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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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「ちょっとおおお! 何やってんの!? え、何やってんの!? ブラッドが作ったんだよねそれ、何でブラッドが壊してんの!?」

「今のはあれだ、あれ、コイツが悪い」

「自分の短気を人のせいにしてんな!!」

 どちらかと言えばシリアス担当だと思ってたのに、この土壇場にきて急にギャグ要員になってんじゃないわよ!

 そんな馬鹿やってる場合じゃないっての。

 ディーノは見兼ねて目を瞑り黙殺している。こめかみに血管が浮いてるのは愛嬌って事で。

 

「ちょっと何やってんのよ」

 たった今しがた私が言った台詞と寸分違わない疑問が美しいテノールで奏でられた。

「気になって来てみれば……あんな僅かな時間でどうしてこんななっちゃってんの。アタシが魔物やっつける間も持たないわけ?」

 腕を組んでプンスカ怒るのは、言わずもがなソレスタさん。

 え? と周囲を見渡してみると、空も花畑も埋め尽くしそうな程にいた魔物達が綺麗さっぱり消えていた。

 この偉業を成し遂げるなんて流石大魔術師。ちょいちょいしか魔術師らしい働きしてくれないから、実力を若干怪しんでいたんだけど、どうやら本物だったらしい。当たり前か。

 

「ソレスタさんからも言ってやって下さいよ! この二人酷いんです、顔合わせれば喧嘩おっぱじめちゃって」

「ああまぁ、この子達のはもう性よ性。自分の一番の敵は自分みたいな。それは良いとしても」

 良くないけれども!

 てかそれを言いたいんじゃなかったんだ? 緊迫した状況も忘れてアホ臭い喧嘩してるから怒ったんじゃなかったの?


「あんた達それでも聖騎士の端くれなの? もっと根性見せなさいよ。ブラッドは簡単にヘバり過ぎだし、ディーノはあんた、全然聖剣使えてないじゃない」

 ばきぼきばきぼき、と中性的で綺麗な容姿からは想像しにくい、見事な骨鳴らしを披露したソレスタさんは、そのまま二人に強烈な攻撃魔法をお見舞いした。

 目に見えない何かに叩きのめされた二人は体勢を崩して膝をつく。

 

「こんなちんけな術も受けきれないなんて、もうとっくに限界超えてんじゃないの。やせ我慢なんてするから痛い目見るのよブラッド。あんた、自分がどんな状態か自覚はあるんでしょうね?」

 刺々しいソレスタさんの視線を、更に突き刺さるような鋭い目で見返すブラッドが忌々しそうに舌打ちした。

 さっきブラッドは術を発動させてる途中で吐血した。

 しかもちょっとやそっとの量じゃなかった。横で見てた私が「ば、ばけつ!!」って思わず呟いちゃったくらい大量。

 あれで自覚が無かったら、それは頭の病気を疑った方がいい。

 

「可愛げの欠片もない野郎でも、アタシにとっちゃ最初で最後の愛弟子だもの。散り際くらいは自分で飾らせてあげたかったけれどね。世界を守る方が重要事項よ」

「そ、ソレスタさん……!? 散り際って」

 そんな縁起でもない! 言い募ろうとした私をソレスタさんが手で制した。

 

「ディーノとブラッドを在るべき姿に戻す」

「…………」

 端的な言葉に全員が黙った。

 ディーノとブラッドは静かにソレスタさんを見返し、私は俯いた。

 一体どれくらいそうしていたのか。多分、時間にしたら一分も経っていないくらいだったんだろうけどやけに長く感じた。

「鏡が次の魔物を送って来る前にやるわよ」

 ブラッドが必死にユリスの力を送って押え込んでいた鏡の歪んだ力は、今は鎮まっているけど、いつまた暴走するか分らない危険な状態だ。

 

