page16
空気が重たい。あって当たり前だから気に留める事はない、一切己を誇示しないものの代名詞である空気がその存在を主張している。
目に見えないし触れないのに身体にずしりとくる、これが気体の質量ですか。酸素が薄いのか若干呼吸が苦しい。
つまりこの地下は予想通りヤバい匂いがプンプンする場所でした。
「ホズミ、しんどくない?」
「外よりいい。ここ魔力多いから」
もしかして私が感じてるこの重さは魔力のせいなんだろうか。神殿の領域内は聖の気が充満していて魔を寄せ付けにくいっておっちゃんが言っていたから、ホズミにしたらこの地下の方が落ち着くんだろう。でも、その神殿の地下がこんな状態ってどういう事?
これって「おやおやユリスの花嫁様こんな所におられましたか。ここを見られたからには生かして帰すわけにはいきません。死んで頂きます」的なフラグなんじゃないの?
だってここ、薄暗いしお世辞にも綺麗とは言えない所だけど、通路に備え付けられている燭台には炎が灯っているし、足跡が残っていて頻繁に人が出入りしてる形跡がある。
「ねぇホズ」
「ごめんハル……」
繋いでいた手をぎゅっと握りしめてホズミは泣きそうな顔で私を見上げ、すぐに隠すように俯いてしまった。細い項……じゃないじゃない。
何に対しての謝りなのか。この先にボス戦が待ち構えてるとかそういう? 実はホズミは魔王の手先で私を連れてくる役目でしたとか?
「ごめんなさい、ハル、ごめん、捨てないで」
「ホズミ……」
こっちこそごめんなさい、全く話が見えないんですが! 悲壮感たっぷりに謝られても何が何やら。
「ボクあいつと約束した。ハルを連れてくるから、そしたら」
「おせぇ……」
奥からした声にホズミが身体を震えさせた。
低く静かなそれは心地よく感じそうなものなのに、ざわりと身体に纏わりつく、嫌に耳に残る声だった。
ホズミの手を放して声のした方へ走った。すぐに広い場所に出た。行き止まりで、奥は冷たい鉄格子がめぐらされていた。牢屋だ。
炎の虚ろな灯りにぼんやりと照らし出されたのは、朱に染まったプラチナブロンドだった。
「あんた……!」
鉄格子を乱暴に掴んだ。食い入るように中にいる人を見る。壁に背を預けて胡坐をかいて地べたに座る男。ボロボロの黒いローブを身に纏っている。
頬のこけた顔にぎょろりとした目、ローブから出た手も骨が浮き出ていて私の記憶にある男の姿とはかけ離れていた。
「時間をやるとは言ったが、随分と遅い着きだなぁ嫁」
「嫁言うな!」
嫁って言う方が嫁なんだからな! ってそれは違うか。
「あんた……こんな所で何やってんの?」
声が震えてしまった。相手にもそれはバレバレでクツリと嗤われた。あまりに彼の在りようが痛ましくて腹を立てられなかった。
「何も? 俺は何も出来ないからな。だからそいつにお前をここに連れてこさせた」
ゆっくりと紅い瞳が私から逸れる。後を追うように後ろを振り返ると、ホズミが泣きそうな顔のまま途方に暮れていた。
「ホズミ?」
怯えに満ちた金の瞳が私に向けられた。ごめんってこういう事?
「ホズミを使って私をここまで連れてきて、そんであんたはどうすんの」
私達は今も牢屋の外と内。私じゃ到底この鉄格子は外せない。扉の鍵だって持ってないし。
「こっから出るに決まってんだろ」
「だから、どうやって」
覚束ない動きで立ち上がった男は、ぺたりぺたりと一歩ずつ近づいてくる。その行動を私は鉄格子を握ったままぼんやりと眺めていた。
すると思いの外強い力でその手を上から握られた。鉄格子に縫いとめられる。鉄格子よりも冷たい手で。咄嗟に引こうとしたけどびくともしなかった。
「な、に」
見下ろしてくる真紅の瞳に動けなくなった。その間に彼はもう片方の手を伸ばすと鉄格子の隙間から私の頭を捕えた。
後頭部に回った手が私を前へと押す。つんのめるように鉄格子の方に寄せられた私を受け止めたのは当然元凶の男で。
「んう!?」
ぶつかるようにつけられたのは唇。ちょおお! 男の胸を手で押して離れようとしたけど、片手じゃどうにもならない。いやたとえ両手でも無理かも。痩せこけてひょろひょろのくせに何処にこんな力があるっていうの。
少し身体が離れた隙をついて大きく息を吸う。
「なにすんっ」
最後まで言わせてもらえなかった。またすぐ男の唇が私のを覆う。ぬるりとした感触が口腔を這った。
「んんっ」
押して駄目なら殴ってみよう。胸に拳を何度も叩きつける。いい加減にしやがれ! 人の口の中を好き勝手に動く舌を噛んでやろうか。
そして実行に移そうとしたところでやっと男が離れた。支えが無くなってずるずると地面にしゃがみ込む。
「まぁこんなもんでいいだろ」
「……な、に、が、だぁーっ!!」
息も絶え絶えでぐったりの私と正反対でピンピンしている男。拳をもう一度ぶん回したけど軽くかわされたムカつく!
「なん、なんなのよ急に!! ……て、なんか、元気、ね?」
肩回してコキコキいわせたりなんかして。さっきまで立ち上がるのも億劫そうだったのに、なにどうしたのストレッチとか、運動不足解消?
