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「背筋伸ばして、足の軸がぶれてる!」
ソレスタさんの一喝に崩れそうになった体勢をなんとか持ち直した。
しごくと言っていた通り、ソレスタさんはとても厳しい。
まるでド素人の私の初日からこれ、ちょっとおかしくない? って抗議してもいいレベルだ。
私に体力があるのを良い事に、初っ端からガンガンと型を叩き込んでくる。
こういうスパルタ久しぶりだわ。部活をしていたときは日常だったからそこまで苦ではないんだけど。
ダメ出しされればされるほど、くそう今度こそ! って挑んでしまう負けず嫌いの私の性格のせいで余計に練習が厳しくなる。
ちょっとのことでへこたれてる場合じゃないから、その方が良かったんだろう。
「じゃあ、覚えた所をざっと一度通しでやってみたら休憩しましょうか」
「ラジャ!」
らじゃ? なに? と首を傾げる賢者を無視して頭の中でリズムをとる。
背筋を伸ばして身体の重心をかける場所を固定する。
そんなに激しい動きはないんだけど、くるくると回転する箇所が多いから、軸がぶれると転倒してしまうのだ。
実は小学生のころフィギアスケートをかじっていた事があったりして、その辺はすんなりとクリアできた。
ただのお稽古程度なので、基本的な動作が出来るっていうくらいだけど。
「うん、まあいいでしょう」
舞い終わると、及第点な返事がソレスタ師匠から返ってきた。
ほっと胸をなでおろす。
「どう? 最後までやれそう?」
「出来なくてもやらされるんだから、やれるまで頑張る」
「あらいい返事」
しごき甲斐がありそうだわ、なんて呟きは聞こえないフリをする。
「ちゃんと舞を成功させたら、ホズミ私の事見直してくれるかなぁ」
「……ホズミ? そこディーノじゃなくてホズミで正解なの?」
「なんでディーノ?」
ホズミに決まってんじゃん。あの子に「ハルかっこいい!」って言われたら私は鼻血出す程嬉しい。
想像だけで動悸が……!
胸を押さえてはぁはぁする私から若干距離を取りつつソレスタさんが引き気味に笑う。
失礼な態度だな。
「ハルちゃんて十八よね?」
「うん」
「もっとこう、ないの? 色っぽい思考とか!」
色っぽい、ねぇ?
へっと吐き捨てるように嗤った私に賢者様は更に顔を引き攣らせた。
「ソレスタさんはやたら女子かってくらい話を恋愛の方向に持って行きたがるけどさ。私とディーノでなんて、絶対ないからね」
言い切った。もうこれだけ言っておけばもう邪推はしてこないだろう。
そう思ったものの、ソレスタさんはまだ物言いたげな目で見てくる。なかなかしつこいな。
「ハルちゃんはディーノの事憎からず思ってるんだとばかり。ディーノがハンナとかいう侍女に迫られてると勘違いして怒ってたじゃない」
「……いやぁあれは……ホズミの前だったから情操教育上の問題があったからで」
そうだ。子供の前で何やってんだって腹が立って、でもそれだけだったっけ?
ムカついたのが先で、その後でホズミの存在に気付いたんじゃなかっただろうか。
どうして私、怒ったんだっけ。何がショックだったんだろう。
ダメだ、深く考えちゃダメだこれ。
咄嗟に両耳を手で押さえた。
「ハルちゃん?」
急に黙りこくった私を訝しんでソレスタさんが顔を覗き込んできた。そして少し眉間に皺を寄せてまた顔を離す。
「ハルちゃん、貴女」
「私は! 私はいつか帰るの」
多分、そんなに遠くない未来。私は今は想像もつかない使命とやらを終えたら日本に帰る。
此処の世界の人を好きになって何になるの?
置いて行かないでと泣いて縋ったホズミをどうしてやる事も出来なかった私が、誰かに同じようにするの?
それとも胸の内に想いを秘めて、ただひたすら心が風化するのを待つのか。
「どうやったって一緒に居られない人だって分かってて、思いを育む気なんてないよ」
好きになる気持ちは理性で制御出来ないって事くらいは、恋愛に疎い私にだって分かる。
自然に大きくなってしまった想いはどうしようもない。だけど故意に増長させるような事言わないで欲しい。
「……そうね、ごめんなさい。貴女があんまり当たり前みたいに馴染んでるものだから、帰っちゃうんだって事すっかり頭から抜けてたわ」
淋しそうに目を細めるソレスタさんに私は苦く笑った。
私もたまに忘れそうになるよ。みんな良くしてくれるから居心地が良過ぎて。
今でも十分離れがたくなってるのに、もうこれ以上要因を作りたくない。
ふぅと息を吐いて頭を切り替える。
「それにしても、ソレスタさんって何でも出来るんだね」
話を変えた私にソレスタさんも少しほっとしていた。
「若気の至りでね、昔手当たり次第に色々と習得したのよ」
それは知識に貪欲な賢者としての気質のせいか。
本当に何でもやってそうだよね。詳しくは聞かないけど。
「ハルちゃんも素質あるわよ。動きに無駄がないからすんなり呑み込めてるみたいだし」
「良かった。何の経験が何処で活かされるか、本当に分かんないもんだね」
昔取った杵柄っていうのか。そもそも身体を動かすのは好きだしね。
「……なんか最近こうやってソレスタさんと二人で語る事多くない?」
「どうして不満顔で言うのよっ」
別にいいんだけどさぁ。なんで七百歳越えのおじいちゃんとガールズトーク的な事してんのかなぁって疑問がね。高校でだってこんなのしなかったよ。
何それ、そんだけソレスタさんが女子力高いって事か? み、認めない。
女の私がオネエ言葉の男に負けるなんて……!
