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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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 どうして私が連れて来られたのか。この世界で私は一体何をすればいいのか。未だ分らないまま異世界生活四日目に突入。

 昨晩もまた不貞寝したのは言うまでもありません。


「今度はディーノ様に何されたんですかぁ?」

 とルイーノに濡れ衣を着せられたディーノのフォローをする心の余裕もなく私は寝室に入りベッドに潜り込んだ。

 ソレスタさんの暴挙に比べたらディーノのタラシなんて可愛らしいものだよ。

 たかが手や頬じゃないか大袈裟なって思われるかもしれないけど、慣れてないのよ私!

 ええ、この歳になっても誰とも付き合ったことのない生娘ですよ! それどころかクラスの男の子とはそりゃ普通に接してたけど友達って言える程仲がいい子がいないような、そんな淋しい人生歩んできたんです。全然こういうのに免疫ないの察して下さい!

 

 ていうか日本人はあんな事さらっとしない。こっちの世界の人はみんなこんな感じなんだろうか。女性陣に聞いてみよう。

 

 そして今日は気持ちを落ち着けようと一人で王城内にある図書館へとやってきました。過去のユリスの花嫁や花婿についての文献とかがないかと思って。

 その人達が何をやったのかが分かればヒントになるんじゃないだろうかと考えたわけです。無い知恵絞ったわけです。

 

 私の地元にあったものなんて比べ物にならないくらい立派な図書館でした。国内で出版された蔵書は全てここに収められているのだとか。勿論一般公開されていない一部の人の目にしか触れられないようになっているものもある。

 

 適当に一冊手に取って中身を確認してみると、この国の文字はやはり日本語とはかけ離れていてただの記号にしか見えなかった。

 けれどその文字を目でざっと追っていけば勝手に脳内で日本語に訳されて情報が入って来る。どんだけ便利に出来てんのよユリスの花嫁。

 

 適当に取ったその一冊は官能小説だったんだけどね。内容知らない方が良かった!

 いやでも分らずにずっと持ってて、それを誰かに見られてたりしたら……ここでの私の立ち位置がとても危うくなるところだったかもしれない。

「あらハルちゃんってそういうの好きなの?」

「きゃあああっ!」

 官能小説持ってるとこ見られてしまい驚いたのと、その声の主に反射的に身構えてしまったのとで、思い切り悲鳴を上げてしまった。

「ご挨拶ねぇ。そんなに怯える事ないのに」

「あなた昨日私に何したか覚えてないんですか!?」

「なによぅ、アタシのお陰で傷跡も綺麗さっぱり消えたでしょ?」

 そうなのだ。昨日ベロリと犬みたいに舐められた後、びりびりとした切り傷特有の痛みが急に消えた。

 鏡で確認すると私の頬から傷が綺麗さっぱり、まるで最初から何も無かったかのように無くなっていた。

「だから乙女の柔肌を堪能するくらいいいじゃない」

「良くない!」

 あれは訴えれば私が楽勝で勝てるレベルのセクハラでした。噛みつかんばかりに威嚇すると「ハルちゃんは純情系なのね」と変な感想をつけられた。常識系と言ってほしいものだ。

「悪かったわ、お詫びにこの大賢者様が直々に貴女に花嫁について講義してあげる。ここにある本を読むよりよっぽど有意義よ」

「いいえ私は結構です」

「何その断り方っ、ていうかどうして断るの!?」

 英文の和訳みたいな堅苦しい言い回しにしてみた。特に意味はないけれども気分的に。

 どうして断るかと言われれば、ソレスタさんと会話するの疲れるから。

 ディーノがこの人に砕けた態度を取っていたのは仲が良いから何だと思ってたけど、そうじゃなくて相手するのが面倒だからだったんだ。そうに違いない。

「ねぇアタシの講義の何が不満なの? 生き字引と呼ばれるこのアタシが直々に教えてあげようって言うのよ!? 普通ないわよこんな特別扱い!」

「へぇー」

「謝るから! ちゃんと昨日の事謝るからぁっ!」

 

 生き字引と言われる程の知識豊富な大賢者様に深々と頭を下げさせ「お願いですからアタシに講義させて下さい」と言わせ、やっとこさ溜飲の下った私は窓際の席に着いた。

 向い合せにソレスタさんが座る。

「えぇとそうね、まずはユリスについてから説明しましょうか」

 気まずそうに目を逸らしながらソレスタさんが話し始めた。

「まず神様の頂点に立っているのは絶対神シーアよ。その下にそれぞれの役割を受け持った神がいて、ユリスはその一人ね。性別のない中性だと言われているわ」

「ああ……だから両刀」

「は?」

「なんでもありません」

 こっちに連れて来られるのは男だったり女だったりまちまちだって聞いてたから、なんて節操のない神様だと思ってたら。なるほどね。

 妙な納得の仕方をしている私に気付いているのかいないのか、首を傾げながらもソレスタさんは続けた。

「この世には二つの側面がある。男と女、正と悪、光と闇、聖と魔、人と魔物。どちらかが失われても、比重が偏ってもいけない。これはハルちゃんの世界にも同じような考え方があるって前の花嫁から聞いたけど」

