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ユリスの花嫁と魔騎士  作者: 椙下 裕
第一章 異世界へようこそ
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途中から視点が変わり、ハルがいない場所で男達が喋ってるシーンになります


 城内の美しい庭園で日向ぼっこなう。

 庭師の方々が日々手入れをしている見事な花木を思う存分愛でております。愛でながらも食べるモノは食べております。

 花棚の真ん中に設置されたテーブルにお茶とお菓子を並べてのんびりまったり。

 昨日の魔物騒ぎが嘘のように平和だ。

 

 芝生の上を駆け回ったり転がったりと忙しいホズミを微笑ましく見ていたわけだけど。うん、私も混ざる!

 どうしてなのかよく文系と勘違いされる私ですが、高校三年間ずっと陸上部所属の短距離走者でバリバリの体育会系だったり。百メートル走、本気出せば十二秒切ります!

 でも引退してから殆ど走ってないから身体はかなり鈍っちゃってるだろうなぁ。こっちに来てからというもの暴飲暴食の上運動不足気味だったし。

 軽いストレッチをして、ホズミの小さな体をロックオンする。

「ホオーズミイイイイーー!!」

「きゃあああああっ!!」

 全速力でホズミに向かうと、小さな男の子は満面の笑みで逃げはじめる。

 ふはは逃げろ逃げろ! だがしかし私はどこまでも追いかけていくぞホズミ!

 追いつきそうなところまで近づいて手を伸ばすと、ホズミの身体がガクンと低くなった。

 一瞬で子狼の姿になった彼は猛スピードで駆け去った。

「ちょおおっ! 四足走行は反則だよホズミ……!」

 ずるいずるい! それはさすがの私でも追いつけないよ!

「ていうか、どこまで行く気ーっ!?」



 庭園ではしゃぐ女子どもの声を聞きながら、王サイラスは執務室でクツリと笑った。

「随分と楽しそうじゃないの」

 窓の外を見やれば、戯れるというには速過ぎる速度で芝生の上を駆け抜ける子狼と少女がいた。

 この国の女性と比べると小柄なハルは実際の年齢よりも幼く見えがちだ。十八だと聞いた時は皆例外なく驚いた。

 十八にもなって全力で動物と追いかけっこをする女子は、少なくとも貴族の中にはいない。

 城の者からすれば異界より現れたユリスの花嫁は、かなり奇異に映っているだろう。

「しっかし狼族とはまた、やってくれるなあのお嬢ちゃんは」

「ホントよ。アタシもちょっと驚いちゃったわ」

 ソファに悠然と座る大賢者ソレスタは初めてホズミを見た時の事を思い出して苦く笑う。

 

 人にも獣にもなる獣族という種族は本来人間とは相成れない存在だ。

 彼等は人よりも高い身体能力と魔力を持ち、時に人以上の知能をある者も現れる。

 人間からすれば獣族は脅威だ。魔物のように純然と怖し襲うだけの生き物じゃない。人間と同じようにコミュニティーを築き文化を育む。ともすれば魔物なんかよりもずっと厄介で手強い的となる。

 しかもどの種族も言葉が通じない。獣族間であっても種が違うとコミュニケーションは取れていないと思われる。

 古今東西、世界が違っても言語や思想の違いは争いに直結するものだ。意思疎通が図れないのも互いの関係に亀裂を走らせる大きな要因となっていた。

 

 そんな獣族の中でも狼族の人間嫌いは有名だ。特定の集落を持たず常に各地を転々とする移民の種族。各地で人と衝突も多く、ごく稀にだが人を襲う事もあるという。

 ディーノが必死にハルからホズミを引き離そうとしていたのはそのせいだ。

 

 彼の心配を余所にハルとホズミは良好な関係を築いている。ホズミに人を厭う素振りは見られず、今も実に仲良さ気に駆けまわっているのだ。

 しかもハルはホズミと会話が成立している。ハルが狼族の言葉を喋れるわけではなく、ホズミの言葉が自動で自分の知っている言語に置き換わって聞こえ、逆もまた同じなのだと言う。

 ハルとこの国の人が最初から問題なく会話出来ているのも同じだろうと、それはソレスタの解釈だ。

 以前の花嫁や花婿もそうだったらしい。

 

「お前も大変だな?」

 目だけ向けられて、サイラスの近くに立って控えていたディーノは首を振った。

「私は何も」

「へぇ、お前が柄にもなくあれこれと世話を焼いているとあちこちから聞くがな」

 皮肉たっぷりに告げられてもディーノは黙っていた。こういう手合いは相手をすれば、それがどんな反応だろうとつけあがるばかりだと心得ている。

「でもちょっと気になるわよね」

「何が」

「狼族の子よ。あんな小さな子がどうして人間の町中に一人でいたのかしら。しかもドンピシャなタイミングで魔物が現れて? なぁんかあるような気がするんだけどね」

「まぁな、あの魔物の出現は確かに作為的だった」

 さっきディーノから渡された報告書に目を通したばかりのサイラスは、その内容を思い起こすように目を伏せた。

 突然王の膝元である城下町に出現した魔物は決して小物ではなかった。そもそも並大抵の魔物ではここまで入って来る事など出来ない。

 術者達によって何重にも張り巡らされた結界や隙の無いチェック体制が侵入者を許さない。

 今回の魔物は鳥型で空を飛んできたとはいえ、あれだけ大きなものを見張りの兵や周辺住民の誰も目撃していないなど、普通では考えられない。

 何処からともなく突然街中に現れたとしか思えないのだ。そんな事は相当な腕の術者にしか出来ない。だったら誰が?