「しっかし、ソレスタさんはなんでも持ってるなぁ。知識に魔力に地位に美貌に女子力」
「女子……? まあ、アタシだって最初から何でも持ってたわけじゃないわよ」
「そうなの?」
そんな風に言うなんてちょっと意外だ。
「知識なんて学ばなきゃ身につかないし、アタシの場合は魔力だって全部が全部持って生まれたものじゃないもの。この桁外れた力はもらい物よ」
「ま、魔力ってあげたり貰ったりできるものなんだ……」
知らなかった。某正義の味方な動くパンの顔みたいなもの?
でもあげちゃったらヘロヘロになっちゃうんだよね。魔力はどうなんだろう。
「術式を発動させられればね。でも実行する人は滅多にいないわ。魔力の枯渇は即命に係わるもの。逆に人より多く魔力を持っている者は長命ね」
「へぇ、生命力みたいなものか」
「生命力? なるほど、その表現いいわね」
この世界には無い概念だったらしい。私がいた所では魔力がないのと同じか。
「でも、生命力を貰うって事は、あげた方は」
「当然寿命が縮まるわね」
私の頭の中で、禍々しい黒魔術によって人から魔力を絞りつくして自分のものにするソレスタさんのイメージがもんもんと繰り広げられていた。
エロイムエッサイム!?
僅かに距離をあけた私に、ソレスタさんは考えが分かったのか声を上げて笑った。
「いやねぇ、言ったでしょ。貰ったのよ。アタシの師匠にね」
「ししょー」
実にバカっぽい復唱してしまった。
この規格外の人の師って言われても想像がつかない。でもソレスタさんにも見た目相応の年齢だった時代があったわけで。
その時にならいてもおかしくない。でもやっぱり違和感!
「どんな人だったの?」
「一言で言うと奇人」
「…………」
あれ、急激に訊く気が失せてきたような。
「恐ろしく有能な魔導師で、彼女こそが本物の大賢者だったわ」
女の人だったんだ。
話の腰を折りたくなくて黙って頷くだけにした。
「人智を凌駕した膨大な知識量と魔力を持ちながら、あの人は一切生に執着しなかった。長生きなんて面倒な事は嫌よって言ってアタシにぜーんぶ押し付けてきたんだから」
眉を下げて困ったように笑うソレスタさんの瞳には、言葉とは裏腹に懐かしさと親しみと敬愛を滲んでいた。
きっとお師匠さんが大好きだったんだ。恋かどうかは分らない。どういった種類かまで私は察せられないけど、れっきとした愛を彼から感じる。
ソレスタさんの身体の中にある魔力は、彼の大切な人のものなんだ。
うーん、もしかしてこのおネエな喋り方ってお師匠さんの真似なのかな?
「竜人の魔力を人に与えるなんて、本当破天荒もいいところよ」
「りゅうじん?」
私さっきから平仮名の単語で聞き返してばっかなんですが!
この世界の当たり前は、私には難しい。結構色々と学んだ気でいたけど、全然まだまだだ。
「神獣である竜の眷属が竜人。外見は人と変わらないんだけど、力も知恵も寿命も桁外れの生き物よ。大陸の最東にあるロウラン王国は竜人が王として治める唯一の国よ」
「この国には竜人っていないの?」
「多分いないんじゃないかしら。そもそも少数の種族だし、ほとんどはロウランにいるのだと思うわ」
ほお。なるほどなるほど。
ぴろりろりーん、ハルはレベルがアップした。学力が二上がった。
人間に獣人と魔物。この三種類だけだと思ってたら神獣にその眷属とな。
後から後から設定が増えてきても私の可哀そうな出来の脳みそじゃおっつかないよ。
まぁ、ロウランという国にしかいないなら当面私が竜人に会う事はないだろうから忘れてもいいよね。ね!?
ソレスタさんにお師匠様がいたという事だけ覚えておこう。
「さ、そろそろ練習再開しましょうか」
「あいあいさー」
地べたに座ってたからスカートについた土を払いながら立ち上がった。
気合入れてこう。ミラちゃんも頑張ってるんだ。
「……ホズミ今頃何やってんのかなぁ。ディーノちゃんと遊んであげてるかなぁ」
「少しくらいホズミ離れしたらどうなの!?」




