崩れる日常
長いです…
いつもの夜はこうだ。
まず先にホズミがうとうとしてくるので、頃合いを見計らってベッドに連れて行って寝かしつける。
それから暫くルイーノとお喋りしたり、たまに来客があってやっぱりお喋りしたり。
夜が更けてきたら私も寝室へ。
するとベッドのど真ん中で狼姿のホズミがひっくり返って熟睡している。
お腹出して完全に無防備だ。
ダイブして抱き着きたい衝動を必死で堪えて、そっとそっとホズミの身体を持ち上げて掛け毛布の中に入れて私も潜り込む。
ふわふわの毛に額を押し付けて夢の世界へ。
朝になったらホズミが毎日ベッドのあらゆる場所に移動してて、それを微笑ましく数分見つめてから起こしてあげる。
ホズミを拾ってからずっと変わらない一連の流れ。
昨日の晩もそう、ホズミのお腹に顔を埋めて眠りに落ちたはず、だったんだけど。
普段はルイーノが起こしに来るまで熟睡している私だけれど、今朝に限っては違った。
寝ていても違和感があったのかもしれない。
背中に温かなものが当たっていて、しかもウエスト締め付けるように何かが巻き付いて……。
ホズミが人型になって抱き着いて来てるのかなぁ? と寝ぼけた頭で考えて、それならまぁいいかとまた目を閉じた。
うんしょ、と寝返りを打ってホズミの方を向く。
「……っ!?」
ほとんど目を瞑ってたんだけど、うっすらと目に入った光景に心臓がドクッと大きく振動した。
悲鳴を上げそうになって手で口を押える。
(な、なにこれえええええっ!!)
声にならない悲鳴を心の内に留めておくことの難しさよ。
有り得ない近さにある顔……!
見慣れたホズミだったなら、あらあら可愛いわねってなもんだけど、私のすぐ後ろにいたのはもっとずっと大きい少年だった。
私が動いたせいで寝心地が悪くなったのか、眉を寄せる顔は幼さを残しつつもどこか色気がある。
浅黒い肌に艶やかな茶の混じる黒髪。耳は人間とは違う獣のもの。
恐る恐るその耳に触れてみるとピクリと揺れた。ほんもの! じゃ、じゃあもしかしてこの子は……
「ホ、ホズミ……?」
言ってみたものの。まさかぁ。有り得ないよね、ホズミはまだ五歳児くらいの小さな男の子なんだもの。
なんで一晩で急成長するのよ、ないない。
だったらこれ誰ぇ!?
お、面影あるんだよホズミの。え、血縁の方ですか? 待て私ちょっと落ち着け!
血縁だとしても同じベッドにいつの間にか入って来るとかおかしいから!
あああ、それにしてもイケメンだな、大人になったらエロい感じになりそうだけど。
よし段々冷静になってきた。
未だ目覚めぬスリーピングビューティーさんをガン見し終えた私は、そろそろルイーノが起こしに来る時間だと察知して身体に巻き付いてる彼の腕を剥がしにかかった。
この謎イケメンと同衾の疑いを掛けられちゃ乙女としての名誉にかかわる。
「んん……」
お、起きるか!? ぴくりと瞼が揺れてイケメンがゆっくりと目を開けた。
金色の瞳が現れて、すぐに細められた。
「おぅわ」
彼は眠たいと言いたげに耳を一度ぺたりと伏せてから、私がごそごそするのが鬱陶しいと腕に力を入れて動きを封じてきた。
きゃああああ!
べべ、べったりと身体をくっつけて、だ、抱き……! 婦女子に対して何してるのよあなた!?
しかも頭に頬ずりしてくるのやーめーてー!
パニックになる私を余所にまた寝入ろうとしてるこのイケメンが憎い。
「ハル」
「きゃあああっ!」
今度こそ声に出して悲鳴を上げてしまった。
耳元で掠れた声で名前呼ぶなー!! 全身にぞわーっと鳥肌が立った。
「あれぇーハル様もう起きてるんですかぁー?」
「うわあああっ!!」
私の大声を聞きつけてルイーノが寝室に入ってきた。彼女は基本的にノックしない。
男に抱き着かれてベッドで横になってる所を見られるわけにはいかない! と瞬時に判断したかどうか自分でも分かんないけど。
私は咄嗟に男の胸をあらん限りの力で押して身体に隙間を作り、そして流れるような動作で腹を蹴りつけた。
げふっと大変不吉な声をあげた男は、ベッドから転げ落ちるような事はなかったけど腹を抱えて蹲る。
「ハル様……」
「は、はい!」
「男の方を連れ込む場合は事前に仰っていただけると、あたしとしても助かるんですけどぉ」
「違う! 断じて違う! この人が勝手に」
「夜這いですかぁ!」
な ん で嬉しそうなんだよ!?
