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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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 人から魔力を抽出するには術式を使用する。その術式は難解かつ精度の高さ、更に術者の魔力の高さも求められるもので、魔導師といえどおいそれと発動できるものでは無い。抜き出す魔力が大きければ大きい程、その難しさも上がっていく。

 特に禁忌とされているものではないが、あまりに成功率が低くリスクが高い為にこの術を発動させようとする者は殆どいなかった。

 

 だが協会は二十数年前、神官の中でも指折りの魔術使いを集めその術を行使したのだ。

 まだ新生児と言える赤子に対して行われたそれは、前代未聞のものだった。

 被験者が体内に二属性を所持する異能児である事、そして闇属性のみと限定した魔力を選別しながらの抽出という事。

 他の者であれば一つの身体に一属性しか持っていないのだから、魔力の選別などする必要もないし、そんな事が可能なのかどうかも知れなかった。

 

 結果として、魔力を分離し抽出する事には成功した。

 違う側面から言えば、それ以外については失敗していたのだ。

 術式が術者の意志通り百パーセント行使されてはいなかったと気付いたのは何年も後、ディーノとブラッドがある程度成長を遂げてからだった。

 

 ディーノは魔力を使うのは苦手で剣術に長けていた。逆にブラッドは身体を動かすより机に向かっている時間の方が長く、幼いながらもその高い魔力を駆使していた。

 二人共大人しい子ではあったが、ディーノは大人達に従順で愛想も良かったのに対し、ブラッドは常に単独行動で言う事を聞かず扱い辛い子だった。

 

 元は同じでありながら正反対の二人を観察していくうちに術者達はある事に気付いた。

 分離したのは魔力だけではなかったのではないか。

 先天的な性格や能力の素養までも別れてしまっている。

 

 異例中の異例である術式は、多数の魔術師達をもってしても完全には扱いきれなかったのだ。

 ただの魔力が人間の型を取ったわけではない。血も肉も臓器も、五感や感受性、個として存在するのに必要なもの全てが綺麗に、半分になっているのでは。

 

 その考えに至った術者達は、ずっと気持ち悪がって目を逸らし続けていたブラッドをこぞって実験体にしようとした。

 どうやって生きている、体内はどうなっている。切り刻んでみれば分かるはずだ。

 だがそれが実現する前に大賢者ソレスタが強引に教会から奪うようにブラッドを引き取って行った。

 

 この件に携わった教会関係者は知らない。

 確かに術式によってディーノとブラッドに別れた二人だが、何もかも綺麗に半分ずつに別けられたわけではないのだ。

 肉体の大半はディーノにあり、ブラッドは僅かな人体を生成する元素が少しあるだけで後は膨大な魔術によって補っている。

 そして精神こころはその逆なのだ。

 ディーノ ブラッド ファーニヴァルの主人格は実はブラッドの側にある。

 

 ディーノに心が無いわけじゃない。彼にだって考えはあるし感情も存在している。

 けれどどこかそれらは希薄で曖昧。周囲に逆らわず当たり障りのないやり取り。人当りが良いと言えば聞こえは良いが、八方美人に近い。

 相手を取り込もうとか自分を売り込もうという意志があるのではなく、むしろ相手の意向に逆らう程の意志がないからだ。

 

 以前ラヴィ様がディーノの態度が曖昧だと言っていたのを思い出した。聡い彼女だ、ディーノとずっと一緒に居るうちに何か察したのだろう。

 ルイーノも初対面で看破しているんじゃないだろうか。

 明確な所までは見抜けないにしても、違和感を覚えたに違いない。

 人を困らせるのが大好きなルイーノだ。相手の反応を見て楽しんでいる彼女には、感情の少ないディーノはそれは面白味のない、敵ともいえる存在だ。

 

 そして皆がしきりに言う。

 私と一緒に居るディーノは今までの彼とは違う。感情をあんなに出す彼は見た事がない。”あの”ディーノが人の世話を焼くなんて。

 私には言っている意味がいまいち分らなかった。

 

 どうもディーノは私のユリスの花嫁としての力に引っ張られていたらしい。

 ブラッドが私から魔力を取り込むように、ディーノは私といる事で精神を増幅させていた。

 だから最近は常になく感情的だったという。

 

 

 なんだ、それは。なんて、滅茶苦茶な話。

 

 ブラッドが語った彼等の真実は到底すぐ理解も受け止める事も出来るようなものではなかった。

 一体どこに救いはあるの?

 

 ディーノはディーノ、ブラッドはブラッド。でも二人でディーノ・ブラッド・ファーニヴァルという個になる。

 別れたままではいずれ……。

 

「わた、私が……私の力を使ったらブラッドは消えないんじゃないの? 定期的に魔力を補給すれば……っ!」

 油断したら涙が零れ落ちそうで、必死に堪えながらたどたどしい口調でやっと絞り出した。

 長い長い話を聞き終えて、漸く私が言えたのはこんな事だけだった。縋るように彼の服の裾をギュッと掴む。

 私の手を振りほどこうとはしないブラッドだけど、彼の返事は冷たいものだった。

「一時凌ぎをしたところで意味は無い。お前は元の世界に戻るんだろ」

 言葉に詰まった。唇を噛む。

 その通りだ。定期的に魔力を与えればいいなんて無責任な事を言った。

 私は日本に帰るのだから、出来るはずないのに。ディーノもブラッドも消えてほしくない、死んでほしくない。

 嘘じゃない、心の底から思ってる。だけど彼等の為に一生この地に残ると言えない私はなんて薄情なんだろう。


「……ごめ、んなさい……」

「別に責めていない」

 慰める意志があるのかは分らない。ただ諦めているだけかもしれない。

 今度こそ涙が堰を切って流れ出した。

 私は何の為にこの世界に来たの。これまでも数えきれない程自問自答してきた疑問が、いつも以上に胸を焼き焦がした。

「俺が目的を遂行すればお前は何も考えず帰れる、それだけだ」

「ブラッドは、それでいいの?」

「当たり前だ」

「……あなたのやりたい事は分かった。でもやっぱり」

 ブラッドから目を逸らして俯いた。

「ディーノにちゃんと話した方が」

「…………」

「ディーノに事情をちゃんと説明した方が」

「…………」

「こんな時にまで意地張ってんじゃないわよ良い歳した男が! あんた自分の命が掛かってるって分かってんの!?」

 分かってないから今の今まで単独行動してたのか!

