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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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途中から視点がハルから第三者(ディーノ寄り)に変わります


 

 フライアの力を無に帰すには、同じく神であるユリスの力が必要。

 という事で絶賛血を抜き取られ中。貧血になりそうだし痛くて気が遠くなりそうだし。

「ブラッド……」

「黙れ、気が散る」

 ブラッドはあれからもう一度がぶりと私の手に歯を立てて血を流させた。

 とんでもない痛さに悲鳴を上げたのを煩そうに顔を顰めたヤツは

「血を地面に落とせ」

 とわけ分らない事を言いやがった。

 ぽかんとしてる間に、私の指から滴り落ちた地が土に吸収されていった。

 

 その瞬間、私とブラッドの周囲にぐにゃぐにゃとしたミミズのような文字が囲んで円柱を作った。

「ッ!?」

 なん、じゃぁ、こりゃぁ!!

 どしりと重力が増して立っていられない。上から何かで押さえつけられているようだ。

 耐えられなくて座り込む。

 押さえつけられているだけじゃなく、身体から力が抜けていっている感じがする。

 頭がガンガンして視界が少しかすみ、血の気が失せて胃が気持ち悪い。

 あれこれ貧血? 血流し過ぎただけ?

 

 そんな死にかけな状態で無理やり顔だけ上げると、鏡の置かれた地面からも魔方陣が浮かび上がり強烈な光を放ち、一瞬でそこに咲いていた花々は塵と化して土は抉れていた。

 まるで焦土のようになった中でも鏡だけがその輝きを失わない。

 

 ブラッドは鏡から目を離さずずっと術を発動させ続けている。

 相当強力な術をぶつけているはずなのに鏡はビクともしない。まだ全然力が足りないんだろうか。

 結構な力を搾取されたと思うし、ブラッドの身体にもかなり負担が掛かっているのに。

 ブラッドの顔色もどんどんと悪くなっていく。眉間の皺がえらい事になっていく。

 今ならコインを間に挟めるんじゃないかな。

 

 どうでもいい事を考えているのはわざとです。ちょっとでも気を抜けば気絶してしまいそうなのよ。

 多分、同じ円柱の中にいるんだから私と同じ症状になっているのではないかと思われる。

 どうやったら立ってられんの? マゾなの、ドSだと思わせといてその逆属性なの? この苦痛が快感なの?

 

 ああ、ダメだ。座っているのもしんどい。寝ころびたくなってきた。

 私の頭がぐらついたのが前を向いていたブラッドの視界にも入ったのだろう。

「おい気絶するなよ」

「も、無理……」

「意識がなくなれば力の供給が遮断される」

 えええ、そんな事言われても! 既に朦朧としているのですが!

 喋る元気もなくて目で訴えてみれば、ブラッドもチラリと私を一瞥した。


「鏡の破壊が失敗すれば更に事態は悪化する。ここに居る奴等全員死ぬぞ」

 ただ事実を伝えるだけの言葉は酷く淡々としていて、切迫も危機感も感じなかったけれど。

 だからこそ背筋が凍えた。

 私を叱咤する為に言ったのではなく、紛れもなくそういった事態に陥るのだと伝えているだけだと理解出来て余計に怖かった。

 

「ブラッド……だいじょぶ、なの?」

「……やかましい」

 声が掠れている。彼も相当体力消耗してきているようだ。そりゃそうだろう、力抜き取られても身体に影響は出ないって言われてたはずの私がこの状態なのに、この中でディーノは鏡の破壊術を行使しているのだ。

「ブラッド」

 何の意味もないのは分かってるんだけど、排他的なブラッドが珍しく頑張っているのに、私がへこたれるわけにはいかない。

 そう思ったら自然と手が伸びていた。そっと彼の空いた方の手を握る。

 ブラッドが、微かに笑った気がした。

 

 

***



 犬のような魔物達の群れの中に埋もれたホズミがいるであろう箇所へディーノは直進していた。

 向かってくるものは剣で薙ぎ倒し、邪魔なものは剣圧で弾き飛ばした。

 不自然に円を描くように魔物が固まっている。みな地面の一点に顔を向けていた。

「ホズミ!」

 ディーノが聖剣を空中で一薙ぎすると、刃のように凝固した空気が魔物の方へ猛スピードで吸い込まてゆき、それに触れた物達は面白い程簡単に切り刻まれ地に伏した。


「ホズミ、大丈夫か!?」

 仰向けになって寝ころんでいたホズミは、よれよれと起き上がってディーノに頷いた。

 身体のそこら中が傷まみれになっているが深いものはないようだ。

 なんとかバリアを張って防いでいたらしい。

「……俺は治癒術は使えない。なんとかなりそうか?」

 もう一度頷くホズミの頭を優しく撫でる。

 大したものだ。無数の魔物に襲われたというのに、この小さい狼の子はしっかりと正気を保っていた。

 

「早くハルのところへ」

 ホズミの手を引いて歩き出そうとしたが、少年は逆にディーノをぐいと引っ張った。

 キョロキョロと周囲を見渡して、ある一点に止まる。

「兎達……?」

 狼の視線の先には花畑から走り去ろうとしていた兎の姉弟の姿があった。

 