私が傷物になってもいいって言うの!? ドSだとは思ってたけど、そんな血も涙もない人だとは思ってなかった。
ショックで打ちひしがれていると、ルイーノはすたすたとベッドの傍までやって来た。
「さぁさて、では瀕死の犯人さんに留めを刺してあげましょうかねぇ。新作の劇薬があるので試したかったんですよぉ」
それが目的か。私が襲われるよりもそっちのが重要か。
「て、あれれ? これ、ホズミそっくりじゃないですかぁ」
男の顔を覗き込んだルイーノが小首を傾げた。
無情にも蹲っていたのを無理やり引っ張って顔を上向かせておいて、そんな可愛らしい仕草しないのよ。
「やっぱそうだよねー」
「ホズミが好き過ぎるからって他の男で代用するのはどうかと思いますよー」
「ちゃうわい!! やってないってば! 私はまだ処女やっちゅーにっ!!」
ばふんと枕をベッドに叩きつけながら叫んだ。声が枯れんばかりに叫んだとも。
言い切った後になってやっと気づいた。寝室の入口が開きっぱなしになっている事に。
そこにディーノが立っていたいた事に。
「え、えーと……」
一度はがっちりと合った私との視線を高速で外したディーノ。
でもフリーズしたまま一向に回復しない私に、どんどん居心地が悪くなったらしく。
「今朝は、清々しくて、いい朝ですね」
と空々しい挨拶をした。なんのフォローにもなってないから!
てか、ほんっとにそう思ってんならビンタだよ!?
***
いつも通り食卓にパンにサラダにデザートにとずらりと並べられた朝食を前に、私はソファで体育座りをしクッションに顔をうずめたまま微動だにしない。
ルイーノはそんな私を気にも留めず美味しい紅茶を淹れてくれている。
私の正面の席にはとても居心地悪そうにディーノが座っている。
かれこれ数分このまんまだ。しかし私のずたぼろの心はそう簡単に傷口を塞いでくれない。
「ところでハル様、あの男の人いつまで放っておくんですぅ?」
「あっ!」
すっかり忘れてた!! クッションから漸く顔を上げた私の真正面ににっこりと笑顔を浮かべるディーノ。
ヤバい!! そうろりと顔を横に向けた。ルイーノがにやりと口元を歪めている。こんちくしょう!
「……ハル、お腹空いた」
「ひうっ!?」
ルイーノに気を取られていたからか、背後に人がいるなんて全く気付かなかった。
耳元で呟かれたかと思うと、にゅっと後ろから手が生えてきて、私を通り越してテーブルに置いてあったパンを掴む。
顔を逸らして見上げると、さっきベッドで嫌と言う程間近で見たイケメンが気怠そうにパンを頬張っていた。
みみ、耳元で囁くな!
声が直接入ってきた方の耳を押さえる。
「お前、何してるんだ……」
ディーノが呆れ口調で言う。振り返るとディーノは口調そのままに眉を顰めてイケメンをいぶかしんだ目で見ていた。
「ディーノ、この人知ってるの?」
「ホズミでしょう」
「やっぱりこれホズミなの!?」
問いながらイケメンをもう一度窺うと、気の抜けるような笑みを返された。
金の瞳がとろけるような甘さを含んでいるような気がしてドキッとする。
ここで超どうでもいい設定を言わせてもらうと。
ホズミの服は王立魔法機関の特製で、狼型から人型になった時に自動で復元されるというものだったりする。
それは本人のサイズが変わってもちゃんと適応されて、なので今ちゃんとホズミは服を着ています。
細かく言うと服っていうか魔力の塊で、原理はブラッドが人型を取っていたのと同じようなものだとか違うとか、私には説明されてもさっぱり理解出来なかったが、つまりはあれです。
度々街中やお城の中で変化しちゃうホズミが、すっぽんぽんにならないように出来てるっていう事です。
以上!
