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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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 ディーノに背負われて部屋に到着した頃にはすっかり真っ暗になっていて、しかも直後に雨が降り出すという、ディーノにとって二重三重もの災難が待ち受けていた。

 

 私という荷物を長距離運んでくれたわけなので、疲れたでしょう休んでいきなよと、さっさと執務室に戻ろうとしたディーノを呼び止めたんだけど、それに応えたのはルイーノだった。

 「疲れた時にはこれ! ぐいっと一本!」と甘ったるい笑みを浮かべながらディーノに差し出したのはドロっとした緑色の液体の入ったガラスコップ。若干異臭がしたような気もする。

「疲労回復、滋養強壮などの効果が期待できますぅ」

「栄養ドリンクなの!?」

 青汁かと思ったよ!

 押し付けられたディーノは無碍にも出来ず顔を引き攣らせながらも一気にそれを飲み干した。

 案の定不味かったらしく、一回えづいたけどきちんと最後まで飲みきったディーノは出来た人だよ。

 ありがとうございます、とお礼を言ってコップを返すディーノにルイーノがニタリと笑ったのを私は見逃さなかった。

「さあさ、これであと三日は馬車馬の如く働き続けられますよぅ」

「休ませてあげて! お願いだからディーノに休息を!」

 血も涙もないルイーノの発言に涙が出てくる……。何が彼女をそこまでディーノ嫌いにしてしまったんだろう。

 ディーノは慣れているらしく困ったように笑いながら私の頭を撫でた。それを見てルイーノが舌打ち。なんなのこの二人、これでいいのか二人の関係!?

 そして本当に仕事の為に帰ってしまったディーノが出て行った扉を暫く眺めていると、ルイーノが肩を叩いた。

「大丈夫ですよぅ、効き目は本物ですから!」

「だったら何が偽物なの!?」

「あんなに不味くする必要ないんですよねぇ」

 ふふふ、と可愛らしく笑うディーノがもう鬼嫁にしか見えない。まだどこにも嫁いでないけど!

 しかしまぁあの青汁モドキは本当に疲労に効く栄養ドリンクらしいので、ディーノさん頑張って仕事してください。

 一日中遊びに付き合せた私が言うのもなんだけれど。

 

「ハル?」

 ルイーノにさっきの栄養ドリンクの内容物の説明を聞いていると、奥の寝室からホズミが出てきた。

 目を擦ってなんだか眠そう。寝てたのかな。

「ハル! やだ、帰っちゃやだ!」

 駆け寄ってきたかと思うとそのままの勢いで腰にしがみついてきた。なんだなんだ? 怖い夢でもみたんだろうか。

 落ち着くようにと背中をゆっくり撫でる。

 目元を真っ赤に腫らしたホズミが、それでもまだ瞳を涙で潤ませながら見上げてくる。

 ゴクリ……生唾物の可愛さだ。ダメだこの子早くなんとかしないと、ムラッときたお姉さんとかに見られたらペロリと食べられてしまいそう。

「ハル様がお部屋を出られてからずっとこの調子ですよぉ。しまいには寝室にこもって啜り泣きが聞こえてくるんで、開けようとしたらすっごく吠えて怒るんですよぅ」

「乙女か!」

 泣き寝入りとはよく言ったものだ。ちょっと意味は違うけど。ホズミは本当にベッドで泣いててそのまま寝てしまったのね。

「で、どうしたのホズミ?」

 何がそんなに悲しかったの。ほらほらハルさんに言ってごらんなさいよ。

 頬に手を当てると、ホズミの方から擦り寄ってきた。く……っ、この子私の理性を試しているのか!? 今すぐ抱きしめてべったべたに甘やかしたいところだけど我慢。女は我慢!

