の中で何かしらの答えが出たのか、ヒューイットにそこまでする価値がないと思ったのか。

 

 元来、ヒューイットは実直な性質で、上総のように人を翻弄して楽しむような、真意も本心も覆い隠して会話をする真似は不得手としていた。

 根本的に合わない上総とのこの面談を早く終わらせたかったから、彼女にその気がなくなったのなら好都合だ。

 もういいだろうと、ここへ来た本来の目的を果たそうと歩き出そうとしたのだが、また上総が口を開いた。

 

「だったらさ、もうせつ子に関わるのは止めてもらえない? ふぁりえ? えっと実家ね、実家と縁切れた今のセツカ ロッカに意味を見出さないなら、あんたはあの子にとって清算すべき過去の遺物だわ」


 先ほどまでの人を喰った様な、挑発的なものではない。ばっさりと斬り捨てるような冷ややかな上総の視線がヒューイットを真正面から射抜く。

 だが、今回ばかりはヒューイットも黙ってはいられない。上総とは比べ物にならないくらい、こちらは射殺さんばかりに彼女を睨みつけた。

 

「勝手な事を言うな……」


 低く掠れた声は、全身全霊で怒りを抑え込んでいるようだった。

 それほどの激情を見せつけられても、上総は動じず、小首を傾げた。

 

「勝手。それはあんたの方でしょう? 優しいあの子は言わないだろうけど、あの子がセツカとして生きていくには、あんたは邪魔なのよ。いつまでも昔負った心の傷の原因が目の前チョロチョロされちゃあ堪ったもんじゃないって分かんないの?」

「過去の傷だと? 何も知らないお前が偉そうにしゃしゃり出て来るな」


 チラリと上総の隣を一瞥し、ヒューイットは踵を返した。

 

「セツカ ロッカなどという人物はこの世に存在しない」


 これ以上話す事は無いと、言い捨てて上総に背を向けて部屋から出て行った。


「ほぉん、そういう事ね。……ていうかあいつ、なんで寝室の方入って行ったの?」


 頬杖をつきながら上総は一人ごちた。

 反対の手で、実はずっと彼女の隣にちょこんと座っていた兎の頭を撫でる。

 

「それにしてもよく我慢したわね、ヨエル」

「上総が止めるから」


 どこかむくれた声音で答えたのは、たった先程まで兎の姿をしていたはずの、獣族の青年だった。

 上総に向かって敵意をむき出しにしたヒューイットに飛びかかろうとしたヨエルだったのだが、当の上総に止められてしまっていたのだ。

 

「上総こそ珍しいね。あんな風に言うの」

「あーまぁ雪香は……親友、だったからね。おせっかいなんて柄じゃないけど、発破くらいかけたくなるってものよ」


 あの男の反応からいって、セツカに何かしらの思いを抱いているのは分かった。それがどういった部類のものなのかまでは知らないが、未練は見て取れた。

 

 思案気に彼の消えた寝室の扉をジッと見つめていると、後ろから抱きすくめられ、手の平で両目を覆われて視界を奪われる。


「どうしてこの世界の男共はみんな患ってんのかしらねー。何かいろいろこじらせ過ぎでしょー」


 どうしてか自分に執着を見せる兎族の青年に、そして理由はよく分らないものの彼を拒めない自分に、上総は呆れて溜め息を吐いた。

 

「一番読めない聖騎士様ももれなくって感じだしね。ほんと、どうなるやらだわ」


 敵の本拠地とも言える神殿へと出向いている、自分よりも随分と若いユリスの花嫁なんてとんでもないものに仕立て上げられてしまっている少女に、やはり同情する。

 

「さてあっちは今頃どうしているかしら」



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