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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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 いつ見ても荘厳な雰囲気を醸し出している。

 フランツさんに頭を下げられたとあっては、頼みを無碍に断るなんて出来ないので、教会へと赴いてきたわけですね。

 

 決して王妃様に逆らっちゃいけないと本能が告げたとか、王様の嫌がらせを受けそうだからとか断ったらどうなるか分かってんだろうなってラヴィ様の無言の圧力が怖かったとか、そういう理由ではない。

 なんだあの王族達、ホント怖い。

 

 そんなわけで、只今ディーノと共に大理石で出来たおっそろしくお金掛かってそうな教会へと足を踏み入れたわけですが、ここにはいい思い出ってないんだよね。

 ホズミが謂れの無い非難をされたり、ブラッドが地下牢に捕えられていたり……思い出すだに腹が立つ。

 

 あのオッサンに会ったらどんな目に遭わせてくれよう、まったく。そんなちょっぴり物騒な事を考えながら中に入った。

 

 重い扉を開くとずどんと真ん中に広い通路があり、その両サイドには太い柱が数本ずつ等間隔に立っていて、その一つ一つに神様の偶像が彫刻されている。

 一本の柱の前で私は立ち止まった。ユリス……ではなく、豊穣の女神フレイアだ。

 

「この鏡って、ディーノが壊したやつだよね」

「そうですね」


 私の嫌味にも聞こえるだろう言葉に、にこやかに返したディーノ。

 

 フレイアが大事そうに両手に抱えて翳している鏡は、普段は長閑なキリングヴェイで大騒動を巻き起こした末、ディーノが聖剣の力で粉々に壊してしまった。

 長い歳月を掛け、人々の欲望を吸収し続けたことで、最早神具と呼べるものではなくなり、魔具と成り果てていたからだ。

 

 魔物を呼び寄せ、街がメチャクチャに壊されそうになって、事態を収拾するには鏡を破壊するしか道は無かった。

 とはいえ、神によって齎された道具を壊してしまう力を持ったディーノの実力って、本当に計り知れない。そんな人にボディーガードみたいな事をさせてるなんて、日本で生きてた頃には全く想像もつかなかったよね。

 

「なんかキリングヴェイじゃ、普通に誰でも持ち運び出来てたし、あんま有難味感じなかったけど、こうやって見るととんでもないものだったんだね」


 一応鍵のかかる所に保管されてたみたいだけど、あっさり盗まれちゃうようなお粗末さだったし。毎年お祭りに普通に使ってたらしいし。

 宝物庫に貴重に保管されてるだろってなもんなのにね。

 

「まぁ神具とは言っても、そもそもは万人に扱える程度の力しかない物でしたから」


 魔具になってしまったからこそ、危険な代物になってしまったものの、元々はさしたる力を持たない鏡だったという。

 いやぁだからってねぇ。

 異世界人の私との価値観の相違をまざまざと見せつけられた気分だ。


 ほげーっと彫刻を眺めていると、複数の足音が近づいてきた。

 布ずれの音に何だぁ? と目を向け、私は即座にディーノの後ろに下がった。

 怖い! 神官様方の集団だ怖い!

 

 長い、そして高価そうなローブ引き摺って歩く神官様方がぞろぞろと歩いて此方へやって来る。

 ひぃぃ、私か。私の所にやって来ているのか。

 イメージ的に、病院で院長が総回診で颯爽と歩いている、そんな感じ。

 若しくは社長が秘書やお偉いさん方を引き攣れて社内を歩いている感じ。

 

 通路の隅っこに寄って、大名行列が過ぎ去るのを只管頭下げて見送る農民の気分だよ私は!

 

 しかし現実はそう簡単にはいかない。

 彼等は私とディーノの前に来ると、ピタリと足を止めた。

 

「ようこそおいで下さいました、ユリスの花嫁様」


 品の良さそうなおじ様が紳士的な立ち居振る舞いで頭を下げた。

 私はすっと目を逸らす。

 そんなやり取りをシレッと見ていたディーノが、溜め息を吐いてから口を開いた。


「過度な出迎えは止めていただくよう、伝えておいたはずですが」

「そうは言われましても、まさかユリスの花嫁様が来て下さるというのに、知らぬ素振りが出来る筈がありません」


 無表情無感情なディーノに対し、神官様はとてもにこやかに返している。

 数名いる神官を窺い見てみたけど、そこにフランツさんの姿は見当たらなかった。

 はぁなるほど。この人達の独断で来たってわけか。


「我々はロウラン支部より、降神祭の手伝いに参った者です。是非お見知りおきを」

「ロウラン」


 思わず反応してしまった。

 私が口を開いた事で、ここぞとばかりに話を繋げようと笑みを浮かべた神官様。

 

