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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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前半はハルのいないシーンなので三人称です


 一通りの舞台の流れを聞かされ、衣装のサイズ合わせなどを済ませたミラは奇妙な人だかりが出来ているのに気付いた。

 ユリスの花嫁と一緒にいたディーノとかいう護衛と思われる騎士と彼に群がる街の女性達だ。

 ミラはそこから少し離れた石段に腰かけて、ぼんやりと眺めていた。

 

 妙に浮かれた様子の女達に質問攻めにされているらしいディーノは、戸惑いも見せず笑顔で応対している。

 よくやるよ、と双方に向けてミラは冷めた感想を心の中で呟いた。

 

 王都からやってきた若い男は、それだけでこの田舎町の女性にとって格好の餌だ。

 更に貴族で麗しい容姿とくれば飛びつくに決まっている。

 先ほどまでユリスの花嫁が隣に居たから近づけなかったのだが、彼女がいなくなればこれ幸いと寄ってきたらしい。

 

 本人は全く気付いていないようだったが、この大陸には珍しい黒髪に黒い瞳の神の遣いという存在は、ただそこに居るだけで畏敬の対象となる。実際には恐ろしい程気さくな人柄だったとしてもだ。


 垣根を作る女性の足の合間を縫うように小さな黒の塊がてとてとと這い出てきたかと思うと、一直線にミラの方へと近づいてきた。

 ディーノに抱き上げられていたはずの子狼が、うるさくてかなわないとでも言いたげに逃げてきたようだ。

 石段に飛び乗り、ミラの隣まで来るとそのまま丸まって寝る体勢に入った。

 

 みんなはペットの犬だと思ってまるで気にしていないこの子が、実は気高き狼族であると知ればどんな反応をするだろう。

 ユリスの花嫁の髪と同じ色の毛の狼。

 平和そうに眠るホズミを撫でてみようかとミラは手を近づけ、もう少しで触れるというところで止めた。

 

 どうしてもそれ以上近づけなかった。触れるのを本能が畏れていた。

 まだまだ子供だとて、彼は自分よりも高位の獣族だ。軽々しく接していい存在ではない。

 

 寝ていたと思っていたホズミは、ちらりと目だけをミラに向けた。

 黄金の瞳がひたとミラを捉える。それだけでもう動けない。

 人間達はどうしてこの子をただの犬として扱えるのだろう。こんなに秘めた力のある者なのに。

 獣族と違って人間は本能的危機感が乏しい。

 ならばやはり自分は獣族なのだとミラは思う。どんなに姿が人間のものだったとしても、同じように生活していても。

 共にあるべきは弟だと思うのに。

 

「あなたは……幸せね。ユリスの花嫁に拾ってもらえて」

 ハルはホズミに向ける好意を惜しまない。いつもひっついて、その可愛がり方は見ていると呆れてしまいそうになるくらいだ。

 重たい、とも言えるくらいの愛情を注がれていた。

 狼族が絶滅に瀕しているのは知っている。人間達の獣族に対する一般的な態度は、身を持って体験している。

 ホズミの今の待遇は、破格の厚遇。

 幸せだろう、ミラ達姉弟が欲しくたって手に入らないものを与えられて。

 羨ましい、そんな気持ちが駄々洩れな一言だった。

 

 身体を起こしたホズミはパチリと瞬きをすると、次の瞬間には人型の男の子の姿になっちた。

 フードを目深に被って、それでも金の瞳は強い意志を持ってミラを突き刺す。

 ぞくりと背が粟立つ。どうしてこんな威圧的な存在を、まるで愛玩動物のように接せられるのか。

「―――――」

 ホズミが何かを喋った。だが狼族の彼の言葉はただの音としてしかミラの耳には届かない。

 聞かせる意志があるのかどうかも分らなかった。

 言い終えたらしいホズミはミラの反応を一切無視して石段からひょいと飛び降りると、来た時同様に歩いてどこかへ行ってしまった。

 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

 