「この世界のやつは必ず光と闇の属性に支配されている。だがお前はこの世界の人間ではないから、この世の理に支配されることなく存在している。それは無だ。どんなモノにも変換可能で限りが無い。お前自身には扱えない力でも、その内にある無限の力を人に与える事は出来る」
おいちょっとそこの中二病。元気になったらいきなり講釈たれてんじゃないよ。会話をしてください。一方的に滔々と喋り出すな、ついて行けないでしょうが。
頭の中を整理する。異世界の住人である私にはこの世界の人にはない力がある。でもそれは自分じゃ使えなくって、人に与える事で初めて発揮される力。
でもって、つい先ほどまでヨロヨロだった中二さんが急にお元気になられたっつーのはつまり……さっきのベロチューはそういう意味かっ!?
どういうこった、私の人生初モノがただの事務的な手続きで済んじゃったよ!? ロマンスは? ラブは!?
「どいてろ、怪我しても知らんぞ」
一応断った、といった感じで言うと男は手を鉄格子に翳した。手の先が青白い光を放ったかと思うと鉄格子に当たり、ガシャンと大きな音をたてた。
光が当たった所が粉々に砕け散る。頭上に破片が降って来た。て、鉄が砕けた!!
「流石曲がりなりにもユリスの花嫁だな、大した威力だ」
唖然としている間に牢の中から出ていていた男がすぐ横まで来ていた。座り込んだままの私をはるか上から見下ろしてニヤリと笑う。
そうですか、私をここに連れてきて私の力を使って脱出する気だったわけですね。
もう何で捕えられてたのかとか、その他諸々はもういいから、逃げるならさっさと逃げてくれ。
私の事はいい、君だけ先に逃げてくれ。もう本当今はどうでもいい気分です、疲れた。
ぼうと男を見上げていると、どういう風の吹き回しか彼は私に手を差し出した。立たせてくれるの? この人にそんな気遣いが出来たの!?
ちょっぴり感動しそうになったというのに、男はそのまま私の脇に手を差し込むと犬猫と同じ要領で抱え上げた。
「ちょっと!?」
肩に私を乗せるとすたすたと歩き出す。私は俵かなにかか!
歩く振動が腹に直撃するわ、この人肉がないから骨が痛いわで乗り心地最悪、降ろせー!
「お前も来るんだろう?」
何を言っているとかと思えば、ずっと同じ場所に立ち尽くしていたホズミに対してだった。
ホズミは戸惑いながらも頷くと男の後ろについた。男に担がれている私と対面になるはずなんだけど、ホズミは頑なに下ばかりを向いて全然目を合わせてくれない。
で、何処へ行くんでしょうか?
「おい、お前が寝泊まりしてる場所は何処だ」
「あんた行く宛てないの!?」
「ずっと幽閉されてた身だぞ、あるわけないだろ」
「威張って言うな!!」
宛てもなくふらふらと彷徨い歩くにはこの面子は目立ち過ぎる。動物の耳と尻尾を携えた子供にボロボロの服のプラチナブロンドの男、そしてそんな彼に担がれてる女の子。
どこに出しても恥ずかしい目立ちっぷりだ!
「ていうか神殿の宿泊施設は駄目だかんね、あんた自分の立場分かってんの!?」
神官達に捕えられて牢屋に入れられてたんでしょうが! 何したのか知らないけど、コイツの事だきっと碌でもない事仕出かしたに違いない。
かといってお城まで戻るのも無理そうだし、お城こそ入れないよね。完全なる不審者だよねこの人。
「そもそも、これ地上に出たらすぐ神官に見つかってヤバいんじゃないの?」
「問題ない」
いやあるっしょ。ありまくりだよ、むしろ問題しかないくらいだろうよ。そうしているうちにもどんどん階段上っていく。
ちょっと待ちなさいよ人の話を本当に聞かない奴だな。足をバタバタさせてみたけど完全にスルーされた。
後ろを向いてても徐々に明るい陽が近づいてきているのが分かる。ああもう知らん、また捕まるなら捕まればいい。私は二度とここには近づかないんだから。
投げやりに思うと同時に、ざあっと目の前の景色が一変した。見覚えのある風景、それは城下町の大通りだった。何故!?
「神殿に出なければいいんだろう。なら別の場所に出口を繋げるだけだ」
だからってこれはどうなの!? 突然私達が道路のど真ん中に出てきたもんだから周りの皆さんが唖然とされてますよ?
この人がやったのはお城にあるどこでもドアと同じ術だと思う。
一瞬にして全く別の場所に移動できるという。とんでもなく便利だなおい、私の力のくせにどうして私が使えないんだ悔しい!
「で、町に出てどうすんのよ。お金なんて持ってないでしょ?」
私も持ってないよ。三人寄っても一文無しだ。路頭に迷うってこういう状況か。この中二病男案外計画性ないのな。
「おおお、貴女はユリスの花嫁様!」
おおお? 感極まった、若干しわがれた声がした。私のすぐ後ろにいたお爺ちゃんだ。
「あ、昨日の!」
「覚えておいでですか、ありがたやありがたや」
だから拝むな! 昨日神殿で私を見て手を合わせてたお爺ちゃんだった。
まさかこんな所で偶然出会うなんて。
「どうされましたユリスの花嫁様、どこか具合でもお悪いので?」
「そうじゃないんですけどね」
具合が悪い人は担がれたりしてないよね! 抱っこかおんぶだよね。されたいわけじゃないけど。
「今晩泊まる場所がなくて困ってまして」
どんな神の使いだ。言ってて情けなくなってくるわ。
怪しい事この上ない理由を述べた私に、お爺ちゃんは少し首を傾げつつ
「宜しければ拙宅へお越しいただけませんか。大した持て成しも出来ない狭い家ですが」
と言ってくれた。
「マジで!?」
このお爺ちゃんこそが神の使いに見えてきた。後光が差してるよ眩しいなぁ。決して西日のせいじゃないよ!