「何となく分ります」

 陰陽とかそういうのよね。魔物とかはしらないけど言いたい事は分かる。

「ユリスはその均衡を保つバランサー。この世界は魔に引きずられ易く出来ているから、ある一定以上の魔が世界を満たすと聖剣を出現させて人に排除させる。それだけでどうにかなる場合が殆どだけど、稀に聖騎士だけでは太刀打ち出来ない状況にまで魔物が増大した時に、聖騎士の請いを受け入れて異世界より御使いを送る。アタシが知る限りそんな危機的状況に陥ったのは今回で三回目。大体、三百年に一回ってサイクルかしらね。アタシが生まれる以前には多分一人も来てないわ」

「は? ツッコミ待ち?」

 賢者だろうがイケメンだろうがソレスタさんに対してはもう遠慮なくずけずけ物を言うって決めたのです。

 三百年に一回の頻度でしか現れないユリスの花嫁を三人見てるって事は、最低でも六百歳は越してる計算になるじゃないか。

「そう、待ってたの! さすがツッコミ将軍ハルちゃんね」

「勝手に私の二つ名を増やさないで下さい」

 ユリスの花嫁だけで十分です。しかもツッコミ将軍ってカッコ悪い。

 けれど意外にもソレスタさんは真面目な顔をしていた。腐ってもイケメン。真顔だと作り物のように整った美しさが際立つ。中身を知っているので惚れたりはしないんですが。

「最初の花嫁に会ったのが二八歳の時、そして今年で七三六歳よ。て、その顔は信じてないわね?」

 だってそれを信じろと?

 口をへの字に曲げて胡乱気に見ていたら額を人差し指で突かれた。なにすんじゃい。

「疑うならフランツにでも聞いてみなさいな、アタシの時は三十過ぎくらいで止まって、そこからは老いも死も縁遠くなっちゃったの」

「そ、それは……」

 かの有名な不老不死というやつではありませんか!? 時の権力者や美女達がこぞって手に入れようと躍起になったという伝説の現象! マジでか!?

 生き字引っていうか生きる歴史書だ。この人はその目でこの七百年の間に起こった出来事を実際に見聞しているのだから。

 しっかしまぁ。

「肩書きはすごいんだけど実際にソレスタさんがそうですって言われると、途端に威厳がなくなるっていうか、ガッカリ感がすごいですよね」

「言うわねぇ」

 気分を害するでもなくコロコロと笑うソレスタさんは、やっぱり大人の余裕と言いますか懐の大きさを感じさせた。王様なら今頃散弾銃で撃たれるくらいの反撃食らってたね。

「ま、だから実際に見たアタシが前にやってきたユリスの花嫁達の話をしてあげようってんだから、これほど確かな話はないでしょ?」

 そうですね。でもそれなら最初からそう言ってくれよ、ぺっ、とか思ってませんよ。ええ思ってませんとも。ほんのちょびっとしか。

 

「さっきも言ったけれど、聖剣が出現して聖騎士が選ばれる事は頻繁にあったの。その聖騎士がユリスに感謝と祈願を捧げる儀式も昔から慣例としてずっとされていたわ。でも本当にそれはただの象徴的なものとしか捉えられていなかった」

 秋の収穫祭とかお正月の春節祭とか盆踊りとか、折々に行われる祭りみたいなものかな。神様に今年の実りに感謝して来年の豊作をお願いするっていうような祭典は日本でもよくある。

 御神輿担いで出店もいっぱいあって楽しいけど、そもそも何が目的でされてるのか知らない人も多い形骸化された儀式。

「だけど七百年くらい前、当時の聖騎士が何時ものように儀式を行ったらあら不思議、見た事もない服装の少女が突然鏡から飛び出してきた。その場に居合わせた国の重鎮達は騒然、自分の身に何が起こったのか理解できない少女は半狂乱。もうてんやわんやよ」

 ああ、なんとなく想像がつく。当時のユリスの花嫁さんに言ってあげたい。御愁傷様ですと。

 前例のない状態でこんな世界に一人で放り出されたら、そりゃもう怖かっただろう。私の場合はソレスタさんもいるし、三回目ともあってみんな冷静に対応してくれたから何とかなっているけど、もし自分がその状況に置かれたらって考えたらゾッとする。

「でも頭の良い子でね、自分のやるべき事を逸早く理解して熟したわ。あの子自身は当然戦う術なんて持ち合わせていなかったけれど、聖騎士と一緒に魔物に襲われた村や戦場に赴いた。神の御使いであるユリスの花嫁として振舞う事で国民の不安を取り除き騎士達を鼓舞した。時間は掛かったし一時この国は壊滅的な打撃を受けたけど、彼女のお陰で脅威は去ったわ」

 それは遠い遠い過去の話。だけどソレスタさんにとっては昨日の事のように思い出される傷なんじゃないだろうか。

 当時ソレスタさんがどういった地位にいたのか知らないけど、今のように何でも知り得ていたわけじゃないと思う。きっとたくさんの死に立ち会ったんだろうし絶望を味わったに違いない。

 そんな過酷な体験をした事のない平和ボケした私が同情すら抱いちゃいけない傷だ。

 黙って彼を見ていると、視線に気づいて苦笑した。私は何も言えなかった。

 


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