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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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 その人は金髪碧眼の正統派ファンタジーイケメンでした。

 ディーノがストイックならこの人はプレイボーイなイメージ。

 

 艶やかな金髪は肩を超すほど長い。少し垂れた碧の目は少し垂れていて色気がある。踝に届くほどのロングコートは純白。ボタンやベルトや腕章等の装飾品はすべて金。

 見た目年齢は王様と同じくらいかな。

 

 ディーノが彼を認めると一歩後ろに退いて頭を下げた。やはりというか、やんごとない身分の方らしい。

「ディーノ、頭をあげてちょうだい。アタシ堅苦しいの嫌いって言ってるでしょ?」

 おやや?

「申し訳ありませんソレスタ様」

「もうやぁねぇ、やぼったい男だこと。そんなんじゃハルちゃんも嫌気が差して逃げちゃうわよ。ねぇ?」

 ねぇと言われましても。ていうか会話の内容が全く頭に入って来ない。ちょい待ち。いや待ってください。

 この人の口調がオネエっぽく聞こえるのは私が異世界から来たせいかしら? 私は日本語喋ってるし相手も日本語喋ってるようにしか聞こえないけど、でもそんな訳ないよね。

 きっと脳内で勝手に翻訳されてるんだろう。そうなるとこの人の言葉を私の脳が失礼にも自動でオネエとして解釈しちゃってるって事だ。

 無意識のうちにやってるんだからどうしようもないにしたって、これはさすがにこのイケメンに対して無礼にも程があるだろう。

「あんな男は放っておいて、アタシ達女同士で楽しくお喋りしましょ?」

 無礼でもなんでもなかった! 正真正銘のおネエマンだった!

 アタシ達って、アタシ達って同じ括りにされちゃったよ!? 確かに心は女なのだろうけど、外見が超女タラシっぽいイケメンに言われるとどうしてか傷つくわ。何かに惨敗した気分だ。

「ソレスタ様、お戯れはほどほどに」

「あらディーノほどじゃないと思うけど?」

 ふん、とそっぽを向くソレスタ様とやらはやっぱり綺麗な横顔をしていらっしゃいます。

 ディーノと彼を交互に見やる。見た目も中身も正反対っぽい二人だけど、ちょっとお似合いかもしれない。

 惜しい! 腐女子の友人がいたらさぞかし大興奮だったろうに。見せてあげたいものだ。写メ撮って帰ってあげようかな。

「ハルちゃん」

「ふえっ! なんざましょ!?」

 危ない思考に走ってた所に急に話し掛けられたもんだからビックリして変な日本語になってしまった。

「自己紹介がまだだったわね。アタシはソレスタよ。お近づきの印にキャサリーンて呼んでね」

「え、どこから出てきたのキャサリーン!? しかも思いっきり女の名前だし! 何それ源氏名!?」

 ……思わずツッコんでしまった。我武者羅にツッコんでしまった。良く知りもしない身分の高そうな人に全力で。投げられたボケはどんな変化球でも打ち返したくなる性分なんだもの。

 ぱちくりと目を瞬かせたソレスタ又の名をキャサリーンさんは、次の瞬間声を上げて笑った。隣にいるディーノも苦笑い。

 どうやらお咎めなしのよう。

「予想以上に鋭いツッコミだわね。思わず惚れちゃいそうよ」

 は? あれキャサリーンさんは見た目は男、心は女なんですよね?

「何を考えてるのか分りやすい花嫁ね。アタシは見た目は男、心も男よ」

「だったらその喋り方なんぞっ! ていうかさっき女同士って言った!」

「さっきのはちょっとした言葉のあやよ。男心を追求して行き着いたのがこの喋り方だったの。本当は男っていうのはこういう喋り方をしたいものなの」

 ばっ!! と素早くディーノを見た。彼は全力で首を横に振って否定した。ですよねー。

 自分の物差しで人を測るもんじゃない。世の中の男がみんなキャサリーンと同じだと思っちゃいけない。

 キャサリーンさんって悪い人じゃないんだろうけど、相手してるととっても疲れる。

「ガラス突き破るなんて大胆な登場する花嫁初めてだったからどんな子かと思ったけど、いい子そうでお姉さん安心したわ」

「やっぱり心は女なんじゃない!」

「ほほほ! ある時は正体不明の謎の美女キャサリーン、またある時は大賢者ソレスタ様とはアタシのことよ!」

 あなたの事ですか! ていうかその正体は!? 一番大事な「その正体は!?」の部分が抜けてます大賢者様ぁ。ん?

「だ、大賢者!?」

 先に正体を言ってしまっていたのか。それは反則です。お陰で驚くのが遅れた。

「そう。アタシがここと貴女の世界を繋げた術者で、無駄に長生きしてるものだから大賢者なんて呼ばれてるソレスタよ。以後お見知りおきを」

 長い長い前置きを終え、大賢者様は私に自己紹介をしてくださったのだった。

 この人面倒くさいです。

 

