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んあぁ……寝てた。屋敷について早々一悶着あって、滞在中宛がわれた部屋に荷物を運んで片付けて、と一人でゴソゴソしてたら疲れてベッドにちょっと横になったらそのまま寝てた。
一悶着ってほどでもないんだけど、何故かディーノが一人で頭を抱えていたんだよね、何だったんだろう。
執事さんに案内してもらった部屋の前まで来てディーノが待ったをかけた。
「どうしたのディーノ?」
「どうしたじゃありません、オレとハルの部屋が隣とはどういう事です。替えて下さい」
きょとんとする私を横目に捉えつつ執事さんが、はて? と首を捻った。
「同室の方が?」
「そんなわけないでしょう!」
「うお、激しく否定されるとちょっと傷つく……」
「ハル!?」
別に同室が良いって言ってるんじゃないよ! でも、何でこんな奴と! みたいな言い方されるとね、おい私じゃ役者不足かそうか悪かったなって気になるじゃない。
しょぼんとする私に執事さんが何か言いかけたのをディーノが遮った。
「彼女の言う事は気にしないで下さい。この国の習慣や常識が通用しませんので」
なんという暴言! 人を非常識みたいに言わないでくれるかな!?
「ていうか何なの、隣同士なら何がいけないの。いいじゃん近くて!」
「バルコニーが繋がっておりますので、行き来も出来ます」
「ほら便利じゃんー」
「ハルはその意味を全く理解していないでしょう!」
意味とは。ディーノが慌てる意味が分らない私を執事さんが無表情に見ている。
「ディーノは私の護衛として来てんだから、隣の方がいいんじゃないの?」
そう言うと今度は執事さんはディーノを見た。何だこの人。
「ハルの国では違ったようですが、ここでは未婚の女性と男性が隣同士やすぐ近くに寝室を取るのは、将来を誓い合った仲だけに限られます」
「マジで!? いやでも」
「でも?」
ギラリとディーノの目が光った……ような気がして口を噤んだ。
「お爺ちゃんの家に泊めてもらった時は有無も言わさずレイと同室でしたよ」とか言ったらアウトか。説教コースか。あれは不可抗力みたいなもんだったんだけど、私が怒られるんだろうね。
「ディ、ディーノと離れるのは不安、だなぁって、思って」
しどろもどろ。我ながら呆れるくらい取ってつけた感たっぷりな言い方になってしまった。
でも嘘じゃないよ! 嘘は言ってない。信じてぇーとディーノをガン見していると、彼はしばらく探るように見返してきたんだけど、ふぅと息を吐くと壁に片手をついて俯いた。
何かぶつぶつ言ってるけど聞き取れない。
「では部屋の配置はこのままでよろしいですね」
「え、いいの?」
「いいですよ……」
疲れたような表情でディーノが許可を出した。
執事さんは最初から部屋替えをするつもりなんてなかったのだろう、適当な感じで頷いて扉を開ける。
さっきも言ったけど、この人何なんだろう。
そして部屋に入るまでディーノはなんだか難しい顔をしていました、まる。
それにしてもお腹空いたなぁ。変な時間に寝ちゃったから昼ご飯食べ損ねた。執事さんに言ったら何か食べ物くれるかな。
食べ物を探し求めて部屋を出た。廊下を適当に歩いていると喋り声が何処かから聞こえてきたような気が下。
キョロキョロと辺りを見渡す。突き当りの部屋のドアが少しだけ開いている。あそこか?
歩いて行くと徐々に声も近づいてくるようだった。でもボソボソと聞こえるだけで何を喋ってるのかは全然分らない。
「あの、すみま」
メシくれメシー。私の頭の中はご飯の事でいっぱいだったのがいけなかったんだろう。声を掛けるのと同時に扉を勢いよく開けてしまった。
あんぐりと口を開けて固まった私の目に飛び込んできたのは、二人の男女でした。
机の上に座っている侍女らしき女性に半分圧し掛かるような体勢の男性。
え?
男の人の手が女の人のスカートの中に入っているような気がするんですが。
服もちょっとくつろげられていないか? ま、まさかこの光景は……。
呆然とする私と目が合うと侍女さんは少し顔を赤らめながら胸元に服を寄せた。男の人は侍女さんから少し離れると無表情に私を見る。こ、怖い。……あれ、でもこの人って
「失礼いたします旦那様、ユリスの花嫁様」
侍女さんはきっちりと服を着直してそそくさと部屋を出て行った。えええ、行っちゃうの!? 私とこの人を置いて!?
旦那様という事はやっぱり、この男の人がファーニヴァル侯爵、ディーノのお父さんか。紺色の髪と目鼻立ちがどことなくディーノと重なる。
あの王様が含みのある言い方で「癖のある人」と評した。ディーノも危害がおどうのって言ってたし。
……そんな人と二人っきり嫌過ぎる!!
