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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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 丸いテーブルに三人がトライアングルを作るようにして座る。

 お茶とお菓子がセッティングされていて快適素敵。

 

 ああやっぱ自分の部屋が一番落ち着くわぁなんて。私はいつの間にこんなにここに慣れてしまったんだろうか。

 お城暮らしに慣れてしまったら。日本に戻った後にどうしたって苦労しそうだ。

 

 というわけで、興津さんやセツカさんと日本の話をたくさんして、向こうの感覚を取り戻そうという目論見です。

 

「はぁ? なにやってんの?」


 だというのに興津さんにいきなり、私がメイド服着てディーノに会いに行った時の話をさせられて、伝え終わったと思ったらテーブルに肘ついてる彼女に呆れられた。

 

 一体私の話のどこにそんな呆れる要素あったの!? 泣いたよ、涙まで流したんだよ!?

 

「そこで出てくんのが女友達て……。実はいた彼氏とか、片思い中の男とかがパッと出てくるところでしょうが! 修羅場の一つもないなんてどうなってんのよ、最近の女子高生はっ!」

「興津さんの高校時代こそどうなってたのか気になるわっ!!」


 修羅場か。常に修羅場だったのか。場数を踏み荒らしまくっていたと言うのかこの美人は!

 

「ちょっとセツカさん」

「いや、ない。その展開で女が出てくるのはない。盛り上がりに欠ける」

「ひっでぇ! そんな物語じゃないんだから、早々美味い事山場に持って行けませんて!」


 残念ながら私は盛り上がりとかいちいち考えて生きてないわ!

 興津さん叱ってもらおうと思ってたのに、予想外に私がダメ出しされてしまった。人生の。

 

「まぁでも、聖騎士と狼族だけでお腹いっぱいよね。その上過去の男なんて出てきたら逆に興醒めかもね」

「どうしても私の存在をフィクションにしなきゃ気が済まないんですね」

「ああ、そうだそうだ、あんたどうすんのよ」


 いつの間にかお茶から果実酒に手に持つも見ものを変えている興津さんがニヤニヤと笑いながら問うてきた。

 

「騎士も狼も素直にあんた帰しそうにないじゃん、いっそ日本連れてく?」

「行きません! 仮に行けたとして、あっちでどうやって生きてくんですか。戸籍もないのに。ディーノ何人ですかホズミの猫耳と尻尾どうすんですか!」


 ちょっと言ってみただけ、という風な興津さんは笑ったまま答えなかった。

 本気でこの世界の住人をあちらに連れて行けるなんて、彼女だって思っていないのだろう。

 

「それにディーノはちゃんと私を責任持って日本に帰してくれるって約束してくれてるんですから、どうするもこうするもありません」

「ふぅん? あの騎士がねぇ」


 疑わしいと言わんばかりの目を向けてくる。

 人の事ばっか言って、興津さんだって兎青年どうするんだっつの。いや興津さんが帰った後彼がどうするのか、少なからず心配していたから、彼女も離れる事を大前提で物事を考えているんだろうけど。

 

「でも……そうね。わたしもあんまり真剣に考えてなかったわ。上総達が日本にいずれは帰っちゃんだって」

「セツカさん……」


 目を伏せて切なげにつぶやくセツカさんに胸がきゅっと痛む。

 興津さんも何と返事をしたものかと迷っているようだ。

 

「私だって辛いわよ。折角再会出来たっていうのにまた離れ離れなんて。しかも……しかもあんたとあのデタラメなイケメン騎士との行く末を爆しょ、見守れないなんて」

「おいあんた爆笑してたのか。わたしが頭抱えてるっつーのに爆笑してたんかい!」

「するっしょ! そりゃするっしょ!」


 けったけた笑ってるよ。心の友の恋煩いを笑い飛ばしちゃってるよ。

 いやしかし、私とてとても残念だ。私がこの世界に居る間にセツカさん達に進展があるかどうかと言われたら、まぁ無さそうなんだもの。

 

 時にハラハラ、時にニヤニヤしながら観察していたいのに。

 デタラメなイケメンことヒューさんに甲斐性というものが突然変異でも何でもいいから備わんないかな今すぐ。

 

「あれ。でも頭抱えてるって? ヒューさんとの間に何かあったんですか?」

「何かっていうか、何であんないちいちわたしに突っかかってくんのかと思って」


 え、そりゃセツカさんにホの字だからじゃないんですか?

