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よく見れば私の服はボロボロ、手足は擦り傷だらけだと気付いたディーノはとても静かに怒った。
言動はとても丁寧で紳士的なのに何処からともなく冷気が漂ってくる底知れない圧力を感じた。あれは怒気に違いない。
こういう時は逆らっちゃいけないと思って大人しくしてたら危うく真っ黒くろすけの子犬ごと抱きかかえられそうになったので、そこは私も断固拒否しました。
ディーノの肩を拳で殴り回してやめさせました。結局子犬はマリコさんに持ってもらい、私はディーノにおんぶしてもらって城に戻る事に。それでもかなり恥ずかしいっちゅーの!
で、城に戻るとお姫様は侍女の方々にひったくられるようにして別れ、私は満面の笑みのルイーノと感動のご対面。
風呂に放り込まれて身体を綺麗にしたら、治療という名の人体実験が行われた。買ってきたばかりの薬草をふんだんに使われた。
「まぁハル様ったらあたしの為に怪我をして帰ってきてくれるなんて感激ですぅ」
とか、私のこの惨状をそんな風に解釈出来ちゃうルイーノに呆れを通り越して感激だよ。
怪しげな匂いのする薬品を使う以外は普通の治療をしてくれたけど。
その後フランツさんとソレスタさん二人がかりで、貴女は自分の立場というものを全く理解していない。守られているのだという自覚はあるのかと昏々と説教され。
私が縮こまってる様子を見て王様はニタニタと悪人の笑みを浮かべ。
くたくたになって部屋に返ってくると、事後処理に走り回っていたはずのディーノがいて危うくUターンして出ていきそうになった。もう説教いやっす。
「もう怒ってませんよ」
扉のところでまごまごしている私にディーノが苦笑して言った。それは良かった。
「ルイーノさんに聞きました。軽い擦り傷だけだそうですね」
そうですよ、そうなんですよ。だからみんなが心配するほどの事じゃないのよ。でもそんな事言ったら余計小言言われるから黙ってるけど。
「顔色も良いようですし安心しました。今日はお疲れでしょうから早めに休んでください」
というような事を言いに来てくれたらしい。まめな人だなぁ。
「ディーノもちゃんと休んでね」
「はい。それと、先ほどの黒い子犬ですが……」
「あの子ならまだ寝てると思うよ」
子犬は城に戻って来てからも一向に目覚める気配はなかった。
気絶してるというか気持ちよさそうに熟睡してるみたいだったから、そのまま寝かせてあげている。
「今どこに?」
「私のベッドに」
「はぁ!?」
「え?」
急にディーノが大きな声を出すからビックリした。
ずかずかと部屋の奥へ行ったかと思うと無断で私の寝室のドアを開ける。ちょっと!? 許可も取らずにレディのプライベートルームに入るなんてどうかと思うわよ!?
別にみられて困るものなんてないし私だからいいけど、デリカシーってもんがないのかとラヴィ様辺りに見つかったらどやされるよディーノ!
まさか彼が暴挙に出るとは思っておらず、私とルイーノは顔を見合わせてから慌てて後を追った。
ディーノは私のベッドのど真ん中を陣取って丸まってふくふくと寝息を立てる殺人的に可愛らしい子犬を無表情で見下ろすと、なんの躊躇いもなく頭を鷲掴みにした。
「ぎゃああああっ!! でぃ、でぃーの、なにして」
「それはこっちの台詞です。貴女は一体何をしているんですか」
「いぬ、わんちゃん!」
「これがそんな可愛いもんですか」
ぽいと犬をベッドから放り落とすのを唖然として見ていた。でぃ、ディーノが動物虐待!
「きゃん」と悲痛な声を上げて子犬が起き上がる。
「ディーノ何やってんの!?」
起き抜けで自分の置かれた状況を一切把握できていないわんちゃんが、目をぱちくりさせている。
可哀そう! そして可愛い! 走り寄って即座に抱き上げる。
「それはハルが思っているような、ただの無害な犬じゃありません。保護するのは構いませんが可愛がるのはやめて下さい」
「どうして?」
実際こんな可愛いのに! 自慢じゃないが私は無類の小動物好きですよ。愛する事は出来ても可愛がらないなんて事出来るわけないじゃないか。
「本当に分りませんか。これは犬じゃありません、狼族です」
「ろうぞく?」
「こういう事です」
ディーノが乱暴に子犬のしっぽを引っ掴む。「きゃう」とまた聞いてる方が胸が苦しくなるような鳴き声を上げた犬は、見る間に大きくなり人間の姿をした男の子になった。
それは確かに私が魔物から助けようとした男の子で。
「…………」
「分かったでしょう? この子は」
「なんっじゃーこの可愛らしい生き物!!」
すこしウェーブのかかった真っ黒の髪に金の瞳。多分五歳児くらいの背格好だ。そして何よりの特徴は、ふさふさの獣耳に尻尾! 獣耳に尻尾! 大事な事なので二度言いましたっ!
魔物に襲われてた時は必死だったし全然気づかなかったけど、何この子こんな素敵なオプションつけてたの!?
