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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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 地球人が魔法を使うなんてのはあり得ない。あっちにだって魔女だとか魔の力っていう概念は確かにあるけれど、それを駆使する人っていうのは現実的に考えていないというのが一般的。

 

 私だってそんなファンタジーはあっちの世界にはないと思っている。思っていた。

 マジシャンと呼ばれる人達もあれはちゃんとトリックのある奇術師なわけで、種も仕掛けもなく火を吹くとか瞬間移動するとか、そんなものあったら、あそこまで科学は発展しなかったろう。

 

 なのにたった今目の前で興津上総という人は、魔法を使って見せた。

 

「魔法少女なんて私だって信じられなかったわ。日本にいた頃なら相手の尊厳ぶっ壊す勢いで馬鹿にしただろうけど、こうやって自分がなっちゃったらそうも出来ないわよねぇ」


 くるりくるりとバトンの要領で杖を回す興津さんに、ぎょっと目を剥いた。

 

「魔法少女!? 興津さん確実に社会人ッスよね!? イタイよ!!」

「分かってるっちゅーねん! 私も言われた時ドン引きしたわ! だから魔女って名乗ってんじゃねぇかっ!!」


 さっきから興津さん口悪い……。舌巻くように喋るからちょっと怖い。

 ずっと身を乗り出し気味に喋ってた私がすっと引いたのに合わせて、黙っていたホズミが私の膝の上に乗ってきた。あ、狼の姿になってる。

 

 私の膝に乗って、前足はテーブルの上に。ちくしょう、どんだけ可愛いんだよホズミ!

 まだ新しい可愛さを隠し持ってたなんて罪深い子だよ、どうしようもないな。

 

 無防備に私に背中を見せるホズミを後ろから抱きしめてホクホクとていると、頭をがしっと掴まれた。

 な、なに!? 振り向くとニッコリ笑うディーノがいた。ひっ! 笑いながら怒らないでめっちゃ怖っ!!

 

「魔法少女なんて初めて聞いたけれど、言われたというのは何方どなたかに、ですわよね?」

「ええ。ですから、神様にです」


 本当、見事としか言いようのないくらい瞬間的に礼儀正しくなってみたりぶっ飛んだりと、すごい態度の高低が激しい人だ。

 

「神様に、会ったんですか?」

「ええ。というか貴女は会った事がないの? なのに神の使いを名乗ってたなんてね」


 完全に馬鹿にされた。

 ああいいよ、そっちがその気ならなぁ!

 

「ハルは黙っていて下さい」


 口を開きかけた私を制するようにディーノが喋った。

 ていうか、何その言い草! 私が喋ったら話がややこしくなるとでも!?

 

 私とホズミが同じタイミングでディーノを見上げた。あんた何言ってくれちゃってんの、と私は睨んでるしホズミは若干歯を剥いている。

 しかしディーノはまるで私達が見えていないかのように華麗にスルーしてみせると、興津さんを真っ直ぐに捉えた。

 

「ユリスの花嫁は、聖騎士である私が望み神がこの世界に遣わせた方です」


 興津さんはに三日月型に唇を持ち上げる。

 知っているという意味なのか、半分以上ヴェールに包まれているからよく分からない。

 

「私は、聖騎士の使命は魔を打ち払う事と、ユリスの花嫁を何に代えても守り抜く事だと思っています。その為に神に聖剣を託されたのだと」


 手を翳すと音もなく聖剣を出現させたディーノは、それをそのまま私の方へと差し出した。

 意味が分らず首を傾げながら、恐る恐る手に取る。

 

「この剣は私がユリスの花嫁に捧げる意志そのものです」


 はっとディーノと剣を交互に見た。

 自らの命を賭しても守り抜く意志のその表われ。

 

「ハル、それを魔女殿に渡して下さい」

 

 え? 聞き返そうとしたのに、喉が張り付いているみたいに声が出なかった。

 ディーノはただ私を見返してくるばかりで、何を考えているのかさっぱり分らない。

 

 何の力もない私はやっぱり間違えて連れて来られて、本物のユリスの花嫁は興津さんだったという事だろうか。

 ディーノが守るべきは興津さんだから、彼女に渡せっていいたいのかな。

 

 聖剣を握る手が小刻みに震える。緊張で汗ばんでどんどん指先から冷えていくのが分かる。

 

 鞘がなく刃がむき出しになっているけど、握っても肌傷つく事は無かった。


「…………」

「あらどうも」


 無言で興津さんへと差し出すと、彼女は軽いノリで聖剣に手を伸ばした。

 私が触っているからか、平然と刃の部分を掴む。

 

 その、彼女の爪先まで綺麗に整えられている手に聖剣が渡った瞬間、パァと目が眩むほど光が走った。

 

「な、なに!?」


 ここにいたみんなが目を瞑ったり手で覆ったりしながら、状況が把握できずにキョロキョロとしている。

 私もその一人で、視界がチカチカしてよく見えないながらも辺りを見渡していると、この中でディーノと興津さん二人だけが冷静にただスッと立っているのに気付いた。

 

「ディーノ……?」

「ご覧の通りですよ」


 ……? ご覧の通りと言われても、何も見えないのですが。むしろ視界が遮られてしまっているのですが。

 ぽかんとする私に彼はクスリと笑った。

 徐々に元に戻ってきた目で確認する。けれど、うん、ディーノが何言いたいのかさっぱりだわ。

 

