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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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 部屋の窓際に椅子を置いて、ぼんやりと外を眺める。今日も晴天ぽかぽかで日向ぼっこ日和だ。

 私の膝の上ではホズミが絶賛居眠り中。平和だ。誰だこんな平和な世界に私を呼んだ奴。ディーノだ。その彼は何をしているかといえば、近郊の町へ視察に行っている。

 この前城下に魔物が現れた事を受けて、変化がないかの確認らしい。暫くは帰って来れないというので、私は護衛がいない状態となり引きこもりを余儀なくされた。

 

 図書館で本を借りて読んだり、ラヴィ様と喋ったりルイーノの人体実験の道具にされそうになったり、なんだかとってもいい感じに満喫している。

 けれども私は一体何をしているんだろう。こんなゆるゆる異世界ファンタジー世界を堪能していていいんだろうか。視察について行った方がいいんじゃないかとディーノに言ったんだけど、危ないから駄目の一点張りで拒否されちゃったし。

「ハル様ハル様ぁ」

 ぱたぱたと足音を立てて走ってきたルイーノに目を向ける。ラヴィ様のところの侍女さん達は決して走らないし足音も立てない、楚々とした立ち居振る舞いだけど、ウチのルイーノさんはそうじゃない。

「フランツ様がお越しですぅ」

「お久しぶりで御座います、ハル様」

「お久しぶりです」

 相変わらず腰の低いロマンスグレーの神官様だ。ラヴィ様が愛していると言って憚らないフランツ神官長様だ。

 もう彼女のストライクど真ん中なんだとか。おじ專ってやつなのかな。まぁ私もフランツさんならアリな気がするけどね。

「こちらでの生活で何か不都合などはありませんか?」

「ありませんですよ。むしろ良くしてもらい過ぎて肩身狭いくらい」

「それは良かった」

 どのあたりを指して言ったんだろうこの微笑み紳士は。

 私は心苦しいんですよこの現状が。かといって下手に動けば余計にみんなに迷惑をかけると思って今のところ大人しくしているのだ。そうしろと昏々と説教したのは他でもないこのフランツさんだ。

 この人の説教は堪える。一気に怒りが爆発してワーッと怒る人っていうのは逆に、熱が冷めれば急にトーンダウンするんだけど、フランツさんの場合は常に一定の温度で淡々と説き伏せてくるのね、逆に怖い。

「ハル様、私と付き合って頂きたいのですが」

「え……?」

「ああ間違えました、私に付き合って頂けますか?」

「わざとですよね!?」

 こんの似非紳士めがぁ! すっごい笑顔でさらっと心臓に悪い台詞投下してくんじゃねぇ!!

 ビックリし過ぎて膝の上のホズミを叩き落しそうになったわ! どちらにせよ大きい声出したから、ビクッと起きちゃったけど。

 良い歳した、しかも聖職者さんが何を言うやら……まったくまったく。と、ときめいたり、してないんだからね!

 

 人畜無害そうな笑みを浮かべるフランツさんに絆されて、用件も聞かずに私は頷いてしまったのだった。

 

 

 というわけで、やってきました大神殿。

 お城から少し離れた所に、それはまた立派な神殿があった。シーア教の総本山は大陸の西端にあって簡単に人が立ち入れないのだそうだけど、ここは一般公開されてたくさんの人で賑わっている。

 祈りを捧げる場所なので騒がしいわけではないんだけど。浅草の浅草寺がいついっても人がいっぱい、みたいなそんなくらいの人の量だ。

 

 かなり昔からある神殿は、綿密な彫刻がめぐらされている白亜の外壁からしてその存在感を誇示している。

 中は何本もの太い柱が建物を支えていて、その一つ一つが剣や縦など神々の象徴となる物の形をしていた。

 毛足の長い絨毯を渡っていくと、一番奥にはステンドグラスを背景に立派な祭壇があった。

 私がディーノに呼ばれたあの儀式の建物も教会のものだって言っていた通り、この造りはよく似ている。

 

 海外に観光に来た気分で見入っていた私に、フランツさんと同じ服を来たおじ様方がぞろぞろと近づいていた。あ、なんだか嫌な予感。

「ようこそおいで下さいました、ユリスの花嫁様」

 きっと教会の中でもそれなりの地位にあるだろうと思われる人たちが一様に私に頭を垂れる。

 何事かと祈りを捧げに来た人、私と同じように観光でやってきている人が遠目に、しかし興味津々で見てくる。ちょっとした人の垣根なんか出来てきちゃってる。

 何してくれてんじゃこの人らぁ! 目立つ、とっても悪目立ちしてるじゃないの!