 人間よりも魔力の高い獣族ではないか。となれば自然と、とんでもなく低い確率でその場に居合わせた狼族の少年に疑いの目がかかるのは仕方がなかった。

 まだ幼い彼にその意思はなくともホズミを使った何者かも仕業、という可能性もある。

 

 だがしかし現状では何の証拠もなく、ユリスの花嫁であるハルが情を砕いてしまっている為取り敢えずは様子見をするしかない。

 ハルに懐いているホズミを見る限りは特に心配いらないような気はするのだけれど。

「で、実際のところどうなのよディーノ」

 ずいと身体を前に傾けてソレスタがディーノを下から覗きあげた。

「何の事を仰ってるんです?」

「ハルちゃんの事に決まってんでしょ。なんであの子が来たの」

 その質問はこの数日で何度となく繰り返されたものだった。ディーノの返事も毎度同じ。「私には解りかねます」だ。

 またか、というようなディーノの些細な表情の変化を目ざとく見つけたソレスタは、呆れたとばかりに顔を顰めた。

「貴方が呼んだんでしょうに。早くあの子の役割を見出してあげないと、教会に取り込まれるわよ」

「教会が?」

「フランツは表立っては言ってこないけど、神の御使いなんて大それた肩書持ってんですもの、そりゃあ喉から手が出る程欲しいでしょうよ」

 それこそ、初代の花嫁は神の御使いとして表に立って人々を惹き付け、聖剣と聖騎士という神の加護を世に知らしめ、教会に大きな利潤をもたらした。

 ハルも同様、又はそれ以上の働きを期待しているのだろう。上層部からは熱心にハルに会わせろとの要請を受けている。

 うかうかしていたら、口八丁手八丁で丸め込まれ良いように使われるのは目に見えている。

 

 かと言ってディーノにはハルがユリスに選ばれた理由が分らない。自分が望んだのは本当にこの子なんだろうかと未だ疑問だ。ハルに何かしてもらいたいとかさせようとも思わない。

 むしろ動けば騒ぎにぶち当たりそうで、じっとしていてくれと言いたくなるくらいだ。儀式の場で初めて姿を現した時から、ハルはタダでは物事を済ませていないような気がする。

 しかもハル自身に災難が降りかかってばかりだから目を離せない。

「ちょっと考え方を変えましょうか。ディーノもハルちゃんみたいな子が来るなんて予想外だったんでしょ? ならどんな子を想像してたの?」

「……魔物に対抗する要員ですので、男かと」

「男!? つまらないわね」

 つまるとかつまらないとかの話をしていたのだったか。ディーノは首を捻ったがサイラスは「正直者め」と笑った。

「どんな男だ」

「どんなと言われても……。私は聖剣を託すつもりはありませんが、魔物と戦える方であればと」

 以前のユリスの花婿がそうだったので、勝手に魔物と打ち合っても勝てるだけの力量のある人物が来るのだと思い込んでいた節はある。

「それじゃあ、その条件に当てはまる男とハルちゃんを交換出来るって言ったらどうする?」

「はい?」

「出来るわよ、極秘の裏技だからやった事はないけどね。このままずっと「どうしてハルちゃんなんだろうね?」なんて言い続けてたって埒が明かないし、ハルちゃん自身も不安と焦燥が増すばかりで可哀そうよ」

 可哀そうという言葉にずきりと心が痛んだ。それはずっとディーノこそが思っていた事だ。

 ハルはただ巻き込まれただけだ。ディーノが呼んでユリスに勝手に連れて来られただけの少女。

 本来彼女が何かしなければなどと思い詰める必要はない。ハルは被害者だ。今すぐ帰してあげられるなら彼女にとっても有難い話のはず。だけど

「新たに人は呼びません。誰であってもこちらの都合に一方的に巻き込んでしまう事に変わりない」

「でもそれじゃあ、ハルちゃんはどうするの?」

「どうもしなくていいんです」

 とても静かに呟いたディーノの声を聞いてサイラスは目を見開き、すぐに人を食ったような笑みを浮かべた。だが何も言わず先を促す。

「ハルは何もしなくていい。俺が魔物を今まで以上に狩って世界を早く正常な状態に戻せばいいだけでしょう」

 そうだ、ハルに何かさせようなんて思っていない。ここにただ居てくれればそれでいい。

 漸く出したその答えは、何の違和感もなくディーノの心にすんなりと落ち着いた。

 何も悩む必要などなかった。ハルが理不尽に連れて来られたこの世界で課された義務などあるはずがないではないか。

 ハルがすべき事はと考えるから答えが出なかったのだ。

「正常に戻ったこの世界に、ハルは居ないのだという事も忘れるなよ」

 サイラスは返事のないディーノに、何枚かの書類を渡す。

 受け取ったディーノはペコリと頭を下げて執務室を後にした。

 

 物言いたげなソレスタに気付いていたがディーノが立ち止まる事は無かった。

 


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