「聖剣はその魔女を拒みました」

「えっ!?」


 驚いて振り返り興津さんを見てみると、彼女の手には何も握られていない。

 

「さっきの光は、聖剣が不当な者の手に渡った際の拒絶反応です。この剣は自ら手にする者を選ぶように出来てますから。その点ハルは普通に持ててましたよね」


 にこりと、ディーノをよく知らない女性が見たなら一瞬で恋に叩き落されそうな甘い笑み。

 しかし私とマリコさんはひくりと頬を引き攣らせ、ラヴィ様は「けっ」とお姫様としてやっちゃいけない態度だし、王妃様は「奇術師みたいねぇ」と相変わらず。

 

 興津さんは……紅を綺麗に引いた唇をへの字に曲げていた。

 

「ちっ、やっぱ無理かぁ!」


 ヤケクソになっているような、吐き捨てるような一言だった。

 

「あんま期待はしちゃいなかったけどね。……ヨエル!!」


 彼女がさっと片手を上げたと同時に旋風が巻き起こった。興津さんを守るように風の壁を作る。

 木々の間から飛び出してきた人物が彼女の傍らに立った。

 

 ひょろっとした細身の青年だった。真っ白な髪に赤い瞳、耳は細く長い。

 

 う、ウサギだと!? 兎族だ、獣族だ!! バニーガールならぬバニーボーイですか何だそれテンション上がる!!

 

「ホズミ!」


 野生の血が滾るのか、ウサギを見た瞬間から毛をざわざわさせていたホズミに合図を送る。

 すると待ってましたと言わんばかりにホズミはテーブルに乗り上がって、そこから興津さん達目掛けてジャンプした。

 

 くるりと空中で一回転して人型を取ると、爪で引っ掻いて風の壁を見事に破る。

 内側に侵入したホズミは迷いなくウサギの青年を標的に定めて飛びかかった。

 

 狩猟本能むき出しだ……。普段のホズミはどっちかというと温厚なタイプだから、ああいうの見るとビックリするよね。

 

「殺しちゃダメだよ!!」


 私の声がちゃんと届いているかは疑問だけど、一応釘は刺しておく。危なくなったらディーノに泊めて貰わなきゃ。

 ウサギさんの方がかなり年上っぽいし、上手くかわしているから多分だ丈夫だろうけど。

 はいさて、じゃあ今のうちに。

 

「興津さん! あなたはどうやってこっちの世界にやって来たんですか、何が目的ですか」

「言ったじゃない、私は無理やり連れて来られたの。マクシスとの約束を果たさなきゃ日本に帰れない」

「マクシス……?」


 ずーっとずーっと存在感を消去していたザイさんが、初めて口を開いた。

 呆然とした様子で、自分でも気付かないうちにといった風な呟き。

 

「お前、マクシスを知っているのか!?」

「あらお兄さんあのペテン師の知り合い?」

「あいつは今どこにいる!?」

「そんなの私が知りたいわよ! 探してんの、いないから困ってんの!」


 焦っているザイさんと苛立っている興津さんの掛け合いは、何とも実りのない水掛け論になっている。

 お互いマクシスという人物の所在を知りたがっていて、でもどっちも全く有益な情報を持っていない、っていう感じかな?

 マクシス……聞いた事ないなぁ。

 

「ザイ!!」


 同じく空気と化していたフェイランくんがぴしゃりと従者をいなした。

 我に返ったザイさんが頭を下げて黙る。

 興津さんは舌打ちをしながら長い杖をまた出した。

 

「ヨエル、退くわよ」

 

 カン! と木の幹に杖を当てた瞬間ぶわりと風がまた舞って、忽然と二人の姿が消えた。

 

「一応、城内をくまなく探せ。警備を固めろ」

「街の方にも兵を送りますか」

「いや、深追いしなくていい」


 マリコさんに指示を出しながら、ディーノは興津さん達が見つかるとは思っていないようだった。

 念のためといった指示なんだろう。

 私も、彼女達が見つかるとも、すぐまた危害を加えてくるようにも思えなかった。

 

 そもそも興津さんは私達に向かって攻撃を仕掛けてくるようなことは無かったのだから。

 ウサギの彼もホズミに対して防戦一方だったし。

 目的は、ただマクシスという人を見つけて日本に帰る、それだけなのだろう。

 

「……ディーノ、マクシスって?」

「さぁ心当たりのない名ですが。その辺りはロウランの方々に窺った方がいいでしょうね」


 ひどく冷静、というか若干面倒臭そうにチラリとフェイランくん達を横目で見る。

 最近めっきりディーノの性格が冷めていってる気がして私ちょっぴり悲しい。これが元来の彼の姿だと言われたら仕方ないんだろうけれど。


「まったく、ランチが台無しだわ」


 スカートを払うラヴィ様もやれやれと言った表情。

 

「フェイラン様、ザイ様。御話は追ってお伺いいたしますわ。今はわたくし達も冷静に聞ける状況でもありませんし」


 これまた冷めた表情で王子達を一瞥した。ラヴィ様強し。

 

「ではお姉様もお部屋へ帰りましょう?」


 十二歳の女の子に促されて私とホズミは無言で頷いて後に続いた。王妃様もにこやかについてくる。

 ディーノとマリコさんは現場に残って後処理だよ。いつもの事だけど本当ご苦労様です。

 


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