「ええ。現在フェイラン王子もこちらへ滞在なさっておられるはず。お会いになられましたか?」

「ええ、まぁ。挨拶程度は」


 どう答えたものか分らず、適当にぼかしてみた。

 実際には朝食に押しかけられたり、会うたびに何故か文句を言われたり、からかったりする間柄なんですけどね。

 

「フェイラン様は少し気難しい所もございますが、とても聡明で気の優しい方です。ユリスの花嫁様ともきっと良き友人となられるでしょう」


 はぁ。うーん、何が言いたいのやら。

 神官様の真意が分らず、適当ににこりと笑って頷いておいた。変に返事をしたら危険な気がしたから。

 

「ところで私が来るからと、一般の方達の出入りを一時的に制限していると聞きました。私はここへこの世界の知識を深める為に来ただけなので、参拝に来られた方達は是非いつも通り受け入れてあげて下さい」


 王都の教会は、ここに住む人達だけでなく、遠くからの旅人が訪れる事も多い。遠路はるばるやって来て、中に入れませんでしたなんて悲し過ぎる。

 私がここにいる限り、沢山の人に迷惑が掛かってしまう。

 だからさっさと奥に引っ込みたいんですと暗に匂わせてみたけど通じるかどうか。

 

 ディーノをチラリとみると、軽く頷いてみせてくれたので、多分大丈夫だろう。

 

 その後も、なんやかんやとくっついて来ようとする神官様をディーノが笑顔で華麗に突き放し、なんとか図書室に逃げ込んだ。

 

「何なのあの人達……」

「探りを入れたいんでしょう、マクシスの」


 そう。あの人達はロウラン支部から来たって言っていた。つまり、マクシスに禁呪を施した人達って事になる。

 町をメチャクチャにして、マクシスさんを人ならざる存在へと変え、神様を信仰する立場の神官が、自らの手で神様を作ろうだなんて冒涜を犯した。

 

 もうなんていうか、救いようのない人達だ。

 

「マクシスなんて人の事は知らない。フェイラン君とも親しくないから情報は入って来ない、そういうスタンスでいいんだよね?」

「はい」


 すたんす? と首を傾げつつも、意味は通じたらしくディーノは頷いた。

 やれやれ、それにしてもフランツさんは何処へ行ってるんだろう。祭りの打ち合わせを、なんて言っていたけれど、一体何をするのかてんで伝えられてません。

 

 フランツさんも底が知れないというか、いまいちどういう立ち位置にいらっしゃるのか見えないんだよね。

 王様と懇意にしているけど、あくまでも自分は教会側の人間だって自分で言ってたからね。私一度謀られたからね。あの時のショックは忘れられない。

 

 まぁ今日はディーノもいてくれるから、そう大きな問題は起こらないとは思うんだけどね。分かんないよねー。

 予防線を張っておく。何の心の準備もないまま、突然ぎゃーって展開になったら心臓に本当に悪いから。

 

「それにしてもこの図書館、色んな仕掛けがしてありそうね」

「仕掛け、ですか?」


 RPG等でお馴染みのやつ。

 ジャンルごとに本棚が区別されているはずなのに、全然関係ない本が一冊だけあって、それをちゃんとした場所に戻したら、カチっとか音がなって仕掛けが作動して隠し扉が現れるとかそういうの。

 

 変に飛び出してる本が二冊あって、それを二人で同時に押し込んだら、カチッと音がなって以下略。

 

「へぇ、ハルの国の図書館は面白いですね」

「……どうやら誤解を生んでしまったようだ……」


 この国がゲームの中の世界みたいな感じだからもしかしたらと思って言ってみただけだったんだけど、説明の仕方が悪くて日本の図書館が妙な所だと勘違いされてしまった。まぁいいか。どうせディーノには関係のない事なんだし。

 

