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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第三章 ユリスの花嫁
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 自分が身に着ける服やアクセサリーって、中には仕方なく買う事もあるだろうけど大抵は可愛いと気に入って買うものだよね。

 で、そう思って買ったわけだから早く試したくて私はすごくうずうずしちゃうわけです。

 買い物の途中で休憩に入ったカフェとかで開封してアクセとかつけちゃうわけです。

 

 そんなわけで、只今カフェテラスにて絶賛お試し中。今回買ったのは髪を纏める髪飾りとリボン。しかも何種類も。

 耳の上に一つ飾りを自分に付けて、翠色の石がついている綺麗なリボンを取り出してセツカさんに笑いかけた。

 

「あら可愛いわね」

「でしょー、セツカさんに似合うと思って」

「……え?」


 がたがたとイスをセツカさんの傍に寄せて後ろを向いてもらう。

 簡単に一つに束ねられていただけだった髪を一度ほどいて、くるくると巻きながらもう一度纏める。

 本当は編み込んでみたり色々遊びたいんだけど、櫛も何もないし折角綺麗な髪がほつれちゃったら困るから断念した。

 

 最後にリボンを巻いて仕上げる。ネープルスイエロー ……とセツカさんに言われたけど私には馴染のない色名だったから、ロイヤルミルクティー色だと思っている髪に翠がとても映える。

 

「見て見てヒューさん、綺麗ですよねぇ」


 セツカさんの肩に手を置き、腕組みして明後日の方向を睨んでいるヒューさんに問いかける。

 ヒューさんは前に置かれている珈琲を口にしながら、面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。

 

「どうでもいいが何時になったら帰れるんだ?」

「…………」

「…………」


 言った瞬間、私とセツカさんの顔からすっと表情が抜け、ディーノは高速で目を逸らして我関せずの姿勢を取った。

 

「ヒューさんって……女の人と付き合ったことないんじゃないですか?」


 ぶーっ!!

 飲んでいた珈琲を見事に吹き出したヒューさん。

 きったなーっ! と私とセツカさんは慌てて立ち上がり二人揃ってヒューさんを大いに詰る。

 

「なん、お前、何言って!」

「何言ってんだ、はヒューさんでしょうが! あんなお約束で無粋極まりない台詞が出てくるとは思いませんでしたよ。なんて残念な美形……」

「ていうかあんた貴族の端くれでしょうが、もっと紳士的な物言い出来ないわけ?」

「お前だって曲がりなりにも子爵令嬢だろうが! 慎ましやかになれんのかセレスティナ ファリエール!?」

「はんっ、残念でした。私はもうただのセツカ ロッカです、あの家とは関係ありません」

「そんなものが――」


 というような感じで、途中からセツカさんとヒューさんの痴話喧嘩に移行されていった。

 うん、なんだか途中でセツカさんのお家事情なんかが見え隠れしたけど、ここは黙ってスルーしておくべきなんだろう。

 

「ハル、どうします? 先帰ります?」


 心底うんざりしたような口調で、しかしにこやかな表情のままディーノが問うてくる。

 丁寧に聞いてくるのが余計に怖いよディーノさん……。

 

 放って帰るのは流石に忍びないからと、こっそりお店を出て近くの露店でも見ていようという事になった。ちゃんとテーブルの上に書置きは置いておくのでいつかは気づくだろう。

 

 店を出ると、道に変な人だかりが出来ているのに気が付いた。

 なんだろうあれ……。じっと見詰めているとディーノが確認してきましょうかと尋ねてくるので首を振る。

 

 なんか、大道芸でもしてるのかもしれないねぇと適当な事言って露店に向かおうと後ろを振り返った。

 

「お久しぶりです、ユリスの花嫁様」

「ひぃっ!」


 あと一歩前に出てたらぶつかってたっていう位置に人が立っていた。手を合わせて拝む御老体。

 

「あ、お爺ちゃん! ほんとに久しぶり……ていうかまた一人で歩き回ってるんだ」


 拝む手を止めさせながらお爺ちゃんに胡乱な目を向ける。

 えぇと名前はなんて言ったっけかな。お爺ちゃんで定着しちゃったから記憶がおぼろげだ。

 好々爺な笑みを浮かべた小柄なこのお爺ちゃんは、実は元宰相閣下というとてもお偉い方で、現在は引退して王都で悠々自適な生活を送っているんだけど、よく一人でふらふら出掛けちゃうもんだからお屋敷の人たちは苦労しているらしい。

 

「ていうかお爺ちゃん。こちらにお孫さんがいますが」

「おやおや本当だ。いやぁ歳は取りたくないねぇ、めっきり男が視界に入らないようになってしまって」

「いやいや、お元気そうでなにより」


 ははは、と乾いた笑いが零れた。このお爺ちゃんどうしてこう、ね……。本当にディーノや侯爵と血が繋がってんのかって言いたくなるくらい軟派なんだよなぁ。

 いや侯爵はある意味似ているかもしれない。

 

 ……もしかしてディーノも私が知らないだけで、ダメだ考えないでおこう。精神衛生上あんまよくない気がする。

 

「御無沙汰しております、閣下」

「なんだ堅苦しいの。実に四年ぶりの再会だというのに。いや、違うか……つい一月半ほど前に会ったな」


 にやりと口角を歪めたお爺ちゃんにディーノは深々と頭を下げた。

 うぅむ、どう見ても祖父と孫の再会シーンじゃない。

 

「息災なようで安心した。全く何を遠慮しとるのか一向に顔も見せんで。だがまぁ、言い面構えになったな」

「……、ありがとうございます」

 

 堅いよ! かっちこちだよディーノ!