 ミラだってホズミがこれまで何の苦労もなく育って来たなどと考えていない。

 狼族に起こった惨劇は耳にした事がある。よくもあんなに小さな子が生き延びられたものだとも思う。

 ミラの発言を受けてホズミが怒ったのならそれは当然だろう。

 それでも、ミラにとっては羨ましい。

 

「あれ、ホズミ何処行きました?」

 先ほどまで女性陣の輪から抜けられずにいたディーノがミラの目の前にいた。

 どうやって言いくるめたか知らないが、無事解散させられたようだ。

 彼女達の相手をしながらもホズミがこちらへ避難してきていたのはちゃんと把握していたらしい。

「さっきまでいたけど、あっち歩いて行っちゃった」

「そうですか」

 あっち、と指差した方をディーノも目で追った。ミケのいた森のある方角だ。

 意図して行ったものなのか、人目を避けた結果だったのか。

「主人に似て自由で困る」

 ふぅとため息を吐いてディーノもまたホズミの行った道を歩き出した。

「え、あ……森へ行くの? あたしも」

「ミラー! 練習再開すんよー」

 慌ててディーノの後を追おうとしたミラだが、呼び戻しに来た声に遮られた。

 振り替えって苦笑するディーノは足を止めずそのまま森の方へと消えていった。

 

 

***



 

 ざりざりと砂利を踏みつけ、なだらかな斜面を登りながら私は忙しなく辺りを見渡す。

「ホズミー!」

 呼んでみる。返事はない。ただの森のようだ。

 

 ソレスタさんの調きょ……拷も……特訓を終えてやれやれとディーノの所に戻ってきたら、そこに居たのは町の女の子達だけだった。

 ディーノとホズミはどこ行った?

 訊いてみると女の子達は狼狽えながら「知りません」と答えて逃げるように走り去っていった。

 まるで私が恐ろしいものであるかのように、蜘蛛の子散らすみたいに逃げられた。

 私ってそんな恐ろしい形相をしているのかな。

 

 向こうの世界でもこっちでもこういう反応はされたことなかったんだけど。

 うーむ、この世界の同世代の同性にのみ怖がられる顔って事?

 いやー! 悲し過ぎる嫌過ぎる!

 

 頭を掻き毟っていると、ソレスタさんに「ちょっとはユリスの花嫁としての自覚を持ったらどうなの」と呆れられた。

 どうやらですね、神の遣いという得体の知れない存在は基本的に畏れられるものなのだそうだ。

 あれが正しい反応だそうだ。

 いやー! 悲し過ぎる嫌過ぎる!

 もう一度頭掻き毟りました。

 

 でもでも、こっちに来て今まで皆あんな風じゃなかったもの! と反論してみた。

 信仰心の深いご老人や壮年の方たちは敬いや労わりが勝るからあたたかく迎えてくれるのであって、若い人達は教会に属していても、神様なんて空想の産物でしょ? ってなもんなので、正直異世界から来ましたとか言って現れた私は気持ち悪いらしい。

 

 きもっ……!? 直球で言いやがったな貴様……!

 ナイフでざっくり抉られた心の傷は一生消えないでしょう。覚えておきやがれ。

 でもそうか。そう思うとやはりお城や侯爵の屋敷で働いている人達はきちんと訓練されていたんだな。

 全然そんなのおくびにも出さなかったもの。

 

 通路のど真ん中でしゃがみ込んで落ち込む私にたまたま通りかかったミラちゃんが、正直面倒くさそうな顔で「どうしたの?」と声を掛けてくれた。

 この状況で素通り出来る程ミラちゃんは薄情な子ではなかったのだ。ちょっとは見習え似非賢者!

 そして彼女にディーノとホズミが何処に行ったか聞いたわけだ。

 

 ホズミを探しにディーノが森に入ってから結構時間が経過している。なのにまだ二人は戻ってこない。

 あの二人に限って危険な目には遭っていないだろうけど心配なものは心配で。

 ソレスタさんに尋ねたら、ディーノはどうか知らないがホズミは私の気配を察知してあっちから戻ってくるだろうという事で、あんまり奥へ行かないという約束で森への捜索を許可してくれた。

 

 以上、説明終わり!

