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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第二章 恵みの大祭
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 朝、ミラちゃんの家の玄関のドアを開けると真正面にディーノが立っていた。

 無言で。無言でじっと立ってんの。ノックするでも声かけるでもなく。怖いよディーノ。

 なんかよく分かんないけど圧力を感じるよ。

 

 じとーっとした目で見下ろしてくる高身長の男の視線から外れようと、蟹歩きで横にずれてみてもディーノも顔を動かして視線がついてくる。

 …………。

「なんか言ってよ!」

「おはようございます」

「はい、おはようございます! ごめんなさい!」

 反射的に謝っちゃった! 何に対してか分かんないけど謝っちゃった!

 ディーノが怒ってる理由が皆目見当もつかない。どうしたの、低血圧なの朝に弱いの?

「ハル、あせすごい」

「言わないでホズミ!」

 緊張で手汗がすごいから、繋いでるホズミには丸分り。なんだけど恥ずかしいから言わないでくれ。

 ホズミは私を不思議そうに見て、それからディーノに目を移し。


「ディー、ハルがこわいって」

「それもっと言わないで!」

 私の考えさえもホズミに丸分りだったらしい。私の思考回路は子供にすらスケスケなのか。スケルトンか。シースルーか。

 あれ、どうしたんだろう、目から塩水が。

「ディー、泣かせた」

「むしろホズミのせいでしょう」

「敢えて言う、共犯であると!」

 二人してお互いに罪をなすりつけるとは卑怯な。

 ていうか、ホズミがディーノの事をディーって呼んでるんだって今日初めて知った。

 いいなぁー、仲良くなった感じがして微笑ましいなぁ。

 

「で、ミラというあの女の子は?」

「ああ、ミラちゃんなら近所のおばちゃ、お姉さんがついててくれるから大丈夫だよ」

 朝早くに近所の人が、ミラちゃんがまた家出してないか様子を見に来たのだ。

 そしたら泣き腫らしてそれどころじゃないミラちゃんがいて、面倒見のいい彼女はアタイの出番じゃないかコンニャロ! と率先してミラちゃんの傍にいると名乗りをあげてくれた。

 おせっかいと紙一重の面倒見のいい近所のおばちゃん。

 親しみを込めて彼女の事を「おばさん」と言ったらおっそろしい目に遭いました。

 何があったのか詳しくは言いませんが、彼女の事は今後一生「お姉さん」と呼ぶと誓いました。

 話が逸れた。

 とまぁミラちゃんはお姉さんに任せて、私は一旦屋敷に帰ろうというわけです。

 

「ソレスタさんはお屋敷にいる?」

「いますよ、昨日も俺が帰ったら優雅に侯爵と晩酌中でした」

「私、今ほどソレスタさんを偉大だと思った事ないわぁ。そんでディーノも参戦した?」

 ディーノはにっこりと笑っただけで答えてくれなかった。というかその笑みが答えというか。

 そうですか逃げましたか。まあそうだよね。私でも見なかった事にしてさっさと自室に閉じこもるわ。

 侯爵とソレスタさんの会話ってどんなのだろう。全く想像つかない。

 うーん、ソレスタさん二日酔いになんてなってないでしょうね、話するどころじゃないとかだったらどうしよう。

 吐いたら楽になるのかな、だったら容赦なくリバースさせるけど。

 

 

 屋敷に戻ってみた結果、撃沈していたのは侯爵様でした。

 色とりどりの花の植木鉢が置かれた爽やかな雰囲気のサロンで、ソファに深々と腰かけてお先真っ暗みたいな真っ青な顔で死にかけていた。

 そっとしておこう。

 いやでも、侯爵の人間らしいところを見られて安心したというか、ちょびっとだけ身近に感じられたというか。

 でかしたソレスタさん。

 

 そしてソレスタさんはピンピンしていた。すこぶる快調のようでした。

「あらお帰りなさい、昨日は何処泊まってたのよ。まさか男のところじゃないでしょうねぇ? やだもうハルちゃんったら」

「あんたまだ酔ってんですか、笑えない冗談やめて下さい。ディーノの周囲が氷点下になってるじゃないですか」

 ディーノは真面目さんだから、その手のジョークは嫌いなんだよ!

 温暖な気候のはずのキリングヴェイが真冬になっちゃったじゃないの。屋敷の中のはずなのにブリザードが吹きすさぶってどうなってんの!?

