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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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 やんわりと頬を撫でる風が気持ちいい。目を閉じるとさわさわと木の葉が揺れる音が耳に届いて何だか心穏やかになれる。

 こうやって心落ち着けてないと、とてもじゃないが私は我慢できない。

 

 ちょっと! 話がしたかったんじゃないの!? だからわざわざこんな異空間というか私にはよく分からん、プライベートゾーン? みたいな所に私を引き込んだんでしょ!?

 なのにどうしてこの男はさっきから何も喋らないのか。一向に口を開こうとしないのか。

 かれこれ五分程私はもうこの体勢で待っているのだけれど?

 

 もしかして私から会話振るべきなの? 質問形式? インタビュー形式?

 なんだブラッドあんた大物気取りか。

 

 腕組みをしてジッと彼を見つめてみたけど、何を考えてんだかさっぱり読み取れなかった。

 どこか面倒臭そうに横を向いている彼の名そのもののような紅い瞳は、確かに何かを訴えているように思えるんだけど、すまんね私の力量じゃ無理なようだ。

 

 ふむ、さてでは何から質問してやろうか。今日の下着の色を訊けばいいの?

 などと早くも思考が脱線事故を起こしかけていたら、やっとブラッドは喋り出した。

「お前は……まだ元の世界に戻りたいのか」

「え?」

 まじまじとブラッドの目を見つめた。表情が全く変わらない。この能面男め。

「戻りたいというか、戻りたくないと思った事がない」

「そうか」

 そうか、と一言だけ呟いてブラッドは再び黙りこくった。

 それを聞いてどうだっていうんだ。

 首を捻りながら私も無言で彼をガン見して疑問を問い質してみる。

 視線に気づいたのかは分らないが、ブラッドはチロリと私を横目で捉えた。

「なら、今度こそ俺と共に来い。あいつ等はお前を帰す気などないぞ」

 あいつ等とは、改めて聞くまでもなくディーノ達の事だろう。

 帰す気がないというのはどういう理由で?

 

「お前はユリスの花嫁だ。中身がどうであろうとその付加価値は大して変わらん。お前を手元に置けば民の王への支持は一気に上がる。簡単に手放すものか」

 ああ、そういう理由か。私には難しい事は分んないけど、神様の遣いが国王を守っている又は国王が守っているという事実は、人々に翔夏kを与えると共に、大層な期待を持たせるもの。

 奇跡を待ち侘びているのかもしれない、というかそうなんだろう。

 人智を超えた神の御業を顕現させて自分達の生活を向上させたいだとか、目に見える形での幸福を与えてくれる事を期待して、それが国や王への支持へと繋がる。

 

 うん、重い!

 自分がどうしてこの世界に来たのかさえ分かって無い私が、ミラクルなんて起こせるわけもない。

 そんな大層なものを私に求められても……。只の女子高生には荷が重すぎるのです。

 つか異世界トリップなんて起こった事自体がミラクルなので、もう私の人生のドッキリ奇跡力は使い果たしたんじゃないだろうか。

 逃げたいね。ブラッドの手を取って王都から逃げたいですとても。でも出来るわけがない。

 

「ブラッドの私を元の世界に帰す方法って、相変わらずディーノを消す事?」

「そうだ」

 ディーノとブラッドの関係もそうだけど、私と彼のこのやり取りも何時まで経っても平行線だ。

 理解出来ないと言いたげに眉を寄せたブラッドに、私は腰に手を当てて呆れて見せた。

「……ブラッドって殺すって言わないよね。ずっとそういう意味で消すって言ってるんだと思ってたけど、それにしては行動が毎回回りくどいというか全然ディーノに殺気向けてないというか」

 私に戦闘の心得はないから殺気云々は実際には感じられないんだけど、雰囲気と言うか……ディーノを本気で傷つけようとしている風には見えなかったんだよね。

 

 でもディーノは。彼はそうじゃないかもしれない。

 ブラッドに対してディーノは平気で聖剣を持ち出す。破魔の剣であるそれは、魔に属するモノしか斬れないのだという。だから最初はブラッドの魔術に対抗する為であってブラッド自身には傷を負わせない、その為だと思っていた。

