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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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 目を覚まして、一番に見るはずだったレイがそこにおらず、何となくショックを受けた自分にショックだった。

 何故か捨てられた女の気分になったのはどうしてなのか。ホルモンバランスのせいですか?

 何となく予想していた事とはいえ、あの男一言も告げずに逃げるように去っていくとは……。

 私の身体だけが目的だったのね! 力が満ちれば私はもう用済みなの!? やり逃げもいいところだ。私、将来付き合う人は絶対誠実な人を選ぶんだぁ。

 

 どうにもスッキリしない気分で一階に下りると、屋敷は少し騒がしかった。

 メイドさん達が優雅な動作ではあるんだけどちょっとせかせかしているというか。私とホズミがいるせいってわけじゃないだろう。また新たなお客さんかな?

「ああユリスの花嫁様起きられましたか。どうです、昨晩はお休みになれましたかな?」

「ええとっても。ありがとうございます」

 ふふふ、おじいちゃまったら朝っぱらから下世話なネタですか? いやだわぁ。

 どうもこうもなく、私は男と同じベッドでそりゃもう熟睡しましたよ。相手が起きて出て行った事に微塵も気付かないほどにな!

「それはようございました」

 にこやかだけど、絶対この人邪推してる。もういいや放っておこう。

「あの、何かあったんですか?」

「ああこれは、貴女様にお客人が来ておりまして。王宮騎士様です」

「え!?」

 王宮騎士ってまさかディーノ!? 戻って来てたの? ていうかなんでここがバレた?

 ヤバいこれはまた絶対零度の怒りの鉄槌が下るフラグ!!

 慄く私をお爺ちゃんはさらりと応接室へエスコートしてくれた。

 これまた立派な絵画や彫刻が並び、暖炉と高価そうなローテーブルにソファ。絨毯はとても毛足が長い。

 絵に描いたようなお貴族様の部屋って感じだ。このお爺ちゃん何者なんだろう。

 私が部屋に入ると、さっとソファに座っていた赤と白の騎士隊服を着た男性が立ち上がった。

「おはようございます、ユリスの花嫁様」

 にっこりと笑顔で挨拶をくれる青年は私の知らない人だった。いよっしゃあああ! ディーノと違うかったぁ命拾いしたぜぇ!

 思わずガッツポーズをした私にお爺ちゃんと騎士のお兄ちゃんは顔を見合わせた。

 いえごめんなさい、何でもないです。えへへと笑って誤魔化すと、よく分かっていないだけなのか心得ているのか、彼等はさらっと流してくれた。

「ディーノ隊長の代理でお迎えにやってまいりました、ウィルフレッドと申します。ウィルちゃんって呼んでやってくださいましー」

「分りました。ウィルさん」

「何も分かってないじゃない! なんです、ユリスの花嫁様はいじめっ子体質ですか!?」

「じゃあ私の事はハルちゃんって呼んでくれたら、ちゃん付けにしてやらんでもない」

「呼ぶ呼ぶ! ハルちゃん!」

「ウィルちゃん……と言うと思わせてウィル様」

「にゃあああ!」

 何だコイツ。何だコイツちょー面白い。本当にディーノの部下なの? 別に私サドっ気はないんだけど、この人と喋ってると弄りたくて仕方なくなる。すごいウィルちゃんってば天性の苛められっこ体質?

 

 ウィルちゃんは、騎士なだけあってそれなりにガタイがいい。空色の鮮やかな髪で、ちょっと甘い感じの優しい顔をしてるから、あんまり強そうな印象は受けないけどディーノの部下なんだったらかなり腕は立つんだろう。代理に寄越すくらいだしね。

 そしてこの軽い、もう軽薄といっていいくらいのペラッペラなキャラがまた、あなた本当に騎士ですか? って真顔で尋ねたくなるくらいで親しみを覚える。親しみですよ勿論ね。

「嘘ですよウィルちゃん」

「わあーい、これでハルちゃんとはマブダチだね」

「はっや! マブダチのラインひっく!」

 あんた実は友達いないだろ。本当の意味での友達を知らないだろ。

 メアドを交換したからといって、それで友達になれたなどと思うなよ! この世界にメールとかないけど!

 うん、この人に敬語いらない。年上っぽいなと思って遠慮したけど必要無さそうだ。

 どうしてこの世界ってこんなキャラ立ちした人ばっかなんだろう。凡人の私が逆に浮くからやめてほしいんだよね。

「じゃあハルちゃん、朝ご飯御馳走になってから帰りましょうか」

「あんたが言うな、食堂に促すな!」

 それはこの家の主のお爺ちゃんにお伺いを立ててからだろうが! 腕は立つのかもしれないけど人間としてどうかというレベルのおつむだなぁ。嫌いじゃないけど。

 お爺ちゃんは「ほっほっほ」と笑っているだけだった。ウィルちゃん良かったねお爺ちゃんがいい人で。

 

 昨日に引き続き大変美味しい御馳走をいただき、胃も心も大満足で私は帰る事になった。

 食べた分運動したいから歩いて帰ろうとしたらウィルちゃんにすごい勢いで止められた。

「ちょちょい! ハルちゃんこれ見よがしに馬車置いてるのに放置!? 御者さん泣いちゃうよ!?」

 と、ウィルちゃんが半泣きだった。いや屋敷の前に停車してる馬車には当然気付いてたんだけど、まさか私が乗る用だとは思いつかなかった。何分、生まれてこの方こういうのに乗った経験がなかったから。

 悪気があったわけじゃないのよ。決してウィルちゃんの反応がどんなのか試したかったとか、そんな理由じゃないのよ。しかし、ちょちょいは予想外だったなぁ。

「て、ウィルちゃんなんてどうでもいいのよ」

「えぇ!?」

「ホズミ、ホズミは?」

 今日まだ一度も姿を見ていない。寝てるのかなとか、違う部屋でご飯貰ってるのかなとか思ってたけど、もしかしてあの子も黙って出て行っちゃってるとかないよね?

