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「ディーノ! ソレスタさん!」
爆音がした方へとくるとやはり二人がいた。彼等は目立つから遠目でも見つけられて、そこんとこ便利だ。
でも今回ばかりは二人以上に目立っているものがある。彼等の後方から灰色の煙が燻っていた。地面は抉れ、真っ黒に変色しているのは、さっきの爆音の元だろうと察せられた。
走って二人の所に行こうとしていた私は、手前で足を止めてしまいましたよ。何よこれ特撮映画でも撮ってんのか? っていう光景だ。
そしてディーノが今にも斬りかかりそうな勢いで睨みつけているのは、全くもって嬉しくない予感的中のレイだった。
ソレスタさんが私の方を向いて、ディーノ達の緊張をあざ笑うかの如くきらきらしい笑顔を振りまいてくる。
「ハルちゃん、鏡探すの切り上げて帰ってきたのね、その判断で正解よ」
「は? 鏡? ……あ……ああ! 鏡、鏡ね! うんうん、そうなの鏡探しはまた今度にしてミラちゃんだけ連れて先に帰ってきたの!」
「……森に行った目的忘れてたのね……」
ハルったらうっかりさん、てへぺろ。ごめんなさい、全然可愛くないどころか自分で言って鳥肌立った。
「ハル」
「ホズミ! 良かったちゃんと来れたのね」
フードを目深に被ったままのホズミを抱き寄せる。ちゃんと自力で辿り着いたらしい。優秀な子だ。多分私より賢いよね。
「やっと来たか」
聖騎士と一触即発の雰囲気を醸し出しつつも、悠長な口調でレイは言った。
「おいハル、こっちに来い」
ディーノの事など見向きもせず私へ手を差し伸べてくる。
でも私は動かずにじっと彼を見上げた。真っ赤な瞳は曇りなくこっちを見据えているけれど、果たしてそこに私は映っているんだろうか。
一つの考えに取りつかれて凝り固まった彼に、この世界はどう映ってるんだろう。
ふとレイを遮るようにディーノが割って入った。
「剣に選ばれなかったお前の呼びかけに、ユリスの花嫁は応じない。大人しく去れ」
初めて聞くディーノの低い声にホズミが驚いて身体を硬直させた。
普段の彼からは想像できないほど威圧的な声だ。
「応じたからそいつはここにいるんだろうが」
「ハルは儀式に則って神に召されたんだ、お前は関係ない」
「俺の願いがユリスに聞き届けられたという事だろ?」
「あーちょっとちょっとあんた達!」
見るに見かねてといった感じでソレスタさんが仲裁に入った。
「幼児のケンカレベルの言い争いしてんじゃないわよ。良い歳した大人が情けない!」
まったくもってその通りですな! オモチャを奪っただ奪われただってギャーギャー騒ぐ子どもと大して変わんないよ。可愛げは恐ろしいほどないけど。
「ハルちゃんがこの世界に来た理由については後日話し合うとして、今一番の問題は鏡の所在でしょうが!」
ぷんすか。御長寿の賢者様が怒っていらっしゃる。
そういえばさっきも私が鏡を探さず帰って来て正解だとか言ってたな。何か分かったのかしら。
「どうしてアンタが持ってんのか説明してちょうだい」
「え……?」
ソレスタさんは半笑いのレイを見据えていた。アンタに当たるのは間違いなくレイだ。レイが鏡を盗んだの? ……どうして?
「理由なんて聞く必要はありません。コイツを殺して取り戻せばいいんです」
ひぃ! 誰だあんた、誰だあんたーっ!! ディーノのディーノと思えない恐ろしい声色とその内容に、抱き合っていた私とホズミがガタガタと震えた。
気が付けば聖剣は呼び出され、獲物を仕留めるのを今か今かと待ちわびるようにディーノの手に収まっていた。
「はっ、お前にやられる程間抜けじゃない」
レイが憎まれ口を叩くと、その反論とばかりにディーノが仕掛けた。
地面を蹴って跳ぶようにレイの前まで行くと剣を振るう。レイは難なく後ろへ退くと地面に手をつけた。
土の上に青白い円陣が浮かび、稲妻の柱がズドンと落ちた。
さっきの音と地面が抉れたのはこれか……。
ディーノは避けもせず聖剣で受け止め稲妻を消失させると酷薄な笑みを浮かべた。
ディ、ディーノがブラック化した!! うわぁん、そんなディーノ見たくなかったよ、あなたはいつでも世の女性をメロメロにする爽やか紳士でいてほしかったよ!
パニックになる私を放置して、二人の戦闘が激化していく。アナウンサーじゃないしド素人なので、プロ野球の実況みたいにうまい事説明出来ませんが。
どこぞの少数の戦闘民族かってくらいに、激しく戦っています。
でもやっぱり破魔の聖剣を持つディーノの方が優勢だ。レイの繰り出す魔術はこれに斬られると威力を殺されてしまう。
じわじわと体力を削り合う持久戦だ。
ホズミは真剣な眼差しで食い入るように見、ソレスタさんは欠伸交じりに傍観している。
「ソ、ソレスタさん見てないで止めてって!」
「申し訳ないけどアタシはこの子等の件については関与しないわ。まぁいずれはこうなる運命なのよ」
なるようにしかならないわ、なんて達観してんじゃねぇ! さっき仲裁してくれてたのは幻だったの!? ああこら待て、どこ行くの!? 人の命がかかってんだぞ!? すたこらさっさと勝手に一人で立ち去らないでぇー!
