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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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「きゃああああっ!!」

 ミラちゃんの悲鳴に振り返ると、空に黒い塊が出来ているのが見えた。

 徐々に大きくなってくる。曇天にも分かる異様な黒さだ。

 魔物の大群がまた近づいてきている。

「うそ……」

 もう一度ディーノ達の方を見た。

 まだ落雷の被害が生々しく、黙々と煙だか土埃だかが巻き上がっていて彼等の姿は確認出来ない。

 ど、どうしよう。オロオロしてる間にも奴等は迫ってきている。

 泣きたいけど、泣き言言ってる場合じゃない。今いるこの中じゃ私が一番の年長なんだからしっかりしないと。

 

「ミラちゃん走れる?」

「え、あ、うん……大丈夫」

 ミラちゃんは動くには向かない舞台用の衣装を身に纏っている。それは私も同じだけど、私は体力があるから何とでもなるのだ。

 ミラちゃんが大丈夫ならミケくんもホズミもまだ動けるだろう。

 

「じゃあ三人は出来るだけ急いで町へ戻って」

「ハルは? ハルが行かないなら」

「ホズミ、二人と一緒に行って」

 予想通りというか、案の定ホズミは食い下がってきた。

 見てるこっちが心配になるくらい顔を歪めている。

「ミケくん、ホズミをお願い」

 こくりと頷いてミケくんがホズミを担いだ。大暴れするホズミをなんとか押え込む。

 魔物の群れは鏡と私を目印にしてやってきている。その私が町に逃げ帰ったりしたらどうなるか。

 戦闘要員が居ない状態の町に魔物を連れて行くのだけは避けたい。

 

 喚きながら抵抗するホズミを担いで走って町へ戻っていくミケくんとミラちゃんを見送って私は焦土と化した地面のど真ん中にぽいと放置された鏡を持ち上げた。

 干ばつで枯渇したこの地を潤す為に齎された鏡が、まさか時を経て災いを生む魔具になるなんて皮肉な話だ。

 

 ……なんて偉そうな事を思って感傷に浸っている暇はない。

 ディーノ達がいるであろう場所はまだ煙と異様な光で何が起こっているのか分らないし、近寄れるような状態じゃない。

 彼等の無事は気になるけれど、まずは魔物の大群をどうにかする方が先だろう。

 

 ふふふ、私は何も考えずにここに残ったわけじゃないのだ。ちゃんと策は用意してあります。

 孔明もびっくりな策がな!

 要するにだ、鏡が原因で魔物が続々と雪崩込んできてるんだから、鏡にどうにかしてもらえばいいんじゃないかと。

 

 祝詞もなにも知らないけど、まぁなんとかなるでしょ。私これでも神の使者だからね。どんな言語もたちどころに脳内翻訳しちゃうからね。

 願いを口にすればそれでいけるはず。

 ブラッドが言っていたじゃないの、神の力に対抗できるのは神だけだとかそんな感じの事。

 だったら最初からブラッドに無理させずに、私が鏡にお願いすれば良かったんじゃないかな、とか今更思いついたのだ。

 本当に今更で申し訳ない。これについては後で関係各所に謝罪させていただきます。

 

 私は鏡を掲げた。もうすぐそこまで迫っていた魔物に向けて。

 今です!

「魔物よ消えろ!! ここを元の平和な場所に戻して!!」

 渾身の力を振り絞る勢いで、肺の中の空気を全部吐き出して大声を張り上げた。

 

 グワアアアアアッ!!

 

 返ってきたのは魔物達からの一斉の雄叫び。

 まるで非難轟々、罵詈雑言を浴びせられたような気分だ。

 全然、全く、これっぽっちも効き目なんてありゃしませんでした。

「なんっでやねん!!」

 鏡を激しく地面に叩きつけて尚且つ足で踏みつけた。

 割れろ! 割れろ!! めっちゃ恥ずかしいわ! なんかあたかも魔物が一瞬で消え去るかのような自信たっぷりに叫んだから羞恥心ハンパないわ!!

 なにが孔明だ!

 

 自分のバカさ加減に涙を流しながら鏡に八つ当たりしている隙に魔物の群れが目の前まで接近していた。

 もう、どうにでもなれだ……。自棄になって立ち尽くしたまま目を閉じた。

 どうせ誰かに助けてもらわなきゃ自分じゃ何にも出来ないんだ私は。

 頼る人がいないんじゃどうしようもない。ただ私を殺したらそれで満足してこの魔物達が帰ってくれるのを祈るばかり。

 ああ、ごめんねホズミ。最後まで怒らせたまんま別れちゃったね。不甲斐ないお姉ちゃんだね。

 

「そう簡単に死なせない」


 耳元で突然囁かれた言葉に反射的に目を開けて振り返った。

 と言っても背後から腰に手を回されて身体はしっかり固定されているから顔を振り仰ぐしか出来なかったのだけど。

 

 そこにはここ最近で見慣れた男性がいた。

 顔を顰めて私を咎めるような表情をしたディーノが。

 私と目が合うとニコリと笑って「少し待っていて下さい」と言い、身体を反転させられた。

 魔物からディーノの背に守られる体勢になる。

「でぃ、でぃ、ディーノ!?」

 大丈夫なの!? と問いかける間もなく彼は聖剣を振るって魔物を次々となぎ倒していく。

 一太刀で何体もの敵を打ち払うその威力は、さっきまでのものと比べ物にならない。

 

 人間ですか? と聞きたくなるような跳躍をして飛行タイプばかりの魔物の集団の中に入っていくと次々と斬り落としていく。

 更には聖剣が発行したかと思ったら稲妻が縦横無尽に空中を走り、火柱が上がり、巨大なつららが降り注いだ。

 なんという大盤振る舞い。

 

 というかディーノってろくに魔術が使えないんじゃなかったっけ。確かそういう設定だったよね。

 じゃああのバンバン駆使してるあの人は一体誰だ?

