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ディーノさんは私の護衛なんだけどそれ以前に聖騎士であるわけで。山と言う程公務を抱えている。
だから私が呼ぶかどこかへ出かけるかしない限りは、そうそう顔を出す事はないという事が分かった異世界生活三日目。
この前頼んだ服も仕上がったので早速着てみる。白のブラウスにノースリーブのワンピース。フリルになっているけど抑え目で丈は膝が隠れるかどうかというところ。
膝のすぐ下までのブーツを合わせれば肌の露出はない。ストッキング穿いてるんだけど、どうも足の形が丸わかりだとそれもアウトらしい。難しいなぁ。
あと二着あって、どちらもこれをマイナーチェンジさせたような感じ。あ、一つはプリーツスカートになってるよ。高校の制服を見て作り手さんがいたく気に入ったらしく「これいただきです!」と興奮気味に言ってたのは覚えてたけど、まさか本当に作ってくれるとは。
髪と瞳の色はどうしようもないけど、これで町を歩いてもそこまで違和感はないだろうという事で。
今日はお出かけです。三日ぶりにディーノさんに会うわけです。
ぶっちゃけて言います。私は物凄く彼を意識してます。だってあの人格好いいんだもの。隣に立たれると緊張する。しかも手の甲に口付けちゃう気障ったらしい一面を持ってるって知ったら余計に。
私は悟りました。美形っていうのは遠くから眺めながら「お近づきになりたいなぁ」って思うくらいの距離感がちょうどいい。もうテレビ越しに見てるくらいでもいい。
支度を終えた私は部屋でディーノさんが公務を終えるのを待ちながらドキドキしっぱなしです。
「遅くなって申し訳ありません」
ドキドキするのにもだんだん飽きはじめた頃、急いだ様子のディーノさんが部屋に入ってきた。
「こっちこそ仕事があるのに付き合せてごめんなさい」
彼が入ってきたと同時に動揺し過ぎてガタッとイスから立ち上がってしまったのを誤魔化すように、小走りで近寄った。
「いえ、貴女の護衛が私の中で一番重要な任務ですから」
ぐあっ。言ったね、言っちゃったねこの人! 美形に言われるとダメージデカい、いや美形だから許される気障ったらしい台詞なのか。
心の準備はしてたはずなのにやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。
「ではいってらっしゃいませぇ、ハル様ディーノ様」
「ルイーノも行くんじゃないの!?」
お見送りの体勢を崩さないルイーノ。一緒に行ってくれないの!?
「ルイーノもいっしょ」
「お二人でどうぞー」
「冷たいっ!」
最後まで言わせてもらえなかった。私のお誘いに被せて否定してきたよ。どんだけ嫌なの私とお出かけ。
「あたしにもやる事あるんでぇ、ハル様がいないうちにやっちゃいたいんですよねぇ」
甘えたっぽいイメージのある彼女だけれど、結構クールなんだよね。
というか日が経つにつれてちょいちょい私に毒吐くようになってきたよね、もしかして嫌われたのかな……。
頑なに同行を拒むルイーノに後ろ髪引かれつつ私とディーノさんは町へ降りた。
「楽しそうでしたね」
塔を出たところで思い出したようにディーノさんが笑って言った。ルイーノと私のさっきの会話の事を指しているらしい。
「楽しいですよ、ルイーノ容赦ないけど逆にあの毒舌がたまんない。最近クセになってきた」
「あの子を受け入れられるのはマリコくらいのものかと思ってました」
いやマリコさんの包容力の大きさは異常。私はあそこまでは無理です。泣き叫ぶか罵声浴びせるかしてます。
「そうですか……ハル様はああいうのが好きな人なんですね」
「やめて!? なんかその言い方勘違いされそうだからやめて!?」
まるで私がマゾの人みたいじゃないの。違うわよ至ってノーマルです。どストレートだもの。
ちょっと思ったんだけど、もしかしてディーノさんの中でマリコさんってマゾっ子なんだろうか。敢えて聞かないけど。否定してあげないけど!