ここは漫画のヒロインよろしく私が間に入って止めるべきか? できるかドチクショウ!
怖いよ、片方は刃物振り回してるしもう片方は炎やら雷やら繰り出してくるし。
「ディーノ! レイ!」
大声で呼んでも当然ながら二人共スルー。ひどい……。
「ハル、あそこ」
ずっとディーノ達の戦いっぷりに見入っていたホズミが、ある一点を指さした。
ちょうどみんなの死界になる木の枝の上にミケくんがいたのだ。
しゃがんで彼も二人の暴れん坊っぷりを観察している。
どうしたんだろう? と思った矢先。
レイがローブの中に隠し持っていたらしい、銀色の眩い装飾が施された円形の鏡を取り出して放り投げた。ミケくんのいる木に向かって。
「ホズミ」
考えるより先に抱いていたホズミを離して駆けだした。
ホズミもまた、私とは別の方へと走り出す。
「ディーノ、ダメっ!!」
名前を呼ぶのとほぼ同時に彼の身体に体当たりした。
体勢を崩して二人揃って地面に倒れ込む。
私は大慌てえ上体を起こしてミケくんがいた方を振り返った。
そこには苦悶に顔を歪めながらも鏡を片手で抱くミケくんと、身体を屈めて唸り声を上げているホズミが。
「ホズミ、もういいよ」
言えばホズミはミケくんから視線を逸らさず警戒したまま数歩後退してから、くるりと方向転換して駆けてきた。
だけど途中で足を止めたホズミは目を丸くして私を通り越して後ろを見た。なんだろうと私も振り返ると、少し離れた所に立ち尽くしたミラちゃんが。
両手で口を押えて、愕然とした様子でミケくんを見つめている。
「ミ……」
「まったく……お前のせいで台無しだ」
舌打ちしながらレイが悪態を吐いた。皮肉めいた笑みを口元に浮かべていた。
「何しようとしてるの、何でミケくんがレイといるの」
「俺を殺そうとしたのはそいつだろうが」
確かに、そうだけど。レイが鏡をミケくんに向かって投げる、その一瞬の隙をディーノは見逃さなかった。
一気に間合いを詰めて聖剣を振り下ろそうとした。でも私が身体を張って阻止したのです。
それがさっきのタックルの意味。
ホズミは鏡を奪おうとしたけど間に合わずミケくんに攻撃を仕掛けた。何をしたのかは見てなかったけど、ミケくんのあの痛がりようだと攻撃がクリティカルヒットしたんだろう。
「で、どうして助けてあげたのに私は文句言われてんのかな、あんたの心の辞書には感謝の二文字がないのか」
「余計なお世話なら載ってるがな」
むきー! ああ言えばこう言う!
口喧嘩を勃発しかけてたんだけど、ずっと私に下敷きにされ続けていたディーノがついに痺れを切らせた。
「ハルどいてください、邪魔です」
じ ゃ ま ! き、聞きました? 奥さん、この人女の子に向かって邪魔って言いましたよ。まぁなんてひどい男なのかしら。騎士の風上にも置けないわ。なんて、マダム達に聞かれてたら即アウトな台詞だよディーノ早く取り消して!
「邪魔するよ、幾らでもしてやる! レイを殺しちゃダメ!」
「どうして!?」
だって、だってレイは……あれ? タイミング的にディーノが言ったんだと思ったけど、声があまりに違う女の子のものだった。
現実に立ち戻ったらしいミラちゃんが悲痛な面持ちでミケくんに向けて発した言葉だったらしい。
「どうしてそんな事するの……!」
「…………」
絞り出したような、苦しそうな声で訴えるミラちゃんを、ミケくんは無言で見返すばかり。
ぺったりと張り付けた無表情は僅かも彼の内心を晒さない。
「この男と取引した」
片手で鏡、もう片方の手で脇腹を押さえながらミケくんは静かに喋り出した。
この男というのはレイの事だ。
「祭りで使う鏡を盗ってくるのとそこにいる騎士を消すのを手伝う代わりに、ここから解放してもらう」
「解、放?」
聞き返すミラちゃんの声は震えている。
「自由になるんだ」
「じ、自由って……まさかどっかに行っちゃう気じゃないよね?」
「行くんだよ! こんなとこ真っ平なんだ。おれを森に追いやった町のやつらも、ここに縛り付けるお前も」
「アルベ」
「おれはそんな名前じゃない!!」
びくりとミラちゃんが身体を縮こませた。
目にいっぱい涙を浮かべながらもミケくんをじっと見つめている。
「おれはこっから出て一人で生きてくんだ。……獣族として」
「だったら、だったらあたしも」
「お前は人間だろうがっ!!」
苛立たしげにミケくんは拳で木を叩きつけた。
「おれは人間が大嫌いだ」
吐き捨てるように言うとミケくんは走り去ってしまった。いつの間にかレイも消えている。
ミケくんを追いかけようかとも思ったんだけど、それよりも膝をついて呆然としているミラちゃんの方が気がかりで。
「取りあえず、彼女を家に送りましょう」
冷静さを取り戻したらしいディーノが手を差し伸べて立たせてくれた。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。一体何がどうなってるの。
誰もかれも、何をしたいのかさっぱり分かんないよ!




