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「やはり魔の力が増大してきているのは確かなようね。キリングヴェイでの話を聞いててもそう。鏡の力に引き寄せられて魔物が押し寄せてきたそうだけど、そもそも大量に魔物がこの地に発生していなければ寄って来るものもない。魔物が増加している証拠ね。それに辺境地域では魔物による被害報告も徐々に増えてきているとの事。騎士団の方々も遠征に出る数が多くなっているようだし。この状況の打破がユリスの花嫁に課せられた使命とみて間違いないんじゃなかしら」
なるほど、説明ありがとうございます。
ノンフレームのメガネを掛けてインテリジェンスな雰囲気漂わせてるセツカさんの言葉にはとても信憑性があるように思われた。
め、眼鏡に騙されてるわけじゃないんだからね! 眼鏡=勉強出来て頭良いなんて、それこそ頭悪い公式を信じてるわけじゃないんだからね!
いえ、国立図書館の司書さんであるセツカさんは本当に博識で頭がいい人なんだけど。
ミルクティーのような柔らかな色の長い髪と、グレーの瞳の落ち着いた雰囲気のある大人の女性だ。
腹黒そうな一面もあるのだけれど、基本的には良い人だよ。
現在、非番の彼女と一緒に街でお買い物中。
とはいってもショッピングなんて女子らしいお出かけではなく、がっつり私の為の社会見学なのです。
お仕事お休みのところわざわざ付き合せちゃって申し訳ないのなんのって。
彼女は私と同じ日本人として生きていた前世の記憶を有した、とっても世にも珍しい人なんです。
神様の使いに言われたくねぇって感じでしょうがね。
つまりそんなセツカさんだからこそ、異世界人の私の、ここが変だよマナトリア人! な所なんかが理解出来てフォローしてくれるだろうってなわけで、ソレスタさんに紹介してもらって、最近よく一緒にいるのだ。
一方的に私が懐いてくっついているともいう。
やっぱりね、ここの人はみんないい人だけど、それでも同じ日本人(とは微妙に言えないけど)が居てくれるっていうのは心強い。
セツカさんがマナトリアの特産品だとか、世界の構造だとかを分りやすく噛み砕いて説明しながら街を闊歩していく。私は隣で「ほほう」「なるへそー」とかバカ丸出しな相槌を打つ。
私達の後ろで護衛のディーノと師匠ことヒューさんが付かず離れずの位置にいる。
ヒューさんの本名はヒューイット アルガイスト。
騎士団の人達は彼の事を変なあだ名で呼んでて、私も真似てたらブチ切れられた。
すったもんだの末、ヒューさんで落ち着きました。
なんか風で飛ばされそうな名前だねって素直な感想を言ったら、ウィルちゃんとセツカさんに大爆笑され、その後しばらくヒューさんに無視され続けたりしたのは良い思い出でもなんでもないわチクショウ。
何となくお気づきの皆様、朗報です。
この恋愛度の低い私の周りの人物の中で、一番その指数が高いと思われるのが、このセツカさんとヒューさんなのです!
ルイーノとウィルちゃんはにっちもさっちも行かないので、最近諦めムードです。
がっかりしてたところにこの二人と知り合えたのは僥倖としか言いようがない。
とはいえ、この二人も何やら微妙な距離感があるんだけどねぇ。
私の女の勘が言っている。まだ死ぬ定めではないと。あ、間違えた、これは日本の友達がよく言ってたネタだ。
セツカさんもヒューさんも何やかんやでお互いの事意識してるような気がするんだよ!
しかしセツカさんが二五歳、ヒューさんが二七歳。
十八歳の私がとやかく口出しできるはずもなく、こちらもまた生温かく見守るだけだ。
なんて歯がゆい……! そんな話をこの前ディーノに言ったら苦笑された。
ディーノはこの手の話に一切乗ってこないよね! 全然面白くない!
この手の話で一番盛り上がるのは流石というか王妃とラヴィちゃんとマリコさんの、あの例の女子会組なんだよ。
あの人達大好きだよ、他人の恋バナ。
おっと話が脱線した。
「魔を払うって言っても、辺境地域に出向いて行ってチマチマ消していくのも現実的じゃないですよね。なんか、時が満ちて復活した魔王を倒しに行く的なイベント発生するんですかね?」
「魔王ねぇ……禍星を打ち払うのはシーアの託宣神子の使命よ。ユリスの使いが出る幕じゃぁないわ」
「まがぼし、みこ……。出たよ中二設定」
この辺りは以前神殿にお邪魔した際に、神官のおっちゃんに説明してもらった事がある。真面目に聞いてたわけじゃないからうろ覚えだけど。
託宣の神子が現れるのはアルマゲドンな、世界に終焉が訪れる時らしい。
世紀末伝説は何処の世にもあるもんなんだね。まぁその辺は一子相伝の秘儀を会得した青年に全てを委ねようじゃないか、私には関係ない。
「ところでセツカさん」
「あらなに?」
「どうして今日は眼鏡なの?」
いつもは眼鏡掛けてないのに。この世界にはコンタクトという便利グッズは存在しないので裸眼か眼鏡の二択だ。
「とてもいい質問ね!」
くいと眼鏡を押し上げて存在をアピールしたセツカさんはその顔をグイと近づけてきた。
「考えてもみてよこの面子! 目立つ、実に悪目立ちするの! ユリスの花嫁に聖騎士に? 彫刻なのダビデ像なの? なムカつく面した男とか、もうこれでソレスタ様とかいたら完璧ね! ってアホか、いてこますぞ!」
せ、セツカさんが壊れた……!