 好きだから傍に居たい構いたい。でも素直になれなくて心にもない事ばっか言っちゃう。イジワルしちゃう!

 

 なんていう小学生男子みたいな思考回路なんじゃないの、ヒューさんって。

 ……さすがに失礼かな。いやでもことセツカさんに関しては唖然とするような言動するからなぁあの人。

 

 それ言っちゃダメでしょ! って事言っちゃって、案の定ブチ切れされちゃったりとか日常茶飯事だよ。

 

 ルイーノが一度目の当たりにして、すっごいビックリしてた。目を真ん丸にした後、今度は無表情で「何ですか、あの抉り甲斐のある人」って私に訊いてきた。

 いつもの間延びした口調でもなけりゃ、悪戯めいた表情すら浮かべず。弄り甲斐じゃなく、抉り甲斐ときたもんだ。


「やれやれ。じゃあ場も温まった所で、そろそろメインイベントと行きますか!」

「そうですね!」


 ぐっと拳を握りしめて奥津さんに賛同する。

 敢えて我が身を犠牲にして場を盛り上げた甲斐があったというもの!

 

 なんか察して露骨に嫌そうな顔するセツカさんに二人がかりで迫る。

 

「セツカさんとヒューさんの馴れ初め教えて下さい!」

「あんたと騎士ってヤッてんの、ヤッてないの!?」


 あっれ、興津さんと私の聞きたい内容が微妙に違う気がしたんだけど。

 同時に喋ったから完全に聞き取れたわけじゃないけど、なんか違ったよね?

 

「馴れ初めって言われても」

「おい私のは無視かよ」

「うっさいな……アイツとの馴れ初めから話せば分かるっつの」


 というわけで、話してくれるようです。無理かなって思ってたのに、さすが前世の友人興津さん。

 きっと私だけだったらはぐらかされて終わってたんだろうな。

 

「そもそも、アイツは親同士が決めた許婚で」

「許婚!? あんなイケメンと!? 羨まし過ぎるだろ!」


 うん確かに。労せずしてあんな美形ゲットするなんて、確率的に妖怪と仲良くなるより難しいんじゃないかな。

 

 興津さんが興奮するのも納得だけど、その婚約がどうなったのかは今の二人を推して知るべしだ。

 

「わたしは成長すると同時に、前世つまり日本で生きていた頃の記憶も自然と習得していったの。二歳になったら過去の二歳、五歳十歳……こちらで生きたのと同じ分だけもう一人分の記憶が脳内を占める。知らない言葉、習慣、地名、色々と語っては大人達を困惑させたものよ。

最初は子供の妄想か何かだと思っていた周囲も、聞いた事もない言語をすらすら読み書きし始めた頃から見る目が変わって、わたしを気持ち悪がり始めたわ。……親兄弟もね。

そんな中、たった一人ヒューイットだけがわたしの話をちゃんと聞いてくれた」

「ヒューさん……昔は普通に良い男じゃないですか」

「いいえ。彼はただの天使よ」

「天使!?」


 急に熱のこもり始めたセツカさんに、思わず驚きを返してしまった。

 いやだって、確かにヒューさんの見た目はこの世のものではないと言っても過言ではないくらいだけど、だけど……中身が残念で天使ってのは似合わない。

 唖然とする私に、セツカさんは冷めた目をしながら「昔の話よ」と吐き捨てた。

 

「昔のあいつは、マジ天使だったんだから。今みたいに嫌味も言わなけりゃふてぶてしくもないし、目がクリクリしてほんっと可愛らしくて……誰も相手にしてくれない私に寄添ってくれる優しい子だった。

そんな許婚のお兄さんを好きにならないわけがないじゃない」


 おおおお! 拍手をしそうになる両手を必死で握りしめて耐えた。

 好きって言ったよ。セツカさんがヒューさんの事好きって言ったよ!

 

 まぁでも子供の頃のセツカさんの置かれた状況を考えると、ヒューさんに惹かれるのも無理ないよね。

 私でも間違いなく惚れるわ。だって親でさえこの子何言ってんのって取り合ってくれない中、たった一人受け止めてくれたわけでしょ?