「ホズミ、なんでホズミ急にエロく!? こんな色気垂れ流されたら私もう軽々しく抱きしめたり頬擦りしたり甘噛みしたりできないじゃん!!」
「甘噛みしてたんですか……」
おおっと余計な事まで暴露してしまった!! お、狼の姿してた時だけだよ。
「まぁ兎に角ホズミ、ハルに断りもなく魔力を取っただろう。それは良くない事だ」
「え、いつの間に」
「夜這われましたねぇハル様」
「マジっすか!」
ホズミったら寝てる間に私の大切なものを奪っていったのね!? これはもう責任とってもらわなきゃだわ。
「ホズミ、おいで」
イスに横向きに座りなおして片手をホズミに差し出した。彼はその手をぎゅっと握って私の足元にしゃがみ込んだ。
ジッと私を見上げて沙汰を待っている、ちょっと怯えたような表情にキュンキュンするね。
見た目は多分ミケくんと同じくらいなんだけど、こういうのはいつものホズミって感じだ。
「怒って無いよ。でもどうしてそんな事したの」
するとホズミはちょっぴりムッとした。なにそれ可愛い!
「だってディーもソレスタもした!」
「まぁ! ハル様モテモテですねぇ」
「ちっがうよ! 夜這いされたわけじゃないからね!? ホズミが言いたいのはそういうのじゃないから!」
ていうか夜這いされた=モテるじゃないよ、間違ってるよその方程式。
しかもすっごいどうでもよさそうに言われたのがショックだ。
ホズミが言ってるのは、ディーノもソレスタさんにも魔力あげてたじゃんって事だろう。
「二人の場合はやむに已まれぬ事情ってものがあってね」
「わかんない」
「うーん……二人はねぇ、寝てるときにこっそり取ったりしなかったよ」
ブラッドのは正直微妙だけど。取るけど、何か? みたいな。お前持ってても意味ないだろ? 的な。
許可なく人のファーストキス奪ったりしたけど今は黙っておく。
「人の物を勝手に持って行っちゃったらダメ。泥棒の始まり。ごめんなさいは?」
空いてる方の手でホズミの頬を抓る。結構強めに。
ホズミはすぐに情けない顔になる。こういう時はいつも通りだなぁ。
急に大きくなって知らない人みたいになっちゃって、驚いたというか怖かったんだけど。良かったホズミだ。
「ごめ、なさい」
よし! 抓ってた手を一度話してからゆっくり撫でた。
にこっと笑いかける。
「でも不思議だねー、魔力吸い取ったら身体大きくなるなんて」
「ソレスタ様もそうですが、魔力が人の身体に与える影響は甚大です。その容姿も体格も性別さえ容易く変えられます」
「性別……! え、じゃあもしかしてソレスタさんが女言葉なのは……」
「奴は男です」
ヤツって言った! ディーノがソレスタさんの事ヤツって言った! しかも投げやりで早口に!
キリングヴェイから帰って来てこっち、ディーノはたまに言葉遣いが雑くなる。ブラッドの部分が何かの拍子に表に出てくるのか……。
「ところでぇ、ホズミって今何歳なんでしょうねぇ?」
「五歳じゃないの?」
そのくらいだよね。元の身体の大きさからいっても、あの卑怯なまでの可愛らしさからいっても。
でもディーノは少し考える様に顎に手を添えてホズミを凝視した。
「狼族が争いに負けて数年、ホズミはずっと一人で生きてきた。狩りも満足に出来ない子供が生き残るには厳し過ぎる環境です。身体の成長しようとしてもそれに見合う栄養が取れない。ともすれば餓死する状況なら……、少しでも長く生きるために無意識下で魔力により成長を止めていた可能性もあります。身体が小さければ消費するエネルギーも魔力も少なくて済む」
ふむふむ成程よく分らん!