 

 既にヘトヘトの私に、このでこぼこな砂利道はきつい。

 森林浴だなんて悠長な気持ちでいられる時分はもうとっくに過ぎ去った。

 マイナスイオンよ、オラに力を分けてくれ! と手を天に翳したいくらいだ。やりませんがね。

 以前友達が実際にやってたのを真横で見てドン引きした事あるんだなこれが。

 というか周囲の皆様には私もひっくるめてドン引きされたんだ。あれは未だに納得がいかない。私は只の被害者だ。巻き込まれ事故だ。

 

 だいたい、あの子ときたら――

 

 友人に対する愚痴をつらつらと挙げ連ねようとした時だった。

 しゅるりと妙な音がしたと思ったら右足が何かが巻き付いて、横に引っ張られた。

「きぃやぁぁーーっ!」

 横だと思ってたけど正しくは真上だったようで、ぐるんと身体が反転して空中にぶらさがった。

 ゆらゆら視界が揺れる。

 頑張って顎を引いて足を見上げてみると、右足にロープが巻き付いていて、そのロープを辿って視線を更に上へと持っていってやれば、そのロープは太い木の枝に括り付けられていた。

 つまり私は今逆さ吊りされているというわけです。

 今私膝丈のスカートはいてるわけですが、もうそれが逆さになったら重力に負けてどうなるかは言わずもがな。

「誰だこんな変態トラップしかけた奴ぁーーっ!!」

 私は吊られて喜ぶ趣味はない! てか痛い! 全体重が右足にかかってるんだ、ちぎれそうに痛い!

「降ろせぇーっ!」

 暴れると余計に痛みが倍増すると気付いたので、身体は極力動かさないように気を付けながら叫ぶ。

 世界の中心でも何でもないけど、もうそんくらいの勢いで叫ぶ!

「だぁれかーっ!」

「うるさい」

 ぴしゃりと返されて口を噤んだ。

 この一切の慈悲や他者への思いやりを捨てきった冷酷な返しは……

「ブラッド! どうしてアンタが、て、今はそんな事より、ちょ、どこ触ってんのよ!?」

 毎度のことながら前触れもなく突然目の前に現れたプラチナブロンドの男は、これまた何の感慨もなく無表情に、さも当然のように私の太ももを撫でた。


「変態! さてはこのトラップあんたの仕業か! この根っからの犯罪者め!」

「やかましい。これは俺じゃなく猫の仕掛けだ。小動物引っかけて食糧にするつもりだったんだろうが、まさか人間が無様に掛かるなんざ、あいつも思ってもないだろうな」

「うるさいうるさい! あんたが黙れ!」

 私の手は今スカートを押さえるのに必死なので、ブラッドのセクハラに応戦する事は敵わない。

 それを良い事に一向に離れようとしない悪魔の手。

 ニヤニヤ笑われても気持ち悪いけど、眉一つ動かさず無言で撫でまわすな怖いわ!

「いい加減手をどけてよ、訴えるわよ!」

「この状況で俺に楯突いていいのか? 降ろして欲しいんだろ?」

 ひぃ! 漸く動いた彼の表情筋は、むしろ一生動かないで下さいって懇願したくなるくらい嫌な働きをした。

 悪の大王かと言いたくなるくらい極悪な笑みを浮かべたブラッドを逆さで見るこの衝撃。

 自然と頭に血が上ってきてたのに、一気に引いた気がした。

「すみません、ごめんなさい降ろして、いや降ろして下さいブラッド様!」

 この際プライドだろうが何だろうがドブに捨ててやらぁ! 生き残るのが最重要です。

 カタカタと震えるのが太ももから伝わったのか、ちょっと満足そうにフンと鼻を鳴らして離れた。

 こんのドS男が……。

 


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