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ぱたり、とドアの開閉音が聞こえてきて私は顔だけそちらに向けた。
どこか疲れた様子のマイ聖騎士様がお帰りになられた。
「お帰りディーノ」
私は今ベッドに仰向けに寝そべった状態。そのお腹の上には狼姿のホズミが乗っかっていて、二人できゃっきゃうふふとじゃれ合っておりました。
なかなか胃に負担がかかるんだけど、この重さは愛情の重さ。病み付きになります。
そんな私達を見てディーノは何か言いたげに目を眇めたけど、結局は「ただいま」と呟いただけだった。
「どう、話し合いは出来た? ブラッド殺してない?」
「聖剣をハルに取られてたので出来ませんでした」
私の判断は正しかった! 聖剣ボッシュートしておいて正解でした。
ディーノの上着を剥ぎ取って聖剣にグルグル巻きにして持ち帰っていたんだよね。
テーブルの上にポイと無造作に置いておいたのをディーノが発見して、持ち上げて魔方陣を浮かび上がらせたかと思うと音もなくその剣身を消失させた。
聖剣に鞘はない。ディーノの内に収めるのだそうだ。
昔テレビで剣を呑みこむ男っての見た事あるけど、同じくらいビックリ人間だよねー。
ホズミが前足に力を入れてひょいと私の身体から飛び退いた。
胃が圧迫されて「ぐえっ」とカエルが押しつぶされたような声が出た。女の子の出していい声じゃなかった。
ホズミはパタパタと尻尾を振ってディーノの足元に纏わりつく。
するとディーノも心得ていて、ホズミを軽く持ち上げて肩に乗せてあげるのだ。
最近あの高さに居るのがホズミのお気に入りらしい。
尻尾を回す勢いでぶんぶん振ってはディーノの頭を叩いている姿は胸きゅんものだ。
「ていうか聞いてよ! 侯爵さんとソレスタさんってば昼間っぱらから酒びたりしてたのよ、どうなのあんな大人」
「ああ、さっきなんだか色々と小言を言われましたよ」
「私なんて小娘って罵られた……。侯爵さんって何気に子供っぽいところあるよね。ディーノのがよっぽど大人だと思う」
さぁどうなんでしょうね、と苦笑してディーノはベッドの端に座った。
その振動で体勢を崩したホズミが肩からずり落ちてポテリとベッドへダイブする。
ヴウと唸ってみせたけどディーノが軽く頭を撫でるとすぐに怒りを鎮めた。えっらい懐いてんなぁ。ハルさんちょっと妬きそうです。
「俺のはただ単に楽をしているだけだから」
ディーノは自分の足元を見ながらぽつりと言った。
「楽なんです、相手が望むように振舞うのは自分で何も考えなくていいから。そうしていれば角も立たない。自分がこうありたいと願う事も無かったから、何の抵抗も無かった。俺の今までの生き方はとても平坦でした」
自嘲気味に口元を歪めるディーノのその表情は初めて見るものだった。
思えば彼が自分の事を振り返って私に語ってくれるのも珍しい。
「アイツはそうじゃなかった。協調性なんて皆無で自己中心的。相手なんてお構いなしで、自分の意思を貫いていた。馬鹿だと思ってました。こんな半端で出来損ないの人間は只でさえ生き辛いのに、態々自分から肩身を狭くして……」
ディーノの言葉に、ない想像力を巡らせて彼らの過去を思った。
確かにブラッドが大人しく誰かの言う事を素直に聞いたり付き従ったりっていうのは無理がある。
彼はきっと子供の頃から性格はひん曲がっていた、いや、自由に生きようと足掻いていたに違いない。
「あれを羨ましいと思う事など無かったのですが」
彼の手が伸びてきた。
つ、と頬に触れるのを黙って受け入れる。
「貴女と対等でいるのはあいつの方だ」
ディーノの指が前髪を横に流す、その髪の揺れる感覚とか瞼に触れそうで触れない手の甲とか。
意識すると顔に熱が集まる。
別に悲しいわけでもないのに、じわりと目に涙が溜まってきた気がする。
「ディーノ……」
頭がぼんやりする。色々考えたいんだけどディーノの朱金の瞳を見つめてたら思考が霧散してしまう。
まるで乙女のような(いえ乙女ですが)現象に戸惑った。私は少女マンガの主人公かなにかか!
……私のこの反応は女の子として当然なものだよね?
これディーノが悪いよね、一方的にディーノが悪いんでいいよね!?
正統派な男前とこの状況で意識するなという方が難しい。最近忘れかけてたけど、私だってまだ花も恥じらう十代女子だもの。
「ハル」
「きゃああああっ!!}
ぬっと突然ディーノと私の間に割って入ったホズミの顔がドアップに映って大声を上げてしまった。
か、か、完全にホズミの存在を忘れてた! なんたる失態!
ずっと大人しく狼の姿でディーノの肩に収まっていたせいだろう。人型になって存在を主張したらしい。
ディーノと二人して放っておき過ぎたせいか若干むっとしている。
「ごめんホズミ、えぇと、寝る?」
「うん、ソレスタの所行った方がいい?」
「変な気を遣わないでいいのよ!」
子どもなのにその気配りはどういう事なの!? ていうかいらないから、ディーノと二人っきりとか別に望んでないから!
