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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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『今夜迎えに行くよ』


 少年の声だった。

 私、十九年近く生きて来て、正々堂々と夜這いを宣言されたのは初めてです。嬉し恥ずかし初体験です。

 

 いやいやいや、全っ然嬉しくないわ!!

 

 あのタイミングで、静電気がバチってなったのかなってドキリとした瞬間に脳にあの声が響いて来て、二重に驚いてしまって思い切り挙動不審になった私を、ディーノが怪しんだのなんのって。

 

 どうしたんですか、あの扉に何か仕掛けがあったんじゃないですか、俺に隠して一人で妙な事に首突っ込もうなんて考えてないでしょうね。

 

 口に出しては何も言ってこない。だけど目が雄弁に語っていた。あいつのあれは、私を完全に疑っている目だった。

 

 ちくしょう、私はそんなに信用がないのか。ああそうさ、悲しいかな自覚があり過ぎて何も言い返せない!

 後先考えず感情の赴くままに行動に移してしまう事が多いのは私ちゃんと自覚してる。普段それなりに良い子ちゃんしてるつもりなんだけど、ちょっとね、ちょっと油断すると出ちゃうよね。

 

 私の予想が正しければ、というかあの状況なら大抵の人が行き着くであろう予想は、あの声の主はマクシスなのではないかと。

 ね、思うよね。十中八九そうだよね。でも、だとすると何だ? マクシスは囚われの身なんじゃないのだろうか。

 

『この声が聞こえている人が居たら、どうか助けて!』


 とか言われるなら分かるんだけど、迎えに行くよって何さ?

 え、自由なの? 自由に神殿内闊歩出来んの? 割とフリーダムなの? という疑問が湧き上がってくるわけです。

 

 じゃああれはマクシスじゃないのか? ……それはそれで怖い! この神殿一体どんだけの未確認人物抱えてんの!?

 色々と規格外な人コレクションし過ぎじゃない!?

 ディーノに、マクシスに、更に新たな一人だと……? 私もうこれ以上横文字の人物名覚えられないってばよ!

 

 恐々としながら私は一人、夜を過ごす羽目になった。

 

 しっかし、あの声の主がマクシスであろうとなかろうと、この部屋へ誰かがやって来るという事には変わりないのよね。

 大丈夫なんだろうか。それは結婚前の女性が、夜中に部屋へ誰かを招き入れるのは……とか、そういう一般論じゃなく。

 

 この私の隣の部屋には、ディーノという名の最強セコム様がいらっしゃるのだという事だ。

 ここで何かあればすかさずすっ飛んで来ると思うんだよね。ディーノに気配を察知されずに入って来るとか無理だと思うし、私がこの部屋から出たら、それこそ一発でバレる。

 

 だってあの人、その気になれば私がどこにいるか大体は把握出来るっていう、恐ろしい発言をその昔ブラッドだった頃してたよね。あれ絶対今もやろうと思えばやれるよね。

 

 この事実について考えると、取り外し不可のGPSを付けられてるようで、とても微妙な気分にさせられる。ので、普段は考えないようにしてるんだけど。

 

 そして万が一、ディーノに気付かれる事無く迎えが来たとして、私はその人についていって良いものなのかどうなのか。十中八九、連れて行かれるおはあの扉の向こう側だろう。

 

 あの扉については、あの後フランツさんに説明しておいた。

 

「ディーノが本をグイって押したらガーって扉がドーンって出てきた」


 と。ん? という顔を一瞬されたけど、すぐに笑顔で「確認しておきますね」と言ってくれたフランツさんマジジェントル。

 

 あの扉の向こう側に居た人物が、態々夜に私の所まで迎えを寄越して連れて行こうとする、その意味が分からないほど、私は馬鹿じゃない。

 ただ単に会って話がしたかったのなら、あの場で扉を開けて入れと言えば良かったのだ。

 

 それを、私にしか聞こえない方法で、私だけを連れ出そうとする。つまりディーノが傍にいると不都合だという事。

 ディーノと顔を合わせられない人物なのか、それとも話の内容がディーノに聞かせられないものなのか。私だけの方が抱き込み易いと踏んだのか。

 それとも他に、何か事情があるのか。

 

 何にも出来ない私が、たった一人で赴くその危険を冒してまでついて行く事に意味はあるのか。


 私が拒否すると、相手は思わなかったのだろうか。それとも強制的に連行するつもりなのか。分らなことだらけだ。

 

 なんてつらつら考えている間に、結構な夜更けになってきたんだけども。ベッドで寝返りを打ちつつゴロゴロとして過ごす。

 あー丑三つ時って何時くらいの事を指すんだっけかなぁーとかどうでもいい方向に思考がずれ始めた時だった。

 

