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昨晩からしとしとと降り続ける雨を窓越しにぼんやりと眺めていた。
あるだけのクッションを敷き詰めた上に座り、流れる景色に意識を集中させる。
ただ今馬車にて移動中。
朝、王様が呼んでいるからとわざわざ部屋まで迎えに来てくれたディーノと一緒に政務室まで足を運んだ。
王様はちゃんとお仕事していらっしゃった。机の半分以上が紙で埋め尽くされている状態で、せっせと書類に目を通していた。
意外だ。なんやかんやと理由をつけてサボってそうなのに。勝手に政務室抜け出しては部下に怒られてそうなイメージあったのに。
口を開けてぽかーんとサイラス王を見ていると、彼は私の脳内を読んだのかニッコリと笑って「ぶん殴るぞ小娘」ととても美声で罵ったきた。
へへんだ、やれるもんならやってみやがれ! こっちにはこの国一腕の立つ護衛がいるんだからね! と咄嗟にディーノの後ろに隠れる。
「で、どのようなご用件で?」
隠れたまんまの私の代わりにディーノが王様に問う。
「ハル、ちっとばかし遠出したくないか?」
遠出? ディーノの後ろから顔だけひょこりと出す。
「こっからちょっと南に下ったところで、今の時期は暖かくて緑豊かで大きい湖もあるからなぁ、過ごしやすくて見応えのある所だ」
「旅行?」
「まあそんなもんだ」
おお! トラベル! ファンタジーの世界に来ただけでも大冒険なのに、さらに観光をさせて貰えるなんて。
「行きたい行きたい!」
はいはい! と手を挙げた。旅行、その言葉の甘い響きに踊らされて私は大局を見誤った。
「言ったな、前言撤回は聞かん」
「え?」
にやぁと意地悪く笑った王様に嫌な予感を覚えた私は、咄嗟にディーノを見上げた。
彼は言っていた。「ハルが勝手に返事するのが悪い」と。目は口ほどに物を言うとは聞いた事あるけど、語り過ぎだろうディーノ! 私の気のせいなんかじゃなく絶対そう彼は心の中で言っていた。視線でどんだけ私を非難してくんのさ。これアイコンタクトの域超えてるよね!
「嫌がるようならこの前のパーティーで逃げやがった罰として強制的に行かせようと思ってたが、やる気満々ならそれに越した事はない。存分に勤めを果たして来い」
おいこらちょっと待て。最初から私に拒否権なんかなかったんかい。ていうか、はぁ?
務めを果たす? なんの事ですか。ごめん王様何言ってんのか分かんないです。
だらだらと冷や汗を流す私の上の方から盛大な溜め息が吐かれた。ディーノだ。
「大祭に彼女を担ぎ出すつもりですか」
「毎日暇そうにしてんだから、ちょっとは仕事らしい事してもらってもいいだろう」
「失礼な!」
誰が暇人だ! これでも忙しいんだよ、タイムスケジュールは分刻みだよ! 嘘だけど。
大抵部屋でルイーノと喋ってるかホズミとまったりしてるか図書館で本探してるかだけど。
「で、大祭ってなに?」
「ここより南にキリングヴェイという荘園があります。そこで毎年この時期に農園の豊作を願う大祭が行われるんです。その祭りの花形にユリスの花嫁として出席しろとおっしゃってるんですよ」
「おお、お祭り!」
祭りと聞くと血が騒ぐよね!
テンション上がった私にディーノが「お願いだからちゃんと人の話を聞いてください」と半分諦めモードで言った。
いやねぇ、ちゃんと聞いてますわよ。大祭に出ればいいんでしょ? ユリスの花嫁としてね。……うん?
「出席って何!? お祭り見に行くだけじゃないの!?」
出店で珍しいものたらふく食う為に行くんじゃないの!? 金魚すくいは? ヨーヨーはないの?
「そんなわけで、宜しく頼むわ。ちなみにキリングヴェイの領主はファーニヴァル侯爵だから」
「そんなわけってどんなわけ!?」
ヴェ、ヴァ?
ただ今慣れない横文字に頭がついて行けておりません。でも何度か聞いた単語だったような。
「ファーニヴァルって……ディーノのお祖父ちゃん?」
あの気品があるけど気さくで、ちょっぴり下世話なお爺ちゃんが領主様なのか。
「いいえ、現在侯爵を名乗っているのは父です」
ディーノのお父さんか。そういやとっくに爵位を譲ったってルイーノ言ってたなぁ。
お父さんとはまだ一度も会ってないよね。前のパーティーでも見かけてない気がする。
「もうずっとキリングヴェイに引きこもって城には上がって来てませんが」
ふぅん。貴族さんの仕事って城でやるもんだと思ってたけど、そういうわけじゃないんだね。
「なかなか癖のある人だから楽しみにしていろ」
意味深に笑う王様。片手で顔を覆うディーノ。
ええい行く前から不安要素をまき散らすな!