ぎゅうとホズミを抱いてここに居ろと伝える。
「ハルはいつでもホズミ優先ですね」
ディーノはさっきまでの、切羽詰まったような少し苦しそうな表情はどこへやら、いつも通りの穏やかさの滲む苦笑を零した。
「まあそこは子供の特権っていうか」
ホズミの頭をぽんぽん叩きながら私も眉を下げて笑う。
そして何となく、殆ど無意識だったんだけど、私はホズミから手を離してそのままその向こうにいるディーノの濃紺の髪をくしゃりとかき混ぜた。
あ、思ってたより柔らかいかも。
その後整えるように撫でつけていると、ディーノは目を見開いて数秒私を凝視していたけど、すぐ我に返ったようで、私の手を取って恭しく自分の唇に持って行った。
「っ!」
びっくりして手を引こうとしたけどしっかり掴まれていて無理だった。
この人たまにお伽話の王子様かっていうような真似を平然とやってのけるから心臓に悪い。それともこれがこの国の標準なんだろうか。なんと恐ろしい。
慎ましい日本人には刺激が強すぎます。
「あの男を優先されるより百倍ましですが」
私の手をくっつけたまま喋るから唇が動く感覚が指先から伝わってくる。
ひぃぃ! へんたい! ディーノへんたい!
反射的に拳を握ってしまった。そんな私にディーノはクツリと喉を鳴らすように笑った。
あ、なんかそういうのちょっとブラッドに似てるかもしれない。
「少しはこっちも見て下さいね、俺の花嫁様」
「ディーノのじゃない!」
だからこのやり取りとか!
珍しく楽しそうに破顔するディーノに、この人も結局のところいじめっ子属性かと泣きたくなった。
「さっきからどうしたのディーノ。キャラ崩壊しかかってんよ?」
「よく分かりませんが、俺の態度がいつもと違うという事ですか? 多分それは、あいつの話を聞いてこっちも色々と吹っ切れたせいだと思います」
キャラ崩壊という単語はこの世界では通じなかった。現代日本語というか若者言葉だとか英単語だとかは通じない事が多いなぁ。
若干思考が逸れつつも、彼の後半の言葉に驚きを隠せなかった。
なんか知らんがディーノはつるっと一皮剥けたようです。忌み嫌うかのように避け続けていた半身であるブラッドと、そう長くはないとはいえ話し合いの場を設けた事が功を奏したらしい。
良かった良かった。主催者側としては冥利に尽きます。
「本気であれを殺してしまおうかと思った時期もありましたが」
スルーでいいのか、ここはちょっと待てと制止した方がいいのか。ぐっと息を詰めた私に気付かないのかディーノは続ける。
「あいつが居たからハルと出会えたのだと考えれば、思いとどまって正解でした」
「ディーノ」
「ああ、勘違いしないで下さい。貴女は俺が呼んだユリスの花嫁です。でもあいつが居たからこそ不完全な俺でも呼べたという事です」
ディーノがいっぱい喋ってる……! 寡黙な人ではないんだけど、基本的にこの人との会話は私がばーっと喋って返事を貰うっていう感じだったから。
「ハルの傍に居るからですよ。だからこんなにも感情的になれる」
「ふおっ!?」
内心を見透かされた!?
さっきから私は驚いたらいいやら恥じらったらいいやらで、全然話せない状態のまま。
「ディーノ、ディーノの感情が大きくなるのは、私のせいじゃなくて」
「ユリスの花嫁だからでしょう? それはハルだからという事でしょう?」
そうなんだけど、違うのよ。私自身がディーノに何かしてあげたんじゃなくて、勝手に付与された神様の力ってだけだから、私は何もしてない。
ディーノをそうさせているのはユリスだ。
そんな嬉しそうな顔されると後ろめたさが襲って来る。
「たまたま私にその力が宿っただけ。他の人がユリスの花嫁になってたら、ディーノはその人に心を砕いた。たまたまだよ」
「おそらくそうでしょうね。でもユリスの花嫁はハルだ。事実はこの一つだけです」
神様から貰った力で半ば強制的に精神を揺さぶられる。
その力を与えられた者が誰であっても関係ない。
例えばこの世界に呼ばれたのが私じゃなく友人だったならディーノは友人に同じようにしていたのだろう。
でも実際にはそうならず私が来た。私以外の人との仮定を考える事に意味は無い。
「……そこは嘘でも、ユリスの力は関係なく私だからだよって言うもんなんじゃないの?」
ほらよくあるじゃん。メロドラマとかにこういうシチュエーション。
クスクスと笑うとディーノも目元を緩めた。
「すみません、勉強不足でした」
いつの間にか私の肩に頭を預けてホズミはすやすやと寝息を立てている。
「あいつの……ブラッドの思い通りになるのは癪ですが、策に乗ろうと思ってます」
ホズミの寝顔を覗き込んでいたんだけど、はっと顔を上げた。
ディーノはさっきのまま穏やかな目をしていた。
「でもディーノ……大丈夫なの?」
「俺は消えたりしません。ブラッドもです」
彼には心を読まれっぱなしだ。私が思った事が顔に出易いせいじゃないよ。絶対に。
「俺達は今度こそ、二人で貴女の聖騎士になります」