しかも侍女さんがきっちり扉を閉めていったのが、逃げ道を塞がれたみたいで余計に不安感を煽られる。
「えっと、しばらくお世話になります」
「いえ、お越し頂いて光栄ですユリスの花嫁様。先ほどはお出迎え出来ず申し訳ありませんでした」
ふるふると首を振る。おややぁ? 案外普通の人……
「噂通り、見事な黒髪ですね」
ごく自然に近づいてきたかと思うと、私の髪を一房手に取って口づけた。
ひぃ! この人ディーノのお父さんだ! 本人達がどう思ってるかは知らないけどこういうとこそっくりっだよ!!
「随分と無防備だ。あの子から私の事を何も聞いてないわけではないだろうに」
「あ、の……侯爵?」
後ろに下がろうとしたけど髪を掴まれているからさほど動けなかった。
なんか急に声のトーン下がりましたけど!? どったのこーしゃく!?
「聖騎士に召喚されてこの世に来たユリスの花嫁……、けれどアレは本当に聖騎士か? あんな化け物が?」
「ばけもの……?」
「あんな状態でのうのうと生きているあいつ等が、神に選ばれたなどおかしいじゃないか」
何の話をしているの? ていうかこれって私と会話してるのか独り言なのか。私を見てるけど会話する気ないような。
聖騎士って言ってるからディーノの事なんだろうけど。息子をアレとか化け物とか、この人の方がおかしい。
じりじりと距離を詰める侯爵から逃げるために私も少しずつ後退していったんだけど、踵が何かに当たった。目をそっちにやるとソファの脚だった。
「こ、侯爵」
どさりとソファに押し倒された。息が詰まり目を閉じた。もう一度開けると侯爵が目の前にいる。
「アレは貴女の事を大事に思っているようですね、自分の存在を肯定する唯一の存在だからかな? でも救いがあるなんて間違いだそうだろう?」
いつの間にか私の両手は頭の上で一つにまとめて拘束されていた。
その手際の良さに感心すればいいのか、自分の隙の多さを嘆けばいいのか。なんにせよ私今ものっすごい大ピンチじゃないですか!?
「ちょっと!」
腕に力を入れて退かそうとするのにビクともしない。
「貴女はアレの正体を知っていますか?」
侯爵は笑った。でもその表情はとても歪で禍々しく見えて背筋が凍るかと思った。
抵抗するのを忘れて怯えた私の耳にそっと顔を寄せてくる。
密言のように囁かれたその内容は、甘やかさなど微塵もないものだった。なおも続く侯爵の話を私は呆然としながら聞いていた。
バアンッ!!
突然、爆発音のようなものが耳を劈き、次の瞬間、部屋の窓ガラスが全て粉々に砕け散った。
私も侯爵も同時に窓を見てあまりの事に固まる。
「ハル!?」
瞬間移動!? そんな早さでディーノが現れたけど、もしかしたら唖然としていた時間が自分で思っているよりも長かったのかもしれない。
「侯爵! 何をやっているんですか!? ハルから離れて下さい!」
今にも剣を抜きそうな剣幕でディーノが詰め寄る。
侯爵は煩わしそうに眉をひそめただけで、あっさりと私の上から退いた。
「こんなものに呼び寄せられた貴女に同情しますよ、ユリスの花嫁」
そしてディーノには一度も目もくれず部屋から出ていってしまった。
「ハル……」
ソファの下で膝をつくディーノが心配そうに私を見ていた。問題ないよと首を左右に振る。
「申し訳ありません、近くにいたのに気付けず」
「大丈夫だから」
別に侯爵も私に手を出そうと思ってたわけじゃないだろうし。脅しというか、まあそんなもんだったんだろう、多分。
聞きしに勝るぶっ飛んだ人だからあんまり考えが読めないけど。
「何を言われました、何をされました?」
「いやほんとに」
ディーノは私の腕をそっと持ち上げた。手首のところがうっすらと赤くなっているのを目ざとく発見したようだ。
「何でもないって、ね?」
「……分りました」
眉を寄せながらディーノは頷き、手首に唇をおとした。
ちょおおお! 侯爵にっていうかディーノにいろいろされてる気がしますけど!?
反射的に平手打ちを食らわしそうになるのを必死で耐えた。こんのタラシめぇー。
「まったく、少し目を離すとすぐこれだ……。いっそ同室にしてもらえば良かったですかね」
「いやさすがにダメでしょそれは!」
ていうかあんなに反対しておいて何を言ってんのこの人!? うら若い男女が同じ部屋で寝起だなんて、そんなはしたない! そういう常識は私にもあるよ!
そして私が勝手に出歩くから悪いみたいな言い方してるけど、え、今回も私のせいなの!?
「でも、これで侯爵がどんな人か分かったでしょう」
「うーん、毒のある人だねぇ」
一言で侯爵を表すと、毒々しい、なんだよね。ディーノに似た容姿なのに爽やかさの欠片もないんだからある意味すごい。
妙なところが似通ってるように思えたけどきっと気のせいに違いない。
「ねぇ、ディーノ」
「はい?」
手を引かれてソファから立ち上がる。視界に入ったガラス片に釘付けになる。
「あのガラスは……」
「魔法によって壊されたようですね。誰の仕業かは分りませんが」
「うん」
まるで侯爵を止めるように、ここに私がいるのだと知らせるように大きな音を立てて割れた。
誰がやったのか何となく私には分かる気がした。




