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た、大変お見苦しい所をお見せしました。パニックに陥っていました。
やっと落ち着きを取り戻して、変にかいた額の汗を手の甲で拭う。が、ソレスタさんの爆弾はこれで終わりじゃなかった。
「じゃあディーノの事はどうなの、満更でもないのかしら?」
「どういう意味なのかしら!?」
満更って何!? あたかもディーノに気のある素振りを見せているかのような、そんな場面今まで一度も無かったと思うけど!
私の記憶には一切インプットされておりませんが!
急にどうして色ボケてしまったのこのご老人は。
「今は、そういう話をしてるんじゃ、ないんです、けど!」
「ごめんなさいねぇ、ちょっと気になったものだから。それに昔話をしてたら思い出したのよ、ディーノの子どもの頃。小っちゃい時から絵に描いた模範生みたいな子でね、ブラッドとは違った意味で可愛げが無かったわ。切っても切っても張り付けた笑みしか出て来ない、みたいな」
「金太郎飴か!」
うんでもそうね、ディーノはテンプレな紳士的騎士様だよね。
笑顔で優雅に淑女をエスコートしちゃいますよ、な貴公子だよね。
最初出会った頃は私もドギマギしてしまったものだ。今や懐かしい。まだ一月も経ってやしないんだけど。
「しかし一皮むけばディーノって小言多いし怒るし過保護だし押し強いし、お母さん? って言いたくなるような性格してるよね」
「あっははは! お母さん、ディーノがお母さん!」
ソレスタさんが腹を抱えて笑い転げた。でも、そうじゃんね。ディーノの心配性っぷりはもはや親が子を想うのと同じレベルだよね。
笑われたのが腑に落ちないので、むぅと顔を顰めると余計に爆笑された。
「ディーノがあんな甲斐甲斐しく世話焼くだなんて、アタシも知ったのはハルちゃんが来てからよ。あの子どっちかっていうと他人に無関心でしょう」
でしょう、と言われましても。
無関心なディーノってのが私にはちょっと分かんないんだけど。
私が頭を傾げると、ソレスタさんも同じようにした。
「やっぱり貴女はユリスの花嫁なのね」
「?」
どうしてその答えに行き着いたのか。それについての説明は残念ながらもらえなかった。
「ディーノもあの子も何考えてんのか底知れないってところが、元は一人だったって思わせるわよね」
「うわぁ性質わるーい」
「いやほんと、あれが聖なる騎士とか笑させる……あー?」
「え、なに?」
突然言葉を切ったソレスタさんは、そのままソファに倒れ込んで、あーうーと唸り始めた。
七百年経ってついに賢者様がポンコツになったんだろうか。
とりあえず黙って見ている事にする。
あ、お茶飲もう。ティーセットを優秀な侍女さんがそっと置いて行ってくれたんだった。
ここの侍女さんって、そっと色々してくれるんだよね。全然存在を感じさせないんだけど、気付いたら必要なものが用意されているという、ある意味驚異的な能力を発揮してくれる。
「ハルちゃん、お茶飲んで寛いでるところ悪いけどアタシ、あの子の企みが分かっちゃったかもしれないわ」
「マジっすか!」
私がまったりしてる間に謎が全て解けていた!
ワトソンくんがとても優秀で助かるわぁ。
「鏡をどうするのかしらって考えてたのよね」
「ああ、お祭りで使う祭具。あれって盗んだのはブラッドだったのか」
ミラちゃんに聞いた話。
鏡が盗まれた。盗んだのは猫族の奴だ! そう町の人が騒いでるのを聞いてミラちゃんはミケくんに確かめに行ったらしい。
鏡なんて盗んでないよね? って。だけどミケくんははぐらかすばっかりで、これはもしかして怪しいのではとずっと彼についていた。これが今回の家出の真相。
「あの鏡はね、その昔この地が干ばつに見舞われて大規模な食糧危機に陥った時、豊穣の神がもたらした神器なのよ。自分の意識内にある映像を鏡に映しだし、それを反映させる。神は豊な土地の姿を鏡に浮かび上がらせその光景をそのまま現実のものとさせたとされているわ。あの鏡は本物よ。使用するには相当な力が必要だけれどね」
「ほお、で? それでブラッドは何する気?」
「例えばディーノが死ぬところを想像してそれを現実のものにする事とか、自分が聖騎士にとって替わるだとか? ……ディーノ・ブラッド・ファーニヴァルという人物が最初からこの世に存在しなかった、なんて現実を作り上げてしまうだとか」
ソレスタさんの仮説を噛み砕くのに少し時間が掛かった。
別に難しい事は言っていなかったのだろうけれど、きっと頭が考えるのを拒絶したからだろう。
神様が人々を救う為にもたらした神器なのに、どうしてそんな用途を思いつくのか。
「でもね、鏡はもうあの子の手にあるんだし後は実行に移すだけじゃない? 猫族の子は一体何に使われるんだと思う?」
取引っていうくらいだから利害関係があるって事だ。森から出ていくのなんか勝手に出ていけばいいだけなのに、ミケくんはわざわざブラッドの手を借りてまで何したいんだろう。
「猫族の子の目的にもあの鏡が必要なんじゃないかしらね」
「うーん……あれ? さっきソレスタさんは企みが何か分かったって言ってなかった?」
「ほほほ!」
「いや、ほほほって意味分かんないよ!」
そこで笑う意味が! なんだよ、ブラッド達のしようとしている事が笑えるの? それともここまでヒント出されてまだ分らない私の頭の悪さ加減に!?
