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祭りまで一週間を切り、町中が浮ついて落ち着きがない。
大広場に大掛かりな足場が組まれ、舞台を造っている。
ここで儀式が行われるらしい。鏡はやっぱり仕方ないので別のもので代用するとか。
ディーノとホズミと三人で見学していたんだけど、なんやかんやで町の人に捕まって今こんな状況。
「そこをなんとか! お願いしますよユリスの花嫁様!」
「いやったらいや!」
「わたし等の願いを聞いてくれたら麦一年分贈呈しますからー」
「いりま、せん!」
麦を貰っても私使い道分りません。ていうか一年もこの世界にいません。
何を押し問答しているのかと言うと、鏡の代用が出来たら今度は、豊穣の神役の子が怪我の為降りてしまったのだそうだ。
ミラちゃんは声を掛けられる雰囲気じゃないしと思ったらお誂え向きに歳の頃の私がのこのことやって来たという。
「あのですね、分かってると思いますが、私はユリスの遣いなんですよ。他の神様の役とかおかしいじゃん!」
「神様はそんなこまけぇこたぁ気にしねぇよ」
「あんた神様の何を知ってるの!?」
神罰くだったらどうしてくれんだ!
死んだら祟るからな!
「ユリスの花嫁様には他にやってもらう事がある。別の者に頼みなさい」
町人VS私の終わりなき(言い)争いに終止符を打つ言葉が投下された。
少し威圧的で良く通る声だ。間違いなく侯爵様のもの。
彼は身形の良い格好で姿勢よくすたすたとこちらに歩いて来た。
皆が頭を下げて少し離れていく。貴族様に対してはそういう態度なのか。おいちょっと待て、それより高位のはずの私には随分砕けた態度だったじゃないの?
形だけ様付けで呼ばれてたけど、完全に近所の子どもに対するのと同じような態度だったよ。
私も威厳というものを備えなければならないんだろうか。でも経験値不足の為スキルを習得できない。
「ユリスの花嫁様は大祭の最後に舞を踊ってもらう事になっている」
え、そうなの、と皆がざわめく。
え、そうなの? 私も聞いてないのですが。初耳なのですが。目からウロコなのですが!
「あ、あの侯爵? 私が……ですか?」
「最初からその為に御呼びした。伝えていたはずですが」
聞いておりません。確かに大祭に参加しろとは言われていたが、何をするのかまでは全く伝えられていなかった。
……あんのドS王めぇ!!
絶対わざと隠してたに違いない。
「申し訳ないんですけど、私、舞なんて踊れませんよ……?」
生まれてこの方一度も踊った事ないですよ。フォークダンスくらいならちらっとやったけど、そんなの経験の内に入らないだろうし。
ていうかそういう事じゃないんだよね、多分。
「問題ありません。まだ大祭まで七日あります。みっちり練習して完璧に仕上げてもらいます」
「なんですとー!!」
そ、その為にこんな早く来さされたのか。謎は解けた!
「あらあら盛り上がってるわねぇ」
いつの間にやら結構な人だかりになっているところへ、更に注目度を上げるソレスタさんがやってきた。
皆さんが作業を中断して何事かとこちらを見ている。
おおお! と大声を出したおっちゃんがソレスタさんの前に出て拝み始めた。
「美しい! その美はフライア様に勝るとも劣らない! ぜひあなたに豊穣の神の役をやってもらいたい! つーかやってくださいお願いします」
土下座までする始末。切羽詰まり過ぎだろう。
「ほほほっ! 褒めそやされても仕方がない美貌は認めるけれど、ごめんなさいね、アタシは他にやる事があるから出来ないのよ」
ていうかソレスタさん男じゃん。女の子が選ばれてきたって事はフレイア様は女神なんじゃないの?
ずっと成り行きを見守っていたディーノが半目で呆れてますよ。
ホズミは眠たくなってきたらしくディーノに抱っこしてもらって半分夢の中だ。可愛い。
侯爵は……氷点下の笑みを浮かべていた。こわっ!