 魔物達の狙いはフレイアの鏡とユリスの花嫁だ。逃げる獣族を追うものは少ない。

 が、彼らを逃がすまいと牙を立てている奴等も幾らかはいた。

 今にも魔物の刃牙が猫に届くというその瞬間、その数体の魔物の体躯は炎に包まれた。

 青白く揺らめく劫火に焼かれてけたたましい悲鳴を上げるそれらに、猫達も走る足を止めて振り返る。

 ホズミも口をあけて見入っていた。

 ディーノはその間も魔物を一掃しつつ、その炎を放った元凶に気付いていた。

 

「あらあらぁ、なんか後手後手?」

 全く緊張感のない口調で、悠長な足取りで歩いて近づいてくる男の顔には、また場違いな朗らかな笑みが浮かんでいた。

「聖騎士様ともあろう者がこれしきの事で手こずってちゃ話にならないわよ」

 煌めく金髪をなびかせながら優雅な登場をしたのは、言わずもがな大賢者ソレスタ。

 彼はパチンと指を鳴らすと、爆弾が引火したかのように至る所で次々と爆発が起きる。

 爆風に煽られながら、もう全く状況について行けない獣族三人は放心状態。

 ディーノは我関せずで残る魔物を切り払っていた。

 

「遅かったですね」

「うるさいわよ、住人を全員侯爵ん家入れんのに手間取ったの! それにしたってアンタ不甲斐ないじゃない」

「剣じゃ魔術のように一度に広範囲に攻撃出来ないんです」

「あらやだ、負け惜しみ?」

 いっそ一思いに切りつけてやろうか。そんな物騒な考えがちらりとディーノの脳裏に過る。

 出来やしないが、ソレスタの嫌味な顔を見ていたら自然と剣を握る手に力が入った。


「ブラッドッ!!」


 遠くでハルの叫び声が聞こえてきた。全員がそちらを向く。

 何が起こったのか見えないが、彼女の声からかなり切迫した状況である事は窺えた。

「ディーノ、行ってあげなさい。アンタの分までこっちはアタシが引き受けるわ」

「……すみません、三人を頼みます」

「ええ、この貸しはまた今度きっちり返してもらうわ」

 ハルちゃんと一緒にね、と片目を瞑る賢者を見ようともせずディーノはハルの元へとまた走った。

 完全に無視されたソレスタは「ちょっと! ノリ悪いわね!」と大声でぼやいたが構ってはいられない。

 

 ブラッドが作ったであろう光の柱は離れていても良く見えていい目印だ。

 到着してみると、光の壁の向こうにハルとブラッドがいた。

 二人共地面に座り込んでいて、ハルがブラッドに寄り添って顔を覗き込んでいる。

 何をやっているのだろう。

「ハルッ!!」

 声は壁に弾かれる事無く届いたようで、ハルが振り向いた。

「ディーノ……ディーノ!」

 ハルはディーノの姿を認めると、立ち上がろうとして失敗し、転げるようにこちらへ寄ってきた。

 壁にぺたりと手をついて今にも泣きそうな顔で見上げてくる。

「ブラッドが、ブラッドが、血吐いて」

「血?」

 ちらりと向こうで蹲る男を見れば、口の端から赤い線が流れていた。

 

「不甲斐ない。所詮その程度か」

 それは前にいる男に向かって吐いた言葉であり、自分に付きつけられた言葉だった。

 不甲斐ない。聖騎士だなんだと持ち上げられていながら、その力も満足に使いこなせず数が多いだけの雑魚に手間取っている。

 欲望が肥大して暴走したとはいえ、それは人間の思いだ。神の力で抑え込めないのは術者の力不足だ。

 結局、ディーノ ブラッド ファーニヴァルという人間はその程度なのだ。

 

「あぁ?」

 通常の三倍低く掠れた声でブラッドが短く問う。ハルの頬がひくりと震えた。

 ゆらりと立ち上がると一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと近づいてくる。

 この異常な重力に一度屈して膝をついてから、再度立ち上がるのは至難の業だとハルには分かる。

 疲弊しきって血を吐くまで身体に負担が掛かっている今の状態なら尚更だ。


 それでもブラッドは歩いてくる。ゾンビや夢遊病間者が徘徊するような足取りで。それはもう怖かった。

「ぶ、ぶら」

「だったらテメェがやってみろアアン?」

「ブラッドがヤンキーになった!」

 ぶわっと涙を目に溜めたハルは数歩後ろに下がった。

「自分なら鏡を破壊できるとか大口叩いたのはお前だろう。口先だけだったようだが」

「魔術もろくに使えない木偶が偉そうに言ってんじゃねぇよ」

「あの、二人共」

「ほら吹きよりマシだろう」

「テメェ……」

 ブラッドは血管がぶち切れそうなほどこぶしを握りしめると光の壁を感情の全てを吐き出すように叩きつけた。

 

 ひぃ、と手で頭を抱えたハルは聞いた。

 ブラッドが作り上げた光の円柱が、ブラッド本人のけんによって粉々に粉砕される音を。

 

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