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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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 昨晩遅くから降り出した雨はお昼を過ぎてもまだ続いている。

 夜にはあがるだろう、と空読みのおじさんは言っていたから、多分大丈夫だろうけど。

 折角の前夜祭が、雨のせいで全力いっぱいで楽しめないかもしれないかもしれないっていうのは悲しい。

 キャンプファイヤーもあるみたいだけど、地面がぬかるんでたら座れないし靴の汚れとか気にしないといけないから面倒だよね。

 

 雨の中動くってのは億劫なものだ。

 それが森ともなるとだな……というわけで、只今森林行進中。

 かっぱ来て長靴履いて。

 聞いてよ、ソレスタさんに濡れない防水加工みたいな魔法ないのかって訊いたら、あるけどやってあげない。かっぱ着ろっつったんですよあの人。

 なんでなんですか、どんなイジメなんですか。陰険でいて地味過ぎでしょ。このすっとこどっこい魔術師め。

 さすがブラッドの師匠だけあるな。恐れ入ったわ。

 

 ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん、と無理やりにでもテンション上げて森の中を歩いております。

 

「ハル」

「むぎゃっ!!」

 ごふ。かっぱの中に埋もれていたホズミが胸元から急にズボッと出てきたせいで、ホズミの頭頂部が私の顎を直撃した。

 いってぇぇぇぇ!! 思わずホズミおっこしそうになったわ。

 狼の姿だったのに急に人型になったりするからその重量の差に腕が悲鳴を上げたけどよく耐えた私。

「どうしたのホズミ、苦しかった?」

「ううん、猫、いた。あっち」

「あ!」

 ホズミはするすると私の身体から器用に降りると、かっぱの下から抜け出て前へと駆けだして行った。

 あああ濡れちゃう! と思って伸ばした手が間に合うわけもなく。

 何の為に私が抱いていたと……!

 慌てて後を追う。

 ぐずぐずになった土に足を取られながら走る。うん、現役の頃ならいい練習になっただろうけど、今はただただ鬱陶しい。

 

「ホズミ、待って!」

 と、言われて止まる子供は少ない。賢い筈のホズミも例外じゃなかった。標的を捕捉してそれしか見えてなくて突っ走っている。私の声は届いていて無視されているのか聞こえていないのか。

「ホズ」

「先、行く!」

 急に前を走っていたホズミが力強く地面を蹴って、くるりと空中で一回転して狼の姿に戻ったかと一段とスピードを上げた。

 ホズミって実は猪突猛進タイプ? まさか私の制止も振り切ってっちゃうなんて……。

 最近ちょっと私に対する態度がぞんざいになって来てない? うーん、わざわざキリングヴェイまで追いかけてきてくれたくらいなのに、こっちに来てからというもの、私よりディーノに懐いてみたり。

 人間達との生活にも慣れて、興味の対象が私以外にもいろいろと移ってきたという事なのかな。

 良い事だ。……淋しいなんて……思わないんだからね!

 

 うだうだと考えながら必死に走っていると、少し先に蠢く影が見えた。

 近寄ってみれば当然だけどそれはホズミとミケくんで。

 二人はくんずほぐれつ、じたばたと取っ組み合いをしていた。

 …………。因みに言っておくと二人共狼と猫の姿ですよ。

 人型でやってたら、見たらいけない構図だと思ってしまい、でもちょっぴり妄想してしまったのは、女子なら仕方ない事なんだよ。決して腐女子だとか、そういうんじゃない! と、思う。

 

 私がとても後ろめたい妄想を頭の中から取っ払っている間にホズミがマウントポジションを取ってミケくんの動きを封じた。

 動物の姿ですよ!

 狼と猫になってしまうと、子供とはいえホズミの方が体格がいいからね。

「でかしたホズミ! やっちゃって!」

「がうっ!」

 返事するように一唸りすると、ホズミは思い切りミケくんの首元に噛みついた。

「きゃああああああっ!!」

 想像以上の勢いに絶叫してしまった。し、仕留める気満々じゃないかホズミ!?

 無意識に顔を手で覆って目を閉じていた。

「ハル」

 静かに名前を呼ばれて、そうろりと目を開けて指の隙間から覗いてみると、猫の姿のままミケくんはぐったりしていて、ホズミは人型になって立ち上がり私の方を向いていた。

「み、ミケくんは!?」

「気絶してるだけ」

「そ……そっか」

 息の根止めてないか……。良かった。

 ホズミはお利口さんだけど狼としての野生の本能ってやつもしっかり持っていて、時に狩猟の血が騒いじゃうのだ。

 ある日城の庭園の隅でモソモソしてるなぁと思って覗いてみたら、鼠を咥えて嬉々としていた時は気絶しそうになった。

 喚くようにネズミを離すように言い、後でしっかり歯磨きさせました。

 どうして私が恐々としていたのかさっぱり理解出来ないというキョトン顔されたけど。

 