「ハルいなくなっちゃうのヤダ……なんで? なんで帰っちゃうの?」

「ホズミ……」

 そうか、この前の高笑いして帰ってやる宣言のせいか。帰るってどこへ? ってルイーノに聞いたのかな。

 最初からホズミはディーノに預ける予定になってたから、私が日本に帰った後も安心って思ってたけどそういう問題じゃなかった。

 私が自分の意志で手元に置いて、これだけ慕われてるのに用事が済んだらあっさりバイバイなんてそんなのホズミにとったら裏切り行為だ。

 こんなに不安にさせて泣かせて、これじゃディーノの事言えないな。

「ごめんねホズミ。……でも私は」

「やだ! ハルがどっか行っちゃうならボクも連れてって」

「それは出来ないんだよ、ごめん」

「なんでっ!」

 金の瞳が悲痛を訴える。はらはらと涙が零れるのに私にはそれを拭う資格さえないんじゃないかと思えて動けない。

 ホズミの事は大好きだし、好かれてる自覚もあった。でもこんな縋られるほど必要とされてるなんて思っていなかった。

「一緒にいるって約束した! ハルのウソツキッ!」

 また走って寝室へ行くと、バタンと力いっぱい扉を閉めてしまった。籠城された。あの様子だとすぐに出てくるとは考えにくい。

 ホズミさんや……そこ閉められると困っちゃうんだけどな。私今晩どこで寝ればいいんでしょうか。

「ホズミに嫌われちゃったかなぁ」

「駄々を捏ねているんですよぉ、あの子は賢い子ですもん」

 おや。ルイーノが他人を褒めるなんて珍しい。何気に接する機会の多い二人だから仲良いのは喜ばしい事だ。

「いつかハル様が帰ってしまうって頭では分かってたと思います、でもずっと先だと考えないようにしてたんでしょうねぇ。なのにハル様が帰る話なんてするから不安になっちゃったんですよー」

 う……、配慮が足りませんでした。しょんぼりする私にルイーノが紅茶を差し出してくれる。

「うぐ」

 何の疑いもなく飲んだ私は口の中に広がる得も言われぬ苦味に、吐き出しそうになるのを必死にこらえた。

 ニヤリと笑うルイーノ。やられた! これディーノに飲ませたのと同じ味だ!無臭だったから油断してた……。

「ホズミを泣かせた罰としてちゃんと飲んで下さいねぇ」

 そう言われてしまうと逆らえない。飲み終わる頃には涙目になっていた。ホズミを泣かせたのは私だけど、私を泣かせたのはルイーノさんですよね。……あれ?

「もしかしてディーノにわざと不味いの飲ませたのって……」

 すまし顔でティーカップを片付けるルイーノは何も答えなかった。でもそれこそが何よりの答え。

 ディーノが私を泣かせたから、その罰だったんだ。決して彼が嫌いだからとかそういう理由じゃなかった。

「ルイーノ愛してる!」

「あらあらぁ残念ながらその愛は受け取れませんねぇ」

「一瞬で失恋した! なんでじゃ!?」

「嫌に決まってるじゃないですかぁ、只でさえあたし敵が多いんですから、これ以上増やしたくないんですー」

 えっとごめん、断られた理由の意味が分らない。ていうかルイーノ敵多いんですか。どんな修羅場をくぐってきたんでしょうか。ぽかんとする私にルイーノはクスリと笑う。

「毛布持ってきますから、今晩はここのソファででも寝て下さいねー」

 明日の朝起きて私がいなかったらホズミが慌てる可能性があるから。

 ここのソファはとても大きくてふかふかだから、毛布さえ持ってきてくれたら寝るのに問題はない。

 良くできた侍女様だことで。

「ねぇルイーノ、私が元の世界に帰った後、ホズミの事……」

「いやぁですよ」

「また即答! ホズミの事好きでしょー!?」

「いえ別に」

「なに、どうして!? あんな可愛らしい賢い子なのに!? 好きにならない理由なんてどこにあるって言うの!?」

 さっき褒めてたじゃん! ホズミ泣かせたからって私に嫌がらせしたじゃん!

 ていうかホズミを好きにならない人がこの世にいるなんて信じられない!!

「あたしの予想によるとですねぇ。ホズミはハル様がいなくなった後は、一人で城からいなくなると思うんですよねぇ」

「…………」

 それは私もチラと考えた事のあるものだった。元々ホズミは小さいながらも一人で生きていた。

 けれど淋しさに負けてレイと手を組んだわけだけど、手に入れたこの居場所も私が異世界人だったせいで仮初のものになってしまった。

 本当の意味で欲しかったものが手に入らなかった場所にあの子は留まり続けるだろうか。

 狼族は本来人を嫌う、何者かに追従するのを嫌う誇り高い種族なのだそうだ。そのホズミが自分に同情の目を向けるだろう人間ばかりの場所にいるとは思えなかった。

「……私はホズミが好きで、少しでもあたたかい時間をあげられたらって、私がいなくなった後も困らないようにしてあげたいって思ってたけど……、そういうの全部間違ってたのかな」

「さぁ、ホズミが決める事ですから。でもハル様と過ごした時間を間違いで終わらせてしまうのは、とても不幸ですよねぇ」

 不幸。ルイーノのその言葉は私の心にずしりと重く圧し掛かった。

 一人の人生を私の言動が左右してしまう事への恐れ。この先、ホズミを独りにしてしまうかもしれない後悔。

 絶対にさせたくない。可愛い可愛い狼の男の子に私はあたたかい場所で笑っていてほしいんだ。

 



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