 不安に駆られながらキョロキョロと辺りを見渡していると

「きゃーっ!」

 ウィルちゃんが悲鳴を上げた。その図体できゃーとか言うな気持ち悪い。

「は、ハルちゃんあそこ見て何かいる!」

 まるで宇宙人を目撃したみたいな必死な口調に、何事かと見やった。お爺ちゃんを筆頭に屋敷の人がみんな外に出て見送ってくれているその後ろ。

 半開きの玄関ドアから半分だけ顔を出してジッとこっちを睨んでいる黒髪の少年。

「きゃーっ! ホズミだホズミいたー!」

 昨日ぶりのホズミにテンションのぶち上がった私は、その姿を見つけた瞬間にスタートを切った。

 ビックリして玄関から離れて家の中に入ろうとしたホズミだけどもう遅い。ふふふ短距離走者のスタートダッシュをなめるな。

 羽交い絞めにするように抱きしめる。

「ああもうホズミ、ホズミが足りない補給させてー! 昨日の晩一緒に寝たかったのにお爺ちゃんが余計なことするからぁ……」

「おやおや、ユリスの花嫁様の趣味はそっちでしたか。申し訳ない、ここのところ老眼がひどくなりまして、見誤りましたわ」

「そっちとかこっちとか私には分りませんな!」

 お爺ちゃんの言いたい事がさっぱり理解出来ないですな! そんなやり取りの間も私はぐりぐりと顔をホズミに摺り寄せるのを忘れない。

「さ、帰りましょうか!」

 よいしょとホズミを抱き上げて歩き出す。借りてきた猫のように大人しいから抱えやすい。

 猫……猫もいいよね。猫族とかいないのかな。他にはどんな獣族がいるんだろう、いろいろ侍らせたいなぁ。

「ハル、ハル!」

「なぁに」

「ボクも、一緒に帰るの?」

「はぁ!?」

 何言い出すのこの子!? ビックリし過ぎてもうちょっとでホズミ落っことすところだった危ない。

 え、なにどういう事? 帰るのって帰らないの!? ここに残るの、この家の居心地が良過ぎたの!? ダメダメ許しませんそんな、私は君を手放すつもりなんて更々ない、一生な。とかヤンデレっぽくいったらドン引きされそうだな、自重しよう。

「ホズミは私と一緒はやだ?」

 一旦ホズミを降ろして向い合せになる。しゃがんで目線を同じ高さにした。ホズミはクシャリと顔を歪ませた。

「ハルと一緒じゃなきゃやだぁ……!」

 手を伸ばしてくる小さな身体をもう一度抱きしめた。

 くああああ、可愛い事言ってくれんじゃないの! 鼻血出しそうになりました。シーン的にも花も恥じらう乙女的にも必死で堪えたけど。

 パチパチパチ、と手を叩く音が鳴り響く。何故かこの屋敷の皆さんから祝福の拍手をいただきました。

 ウィルちゃんが涙ぐみながらワーッと拍手してくれている。あんたが私達の何を知っているというのか。雰囲気に流されやすい奴め。

 馬車に乗ってからもずっと私にしがみついて離れないホズミとイチャイチャしてたんだけど、向かいに座ってるウィルちゃんがいちいち微笑ましそうに頷くのが本気で鬱陶しかった。

 

 その馬車ですが。ちょっと憧れの乗り物ではあったんだけど、実際に乗った感想としては「思ったのと違った」だ。

 現代社会じゃ当たり前の静かで滑らかな動きを実現している自動車に乗り慣れてる身としてはこの振動はきつい。

 舗装が完全じゃない道だし、動力が動物だから動きもやっぱり一定じゃないし、クッション性のない車輪がガタガタ音するしお尻に響くし。お城に着いた頃にはヨロヨロになっていた。もうこれは一回乗ったらもういいわ。次からは歩くわ。

 

 ウィルちゃんが差し出してくれた手に自分のを乗せてピョンと馬車から降りる。華麗に着地するつもりが平衡感覚が狂っていたらしくウィルちゃんに体当たり。ごめんわざとじゃないのよ。

 心の中だけで謝ってホズミを抱いて降ろしてあげる。

「さてとー、ではではオレは隊長達に報告してきますんで、ハルちゃんは先に部屋へ戻っていて下さいねぇ。あ、もちろん君もね」

 所在なさ気にキョロキョロしてたホズミの背中を軽く押してあげるウィルちゃん。

「ハルちゃんと離れるの、泣いちゃうくらい嫌なんだもんねぇー」

「うるさい!」

 顔を真っ赤にしたホズミが素早くウィルちゃんにとび蹴りをかました。

 あらやだ、ホズミったらこんな攻撃的な一面もあったのね。しかしそれもまた良し。

 にしても本当にウィルちゃんってアホだな。


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