 

 きっとヒューさんが当時のセツカさんの心の支えだったんだろうね。

 

「十五歳になった時、両親とケンカしてね。そもそもあの人達は私を疎んじてたしケンカ自体は日常茶飯事だった。父親に存在を否定されるのも母親に拒絶されるのも慣れたものよ。けど、その時違ったのは間にヒューイットが入った事だった。仲を取り持とうとしたのね。

それであの人はわたしにこう言った。

『ご両親は本気で君の事を心配している。君の創造する話はとても面白いが、もう少し現実に目を向けたほうがいい』」


 微動だにしない私と興津さんから目を逸らし、セツカさんは冷たくなった紅茶で喉を潤した。

 

「要するにアイツだってわたしの話を微塵も信じちゃいなかったのよ。笑顔で相槌打って、まるで理解したように聞いていたけど、ただの妄想癖の女の子だと思ってたんでしょうね」


 まぁ、否定せず聞いてくれてただけ、他の人よりは随分と良かったけど。

 そんな風に締めくくったセツカさんに、なんと言えばいいのか分らなかった。もう、この胸の内をどうすればいいのか分らなかった。

 

「あいたたたぁー」

「くっ……」


 私と興津さんは同時に顔を上向けて目頭を手で押さえた。別に示し合わせたわけではない。

 

「どうしたのよ二人共」

「なんかその男が痛過ぎて目頭熱いわ」

「ううぅ……ヒューさんの期待の裏切らなさに涙が零れそうです」


 バッカじゃないの、ていうかバカでしょヒューさん!

 その局面で何故そんな事言っちゃうの。何が原因でセツカさんとご両親の関係がそこまで拗れてしまったのかも、何もかもヒューさんは知っていただろうに。

 

 それでも前世を無かったことにしなかったセツカさんが、唯一寄る辺にしていた大好きだったヒューさんにそんな事言われたら、どうなるかなんて考えるまでもないじゃない。

 

 私が日本人だからそう思うのか。この国の人には、この感覚は想像も出来ないのだろうか。

 そんなわけないと思う。少しでも想像力があれば分かってあげられるはずだ。

 

「で? それで腹立ってビンタの一発でもかまして婚約解消を高らかに宣言したったの?」

「いや。笑顔でヒューイットの提案を呑むフリしてその場は穏便に済ませて、その後一切会わなかった。ヒューイットとも両親とも」


 う、うわー。思い切りがいいなー。うん。昔っからセツカさんはセツカさんだったんだね。やりそうだよ、目に浮かぶよ。

 家を訪ねてきたヒューさんをすげなく追い払う様が。

 

「何もかも嫌になって家出を決意した時にたまたまソレスタ様と出会って、彼はわたしの話を本当に信じてくれたし新しい居場所を与えてくれたの。一生の恩人だわ」


 そしてあのソレスタさんに良いトコ持っていかれてやんのー!

 それにしたってソレスタさんの神出鬼没さには驚きよりも呆れが勝ってしまうのはどうしてだろう。

 

 見逃さないよね。自分の知的好奇心が満たされそうな場所や人物は何処からでも見つけ出すよね。

 

「そんなこんなでセレスティナ ファリエールって名前を捨てて、セツカ ロッカになったというわけよ」

「セ、セレスティナ!? 似合わねーっ!! セツ子はセツ子でしょうよ!」

「うっせー! セツ子ちゃうわ!」


 なんというかもう涙が禁じ得ません。

 ヒューさんの安定した不甲斐なさとか、セツカさんが一人で立ち直ってしまっている事だとか。

 話をしている間のセツカさんは無理をしているという感じはしなかった。過去の事として自分の中でちゃんと整理が付いているような。

 

 だけどヒューさんの方はどうだろう。セツカさんに避けられた当時どう思ったんだろう。今彼はどんな気持ちでセツカさんと一緒にいるんだろう。

 

「でもまぁ、セツ子があの男を冷たくあしらってる理由は良く分かったわ。てっきりヤり逃げされたんだとばっか思ってたけど」

「上総あんたさっきからそればっかりね」


 呆れながら苦笑するセツカさんの表情はとても大人びていた。

 年上のはずのヒューさんよりもずっと。

 

 それは日本で二十年間生きてきた記憶が上乗せされているからとか、そういう理由じゃきっとない。

 この世界で生きて、彼女が培ってきた経験や思いがそうさせているんだろう。

 

 ヒューさんがもしセツカさんの事を想っていて、関係を修復したいと望んでいるなら、めちゃくちゃ頑張らないと無理だよ。

 

 そう思うとまた目頭が熱くなった。

 

 

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