「少しなら、僕達でおさえとけるから」

 くいと私の袖を引っ張ったホズミが言った。

 見ればミケくんとミラちゃんも決死の覚悟といった表情で私を見つめていた。

 どうやって意思疎通をしたのか分らないが、自分達で少し時間稼ぎをしようという意見でまとまっているらしい。

 なんと頼もしい獣族達か。

「じゃあ、お願いします。……だけど、もう無理だと思ったら、危ないと思ったらすぐ逃げて」

 暴走した鏡の傍に居たらどんな危険が降りかかって来るか分らない。

 三人は頷くと鏡を三角形に囲うようにして立ち、意識を集中させているのか目を瞑ってじっとしている。

 

「獣族の魔力は人間とはまた質が違うからね。神の力にもほんのちょこっとは有効なのかもしれないわ」

 曖昧な結論を付けてソレスタさんはそれっきり彼等から目を離した。

「ほら、あの子達が頑張ってくれてる間に済ませちゃうわよ」

 手を叩いて気を取り直させるソレスタさん。なんか先生みたい。

 全然焦りもないし、伊達に長く生きてないというか、どこまでも冷静だ。

 

「ハルちゃん、疲れてるところ悪いけどちょっと手を貸してくれるかしら」

「あ、うん」

 と、言われても何をすればいいのか分らない。のこのことソレスタさんの傍に寄った。

 するとソレスタさんの意外と大きな手が私の髪に差し込まれたかと思うと、後頭部に回りがっしりと固定された。

 え? と思う間に超美形な顔が近づいてきた。

 

「ぎゃーっ!!」

 がしっと身長の割に小さい顔を両手で鷲掴みにする。

「近い近い近いっ!! なっにすんじゃい!」

「力を貰うのよ」

「だから、だからって!」

「あらブラッドともいっぱいやったんじゃないの?」

「クソエロジジイ!!」

 掴んだままだった顔を力いっぱい下向かせて頭突きをかます。

 デリカシーを持て。今すぐコンビニでも行って買ってこい!

 

「つべこべ言わない! 時間がないって言ってるでしょうが」

 何でか怒られた! いや分かってるよ、ユリスの力を効率よく吸収する為にはこれがいいって。

 だからって、よしもってけ泥棒! って差し出せるかバカ!

 泣きそうになりながらも無言で抗議を続ける私の顔を今度はソレスタさんが掴んだ。

「貴女の力が必要なの。失敗は許されない。ブラッドもディーノも消失させない為にも」

 ソレスタさんの碧眼に、驚き固まっている私が映り込んでいた。


 二人を在るべき姿に戻すとはつまり、禁呪によって別たれた個をまた一つにするという事。

 過去、魔術師複数人で行っても尚成功しえなかった禁呪の逆行為をソレスタさんが一人で行う。

 というか、大賢者と呼ばれる彼しか成功させる可能性がない。彼でも失敗するかもしれない。

 だから私の中にあるユリスの力が必要なんだ。

 分かった。事情はよく分かった。だがしかし、これと乙女の事情はまた別ものでね。

 だってよく考えてよ。ブラッドにディーノ、更にはホズミ達だっている。

 どんな罰なの、どうしてそんな公開処刑みたいな事させられなきゃいけないの、ねぇ!?

 

 私はソレスタさんの頭から手を離すと歯型と青痣だらけの右腕を晒した。

「血の方で、お願いします……!」

 言った瞬間にソレスタさんが物凄い勢いでその右手を掴んだ。すごい力が入って痛い。

「……ブラッド、あんたねぇ!?」

「仕方ないだろ」

 ぷいとそっぽを向いた弟子に舌打ちをしたソレスタさんは投げやりに息を吐き出した。

「ハルちゃん、血を寄越すっていうのがどんな意味か……分かってないわよねぇ。ごめんなさい、説明はまた今度させてもらうわ」

 申し訳なさそうに眉を下げたソレスタさんは、しかし迷いなく私の手の甲に爪を走らせると、すぱっと皮膚が裂けた。

「いった……!!」

 思い切りがいいなチクショウ、痛い!!