うおおこの世界ってこういう生き物も生息してたのかグッジョブ、グッジョブ異世界!!
今夜はお祝いだお赤飯だうわほーい!
「ねぇルイーノこの子ウチで飼っていい!?」
「仕方ないですねぇ、ちゃんと自分で面倒見て下さいよ?」
「するする、毎日お散歩行くから!」
「何言ってんですか、もといた場所に戻してきなさい!」
「えーディーノのけちー、ルイーノはいいって言ったものー」
ぎゅうと男の子を抱きしめる私と引き剥がそうとするディーノと、二歩離れた所から適当な返事をくれるルイーノ。そして私に抱きつぶされそうになっている一番の被害者の狼族の少年。
「狼族なんて危険なもの飼えるわけないでしょう!」
「やってみなきゃ分かんないじゃん。やる前から諦めちゃダメだ! 自分の力を信じてチャレンジするんだ! あいきゃんどぅーいっと、いえすうぃーきゃん」
知る限りの英語を尽くしたぜ。まさに自分にやれるだけの事はやった。
ていうか狼族って危険なの? 獰猛なの? でもこの子さっきからすごい大人しいんだけどね。
私がべたべた触っても全然嫌がらないし、ディーノなんて放るし尻尾掴むししてるけど怒んないよね。
「じゃあじゃあ、この子自身にここでハル様と暮らすか町に戻るか決めてもらいましょうよぅ。もうあーだこーだうるっさいです」
「そうだね、それが一番いいよね」
「あの、随分な言われ方してますけど、いいんですかハル?」
ルイーノの毒吐きは今に始まったわけじゃないんだもの。日常だもの。もう彼女のルーチンワークなんだと思う事にしている。
そっと腕を解いて少年を解放する。ああもっと堪能していたかった……。
「君の名前はなんていうの? あ、言葉分かる?」
「……分かる。ホズミ」
ホズミか。日本的な名前だなぁ。ちょっと親近感。
「じゃあホズミ、町に家族がいるのかな? 帰りたいなら誰かに連れて行ってもらうけど」
「え、ハル様もしかしてその子と会話してますぅ?」
「私が話し掛けちゃいけないの!?」
「そうじゃなくて、狼族が何を言ってるのか分かるんですかぁ?」
ルイーノが何を言っているのか私には分らないよ。だってこの子今私の言葉分かるって喋ったじゃない。首を捻るとディーノが溜め息を吐いた。どうしたどうした?
「家族はいない。僕一人だけ」
ルイーノ達に気を取られてると、ホズミがぽつりと呟いた。
「それってもしかして今日の……」
魔物に家族が襲われたんじゃ、最悪のシナリオが頭に廻ったけどホズミは頭を振って否定した。
「誰か一緒にいた人は?」
もう一度頭を振る。
「じゃあ、ホズミはずっと一人なの?」
今度は俯いた。そのまま顔を上げようとしない。耳がぺたんと倒れてしまっている。
身体がぶるぶると震えだした。勿論私の。
「あああもうっ! ここにいればいいよ、ここに私と一緒に住めばいいよ!」
こんな家なき子をディーノは見捨てろというのか!? どんな鬼畜だ貴様! 騎士の風上にも置けない奴め。弱気を苛めるのがこの国の騎士道だとでも言うのかコノヤロウ。
「残念でしたねディーノ様。こうなっちゃったらハル様は一歩も退きませんよぅ」
ルイーノったら短い付き合いなのに私の事をよく御存じで。そうです、もう絶対に退きません。
ディーノが何と言おうともこの子は私と住みます。居候の身で勝手に決めんなって言われたらその時は何か考えるけど、みんな許してくれると思うんだ。
そもそもディーノは何をそんなホズミを毛嫌いしてるんだろう。子供嫌いってわけじゃないし。
「……小さいうちだけです。成長したら俺が引き取ります。分りましたね」
「うん、分かった」
わーい許可が出たぁ。わしわしとホズミの頭を撫でると艶のある黒髪がさらさらと靡いた。なかなかの血統書付っぽいなぁ。
良かったねホズミ。ディーノが面倒見てくれるなら将来安泰だよ。なんたって侯爵家様だからね。贅沢三昧だ。
「ディーノの家かぁ。私がいなくなった後の方が良い生活送れそうだねぇホズミ」
意味が分って無いのか目をクリクリさせて見上げてくるホズミの可愛らしさったらない。
ふとディーノを見ると、彼は目を見開いてこっちをじっと凝視していた。
「なに? どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません」
にこりと笑う。何だろう今の微妙な間は。まぁ何でもないと言ってるんだから気にする事じゃないんだろうけど。
「じゃあこれからよろしくね、ホズミ」
ぱあっと瞳を輝かせて尻尾を振るホズミ。あまりのキュートさに眩暈がした。
この世界に来て五日目。私はついに本物の癒しを手に入れました。
いかん、どんどんこっちでの生活が充実してきだした。このままでは異世界でリア充になってしまう!
あれここってリアルって言っていいのか?