「要するにーホズミは身体がちっちゃいだけで、ホントは大人かもよーって事ですね。もしかしたら今の姿よりもとかぁ」
「なんですとー!?」
いつの間にか私の両手を掴んで、握ったり引っ張ったりして遊んでるホズミを食い入るように見た。
三人の視線が集まってギョッとするホズミ。
と、とても大人とは思えないけど……。
「ほ、ホズミって何歳なの……?」
よく考えると今までちゃんと聞いた事無かった。勝手に私が五歳くらいだと思い込んでただけで。
「人間と狼はッ数え方が違う」
「じゃあ人間で言ったら?」
「じゅう……十二回年をこえたよ」
「年をこえたって事は、十二年だよね!? 十二歳!?」
魔力で成長を止めていた説で確定。ちなみに他に説の候補はありませんでしたが。
歳を取ると身体も心も成長する。そんな当たり前の自然現象をストップさせないと生きていけない状況ってどんなだ。
私には想像さえつかない。こんなポエっとしてるホズミにはそんな日常がつい最近までだったんだ。
「ずっと魔力を温存いていた所に、キリングヴェイで殆ど使い果たして、仕方なくハルから貰ったのかもしれませんね。摂取量の加減が分からず過分に撮り過ぎたようですが」
長い間成長を止めていたせいで、身体の方も勢いが付きすぎたのかもしれない。
十二歳すっ飛ばしてもう反抗期突入しちゃいそうなくらいまで大きくなっちゃったんだから。
「それならそうとちゃんと言ってくれたら良かったのに。別に寝てる間にこっそり取らなくても……」
「だ、だって……」
何故かここで急にホズミがもじもじし出した。
目を逸らしてそこはかとなく頬も赤らめている。どうした、なんなのその謎の反応!
ぽかんとする私の横では「あらぁ」と笑うルイーノ。
ディーノは舌打ち交じりに立ち上がるとホズミの顔に手の平を当てた。
「魔力の制御が未熟な者が不相応な量を体内に溜めておくのは危険です。暴走する可能性もある」
「え!?」
「過不足ないように一度余分なものを取り出しましょう」
すっごくいい笑顔。ディーノ今日一番の笑みいただきました。
でも人の好さそうな感じは一切しない。むしろ餌を仕留める獣のような。
もっと言ってしまえばブラッドっぽい人の悪い感じ。
外見年齢差約十歳。ディーノがホズミを威圧しまくっている。
「い、いた、いたいディー!」
顔を掴んでる手に力が込められたらしく、ホズミがじたばたともがく。
けれどディーノは笑顔のまま締め付けを強くしていっているらしくホズミの悲鳴がどんどん切羽詰まったものになっていった。
何度か見た事のあるような魔法陣が浮かび上がる。
最初は青みがかっていたその円陣が、じわりじわりと赤みを帯びていく。インクがにじんでいくみたいだ。
ほえーっとその様子に気を取られている間にディーノがホズミから手を離していた。
「終わりました」
「おおー」
歓声を上げたのはルイーノ。解放されたホズミは涙目でディーノを睨んでいる。その背格好がさっきより一回り小さい。
おおー! ルイーノと一緒にぱちぱちと手を叩く。何か達成感でいっぱいのディーノ。
十二歳児ホズミだけが不満顔。
「にしてもホズミ……ホントはこの大きさなんだね……」
日本でなら小学六年生。お、おっきい! さっきよりは縮んだけど、五歳から十二歳って飛び過ぎ!
「勿論もう一緒に寝るのもお風呂入るのも禁止です」
「なっ!?」
何故私とホズミが一緒にお風呂に入っている事を知っているこの男!?
言った事ないよ、狼のホズミを丁寧に洗い上げてブラッシングした話なら何度かしたと思うけど。
「禁止です」
私が絶句した理由を捉え間違えたらしくディーノは念押ししてきた。
さすがにこんな大きい子と一緒にお風呂は入らないよ!
ただ今まで入ってたの知られてたのが怖かっただけだ。流石ブラッドだった時の記憶も零す事なく全て覚えている上に、魔力を完全に使いこなせるようになっただけの事はある。
「じゃあ、ボク、これからどこで寝ればいいの」
「俺が連れて」
「やだ! ハルと離れるのやだ! ここで寝る!」
ぼふぼふとソファを叩く。やめ、埃立つから!
「てか、ソファでなんか寝かせらんないよ! 一日二日ならともかく、ダメったらダメ!」
「だったらハルと寝る!」
「今禁止だって言ったところだろうがっ」
というようなやり取りを延々と繰り返した結果。
ルイーノが食べかけだった朝食を綺麗にさげてしまってから
「ハル様の寝室に仕切りを作って別々のベッドに寝ればいいじゃないッスかぁ」
とめちゃくちゃ面倒くさそうに提示してくれた案で落ち着いたのだった。
この落ち着き方に懐かしさを覚えたような気がしたけど、そっとしておいた。
あともう一話くらい書いて番外終わりです