「この神殿に隠し通路の一つや二つ、あっても驚きませんがね」


 しれっと言いながらディーノが、何気なくといった感じで近くにあった辞書級の分厚くって大きな本を少し押し込んだ。

 すると暫くして、ズズズと近くで重たい物が地面を擦る音がした。


「ディーノさん、何か途轍もなく嫌な予感のする音がしませんでしか」

「……しましたね」

 

 まさか! と思いたいけど、そのまさかですか。


「音の近さから言って、この室内のどこかで仕掛けが作動したようですが、探しますか?」


 そこで判断を私に委ねる辺り、ディーノは全く探す気が無いのだと知れる。

 この面倒くさがりめ。私に言わせればディーノの存在が一番面倒くさいと思うんだけどね。いや、ややこしいと言った方がいいか。


「そのままにもしておけないし、取り敢えず見つけてそっと元に戻しておこうよ」

「調べなくていいのですか?」

「調べただけ真っ黒い埃がもくもく出てきそうだからやめとく」


 葛城家が何宗に入ってるのかも分かってないくらい、宗教に対する免疫のない私にはこの手の問題は深くかかわり合いになりたくないっていうのが本音だ。

 怖くね? なんか最も土足で踏み入れちゃいけないゾーンのような気がするんだけど。

 というわけで、そっとじです。

 

 マクシスさんの件については、非人道的過ぎるし、私や興津さんに関する問題でもあるからどうにかしたいけど、それ以上の事は私みたいな小娘が口出しする事じゃないと思う。

 

「まぁ本当に隠し扉が出現したんだったら壁の四辺のどっかだろうから、すぐ見つかるよね」

「魔術で作られた扉ならそうとは限りませんが」

「…………」


 しまった。私この世界まだ舐めてた。そうか、私の常識なんてホームランで場外どころかドームの外にまで放り出される世界だった。

 思い出したけど、そういやトイレのドア開けたらこの世界に来ちゃったんだったよ。

 すっかり忘れてた。

 

「ありました」

「はやっ!! 私がちょっと思い出に馳せてる数秒の間に!?」


 有能過ぎるでしょうよディーノさん!

 セツカさんが働いている王立図書館に比べたら狭いとはいえ、それなりの空間だよここ!?

 

 音がした方向は大体分かっていましたので、と出来る男アピールをされ、何故かドン引きする私。

 ほんとこの人の能力って人間離れしてるなぁ。それとも訓練すれば人ってここまで能力値上げられるものなんだろうか。

 

 ディーノについて扉の前まで行くと、マジで常識通じねぇな、と感心してしまうくらいにとんでもない、、部屋のど真ん中にある本棚が真ん中でぱっくり割れるように左右にずれて、その間にものものしい扉が出現していた。


「ふむ、これどうやって元に戻せばいいのかな」

「触った本を元の位置に戻しましたが、何も起こりませんでしたしね」

「ディーノ踊ってみて? もしかしたら」

「もしかしない」


 ツッコミも早っ! 迅速かつバッサリ過ぎるわ。全くもう。せめて最後まで言わせてくれたっていいじゃない。

 

 でもどうしましょうね、図書館のど真ん中にこんな扉が出て来ちゃって、知らない人見たら仰天するだろうね。それとも神官さん達は皆これ知ってるのかな。

 

 そっと扉に触れてみた。

 

「っ!!」


 全身を何かが駆け巡るような、奇妙な感覚に襲われて反射的に手を引っ込める。

 

「どうした!?」

「あ、ううん、静電気、みたいな」

「みたいな?」


 私の曖昧な返事に、ディーノは眉を顰めた。

 大丈夫、なんともないと重ねて言うと、彼はそれ以上は何も聞いて来なかった。

 

「……ディーノ、これ、このままにしとこう」

「ハル?」

「私達があれこれ弄るより、フランツさんに言って直してもらった方が早そう」


 私はそう告げると、扉から目を離してディーノの手を引いて図書館を足早に出た。

 

 出てから振り返って、もう見えない扉に目を向けた。

 あの扉に触れた瞬間に聞こえたのは一体何だったんだろう。

 

『葛城悠、今夜迎えに行くよ』


 男の子の声だった。まだ声変わりする前の、幼さの残る声。

 扉の向こうに誰かいたのだろうか。

 もしかして――


 声の事はディーノには言えなかった。どうしてなのか、私自身にも分らないけど。ディーノには言わない方がいいとそう思った。

 


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