「騎士のクセに魔術師も顔負けの術繰り出しちゃって。あれじゃあ聖騎士っていうか、魔騎士って感じよね」

 ぽかーんと完全復活したディーノを見守っていた私の隣にいつの間にか立っていたソレスタさんが苦笑交じりに呟いた。

「そ、ソレスタさん!!」

 彼も無事だった様子。とても憔悴しきっているけど。

 服とか所々焦げたり破けたりしてボロボロだけど。

「良かった無事だったんですねっ!」

「当たり前でしょ、アタシを誰だと思ってるのよ」

 ああ、本当に無事だった。この口も健在だ。

 あの落雷が直撃したんだから幾ら大魔術師と言えど瀕死の重傷になるんじゃないかと危ぶんだけど杞憂だったらしい。

 ていうかその化け物じみた不死身っぷりが怖いよ。

 

「ねぇソレスタさん」

「なにかしらハルちゃん」

「あそこで無双っぷりを見せつけてるあの人は誰?」

「ディーノでしょ」

 だよね、ディーノだと私も思うんだけどさ。

 ちらっとしかちゃんと見れなかったんだけど、どうも雰囲気がディーノと違ってるというか、ブラッドっぽいというか。

「あれが、ディーノ ブラッド ファーニヴァルよ」

 あそこで魔物を屠っているのが。

 

 あっという間の出来事だったような気がする。

 口を開けたまま呆然と見守っているうちに彼はあの大群の魔物を一掃してしまった。

 余裕の表情でてくてくと歩いて此方へ戻ってくる。

「ディーノ……?」

「はい」

 にこっとお得意の営業スマイル。けど、なんか違った。前よりもわざとらしい感じがする。

「……ブラッド?」

「ええ」

 今度はちょっと困ったように笑った。

「自分でも不思議な感覚です。二人分の記憶があるので。どちらの意志が勝っているのかもよく分からないんですよ」

「キャラが安定してないのね。大丈夫よ、時間が経てば馴染んで来るわ」

 おいそんなでいいのか? そんな軽々しく答えちゃっていいのか?


 これまで二十年以上も別の人間として生活してきた、性格も思考も違った人間の記憶をいきなり脳内に叩き込まれたんだよ。

 混乱するし最悪自我が崩壊しかねないショックだろうに、キャラが安定してないとか漫画や小説の登場人物みたいな一言で終わらせちゃっていいのか!?

 しかもディーノも、そんなものかと納得しちゃったよ!? いいの貴方ちょっと自分に頓着しなさすぎだよね!

 

 ここで漸く改めてディーノをまじまじと観察した。

 濃紺の髪はそこはかとなく色が薄くなってその代わり若干キラキラが増した。プラチナが入った?

 そして瞳の色が変わった。右目は前のまま朱金なのだけれど、左目が真紅になっている。ブラッドがそうだったように。

 容姿自体はそっくりそのまま。ディーノもブラッドも同じような顔と背格好してたしね。

 

「つまり、どちらも欠ける事なく、良い感じに混ざったのよね」

「つまりそういう事ね!」

「……人を絵の具みたいに言わないでもらえますか」

 がくりと肩を落としたディーノに私はくすくすと笑いを零しながらそっと寄った。

 彼の意外としっかりした胸板に手を置く。

 心臓の位置を探して少し彷徨い、とくとくと振動する場所を見つけ出して止まった。

 

「お帰りなさい。えっと、これから何て呼ぼうか。でぃ、でぃー……ディーブラ?」

「良く頑張ったわねディーブラ!」

「あとは鏡壊すだけだねディーブラ!」

「その辺にしとこうか」

 にこりと笑顔の聖騎士様の後ろに般若のお面が見えた。

 ソレスタさんと寄り添ってガクブル震える。

「鏡か、先に鏡なんとかしないとな」

 若干面倒臭そうに言ったディーノが聖剣を握りなおした。

 

 さっきから気付いてはいたんだけど、そこはかとなく喋り方が雑になってるね。

 ブラッドの口調に近くなったと言うか。

「ていうか先にって何!? それ以外に他何とかしないといけないのってあったっけ!?」

「やられる、アタシ達やられちゃうんだわ!」

 きゃーこわーい、とはしゃぐ私達を無視したディーノが私が抱えてた鏡を抜き取った。

 

「聖剣を完全に使いこなせるようになったアンタなら、それで鏡が壊せるわよ」

 瞬時にコメディとシリアスの顔を使い分ける男ソレスタさんは、尤もらしい表情で言う。

 

「これで、やっと終わりですね」

 鏡を空中に放ると、青白い輝きを放つ聖剣で突き刺した。

 びし、と鏡面に幾つものヒビが入る。これまで何してもビクともしなかったのに。

 そこから粉々に散って、最後は欠片も残さず神鏡は消え去った。

 


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