息継ぎなしに一気に捲し立てたセツカさんに、ふぅとヒューさんが溜め息を吐く。
うん、彼女こそが今この街で一番悪目立ちしていると思うわ。
ねぇママあの人どうしたの? しっ、目を合わせちゃダメよ……という親子の会話が聞こえてくる。何事かと横目で見つつ関わり合いにならないよう距離を保ちつつ、若干早足でみんな通り過ぎて行く。
「そんなメンバーと出掛けるんだから、最低限の武装は必要でしょう?」
「それで、めがね?」
「ええ。考えてみてよ。普通人の第一印象って、髪の色とか髪型とか、顔の造形とか背が高いとかだけど、このドラ○もんも真っ青な道具を使えばあら不思議。セツカ? あああの眼鏡の、てなるでしょ? 眼鏡を掛けた人っていうか、むしろ、ああユリスの花嫁様と一緒にいた眼鏡ねってくらいにしか人の記憶には残らないの、私の顔やら容姿やらの印象はデリートされるの!」
それはどうだろうか。そんな事にはならないと思うよ。
しかも言わせてもらえば、ドラ●もんは最初から真っ青です。
本当に、この国の人って面白い人が多いなぁ。
でもセツカさんの気持ちは私にも覚えがあるので悪あがきしたくなるのも分かる。
マジで目立つんだわディーノ達。
最初は嫌だったけど、今はもう諦め半分慣れ半分よ。
「でもねセツカさん。セツカさんも十分美人さんだからビンでも目立つよ」
「んなわけないやろ! 自分の顔は自分が一番よう知っとるわ!」
セツカさんの前世は関西人だったらしく、たまにこうやって方言が飛び出す。
そして残念ながら、眼鏡を掛けたところでセツカさんの印象は、インテリ美女なんだよね。
この国の美意識の標準ってのは分らないけど、私からしたら大人の魅力あふれる女性だ。まぁ女子力はあんま高くなさそうだけどね!
セツカさんの眼鏡ウンチクは置いといて、ここで問題が発生したことに私は気づいた。
「どうしようセツカさん、男共がハンターの包囲網から抜けられそうにない」
「死ねばいいのに」
黒い! さっきからやさぐれてセツカさんが暴言吐きまくってる!
私とセツカさんがちょっと立ち止まって、屋台の前でその品物と全く関係ない眼鏡の話をしている間に、ディーノとヒューさんが女子という名の恋のハンター達に捕獲されていた。
私とディーノ二人で出掛けるときは、黒髪黒目の私には近付き難いらしく女の人達はディーノが気になりつつも話し掛けてきたりはしない。
大体は爺ちゃん婆ちゃん達が拝みに来るくらいだ。
だけど目立ちたくないっていう一心でセツカさんがディーノとヒューさんと距離を置いたのが裏目に出たらしい。
「あのクソ野郎はどうでもいいとして、ディーノさんは助けてあげなきゃ可哀そうよね」
く、くそ!? え、そんなにヒューさんの事毛嫌いしてたの!?
愛想は生ごみの日に捨てちゃったような人だけど、真面目だし決して悪い人じゃないよ!?
色々文句は言われたけど、私に丁寧に護身術教えてくれてるし。
あわわ、と慄いている私の手を掴んだセツカさんは、ヒューさんを見ているときの冷め切った表情から一転、にっこり笑顔を称えていた。
え? なにこれ嫌な予感しかしない。
「ディーノは私のなんだから手を出さないで!」
は? なにそれ意味がわか
「きゃっ!!」
急にセツカさんは何を言っているのかとついて行けない私を、彼女は思い切り突き飛ばした。
つんのめった私は走るように数歩足を動かして、こける寸前で何かにぶつかった。
「ディーノ……あぁ」
なるほど理解しました。
ディーノに抱きとめられた私は彼の腕にすっぽりと収まる形で。
顔を上げて名前を呼んだ瞬間に、これこそセツカさんがさせたかった事だったのだと悟った。
「ハル、怪我してない?」
「うんだいじょうぶ」
だけど大丈夫じゃないかもしれないぃ……!
こける前にディーノが助けてくれたから外傷はない。だけど殺気立つ女性陣の視線に刺殺されそうです!
神の使いだろうと畏れないその大胆さに完敗。
よしよしと満足げに頷くセツカさんが今ばかりは憎い。
くそう、こうなったら!
「ヒューイット! 貴方は何をしているのです!」
突然大声を出した私に全員が驚いて動きを止める。
ディーノだけは、何を始める気だと顔を顰めたけれど今は無視。
「愛するセツカの前で他の女性に言い寄られて黙っているとは情けない! セツカを泣かせる気ですか!?」
と言ってセツカさんを指差す。
はぁ!? という顔でこっちをガン見してくるセツカさんも、あんぐりと口を開けて呆然としているヒューさんも無視。
ざわめき「ちっ、女付きかよ」と捨て台詞を吐いてハンターさん達は徐々に散って行った。
「……ハル、意図は分かったけどどうしてそんな口調なんだ?」
「雰囲気作り? 何かこの方が神の使いぽいかなぁと思って」
「へぇ、そう」
あ、面倒くさくなったでしょ。もうどうでもいいわっていうのが暗に含まれてるのが伝わって来たよディーノ!
「ハル!? あんた一体何してくれとんのじゃいっ!!」
「セツカさんにだきゃー言われたくないわい!!」
この世界に来て初めて女性と(不毛な)言い争いをしました。
セツカとヒューが思いの外気に入りまして…