 

「ちょっとソレスタさんに訊きたい事があるんで、後で私の部屋に来てもらっていいですか?」

「きゃー女の子から大胆なお誘い? こんなオジサンで良ければいいわよぉ、とことんハルちゃんに付き合ってあげる」

「キモい!! ああもうディーノで遊ぶのやめてよ! ほらディーノも、オッサンの下世話なジョークだから剣はしまって!!」

 快調すぎてむしろ酔ってるテンションじゃないのよソレスタさん。

 ここは私が怒る立場のはずが、さっきからディーノがやたらと過剰に反応するので仲裁役になっている。

 わざと煽る発言を連発するの本当やめてほしい。

「ハル、本当にこの人を部屋に入れる気ですか」

「残念ながら本気なんですねぇ」

「あんた達、大賢者様に向かって失礼千万ね」

 敬われて然るべきはずの人だってのは分かってるよ。分かってるけど言動がただのオカマのオッサンなんだもの。尊敬の念を抱けと言う方が無理だ。

 

「あ、ディーノとホズミは駄目だかんね?」

「……は!? 何言ってるんです、ソレスタ様と密室で二人きりになるつもりですか!? 相手はあれでも大魔術師です、俺でも容易に殺せません」

「ころ、殺すって言ったわこの子!!」

「無謀過ぎです、考え直して下さい」

「アタシを無視しないで。ていうかねぇ、アタシにも選ぶ権利があると思うの。確かにハルちゃんは可愛い。可愛いけどこんな小娘に手出すほど落ちぶれちゃいないわよ!」

「小娘ですって!?」

 うら若いお嬢さんと言って下さいまし!

 ギャーギャーと廊下でとんでもなくくだらない喧嘩を勃発させた私達を、遠巻きにお屋敷の方々が眺めている。

 割って入ったりはしないけど、何やってんだ恥ずかしい人達だな、みたいな目で見てくる。気にしないけど!

 が、しかし

 

「喧しい! いいから早く何処かへ行ってしまえ!」

 

 と、このお屋敷のご当主様に喚かれた為ここで一時中断。

 侯爵は、自分で出した大声に自身が大ダメージを食らったらしく、口元を手で押さえてフラフラしながらサロンに戻っていった。

 部屋で寝てた方がいいんじゃないだろうか。

 それにしてもどんだけ飲んだらああなるんだろう。私も大人になってお酒飲むようになっても、二日酔いにはなりたくないなぁ。

「侯爵さん、初日に顔合わせた時はなんておっかない人なんだろうと思ったけど、すっかり親しみやすい人になって良かった良かった」

「あれ見て親しみを覚えるのは、この世界広しと言えどハルちゃんくらいじゃないかしらね」

 あらそうかしら。

 いやほら、普段隙が無くてつんけんしてる人の弱ってる所見ると胸きゅんするって言うじゃん。あんな感じ。

 て、そんなのはどうだっていいのよ。

 

「ほらソレスタさん行きますよ。ディーノとホズミは入っちゃダメだからね。入ってきたら……」

「入ったら?」

「その時何か考える」

 良い脅し文句が思い浮かばなかった。コレ言っときゃ大丈夫だろう、みたいな抑止力のある言葉のレパートリーとか私の頭の中には無かった。

 次の機会までには考えとくよ。次あるのか分かんないけど。

 

 

 立入禁止! と日本語で書いた紙をドアにぺたりと張って、私の部屋でソレスタさんと密会を開始した。

密やかな会というわりには、全員に知れ渡っているのだけれど。


「単刀直入に聞きます。ディーノとレイの因縁について教えて下さい」

「ほんと、前置きも何もなく直球できたわね」

 前座と言えば、この部屋に至るまでのあのやり取りがそうじゃないだろうか。

 ソファに長い脚を組んで座るソレスタさんが、つやつやの髪を弄りながら「そうねぇ」と少し悩む。

「昨晩、ちょっと侯爵とも話したんだけどね。……未だに二人共生きてるなんて奇跡と言えば聞こえは良いけれど、恐ろしい気もするわ」

 咄嗟に私が反論しようと口を開いたけど、ソレスタさんが片手を上げて制した。

「ごめんなさいね、ちゃんと一から話すわ。これはあの子達より第三者から聞いた方がいいでしょうし」


 ディーノ・ブラッド・ファーニヴァルという人についての話を始めましょうか

 

 



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