噛みつかんばかりに睨みつけると、ソレスタさんは更に爆笑した。
この人のツボ分かんないよ、これもジェネレーションギャップですかね!?
「謎が解けても止めるだけの力があっても、アタシにはそれを実行するだけの行動力がないのよ」
笑いを鎮めたソレスタさんは、どこか淋しそうに目を伏せた。
「人を救えるだけの力があってもそれを行使する事は許されない。有り余る時間も知識も浪費していくばかり。人から外れた存在だからこそ、誰よりも人の理に支配されなければ生きていけないものなのよ。これはディーノやあの子にも言えた事ね」
意味を掴みかねて首を傾げる私に、ソレスタさんは苦笑し「要するに」と続けた。
「大きすぎる力を使ってしまうと、人一人の人生どころか国、いいえ大陸そのものに影響を与えてしまう可能性がある。人は力に頼り、力を恐れる生き物よ。アタシや聖騎士なんて目立つ存在は余程上手く立ち回らないとね、戦争になるわ」
力があるからこそ縛られて行使出来ない。
人の中で生きていくには皆と足並みを揃えないとダメだ。出る杭は打たれる。
自分が討たれるだけで済むなら軽いかもしれない。
「逆に言えば、自分じゃ何の力も使えないハルちゃんだからこそ、何でも出来るのかもしれないわね」
「なるほど! つまり私は無限の可能性を秘めていると、そういう結論ですね!」
「何も出来ないまま終わる可能性の方が高いけれどもね」
「……デスヨネー」
私自身、何か出来るなんて思えないんだわなぁ。
せいぜいが、こうやって無い知恵絞って唸る程度だ。結局はソレスタさんが考えた方が早いんだけどね。
「それでも、ここに私がこの世界に呼ばれたからには私も何を為すべきなんだと思うから」
自分を特別だなんてこれっぽっちも思ってないけど、私に何かをさせたくてユリスがここに飛ばしたなら、それが何かを突き止めて行動に移さなきゃいけない。
でも何をしなきゃいけないのかまでは知らされてないから、まず目的を探す所からやらないといけないんだけど。
目的が見つかるまで、片っ端からやれる事はやらにゃならんつーわけだ。
「ところでハルちゃん」
「はい」
「ディーノのところに行った方がいいかもよ?」
「うん? なして?」
決意も新たにもう一杯紅茶を、と思ったところだったのに。
きょとんとする私に大賢者様はにんまりと笑顔を作った。あまり良い感じのしないものだ。
「鏡はもうあの子が持ってんのよ、いつディーノが狙われてもおかしくないわ」
「うえっ!?」
驚いて立ち上がった衝撃でお茶っ葉が零れたけど気にしていられない。
「ディーノの部屋行ってくる!」
「いってらっさーい」
とってもとってものんびりとした見送りを受けながら私は走って部屋から飛び出した。
ていうか私の部屋なのにソレスタさん一人残るっておかしくない!? と気付いたのはかなり後になってから。
なにはともあれ、私はディーノの部屋へ走った。
隣の部屋へ行っただけです、はい。
「ディーノ大丈夫!?」
ノックして返事待つなんて悠長な真似は致しません。
バンッ! とドアを開けて中を確認した。
「…………」
「…………」
デジャヴだ。ハンパない既視感。
テーブルの上には湯気がくゆるディーセット。
その前のソファにはディーノが長い脚を組んで優雅に座っている。そしてそんな彼に覆い被さろうとしなをつくる侍女さん。
そういや侯爵も侍女さんとイチャこらしてたなぁ。あれは侯爵の方が圧し掛かってましたが。
なんっだこの親子!!
なんともアダルトな雰囲気に後ずさりした。ヒクリと頬が引き攣る。
「ハ、ハル」
「あ、ハルだ」
私に負けず劣らず顔を引き攣らせたディーノと、私からはソファの背もたれに隠れて見えない所に座っていたらしいホズミが、背もたれの向こうから顔だけひょこりと出した。
ほ、ほ、ホズミィ!?
「あんたら子供の前で何アダルティーな空気出してんだバカ!! ほらホズミこっち来て! 一緒に私の部屋に逃げるよ!」
「違いますよハル、勘違いしないで下さい」
「動かぬ証拠を見せつけておいて勘違いだと!? だったらその妖艶なお姉さんは何だコラァ!!」
「侍女です」
うん確かに。て、ちがーう!!
そうじゃなくて、そうじゃなくて!
何故に侍女さんがディーノに密着してたのかって言ってんのよ私は。
不必要にベタベタしといて何もないなんざ言わせねぇっつの。
本当なら問答無用でぶん殴りたいところだけど、これまたホズミの前だから我慢してんだからね。
「この世界の男ってどいつもこいつも! ディーノなんかもう知らんっ! 心配して損したバカ!」
ててて、と寄ってきたホズミの手を取って部屋を出て行った。
必要以上に力強くドアを閉めて。