 ああほら、そこのお爺ちゃん私に向かって手を合わせて拝むのやめてちょうだいよ、そんな大それた者じゃありませんから! お婆ちゃん何感動して泣いてるの!? 歳のせいで涙もろくなってるの!? だから私は、ただの女子高生だっつのっ!

 ちょっとフランツさんどういう事ですか!? とぐりんと彼のいる後ろを振り返ると、彼は他の信者と思しき方のお相手をなさっていた。

 ふーらーんーつーさーん!? あんた、私を売りやがったわね!? というかこれが目的で連れて来たのかこの野郎……。

 

 それから暫くはおじ様方に神殿とシーア教についてのウンチクを色々と聞かされた。いや話は面白かったんだけど、やたらとユリスの花嫁様って連呼するもんだから周囲の目が痛いのなんのって。

 黒髪ってだけでも目立つのに、あれって絶対わざとだ。ユリスの加護が今この神殿にあるんですよー的アピールだ。

 大人の事情に使われたって感じであんまり良い気はしないけど、フランツさんの顔を立てて大人しくしていた。

 ぴろりろりーん、ハルはレベルが上がった。スキル大人の一面を手に入れた。

 

 経験値稼ぎも体力ゲージが底を尽きればそれまで。げんなりした私を見てフランツさんがおじさん方から引き離してくれた。今日はもう遅いからと宿泊施設に案内され、泊まる事を余儀なくされたけれど。

 用意された部屋はとても簡素なものだった。風呂トイレ共同だからテーブルとベッドが置いてあるだけ。なんだか落ち着くわ。

 お城で宛がわれている部屋よりこっちの方が私の部屋って感じがする。

 案内が終わってさっさと出ていこうとしたフランツさんの腕を引っ張って部屋に押しとどめた。

「フランツさんよくも騙してくれましたね!?」

「人聞きの悪い事を言わないで下さい……。確かにハル様には申し訳ないとは思いましたが、私も組織に属する人間、命令には逆らえないのです。二三日中にお城へお返しいたしますので」

「え、明日帰れるんじゃないの!?」

 聞いてないよ! さては言ったら私が来ないと思って黙ってたな? とんだ食わせ者だわフランツさん。

「ハル!」

 疲れ果ててテーブルに突っ伏していると、可愛らしい子供の声がして顔を上げた。

 黒のウェーブの髪を揺らしながら小さな男の子が転がるようにして部屋に入ってきた。

「ホズミ!」

 駆け寄ってきたホズミをぎゅうと抱きしめる。おお私の癒しよ!

「どこ行ってたの?」

「ボク、あそこ入れない」

「神殿?」

 こくりと頷いた。私達の会話の流れを察したフランツさんが説明してくれたところによると。

 獣族というのは魔に偏った生き物で、魔力の強い者にとって聖の気の満ちている神殿は苦痛を伴う場所であるらしい。

 人間でも魔力に特化したソレスタさんのような人も神殿は苦手らしい。

 「まあホズミは入らなくて正解かもね。私と一緒にいたら大騒ぎになりそう」

 獣族ではそこまで珍しくないらしい黒髪でも、きっと私と並んだら人が何を思うか想像しやすい。しかもこの耳と尻尾。よくないよねやっぱり。

「そうですね、ハル様と離れるのは不本意でしょうが今日のように別行動を取った方が良いでしょう」

 私の服を掴む力を強くしたホズミに萌え殺されるかと思った。そうかそうか私と離れるのがそんなに淋しいかいやつめ。仕方ない、今夜は思う存分可愛がってやろうじゃないかふふふ。

 まずは狼の姿に戻してお風呂入れ綺麗に洗ってあげて、ブラッシングして気が済むまで撫でまわして抱きしめて寝るんだ。

 今晩は良い夢みれそうだ。

「ではおやすみなさい」

 丁寧に挨拶をして出て行ったフランツさんに、私とホズミは揃って手を振って見送った。

「ハル、見せたいものある」

「なぁに?」

「ここじゃないの。明日に」

 今日そこいら中散策してて何か見つけたのかな? にっこりと笑って頷くとホズミは金の瞳を細めて照れたように笑んだ。かーわーいーいー!

 

 もう我慢出来なくなったので誰もいない隙を見計らって共同浴場に行ってホズミを隅々まで洗って、もともと良かった毛並をつやっつやにしてやった。

 部屋に戻ってベッドの上で満足いくまで撫でて頬ずりして高い高いして構い倒した。

 

 あったまったしアニマルセラピーも受けて元気になった私とは対照的にホズミがくたくたになってたような気がしたけど、まぁ私の思い過ごしに違いない。

 



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