「ハル」

「ん……? あれ、ホズミだ起きてたの? 眠れないのね、こっちおいで」


 寝つきのいいホズミが、こんな時間まで起きてるなんて。

 手招きするとベッドへ上がってくる気配があった。にじり寄ってくるホズミの小さな身体を抱き締めて私の隣へ寝かせようとして、はたと気づいた。

 

「え、なんでホズミがここにいるの?」


 そうだ、私いつの間にかウトウトしていたみたいで思考が散漫になっていたけど、ここはいつもの私の部屋じゃない。ホズミが居る筈がないのに。


 も、もしかして夜になっても戻らない私を探してここまで来ちゃったのかな。

 

「迎えに来たよ」

「……へ?」

「迎えに来た。行こう、待ってる」


 ちょ、ちょい、ちょい待ちなされ、少年よ。

 お姉ちゃんに事情を説明しておくれ。なんだか分りそうで微妙に付いて行けておらんのだよ。

 

『今夜迎えに行くよ』


 迎えってまさかホズミの事だったの!?

 

「ほ、ホズミ? 行くってまさか、あの図書館の扉の事を言ってらっしゃる?」

「うん」


 そうだよ、と当然のように頷かれても私はどうリアクションを取ればいいというのか。

 なに? どういう事? ホズミが使いパシリって、この天使にそんな冷遇させるなんてどんなだよ、あの声の主とやらは! いや違う、今そこクレーム入れてる場合じゃない。

 

「ホズミ、あんた一体どんな友好関係を築いてるの!? 私心配だよ!」


 ブラッドの時といい、怪しげな人にばかりホイホイされちゃって!

 ……私はその怪しげな人の中に入ってないと思いたい。

 

「大丈夫。ハルに怖い思いさせないって言ってた。僕もいるから、大丈夫だよ」


 ズキューン!

 

 わたしのしんぞうがうちぬかれるおとがした!

 

 くああああ、可愛いし最近とみに格好よくなってきたと思いませんかウチの子!

 数か月前にも同じような事を言われて、同じようにトキめいたような気がしなくもないけどまぁいいや!

 

 まぁ、確かにホズミなら大丈夫だろうし、大丈夫じゃなかったとしたらホズミをそんなヤツと一緒に居させるわけにもいかない。

 となれば、ついて行くしかあるまい。相手の手の平で転がされてるとは思うけど、こればっかりは仕方がない。


「でも、ディーノが」

「それも大丈夫。気配を辿れないようにしておくって言ってた」


 声の主何者!? すっげぇな!

 やっぱマクシスかな。神様もどきだって言ってたものな。それだったらディーノを出し抜くだけの力があっても不思議じゃない。

 

 ああしかし成程、さっきホズミが私のすぐ近くまで全くこれっぽっちも私が気付かなかったのは、そのせいだったのか。

 流石に部屋に入ってきたら、私でも気づくはずだもの。さして広くもない部屋なんだから。

 

 そんなわけで、私はホズミに手を引かれながら、またあの図書館へと逆戻りしてきた。

 昼間以上に、大きな扉の存在感が増しているような気がした。

 そっと手を翳すと、半ば自動的にゆっくりと扉が開く。私達を招き入れる為に。

 

 扉の奥は下り階段になっていた。暗くひんやりとした石階段をどれ程下っただろう。ほんのりと灯りが漏れる部屋へと抜けた。

 何もないだだっ広い部屋だった。

 

 いや、何もないわけじゃない。たった一つ、部屋の中央にぽつんと置かれた物が異様な程の存在感を放っている。

 天井から地面まで伸びたガラスの円筒。その中は液体が入っているのか、不思議な色彩がゆらゆらと揺らめいている。

 

 そしてその中に、小さな……出会った頃のホズミくらいの歳の少年がフワフワと浮いているという異様な光景に、私は言葉も忘れて立ち尽くした。

 足が竦んで近づけない。


『葛城 悠、怖がる事は無いよ。僕は君に危害を加えるつもりはない』


 静かな声は、昼間に私の脳に直接響いたものと同じだった。

 にこりと微笑む少年は確かに悪意らしきものは感じない。だけど違う。私が驚愕したのはそんな理由じゃない。

 

「なんなのその服!?」


 何故かその少年は、黄緑色のアマガエルの着ぐるみを纏っていた。

 顔の部分だけが出るようになっているツナギタイプのものだ。

 

 そんなのが、水中にふわふわ浮いてんのよ!?

 怖くて怖くて近寄れるわけがない!

 

 地下室の中心で、ツッコミを叫ぶ。

 

『え、これ可愛くない? どうして異世界人には不評なのかなぁ。君達の世界で見つけたものなのに。興津上総にもえらくツッコミを入れられたよ、懐かしい』


 興津さんが? 私と同じツッコミを?

 

 そりゃそうだろうよ!

 

久しぶりになろうさんに来てみたら、投稿画面とか色々変わっててビビりました。

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