「他にやる事って? ソレスタさんも舞をやれとか無茶振りされたの?」
「そうよ、ド素人のハルちゃんに七日で完璧な舞を覚えさせろって言う無茶振りをね」
「……へぇ?」
「でもアタシに任せなさい! この世界一の舞師と自負するソレスタ様が立派にハルちゃんを鍛えてあげるわ!」
「ソレスタさん肩書多すぎる!」
「マルチな才能があるなんて、アタシはなんて罪な男なのかしらねっ」
バチンとウィンクかましてくるのを叩き落とす。
いちいちこの一連の流れをさせるのいい加減やめてほしい。
「ああじゃああんたに頼むよ! もうあんたしかいない、お願いだ俺達を助けると思って引き受けてくれ!」
藁にもすがる思いでおじさんが頭を下げた相手は、ディーノだった。
しん、と辺りが静かになるのもお構いなしにおじさんは続ける。
「大丈夫だ、化粧するしあんたキレーな顔してんだから! いけるける」
「するわけないでしょう」
ズバッ! と音がしそうなくらいディーノが斬り捨てた。
いやまあそうだろうね。
女性っぽさは全くないけど綺麗な顔してるディーノなら化粧映えはするだろう。けど、あんた……騎士として鍛え上げられた男に女装しろってそれは無いだろう。
ソレスタさんが爆笑してるし、侯爵は背を向けて在らぬ場所を見つめてるのは絶対笑いをこらえるためだ。
「おじさん……困ってるのは分かったけど、せめて女の人を選びなよ。男の人がやったらただの笑い取るための見世物になるだけなんじゃないの?」
「じゃあだったらどうしろっていうんだ!」
「町の人でも女性はいっぱいいるでしょうが!」
涙目で訴えてくる前に何故目を向けない! あそこにもここにも、女性の方はたくさんいるじゃないっ。
急に「いや」とか「あの」とか口ごもるおじさん。
……なんか裏ある?
侯爵に目を向けると、説明を促されているのが分かったのか一つ頷いた。
「昔からの慣習で、役に抜擢された者は大祭の後フレイアを信仰する神殿へ赴き一年間そこで過ごす決まりになっています。神官見習いとして生活し、資質があり本人の希望があればそのまま神殿に残れます。まあ、戻ってくる者が大半ですが」
「ええぇっ!? ちょっとおじさん!?」
ぎっと睨むとおじさんは、ピープーとわざとらしく口笛を吹いた。殴られたいのか!
「デメリットを隠してやらせようなんて、悪徳詐欺の手口じゃない!」
そりゃ誰もやりたがらないわけだ。
何が楽しくて一年間も修行させられにゃならんのだ。神官見習いとして生活って、要するに働かされるって事でしょう?
頭の中にお寺の修行僧の映像が流れる。宗教は全く違うけど、的はそこまで外れていないはず。
嫌です無理です。怠惰な生活万歳!
「其方で決められないようなら、私が強制的に選びますが?」
侯爵が痺れを切らしたのか強硬手段に出た。
はい、じゃあそこのあなたがフレイアねー、拒否権ないからーってやっちゃうつもりらしい。
公平にじゃんけんとかじゃ駄目なんだろうか。あ、この世界じゃんけんないのか。
あみだとか。
侯爵が選べば手っ取り早いけど、角が立ちそうだよね。そういうの気にする人でもなさそうだけど、あんまり見てて気分の良いものじゃないしな。
私が発言するために手を上げようとしたその時。
「あたしがやる!」
少し掠れた、でも凛と真っ直ぐな声。振り向くとそこには目元を赤くしたミラちゃんがいた。
スカートをぎゅっと握りしめて肩を上げて。張りつめた雰囲気を纏ったミラちゃんはもう一度「あたしがやるから」と念を押すように言う。
「ミラちゃん……」
彼女を見つめると、大丈夫だと言うようにフルフルと首を振る。
「最初に選ばれたのあたしだし……やらなきゃいけない」
昨日の朝別れた時には抜け殻みたいに消沈していたのに。
悲壮感さえ漂いそうなほどの決意には、真っ直ぐな意思が通っていた。
一日考えて、考え抜いて彼女の中で何か答えが出たんだろうか。
「ミラちゃん、でもこの役をやったら神殿に修行しに行かないといけないんだよ? いいの?」
「ああ折角本人がやる気になってんのに、余計な事いいなさんな!」
「おっさんはだぁってろ!!」
「ひぃっ、ユリスの花嫁様が反抗期!」
もう反抗期は終わったわ! 思春期と呼ばれる時期ももうそろそろ、さよならを告げる頃だ。
私もう大人なんだから! なんて言いたかないけどね。いつまでも子供でいたいよ。ホズミくらいになりたいよ。一緒に野山を駆け回りたい。
おっと思考がずれたわ。
「いいの、分かってる。それでもあたしがやるの。あの子が……」
「え?」
最後の方はぼそりと呟くくらいの音量だったせいで聞き取れなかった。
ミラちゃんは苦そうに顔を歪めると「なんでもない」と教えてくれない。
「さあってハルちゃん。人の心配してる場合かしら? 付いてらっしゃい、みっちりしごいてあげるわよー!」
「きゃーっ! いやー!! 助けてディーノ!」
「ハルの舞、楽しみにしてますね」
にこりと笑顔で捨てられた! ひどっ、何があっても守ってくれるんじゃなかったの!?
ずるずるとソレスタさんに引きずられる私は、さながらドナドナの子牛の心境だった。
舞は舞うものであって、踊るものではない、のかな?と思いながらもそのままの表現で押し通しました。間違ってたらすみません