 そんな訳で今もとても怖かった。今回は猫でしかも獣人の知り合いのミケくんとか、ショックで私立ち直れないもの。ホズミの事今まで通り愛情注げなくなっちゃうもの。

 さっきの衝撃映像を脳内で消去しつつ、泥まみれで地面にぐったりしているミケくんの傍まで行ってしゃがみ込む。

「よしよし、じゃあ今のうちに」

 ポケットをまさぐって取り出した首輪をミケくんの濡れそぼった首につける。

 ぐったりして力の抜けきった小さな猫の身体を抱き上げると、また不安がせり上がってくるけど、あんま考えちゃダメだ。

 持ってきていたタオルにミケくんをくるんで籠の中にぽいと入れる。

「ほんじゃ帰ろうか」

 ぶるぶるぶる。身体を振るわせて濡れそぼった毛の水気を払ったホズミは、ふん、と鼻を鳴らした。

 え、それってどういう意味? 是? 否?

 コミュニケーションが取れず呆然としていると、ホズミは勝手にトコトコ歩き出した。

 あの、ホズミさんや。どうして最近私にそんな冷たいのかな? この雨よりも私の心を冷えさせるよ。

 

「ホズミ、風邪引いちゃうからかっぱの中入って」

「やだ」

「やだ!?」

 ぶるぶるぶる。悲しさと恐怖と衝撃で私の身体が震える。

「ほ、ほず……」

「ハルぬれちゃうよ?」

「ほずみー!!」

 ホズミがかっぱの裾を少し引っ張って首を傾げながら私を見上げた。

 その姿と可愛らしい言葉に堪らず抱き着いた。

 ああもう怖かった、嫌われたのかと思って本気で泣きそうになった!

 私が濡れちゃうからかっぱの中に入りたくなかったのね、そんなのいいのに。むしろどんと来いなのに!

 

 それから。何度言っても頑なに自分で歩くと言い張るホズミに負けて、風邪ひかないかとハラハラしながら森を出た。

 

「ハル!」

 街の入口の所で待機していたディーノが私とホズミを見つけて駆け寄ってきた。

 ディーノは祭りの最後の仕上げに駆り出されて別行動していました。

 傘を私の方に傾けてくれる紳士的な態度は流石としか言いようがない。

「私よりホズミにやったげて」

 かっぱ着てるから私は大丈夫だ。

 濡れ鼠ならぬ濡れ狼になっちゃってるホズミをみてディーノは苦笑し、持っていたタオルをホズミにかけて、傘の中に入れた。

 こうやって見てると親子か歳の離れた兄弟みたいだなぁ。

 

「どうでした?」

「ホズミのおかげで大成功だよ」

 まだ気を失ったままのミケくんが入った籠をディーノに見せる。捕獲完了です。

 そしてちょっぴり自慢気なホズミが可愛過ぎて悶え転びそうだった。

「でもこのままじゃホズミもミケくんも風邪引いちゃうから一旦屋敷に戻ろう」

「そうですね。ハルも温まらないと」

「ディーノもね」

 日本でいうところの梅雨のようなこの季節。

 気温はそこそこあって、湿気が多いから比較的暑いんだけど、やっぱり長時間ずぶ濡れになっていたら身体は冷えてしまう。

 ホズミを真ん中にして横一列に並んで歩く。

 おお、なんかこの構図いいな!

 

 

 さてここで少し説明しよう。

 私とホズミはミケくんを捕えに行ったわけですが。どうしてそんな事をしたのかというと、目的の一つは首輪を彼につける為。さっき私がつけたやつだね。

 この首輪はソレスタさんが特別に作ってくれた魔術道具だったりする。

 そんなに作用の強いものではないんだけど、魔術の放出を抑制するものなのだとか。詳しい説明は魔術を全く理解していない私には無理です。

 まぁ早い話が、この首輪をしている間ミケくんは魔術を使う事はおろか、人型を取る事すら出来ないのだ! というような感じです。

 猫の姿だと言葉が通じないのが困り所だけど、彼の行動を抑制するためには仕方がない。

 

 大祭当日にミケくんが叶えようとしていた望みを握りつぶすには、こうするのが手っ取り早かった。

 この一週間、ただソレスタさんに舞の稽古をスパルタで受けてただけのハルさんではないのだ。

 ミラちゃんと話して、ミケくんが何を成そうとしているのかのおよその予想を聞いて、それについての対策をみんなで話し合ったり、ちゃんとしてたんだよ実は。

 

 泣きながらミケくんに止めるよう説得して欲しいと、ミラちゃんに再三頼まれている。

 説得は難しいから初っ端から力押しで行ったわけだけど。

 

 しかし、どんな理由があろうと女の子をあんないっぱい泣かせちゃ駄目です。

 ミケくんはきっとミラちゃんの涙の意味を正しく理解してない。

 

 そんなわけで、姉弟ですれ違ってしまった心をなんとか軌道修正させるために私にも出来る事をやる。

 やるったらやる。

 

 

 

 


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