「というかマリコさんの事は呼び捨てなんですね?」
「それを言うならハル様もルイーノと呼び捨てにしてましたね」
「ルイーノがそうしてって言うから」
「私も似たようなものです」
…………。会話終わっちまった。おかしいな、私の脳内シュミレートによるとこの会話を突破口に「私にも様いらないです、ハルと呼んでくださいな」っていう流れに持っていくはずだったんだけど。どこでマズったかしら。
「そろそろ大通りに入りますよ」
私の思惑など露程も察しないディーノさんがニコリと笑った。
ちなみに私達はお城から裏ルートを通って町へやってきました。正規のルートを通ると徒歩なら城門に辿り着くまでに日が暮れてしまうので、限られた者しか使用を許可されていないという特別仕様の空間跳躍できる扉を使わせてもらいました。要するにどこでもドアですね分ります。
でも急に大通りのど真ん中に現れたりしたら、みんな度肝抜かれちゃうので奥まった路地裏に出たのです。
大通りは賑やかだった。建物を構えた店舗や露店、大小様々な店が軒を連ね、行き交う人々の数も多い。がやがやと騒がしいけど煩いわけじゃなくて活気づいているというものだった。
RPGに欠かせない武器防具屋や宿屋に酒場もあってテンション上がる。カジノはないのかカジノ。お金持ってないしギャンブルなんて怖くて手出せないけど。
そんな竹下通りのような人混みの中で、私達は人の目を集めまくっていた。主に私の隣にいる男性が。すれ違う女の人の振り返る率の高い事ったら。どころか男の人まで見てるものな。本人は慣れてるのかしれっとしてるのがまたすごい。私の方がそわそわするわ。
「ディーノさんていつもこんななの?」
「こんな?」
「いやいいです、何でもないッス」
いつもらしい。この視線の群れに晒されるのが標準らしいです。恐ろしい子!
私が気にしてても仕方ないと割り切る事にした。
キョロキョロとあちこち忙しなく視線を彷徨わせていると、一際大きな建物が目を引いた。
急な角度の屋根はガラス張りになっているのだけれど、その大半が痛々しく割れて穴が開いている。
もしかしなくても、どうやらあそこが私が最初に落とされた所みたいだ。実は今日の目的はあそこだったりする。
中はそれはもう悲惨な状態だった。鮮やかに彩られたガラスの破片が床に散らばり、祭壇の一部は破壊されていた。
「ねぇ本当にこれで怪我人出なかったの?」
「心配いりませんよ、みんな無傷でしたので」
確か、誰かが魔法で防いでくれたんだったか。うわぁどこの誰とは存じませんが感謝します。
「でもこんだけ派手に壊しちゃって弁償しなきゃだよね。どうしよう」
アルバイトでも始めるか? ぶつぶつ悩んでいるとディーノさんが耐えかねたように笑いを零した。
「それも心配ありません。ここはユリスの花嫁を召喚するため場ですから、その為に多少壊れたところで何の問題もないですよ」
果たしてこれは多少かな!? でもまぁ良いって言ってくれてるなら何も言うまい。本当に修理費請求されちゃ困ってしまいますもの。
ふむそうか、祭壇とかあるから教会みたいだなって思ったけど、儀式のための場所なのか。厳かな雰囲気なわけだ。
祭壇の奥に大きな鏡が壁に付けられているのが見えた。
「ハル様?」
奥まで行こうとしたけどディーノさんのこの一言でやめた。気が削がれた。
「あーやっぱハル様っていうの嫌だなぁ。私なんて両親共働きの中の中の超一般庶民だもんで、年上で身分のある男の人に畏まられるなんて落ち着かない。王様とかルイーノみたいなのがちょうどいいの」
私がルイーノにやたらと心を開いているのは、口調はどうあれ態度が対等だからだ。
