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ミラちゃんを家まで送り届けたはいいけれど、魂が抜けて放心してしまっている彼女をそのままにもしておけず、私とホズミは今晩泊まって様子をみる事にした。
物凄く渋ったディーノだけど、まさか女子どもしかいない小さな家に自分も泊まり込めないので、恨みがましい目で私をじとりと睨みながら侯爵の屋敷に帰って行った。
勝手に台所を借りて、戸棚を漁る。お茶葉らしきものがあったので、お湯を沸かして飲み物を作る。
温かいお茶を淹れたカップをミラちゃんの前に差し出すと、ぼんやりとしたまま受け取ってゆっくり口へと運んだ。
「少し、落ち着いた?」
ゆるゆると顔を上げたミラちゃんは、お昼間の元気さは微塵も感じられないくらい憔悴していた。
「あの子、あたしの事、嫌いって言った……ここに縛り付けてるってそんな風に思ってたなんて」
たった今取った水分を、涙としてぽろぽろ流し出すミラちゃん。
見ててとても痛々しい。
もし私が友達に面と向かって嫌いだって言われたら、同じようになるんだろうか。
なるんだろうなぁ、きっと私なら立ち直れない。
「……大好きな友達に言われたらショックだよね……」
「友達なんかじゃないもん!」
「えぇ!?」
あ、あれ? 森では仲良さそうだったよね? 町の人に反対されてでもずっと会いに行ってたんだよね?
もも、もしかして、恋人とかそういうのですかね。種族を超えた禁断の愛的なやつですかね!?
うんうん周囲に反対される程燃えるんだよねー。いえ私は経験ありませんが。
「あたしとあの子は、姉弟なの」
「ああふーん……ええぇーっ!? ナンダッテー!?」
いやいや普通に驚いたよ!!
ビックリし過ぎてテーブルを叩きながら立ち上がっちゃった。椅子がバターンと倒れる。
す、すみません。夜にこんな大きい音立てちゃって。ご近所迷惑になっちゃうわ。
よいしょと椅子を戻して座りなおす。
「お母さんは普通の人間だけどお父さんが猫族で……」
「ハーフ?」
ミラちゃんは頷いた。
「私の見た目は人間であの子は猫族だけど、どっちも半分ずつ血が混ざってる」
へええ、そんなケースもあるのか。
そうだったんだ。だから二人は言葉が通じてたのか。私からするとこの世界の言葉は全部日本語に変換されて伝わってくるからあんまり違和感って感じなかったんだけど、どうやって会話してんのかなとは思っていた。
「小さい頃は、お母さんとあの子と三人で森にある小屋で生活してたの。人間に見つからないように森から出ないでひっそり暮らしてた。でもある日町の人に見つかっちゃって無理やりこっちに連れて来られたの。
お母さんとあたしはまだいい、でもあの子にとってここは最悪だった。みんなに差別されて苛められて、家にまで乗り込んできて罵られた……。
何年か経ってお母さんが死んでからそれはもっと酷くなって、あの子一人が町を追い出されて森に戻った。
私は一人になりたくなくて、一人にしたく無くて、しょっちゅう町の人の目を盗んで森に行ってた。二人だけの家族なんだから一緒にいたかったの、でも、あの子は違ったのかな……あたしも町の人と同じ、嫌いな人間だったの?」
言葉を切り、俯いて静かに泣き出したミラちゃんにかける言葉が見つからなくて、私は黙って眺めていた。
狼の姿になったホズミが、気遣うようにミラちゃんの手をペロリと舐める。
ホズミの心遣いを感じてミラちゃんが少しだけ笑みを浮かべ、頭を撫でた。
「毛並があの子と全然違う……」
「……ミラちゃん、さっきからミケくんの事名前で呼ばないね」
彼女はずっとミケくんの名前にこだわっていた。カッコいい名前がいいと色々考えて。
初めはペットの名づけに迷っているのかと思っていたけど、ミケくんは弟だというのなら、彼の生まれもっての名はなんだろう。
どうして呼ばないんだろう。あの子、なんて悲しい呼び方だ。
「名前、ないの。お母さんはあの子に名前をつけなかった。人間がつけたのはきっとあの子を縛って苦しめるからって。でもそんなのおかしいってあたし色々考えたしあの子も何も言わなかったけど、全然受け取ってはくれなかった」
名前を付けるっていうのは、向こうの世界でも特別なものだ。
そこに生まれた縁や絆が将来ミケくんの足枷にならないようにっていうお母さんの心配も、間違ってはいないんだろうけど。
でも家族なのに。無二の血の繋がりがあるのに、それはミケくんにとって邪魔なものなんだろうか。
森で二人が話してた時の様子じゃ、そんな風には見えなかったんだけどな。
だとしても、心に何か蟠りがなければ、レイがどんな取引を持ってきたところで応じなかったに違いない。
今の自分の置かれた状況に思うところがあった。ミラちゃんと決別してでもここを出ていきたいくらい。
レイは何と言って取引を持ちかけたのか、何をさせようとしているのか、盗まれた鏡は何を意味しているのか。
謎が謎を呼ぶキリングヴェイ編、まだまだ続く! なんつって。
シリアスな展開に頭がついて行かなくなってきたなぁ。
「そろそろ寝よう、もう遅いし」
これ以上色々考えてたら頭がパーンてなるよ。寝つけないかもしれないけど、ミラちゃんは心も体もへとへとのはずだ。ちゃんと休まないと。
ベッドにミラちゃんを寝かせ、私はベランダから外に出た。
座り込んでぼんやりと空を見上げる。月の無いこの世界の夜空。でも無数の星が煌めいてとてもきれいだ。
ミラちゃんが話してくれた事を反芻する。
人間と猫族の血を半分ずつ受け継いだ二人。だけど見た目が人間のミラちゃんは町に受け入れられ、猫族の容姿をしたミケくんははじかれた。
恨んだだろうか。それはそうだろう。人間が嫌いだって言うのも当然だと思う。
その中にミラちゃんも含まれているのかな。
同じ兄弟なのに、どうしてミラだけって尚更憎かったかもしれない。
こてりと私に身体を預けて隣に座るホズミの頭を撫でる。
「一人は怖い、さみしい」
ぽつりとつぶやいたホズミを見やる。
「そう、だね……」
人が溢れる世界で、それでもたった一人取り残されるのはとても惨めで淋しい。
この世界に飛ばされてきてから、私は一人ぼっちにされたことはない。けれどたまに虚無感は襲って来る。
私でさえそうなのに、この小さなホズミは一体どれだけの孤独を呑みこんできたんだろう。
物心つく頃に獣族間の争いによって両親が殺され、そこからずっと一人で必死に食いつないできたのだそうだ。
人里に出れば邪険にされ、他の獣族に見つかれば襲われ。
恐怖と寂寥に押しつぶされそうになりながら生きてきた。
「あの男は、そういうの、寄ってくる」
「……レイの事?」
ホズミはこくりと頷く。寄って来るって何がだろう。そういうの? 淋しいとか怖いとか?