 ざらついた舌で血を舐めとられてる感触が伝わって来るけど、直に見る気にはなれなくて顔を背けた。

 注射刺される時に直視できないのと同じ感じ。

 

「ディーノ、ブラッド。そこに並んで立ちなさい。……分かっていると思うけど、失敗しても成功しても、どちらかは消えるわ。元は同じでもこれだけ長い時を別人として生きてきたんだもの、合せようとすれば拒絶反応が起きるかもしれない。最悪、欠片も残らず二人共消失する恐れもある」

「そんな事今更言うまでもないだろ、さっさとしろ」

「どうせこの大祭が終われば試すはずだった事です」

 あまりにも潔い二人の言葉に、私が揺らいでしまいそうになった。

 ブラッドは最初からこの禁呪を行うつもりで私を呼んだ。あわよくばディーノを取り込んでしまおうと。

 そうする事でしか命を永らえられないからと。

 

 でもたまに思うんだ。ブラッドやディーノと話すたびに感じていた違和感。

 彼等は本当に相手を消してでも自分が生きようとしていただろうか。

 ディーノがずっとブラッドの存在を無視し続けていたのは、疎ましかったから?

 ブラッドが唯一自分の存在を証明するものであろうその名をあっさりと捨てて、ディーノに名乗らせたのはどうして?

 

 本当はお互いにお互いを認め合ってたんじゃないの?

 

「ディーノはディーノ、ブラッドはブラッドなんだからね。二人共欠けちゃダメなんだよ、二人でディーノ ブラッド ファーニヴァルだから。どっちも居なくなったら許さないんだからね?」


 視界がぼやけて正面に捉えてるはずの二人が見えない。

 声は情けなく震えてる。

 今になって途端に怖くなった。

 術が成功したとして、その後に残るのは誰?

 ディーノかブラッドか。

 どっちかが居なくなっちゃうなんて絶対に嫌だ。

 

「私の聖騎士は二人なんだから……!」

 ぼたぼたと涙が零れ落ちるまま訴える私の頭を労わるようにソレスタさんが撫でてくれた。

「その通り。大丈夫絶対に成功させてみせるわよ、この大賢者様がね」

 ソレスタさんがおどけてしたウィンクを私は初めてちゃんと受け取った。

「お願い、します」

「ええ。全身全霊を掛けて貴女との約束守るわ」


 ソレスタさんは私を下がらせて自身はディーノ達の前に立った。いつの間にかその手には長身なソレスタさんの身長を超える杖が握られている。

 ちゃんとは聞こえないけれど、彼が長い呪文を唱え始めると周囲に紫の発行体がちらほらと出現し出した。

 それらは徐々に数を増やし光の具合もどんどんと眩しくなってゆく。反比例するように空はどす黒い雲が覆い、今にも雨が降り出しそうだ。

 どうなるのかハラハラと見守っていた私の耳に、さっきまではかすかにしか聞こえなかったソレスタさんの声が、そこだけやけにはっきりと届いた。

 

「我が魔力の全てを注ぐ」

 

 そして天に向かって杖を翳した瞬間、真っ黒な雲から轟音と共に雷が落ちた。

 禁呪を行う者へ神の鉄槌が下ったかのように真っ直ぐとソレスタさんに向かって。

「ソレスタさんッ!!」

 叫んだ私の声も落雷の音にかき消された。あまりの大音量に聴覚が麻痺してしまっているのが分かる。

 

 慌てて駆け寄ろうとしたのだけれど、意志に反して足はぴくりとも動かない。まるで縫いとめられてるんじゃないかと思う程。

 どうなったのか確かめるのを怖がっているかのように。

「ソレスタさんっ!! ソレスタさんっ!?」

 もうもうとした煙と紫の発行体に阻まれて様子は伺い知れない。必死の呼びかけに対する応答もなかった。

 

 

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