王様のあれはフランク過ぎてどうなんだって感じだけど。もうちょっと威厳ある態度取った方がいいんじゃないのかな。
フランツさんもすごく丁寧に接してくれるけど、あれは多分あの人の標準なんだろうなって思う。
でもディーノさんのは違うんだ。一線引いてユリスの花嫁は神の使者、自分はその下! みたいな考えが態度に現れてる。
あんだけ町で羨望の眼差しを一身に受けてた人が私の下であってたまるかと言いたい。
「敬語キャラに敬語使うなって言う程無茶振りはしないつもりだけどさ。私の勘は言っている。ディーノさんは普段はこんな堅苦しい喋り方はしていない! ついでに言うなら一人称は「私」じゃなく僕か俺だ!」
どうだ違うなら反論してみるがいい! 自分でもどういう心理か分らないけど胸を張って宣言した。
探偵が事件の推理をみんなの前で発表しているときのような感覚。
「その通り。一人称も俺、ですね」
ほれ見た事か! だからどうしたと言われたらそれまでだけどね。
「貴女は御使いとして敬われるよりも、友人のように接する方がいいのですか?」
「ええ、そう言っておりますですはい」
「……貴女が望まれるのであれば、その様に」
胸に手を当ててディーノさんは私に向かって一礼し、目を細めて微笑んだ。
し……しまった忘れてたこの人タラシ属性だったあぁー……!
ステンドグラスは割られて無残な姿になってるはずなのに、ディーノさんの周りがキラキラと輝いて見える。この世界の美形は自力で発光するのか。
「ですがその前に一つお願いが」
「はい、何でしょう?」
ちょっと怖いけど、どうぞ。と先を促す。
「俺の事もどうかディーノと呼んで下さい」
「は……」
お、お願いされたはずなのに有無を言わさない押しの強さを感じるのは何故でせう。
確かに丁寧にお願いされた。だがしかし無言で微笑む彼に途轍もない迫力があるんだ。大人しく呼べよ、ああん? ってオーラが言っている。
ちょっと待て、この人のキャラ設定どうなってんの。様々な属性が入り乱れすぎやしませんか。
紳士に天然タラシに腹黒!? もうお腹いっぱいだよ!
無言で私が名を呼ぶのを待機している彼に根負けした。六歳も年上の人を呼び捨てするなんて人生初ですよ。
「ディーノ……?」
「はい」
いや、はいって返されても! どこにも持っていきようのない羞恥心のせいで顔が真っ赤だ。うぅ、悔しいからタラシのタラちゃんって呼んでやろうか。
「俺も貴女の事を呼んでもいいですか?」
「は!? も、もちろん。いくらでも!」
なんだこれ、なんだこれ!! どうなってんのこの流れ! 頭掻き毟りたくなってきた。私経験ないから分かんないんだけど、一定以上仲良くなった男友達ってみんなこんななの!?
ああチクショウ、こんな事になるって知ってたら友達に聞いておいたのに。奴は腐女子で脳内がかなり残念だったけど、やたらと周囲に男の子がいてわいわいと賑やかだった。
例の如く私の心中をお察し下さらないこの方は、嬉しそうに私の手を取った。名前を呼ぶのに手を握る必要はないんじゃない?
「ハル」
ぞくりと全身が震えた。たった二文字しかない名前を呼ばれただけで全身を絡め取られたような錯覚に陥った。そんな拘束力を持った声だった。
声の発信源はディーノ、の後ろにいる男の人。
「だ、誰よあんたぁーっ!!」
私の名前を呼んだのは知らない人でした。なんでやねん!
ここはディーノが甘い声で「ハル」っつって二人でちょっぴり照れながらも笑い合うというハートフルな場面じゃなかったの? ディーノとの仲を深めるイベントだったんじゃないの?
乙女ゲームならこのイベント後に交流情報を確認したら新密度がアップしてるっていう結構重要なシーンになりそうな、そんな雰囲気だったよね。
違う? 私間違ってる!?