……そういうのを抱えた人が、か。
「初めて見たとき、おんなじだって思った。僕とおんなじ、一人ぼっち。だから近づいた。多分猫も」
きっと、私もだ。
自分勝手の傍若無人、ディーノを殺すのに私を使おうとする男。
なのに敵だとは思えない。
自覚はなかったけど私も多分、心の奥底に根付いていた淋しさだとかそんなものと同じものをレイの中に見出してたんだろう。
そしてミケくんも。
もしかしたら私とホズミが一緒にいるのも同じ理由かもしれない。
「レイ……」
欠片。欠けたものの一部。
あなたは失くした全てを奪いたいの?
「レイ……レイ、……どうせその辺いるんでしょ、さっさと出てきなさいよ!」
呼んでんでしょうが、もったいぶってんじゃないわよ、面倒くさい男ね!
しかし中ではミラちゃんが寝てるのであくまでも小声なのです。
案の定、音もなく屋根から飛び降りてきたレイが私の前に降り立った。
「…………」
「…………」
そのまま見つめ合う私達。だがそこにトキメキらしきものは存在しない。
私は胡乱気に半目でレイを見上げ、レイはそんな私を疑わしげに睨みつけてくる。
「自分で呼んでおいてなんだその目は」
「いや、いるだろうとは思ってたけど、ほんとに出てきてドン引きした」
この、ストーカー野郎め。良く考えたら王都からでしょ、遠路はるばるご苦労なことで!
このストーカー行為については深く考えると私の精神的ダメージが深刻になるので、この辺りで思考をストップする。
「……侯爵のお屋敷の窓、ぶち割ったのレイでしょ?」
「何のことか分らん」
「あらそう、でも他に誰がやったかなんて思い浮かばないから、代わりにレイがお礼受け取ってよ。ナイスタイミングでしたありがとう」
私座ったまま。相手立ったまま。素晴らしいほど棒読みで。
レイはふぅとため息を吐くと私の前にしゃがみ込んだ。
「そんな事を言う為に呼んだのか?」
「私の貞操の危機をそんな事扱いしないでよ」
侯爵が本気だったとは考えにくいけど、あのまんまだとどこまで行為を進められてたか分かったもんじゃない。
「あの時、あいつに何か吹き込まれただろう」
「言われたね。でも言われるまで全く気付かなかった私もどうなんだって思ったけど」
「頭の程度が知れてるから」
「黙れ小僧!」
私より年上なんですが!
いやだってねぇ、私の中じゃ今でもファンタジーはフィクションなんだよ。あんだけ目の前で魔法ぶっ放されても、けも耳ふへへへってなっても。
「詳しくは明日にでもソレスタさんから聞こうと思うんだけどいいよね?」
「それを俺に確認するか?」
「あんたは話してくれ無さそうだし、ディーノもはぐらかしそうだし」
「好きにしろ」
好きにします。
こっくりこっくりとホズミが船をこぎ始めた。
レイを前にしてもこの警戒心の無さよね。ホズミの中じゃ彼は危険ではないらしい。
不思議なもんだ。お昼間にディーノと派手にやり合っているのを見てるはずなのにね。
聡いこの子も気付いているのかな。
「……ねぇ、レイ、なんて呼ばれて嫌だったんじゃないの?」
「別に」
事実を受け止めているのか、卑屈になっているのか。
苦笑すると眉間に皺を寄せられた。
「さてと、そろそろ寝ますかね。あ、当然だけどレイは自分の寝床に帰りなさいよね」
「たく、自分の言いたい事だけ言いやがって」
「そりゃそうよ、その為に呼んだんだもの」
ほらほらこんな夜更けにいつまでもレディの家に居座るんじゃないわよ。
ホズミを抱き上げて窓に手をかけた。
「レイ、あんたが今一緒にいる猫族の子、何言ってそそのかしたのか知らないけど、泣かせたら許さないんだからね」
もう既にミラちゃんはぎゃん泣きしちゃってんのよ!
ミケくんもミラちゃんもただ泣いて傷つくだけの結果をもたらそうとするなら、私は全力で阻止するんだからね。
ホズミの時は、意外にもホズミの願いを聞き届けようとしていたから、大丈夫なんじゃないかとは期待しているんだけど。
私はレイの返事を待たずに部屋の中に入った。
あ、おやすみって言いそびれた。まあいいか。