そんな経緯で移動中。
めっちゃ行きたくねぇ。出来る事ならボイコットしてぇ。でもそんな事したら……その先は考えるだけで恐ろしい。
ガタガタと震えると前に座っていたディーノが「寒いですか?」と問うてきた。
「あ、ハル、この橋の向こうがキリングヴェイですよ」
「やっと!」
二時間近くも馬車に揺られてもう飽きたしお尻痛いしで、そろそろ限界が近かったんだよね。
しかしこの馬車から降りるとそこは敵地かと思うと降りたくない気もする。
「ディーノのお父さんってどんな人?」
どっきどきのだーいしつもーん。てへ。
握った拳をマイク代わりにディーノ前に出す。
ディーノはじーっと私の手を見つめながら……見つめたまま止まっていた。おい。
私の手に何かありますかね?
「……すみません、あの人の事をよく知らないので」
「え?」
「俺は産まれてすぐ城にいる祖父の方へと預けられたので、父とは数えるほどしか話した事ないんです」
「まじで……?」
「キリングヴェイでの滞在中、貴女に不快な思いをさせてしまいます。先に謝っておきます」
ふ、複雑な家庭の事情とやらでしょうか? 二十年以上ほとんど話したこともないなんて。しかも不快な思いをするって断言したよ。
ギスギスし過ぎじゃないでしょうかファーニヴァル親子。お爺ちゃんは人格者っぽい感じがしたのに、子育てに失敗したんだろうか。でもディーノもお爺ちゃんに育てられてるんだよね。じゃあお父さんが先天的に性格に難ありだったのか……?
「ディーノは良かったの? ついてきてくれたのは嬉しいけど、お父さんに会いたくなかったんじゃない?」
「正直会いたいとは思いませんが、貴女に危害が及ぶと分かっていて他の者に任せるなんて出来ません」
「私に及ぶの!?」
親子問題に何故私が巻き込まれるの!? めっちゃ他人事として聞いてたのにどういう事だ! 責任者呼べ……もしかして責任者ってお父様? 呼ばないで下さいごめんなさい私が悪かったです。
頭を抱えていた私の手をそっと取るとディーノは「それに」と柔らかく微笑んだ。
「何があっても俺がお守りすると言いましたよね」
ぐほあっ。ハルはダメージを受けた。瀕死の重傷だ。
やばいもうライフポイントの残りが少ない。この馬車に乗ってる間に地味に私のポイントを削ってきてたのよねディーノってば。
あの追いかけっこ以来、ディーノのタラシ度とかキラキラ度がグレードアップしました。せんでいいのに、前ので十分だったのに。
そんな効果を狙ってやったわけではないよ。というかどうして?
あはは、と笑いながらさり気無く手を引こうとしたのにビクともしない。ディーノはやんわり握ってるように見えるのに。接着剤つけられた? え?
焦っているとディーノから手を開いた。嘘のようにあっさり離れた。あれ? 何か術つかったのかな。ビックリした。
「どうぞ」
馬車が止まり、ディーノが先に下りて傘で雨避けを作ってくれる。お嬢様になった気分だ。
城下町を出てからずっと草原が続き、キリングヴェイの領内に入ってからは民家と畑ばかりだったのに、急にどーんと大邸宅がそびえていた。
不釣り合いで無駄に豪華だ。
見事な庭と噴水、そしてその噴水を囲うようにコの字の形をした大きな屋敷。これがファーニヴァル邸。
これから暫く私達がお世話になるお屋敷でもある。いやディーノは帰郷って事になるのかな、でも住んでたわけではないんだしな。ああ嫌だ、着いたばっかだけどもう帰りたいです。
「そういや大祭っていつあるの?」
「確か十日後だったはずです。前夜祭も合わせて二日間です」
「はぁ!?」
十日!? まだそんな先なの!? ほら行けそら行けと王様に急き立てられたからてっきり二三日後くらいだと思ってたのに!
だ、騙されたあぁ……。
えええ、だからルイーノがやたらと大きい荷物を作ってたのか、夜逃げでもするの? ってくらいどっさり馬車に積むもんだから止めようかどうしようかと悩みながら見てた。
いやその時点で気づけよ私! 今にしてみるとおかしいじゃん!
「ディ」
「ようこそお越しくださいました、ユリスの花嫁様、聖騎士様」
ディーノ大丈夫? って訊こうとしたのに、途中で遮られた。
玄関の扉が内側から開けられて、黒服の男性が深々と頭を下げた。きっちりと髪を後ろに流してビシッときめている。執事さんのようだ。
「ただ今旦那様は手が放せませんで、お出迎えが私だけで申し訳ございません」
「あ、いえ、お気遣いなく」
というかむしろ安心しました! とは言えません。
……しかしこの執事さん、ディーノの事聖騎士って言ったな。お帰りなさいって言わなかった。
アウェイだ。この世界に来て今日が一番アウェイな気分だ。
ちらりとディーノを伺い見たけど、しれっとしていて特に表情は見て取れなかった。