 そうかこの人実はバカだな。バカなんだな。

 二人の間にこれまでどんな確執があったかとか知ったこっちゃないけど、生きるか死ぬかの瀬戸際になってまで引きずるか?

 そこは一旦腹割って話し合えよ大人なんだから。


 なんだか急にアホらしくなってきたわ。私の涙返せ。

 ごしごしと目を手の甲で乱暴に拭った。

「いやいや私も悪かった。もっと早い段階で話し合いの場を持たせるべきだった。今は反省している」

「馬鹿にしてんのか」

「あらお分かりですか」

 がっと顎を片手で掴まれて力ずくで上向かされた。痛い首痛い!

 涙目で睨んだけど、それ以上に威力のある紅い眼で見下ろされて何も言えない。

「話すだとか説明だとか、そんな時期はとっくに過ぎた」

「話し合うべき時期に、自分達が何もしなかったからでしょう!? ていうか遅くない! 二人はまだ存在してんだから」

 顎に添えられている手をひっぺ剥がす。

「ブラッドがしようとしている事は分った。でもディーノが承諾しない限り私は手を貸さない」

 当然だ。こんな聞き分けのない成人男性の我が侭になんて付き合ってられるか。

 ディーノはディーノできっと同じような返答が返ってきそうだし。やっぱこいつ等元は同じ人なだけあって変なトコ似てんだから!

 ソレスタさんに相談してみようか。

 

 意識がブラッドから逸れているほんの僅かな隙をつかれて、気が付けばあっという間に彼に拘束されていた。

 腰にがっちりと腕が回って固定され、もう片方の手は後頭部に。

 え、え? こんな状況、前にもなかったっけ?

 ヤバいと思った時にはブラッドの顔が急接近していた。

「ブラ――」

 言い切る前に、噛みつかれるように口が塞がれた。

 思わず目を瞑る。拘束されているのもあるし、そもそも身体が固まって全く動けない私にお構いなしにブラッドは深く口づけてくる。

 いや違う、これ違う、キスと違う。断じて!

 舌が入って来る感覚に思わず肩をビクッと震わせると、何だか嗤われたような気がした。

 噛み切ってやろうか。そんな私の不穏な思いまで読んだようにブラッドが身を引く。

「あん、た、ねぇ……!」

 呼吸も出来ずにいた私は、ゼイハァと息も絶え絶えに言いながら唇を服で拭う。

「お前が強情を張るなら、力ずくで奪う事も出来る」

 というのを実践したわけですか。あんた乙女の純情なんだと思ってんのよ訴えるわよ!!

 腹立たしさにブラッドの胸倉を掴んだ、その時

 

 ――パリン!!

 

 ガラスが粉々に砕けるような音が辺りに響いた。

「ハルッ!!」

 叫んだ声に私はその体勢のまま動きを止めて呆然と顔だけを動かした。

「ディーノ!」

 現れたのは聖剣を携えた聖騎士ディーノだった。剣でブラッドが術で作ったこの空間を切裂いたのだろう。

 いつもながらに聖剣の扱い方が乱暴だ。

 しかしいいタイミングで来てくれたもんだと喜色を称えた私の顔は、一瞬にして凍りつく事になる。

「……何を、やっているんですか」

 麗らかな花畑が一瞬にして凍土になったような、そんな錯覚に陥らせる声音だった。

 ピシリと私の身体も氷漬けになったかの如く動けなくなる。

「ハル?」

 ひっ! 喉の奥で悲鳴が消える。口元は笑っているのに眼光が鋭すぎて慄く。

「何をしていたかくらい、見れば分かるだろう?」

 こっちはこっちで、ニヤリとニヒルに笑いやがるブラッド。

 わざと事態を悪化させてんじゃねぇええっ!!

 ディーノを怒らせたって百害あって一利なしだって、あんたこそ分かるでしょう!?

 怖いし腹立つしで涙がちょちょ切れそうです。

「お前には聞いていない。ハル、早く離れて下さい。それともその腕切り落としてもいいんですか」

 思わずブラッドの服を掴んでいた手を離したけど、ディーノが言っているのは私の手じゃなくて、まだ私の腰に回っているブラッドの腕の事に違いない。

 そしてディーノは有言実行の男、やると言ったらやる!

 

 そうと分かれば迷いなどない。全体重掛ける勢いでブラッドの足を踏みつけ、拘束の緩まった隙をついて腕から抜け出た。

「お前なぁ……っ」

「う、腕切り落とされるよりマシでしょ!」

 じりじりと後ろに退くと、今度はディーノがぐいと私を引っ張って自分の腕の中に収納した。

 

 二人の男の間に挟まれるというこの状況。

 全っ然嬉しくないわ! この中で誰一人として恋愛感情を抱いている人とかいない、甘さの欠片もないこんな殺伐とした三角関係など!!

 



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