「それで、ハルちゃんはどうしてここに来たかったの?」

「何か私が連れて来られた理由に繋がるようなものがないかなぁって。まぁ最初からそんな期待してたわけじゃないんだけど」

 聖騎士に導かれて最初に辿り着いた場所なら、この世界に来るのが私じゃないといけなかった理由が隠れてないかって思った。

 原点に立ち返ろうというか、殺人事件の犯行現場はくまなく調べるみたいな。

 しかしここにあるのは私の器物破損の傷跡が生々しく残っているくらいだ。

「そういうソレスタさんは何で?」

「ハルちゃんが罪悪感に苛まれてるって聞いて直しにきたのよ」

 言いながら手の平を前に翳す。するとぶわりと風が舞って何処からともなく杖が出現した。

 私の身長を裕に超す長い黄金の杖でトンと床を叩くと、ソレスタさんの足元に青白い円陣が浮かび上がった。

 今度は杖を器用に片手でくるりと回してから横へ振る。円陣の輝きが増し、散らばっていたステンドグラスの破片がカタカタ揺れて動き出す。

「あ」

 と言う間の出来事。私がソレスタさんを凝視していたのはそこまでで、次の瞬間横から伸びてきた手に引き寄せられ視界が遮られた。

 目の前には少し硬めな素材の布地。赤と白。ディーノに抱き込められたのだと気付いたのはそれから遅れる事数秒。

「ディ、ディーノ!?」

「お怪我はありませんか?」

 大やけどを負ったような気分ではあるけど、ディーノが言いたいのは心情的な事じゃないよね。

 怪我? と思いながら体を見渡していると、つーっと温かいものが頬を伝った。

 咄嗟に手で拭き取って確認すると真っ赤な鮮血だった。

「なっ」

「ソレスタ様!!」

 一度は緩んだディーノの腕の拘束がまたきつくなる。珍しく声を荒げてソレスタさんを非難している。何が何やら私にはさっぱり分らない。

「あらぁ流れ弾に当たっちゃった? 御使いのクセに案外運が悪いわね」

 運が悪いからこんな異世界トリップだなんて非現実的な事件に巻き込まれたんじゃないだろうか。

 何かで切ったらしい頬がびりびりと痛みを訴え始めている。紙とか刃物で切った時の痛みに似ていた。

「すみません、拭う物を持ち合わせてませんので」

 ディーノが服の袖の部分を私の頬に押し当てようとした。

「ちょおー! ダメダメダメ服はダメ! 洗っても血はなかなか取れないんだからっ」

 躊躇いもなく一張羅っぽい隊服を汚そうとしたディーノから大慌てで距離を取る。不満そうに眉を寄せてもダメなんだから。

 騎士なんだから血にそれほどの抵抗がないのか、そもそもそういった事に頓着がないのか。どちらにせよ私としては他人様の服を汚すなんて許される事じゃない。

「やーいフラれてやんの」

 ぷぷ、なんて馬鹿にしたようにディーノを笑うソレスタさん。あんた大賢者なんだろう大人げなさ過ぎないかその態度。

「ソレスタ様……女性の肌を傷つけておいてどうしてそう平然としていられるのです」

 おえ? これってソレスタさんのせいなの? 急にスパッと切れたからカマイタチのせいかと思ってたよ。ファンタジーの世界だからこういうのも普通にあるのかなって。

 これ、過失なの?

「ソレスタさん?」

「勿論態とじゃないわよ? ちょっともしかしたらーって考えなかったわけじゃないけどぉ、あんな大事そうにディーノが庇うんだもん、大丈夫だと思うじゃない」

「前もってどういった術を使うのか教えていただいていれば、きちんと対処出来ました」

 またしてもディーノらしくないような、ぶすりと不貞腐れたような表情で憮然と返す。私には騎士然とした丁寧で紳士的な態度を崩さないけど、ソレスタさんには結構幼いというか、自然体で喋っている。

 良いもの見せてもらった気分なので、ソレスタさんの悪びれない態度に若干イラッとしたのはチャラにしてあげよう。

 あっと、話が逸れた。ソレスタさんが術を使ったのは分っていたけど、結局何をしたんだろう。

 とか今の今まで気づかなかった私の洞察力の無さが一昔前の少女マンガの主人公並みの鈍さで自分でビビった!

「ステンドグラス綺麗!!」

 床に這いつくばって無残な姿を晒していたガラスの破片が、元の天井に大人しく収まっている。という事は聞くまでもなくソレスタさんは術でこれを直したんだろう。

 じゃあ破片が飛んでいくときに私の頬を掠めていったんだな。確かにディーノに庇われていたのに当たったというのは逆にすごい確率だ。私に覆い被さっていたディーノは無傷だっていうのに。

「そう言ってもらえたら直した甲斐もあったってもんだわ」

 なるほど、罪悪感がどうのってのは私がどう償おうか悩んでた事を指してたのか。そう言えば王妃様とかにもさり気無く相談したなと今思い出した。

「ああもう怖い顔しなさんなっての」

 鬱陶しそうに顔を顰めたソレスタさんの視線は無言で攻め続けるディーノの方へ向いていた。

「このくらい舐めればすぐ治るわよ」

「ふざけるのも大概にして下さい」

「ふざけてなければいいのね?」

 じゃあ見てなさいよ、とソレスタさんは私の頬を両手で挟んで上向かせると、なんの躊躇いもなく頬の切り傷をベロリと舐めた。

 ざらりとした舌の感触に背筋が粟立つ。

 

「ぎゃあああああっ!!」


 今度こそわたしは大声で叫び、それ以上の音を響かせて美しい大賢者様の顔に平手打ちを食らわせた。

 

 ぴろりろりーん、ハルの攻撃力が十上がった。

 


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