 でも確かにお爺ちゃんの雰囲気が私と話してるときと違って、とっても威厳たっぷりなんだよね。こっちが素だったりするんだろうか。

 だとするとえっらい狸だな……。曲者で評判だったらしいからね、元宰相閣下様は。

 

「しかしこうしてユリスの花嫁様と聖騎士であるディーノが揃っているのを改めてみると」


 一度言葉を切ってお爺ちゃんはしげしげと私達を見比べた。

 

「ひ孫をこの目にするのも近そうですな! 出産予定日が分り次第この老いぼれにもご連絡下さい」

「そんな予定はどこにもないよ! カレンダーのどこ探してもないよ! お爺ちゃんは神の使いと聖騎士をどんな風に捉えてるの!?」

「いやしかしユリスの花嫁様、することをすれば子は成されます」

「してねぇっつってんのよ!」


 こんのクソジジイ! と言いそうになって流石にそれは飲み込んだ。

 本当に危なかった。すぐそこまで出かかったから。

 お爺ちゃんのこの下世話ささえなければ好きなのに。

 

 人生の大先輩にして国を背負って立ったような偉大な人に向かって、無礼千万な物言いをしてしまったせいで、珍しく横でディーノが焦っている。

 お爺ちゃんは大きい声で笑ってるんだけど、やっぱあれは拙かったか。

 

「ディーノ、儂は悲しい。貴様には男としての甲斐性というものが欠落しているのではないか。据え膳くわぬは」

「大真面目な顔してとんでもない事言わないでお爺ちゃん! それ私の身の危険に繋がるじゃないっ」


 私は膳になったつもりはない!

 私はお爺ちゃんの権威というものを正しく理解してないけど、今の二人の様子をみている限り、お爺ちゃんの命令をディーノは断れないような関係なんだろう。血縁とか関係なく。

 

 そのお爺ちゃんが、私に手を出してしまえと言えばディーノ真面目に受け入れちゃうかもしれないじゃない!

 なんて怖い事言ってるのこの人っ。

 

「おいお前等! 勝手に出ていくな声くらいかけろ」


 店から出てきたヒューさんが眉間に皺を寄せてツカツカと大股こちらへやってくる。

 思ったより遅い着きだなぁ。もしかして今の今まで喧嘩してたんだろうか。これってケンカップルってやつだろうか。


 少し遅れてセツカさんが小走りでついてきていた。だからヒューさん……女性を置いて勝手に自分のペースで歩くとかさぁ、ああもうほんと残念なイケメン。

 

 あれでも、私も何回かヒューさんと城内歩いたりしたけど、その時はちゃんと合わせてくれてたような。


「おやアルガイスト家の坊じゃないか」

「っ! ファーニヴァル閣下!? これは、大変失礼をいたしました。おい貴様ら閣下に立ち話をさせていたのか!?」

「よいよい、儂は今では肩書も爵位もない爺よ」

「しかし!」

「相変わらずだのぅ」


 顎を軽く片手で撫でながら、懐かしむように目を細めた。

 ヒューさんとお爺ちゃんは昔から面識があるようだ。まだ幼い頃のヒューさんでも思い出しているのだろうか。

 

「成程。よく分かりましたユリスの花嫁様。御身に宿る新たな命の種はディーノとは限らないと。よもや三人でとは思いつきませんで」

「おじーちゃーん!? もう、いい加減その妄想、やめてください!?」


 そろそろ私ついていけないよ! 耳年増だっていうのは認めるけど、私男の人と付き合ったこともそういう関係になった事も一度もない少女なんだからね!?

 あんまそっちのネタには耐性ないのよ本当に。

 

 顔を真っ赤にさせてふるふる震える私をディーノが宥めてくれる。

 お爺ちゃんはというとその間にセツカさんと挨拶を交わしていた。

 

「それで、さっきからずっと気になっていたんだけど、あの人だかりは何かしら」


 挨拶を終えたセツカさんがそう言って首を捻った。

 私達が出てきた時から途絶えない人垣は一向になくなる事無く、今もその中心が何なのか見えない。

 

「あれはきっと黒衣の魔女でしょう」


 聞いていたらしいお爺ちゃんがぽつりと答えた。

 

「最近この街にやってきて、ああやって路上で占いをしているのです。それが良く当たると評判で、未来に起こる事も予言してみせるのだとかで、先見の魔女とも呼ばれて持て囃されているようです」

「へぇー魔女かぁ」


 黒衣の魔女って、私のイメージじゃ魔女はみんな黒くて長いローブ着てるんだけどこの世界じゃ違うのかな。

 

「ちょっと見てみたいけど、こっからじゃ分かんないね」

「妖艶な美人だそうですよ。大層魅力的な肢体を惜しげもなく晒す危うげな服装だというのも男性客を増やしているのだとか」

「えらく詳しいのねお爺ちゃん」


 女の人大好きだよねお爺ちゃん。老いてなお盛んってこういう人の事言うのかな、え? 違う?

 でもお爺ちゃんがこの辺うろうろしてたのって、その魔女さん目当てだったんじゃ……とか邪推しちゃうよね。

 

「路上で商売するなら目立ってナンボだからね。そんくらいやらないと、ポッと出で稼げないでしょ」


 と、魔女さんに肯定的な発言をしつつ、途轍もなく冷たい視線を送るセツカさん。

 まぁその反応は同じ女として私も分かるけど。

 

「しかし、魔女がここまで人気が出た一番の理由は髪でしょうな」

「髪?」

「ええ、全体的には赤茶をしておるのですが、頭頂部から少し……つまり最近生えてきた部分が真っ黒なのだそうです。ユリスの花嫁様のように」


 私達四人は、一斉に人だかりを振り返った。

 見えるはずもない、魔女の姿を探して。

 


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