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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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ディーノ(ヘタレ)視点です



 ソレスタの目算通り、二日後にハルからの呼び出しがあった。一日付き合ってほしいという内容が不明瞭なものだった。


 昼過ぎ、部屋の扉をノックすると程なくして内側から開けられた。迎え入れたのは給仕服のルイーノではなく見慣れない服を着たハルだった。

「……お久しぶりです」

「久しぶり、忙しいのにごめんね。じゃあ早速行きまっしょう」

「どこかへ出掛け」

「いやいや」

 ハルはディーノの言葉を遮って袖を引っ張り歩き出した。出掛けるわけでは無いようだが、目的地は屋外らしい。

 暫くハルの背を見守っていると、すぐに彼女の足は止まった。

「運動不足とストレス解消に付き合ってもらいたいんです」

「はぁ」

「てわけで、鬼ごっこします」

「おに、とは?」

 聞き慣れない単語に首を傾げた。ハルは「マジか!」とガクリと肩を落とす。

「要するに追いかけっこよ。今日はディーノが鬼、えぇと追いかける方。私は先逃げるから三十数えてから追っかけてきてね。私が捕まったら終了」

「捕まえられなかったら?」

「そうねぇ、じゃあ夕刻の鐘が鳴るまでって時間を区切るね。私が逃げ切ったら私の勝ちー」

 背を伸ばし身体をほぐすハルは茶化すように言った。その様子にディーノも身体の力を抜いた。

「なら捕まえられたら俺の勝ち、ですね」

 挑戦的に返せばハルはニヤリと笑う。

「建物の中に入っちゃったら隠れたい放題だしかくれんぼになっちゃうから、範囲はあくまで屋外のみ。ほんじゃ私は行くからディーノは後ろ向いて三十数えてね」

 タッと軽やかに駆け出していく音を聞きながら素直にディーノは後ろを向き時を数えはじめた。

 

 ハルの態度はこれまで通りのようだと言えなくはない。一度もディーノの目を見ようとしなかった事以外は。

 普通に喋っているようで視線だけは常に違うところを向いていた。

 自覚を持ってなのか無意識にしているのか、そこまでははっきりとはしないが。

 

 彼女の部屋を訪れる直前までディーノは、どんな顔をして会いに行けばいいのか分らない、というような心持ちだったのだがいざ顔を合わせてみれば瞬時にハルのペースに乗せられてしまい、それまでだった。

 けれどハルの中でも何のわだかまりもなく今日を迎えたわけではないのは、自分とは合わない瞳を見れば分かる。

 

 こんな状況を生んでしまったのは完全にディーノに非がある。だからハルが言う事は可能な限り聞こうと思っていた。

 ハルが城内で追いかけっこをするのだと言えば従うまでだ。

 ディーノは三十を数え終えてくるりと身体を半回転させた。

 たまたま近くを通った者達が、一人で何をやっているんだ? というような視線を投げかけてくるのを敢えて無視した。

 既にハルの姿は視界のどこにもいない。彼女の足が速いのは知っているが建物の中には入れないのだから、この短時間でこの位置から見えなくなるという事は行った方向は限られてくる。

 ある程度予測を定めてからディーノは走り出した。

 

 

 ハルを探し出してからどのくらいの時間が経っただろうか。当初はすぐに捕まえられるだろうとたかを括っていたディーノだったが、どうも計算が甘かったらしい。

 足が速いとは言っても相手は女性で、こちらは鍛錬を積んでいる騎士だ。しかもこの王城の構造も段違いに知り尽くしている。

 ハルが何処へ向かっているのか。後を追うのは難しくなかった。何度か姿は捉えたのだがすぐに追いつける距離ではなく、またすぐに見失った。

 すばしっこい動きに危うく舌打ちをしそうになった。たかが戯れ事に何をムキになっているのか。

 そう、これは遊びだ。追いかけっこだとハルも言っていたではないか。

 なのに見つけてもまたすぐどこかに消えて、全くこの手に捕まらない事に焦燥を感じるのはどうしてだろう。

 

 ここのところ、ずっと彼女の背中ばかりを見ている気がする。最後にハルの瞳を見たのはサロンだった。

 涙を零しながらディーノを必死で拒絶したあの時。

 貴女はユリスの花嫁ではない、必要ないと突っぱねたのは自分なのに、その後彼女に拒否されたことに僅かでも自分勝手に傷ついたのは何でだろう。

 

 自身の内に燻る苛立ちを無くす為に年下の少女にそれをぶつけた。そもそもあの感情はハルのせいだったから。

 ユリスの花嫁として聖騎士であるディーノの前に強烈な印象を付けて現れておきながら、実は他の男の呼びかけに応じディーノを消す為に来たという。

 ずっと引っかかっていた。特に切迫した状況でもないこの世界にユリスの花嫁が現れた事が。

 そしてあの男の存在。出来る出来ないに拘わらず、あの男なら異世界から一人召喚するくらいやってのけるだろうと。

 

 聖剣は確かに自分の元に顕現したが、ディーノは自身に聖騎士たる資格が本当にあるのか常に疑問だった。儀式の最中も自分で良かったのだろうかと思っていた。そんな時に現れたのがハルだった。

 ユリスは間違いなく聖騎士としてディーノを選んだ。その証拠としてハルは召喚されたのだと。ハルはディーノの為にこの世界に来たのかもしれないと、そう考えるようになった矢先。

 広間のバルコニーで寄り添う二人を見て頭が真っ白になった。あの男とハルが既に顔見知りなのは知っている。けれどそれだけではないのか?