 だけどどうだろう。ブラッドは魔力から作られた人だ。その身体にはちゃんと肉があって血が通っているけれど、彼は魔力の塊のような存在。

 そんなブラッドに聖剣を振るうというのは、存在そのものを滅してしまおうとしているのではないか。

 

 ブラッドはディーノを殺す気はないけど、きっと目的を達成してしまえばディーノは今のままの彼ではなくなってしまうのだろう。

 ディーノはブラッドを殺してでも己の片割れを消してしまおうとしている。その結果が自分にどう返って来ても構わないとか考えていそうだ。

 

 どうしてこの二人はこうも極端なんだ。正反対にいながらその実一定の距離を保ってぴたりと添うように似た部分も持っている。

 そして実は外見もそうだったりする。

 ブラッドは監禁生活のせいで随分とやつれていたし、長いボサボサの髪に顔の半分が覆われて分りにくい。

 髪や瞳の色合いも全然類似点がないもんだから、受ける印象が違い過ぎて気付かなかったが、よくよく見てみると顔の造りはとても似ていた。

 

「ブラッド、あなたのやろうとしている事を教えて。ついて行くかどうかはそれから決めるわ」

 そう言えばブラッドは訝しげに私を見やった。何度も言っているじゃないか、と。

「具体的に何をするのかって事。それをしたらディーノとブラッドはどうなっちゃうのか知りたいの」

 もっと早くに尋ねておかなきゃいけなかった。

 だけど私はずっとこの二人は、聖騎士候補の頃からずっといがみ合っていた別人だと思い込んでたから、聖剣の取り合いをしてるだけだと疑わなかった。

 事実はそんな簡単な問題じゃなかったわけだ。

 

 一人の人間が光と闇の二属性を持って生まれてくるなどあり得ない。引き裂かれた魔力が人型を取って、個の人格を有するなど聞いた例がない。

 離れて生きるそれぞれが、今尚どこかでどうにか繋がっているのかそうでないのか。片割れが死ねばもう一方はどうなるのか誰も知りはしない。

 なのに二人はお互いの命を軽んじる。あまつ殺す事さえ厭わない。

 それは自殺と言うんじゃないのか。

 

 目的如何によってはついて行く、その餌に魅力を感じてくれたのか、ブラッドは鬱陶しそうに前髪を掻き上げながら口を開いた。

「俺の身体はもうそう長くは持たん。徐々に魔力が崩れ始めている。そこへ来て神殿のあの禁呪の牢屋に閉じ込められて、ガタに拍車がかかった」

 少し持ち上げた自分の手の平をぼんやりと見つめる。

 私には特に変わったところは見受けられないが、魔力の事はド素人だからなんだろう。

「本体から離された魔力は他の媒体に入らない限り、自然と消滅するものだ。だが俺の場合は魔力同士が集まって補強しあい泥粘土のように固まったようなものだからな。魔力の昇華速度が極端に遅くなっていたが……もう限界だ」

 ソレスタさんが師匠から魔力を受け継いだという話を聞いたところだ。

 身体から魔力を抽出して他者に継承する事自体は出来るという。だけどブラッドはそうじゃない。ブラッド自身が魔力そのものだ。

 人間という器に入ったわけではないその魔力は、徐々に確実に失われ続けている?

 長い時間を掛けてじわじわと削られていたものが、魔力を奪う呪いの掛かった牢屋に入れられたせいで一気に加速した……。

 

「ブ、ブラッド」

「近いうちに俺は消える。その前に少し悪あがきをするだけだ」

「ブラッド!」

 自分の寿命の話をしているのに、どうしてこの人は眉の一つも動かさずに淡々としているの。

 私が説明しろと言ったくせに、いざ聞いたら重さと痛さに耐えられなくて遮るなんて根性なしもいいとこだ。

 「ごめん」と謝り、奥歯を食いしばって続きを促す。

 よっぽど険しい顔をしていたのか、ブラッドが苦笑しながら私の眉間をグリグリと人差し指で押した。

 ううう、気持ち悪い。


 

 


すみません、一旦ここで切ります…

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