 聖剣は俺の所に現れたのに、貴女はあいつを選ぶのか?

 

 やはりユリスの花嫁など来なかったのだ。この少女はただあの男の道具として連れて来られただけ。

 そんな子は要らない、最初から来なければ良かった。

 一度そう思い始めれば感情は溢れだして歯止めがきかず、気が付けば口をついて出ていた。

 

『ハルちゃんは被害者よ』


 ソレスタの言う通りだ。彼女は何も悪くない。意志を持ってこちらへ来たわけでも、何の為に連れて来られたのかも知らない。

 もしも本当に人を傷つける為だけに呼ばれたのなら、ハルはきっと耐えられないだろう。

 サロンであの男の目論見を打ち明けたハルはきっとディーノに否定して欲しかったに違いない。

 ハルが召喚された理由はそんな馬鹿げたものではないのだと。なのにディーノはあろう事か彼女を突き放した。

 

 今から思えばハルに対する甘えだった。自分の常識からかけ離れた世界に一人放り込まれただけでも発狂してもおかしくないのに、ハルは置かれた現状をあっさりと飲み込んだ。のみならず、身寄りのない獣族の子を助けその子の存在を受け止めた。いつも笑顔で周囲に不安を見せた事はない。

 だからディーノは勘違いしていた。ハルはとても強い子だと思っていた。

 例え彼が自分を守るためにハルを傷つける言葉を投げつけても、彼女は笑ってそんな弱ささえ昇華してくれるんじゃないかと心のどこかで思っていた。

 

 しかしそんなはずなかったのだ。ハルは剣も魔法も扱えない、何の後ろ盾もないこの世界でたった一人で淋しさも困惑も全て包み隠して必死で耐えている少女だったのに、そんな簡単な事にもディーノは気づけなかった。

 気付いたのは言った瞬間に、彼女の身体が緊張で固まった時。しまったと思っても遅過ぎた。

 

 謝りたくとも一度拒絶されたディーノからハルの元を訪ねていくのは躊躇われ、後回しにすればするほど謝罪は難しくなるとは分かっていても、ずるずると日は過ぎていく。

 だから、ハルから呼ばれは今日こそはと決心していたのに、そんな隙は与えられず今に至る。

 これはもう一刻も早く捕まえて言葉の限りを尽くして謝り倒すしかない。

 新たに決意をし直して、ディーノは走るスピードを速めた。

 

 この王宮はかなり古くから位置を変えておらず、この国がマナトリアスではなくもっと違った名で呼ばれていた遥か昔から存在している。

 戦火に飲まれ焼かれた事もあるが、それでも多くの建造物は今でも現役で使われている。古いものを残しつつも増築を繰り返し、巨大な迷路のようになっていた。

 

 一度見失えば再発見は困難なはずなのに、ディーノはさっきから何度もハルを惜しい所まで追いつめている。

 先回りに成功したりもした。その時は勘が働いたのかハルが直前でUターンした為に捕獲に失敗してしまったが、一瞬ばっちりと合った視線。

 ハルが大絶叫をあげながら走り去ったのに驚いてディーノは足を止めてしまった。そんなに怖い形相をしていただろうかと苦笑する。

 さっきから心が軽い。もう少しだ。ディーノは知らず目元を緩めた。

 

 

 追いかけっこを始めてどのくらいの刻が経ったのか。空を見上げると太陽が傾きかけている。

 鐘が鳴ればハルは逃げおおせてディーノの負け。こんな体力勝負ともいえる遊びに婦女子に負けたとあれば騎士としての名が廃る。

 けれどディーノは焦りもなければ、負けの気配を感じる事もなかった。

 ずっとハルが何処に居るのかなんとなく把握できるのだ。彼女の行動パターンを予測しているわけではない。直感のようなものだった。

 

 建物と建物の合間を縫うような抜け道でも、ハルがここを通ったのではないかと思い賭けで通り抜けてみれば本当にその先で彼女を見つけたり。

 自分でも不思議だったが同じような事が続いた。

 だからディーノですら今まで存在を知らなかった古い建物が並ぶ、人が殆ど寄り付かない範囲であっても、こっちへハルは来たと確信を持てた。

 

 


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