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予想通りの展開。前回ディーノだけでもすごかった視線が、美女に美少女がプラスされてえげつない事になっています。もう歩きにくいったらない。しかも三人とも見られている事に無頓着なので私一人がとても居た堪れない。
私も黒髪が珍しいせいでじろじろと見られて居心地の悪さマックス。
「大丈夫ですかハル、人酔いしました?」
「あーいや大丈夫だよ、ちょっと疲れただけ」
薬草屋を初め色々なお店をウィンドウショッピングし、漸く本来の目的である演劇の公演へやって来た。広場に大きなテントが張ってあって、中は舞台とそれを半円囲むように並べられた座席。
入場はチケット制で流石というかラヴィ様は人脈を使ってそれを手に入れていた。
ディーノから差し出されたジュースを手に取りながらホッと息を吐く。
人目にさらされる事に慣れてない私には、今日の皆さんの視線は結構しんどかった。帽子とか被りたかったなぁ。
でも王様から目立ってこいとの仰せだったから仕方ないんだけど。
ディーノが聖騎士である事、聖騎士がユリスの花嫁を召喚した事は市井の間にももう噂は広まっているらしい。どこか半信半疑な所があったんだけど、前私とディーノが町を歩いているのを見て「まさかあの子が?」状態になった。
それで今回のお出かけで私の存在を確かなものにして来いと、そういうお達しがあったのだ。
ユリスの花嫁っていうのは世界が危機的状況になった時に現れるものだから、私の存在は知られない方がいいんじゃないのかと思ったんだけど
「お前は居るだけで目立つんだから、それならいっそ御使いらしく崇められて来い」
などと王は言いやがった。変に隠し立てする方が良くないと。
「お姉様始まります!」
らんらんと目を輝かせるラヴィ様に笑って頷いた。徐々に照明が落とされ物々しい音楽が鳴り響く。
『鳥籠の鳥』という有名な物語なのだそうだ。
亡国の王女に恋した帝国の王子が、自分の手元に置いて逃げないように閉じ込めてしまうのだが、結局王女は自由を求めて鳥籠から出て行く鳥のように王子から逃げ出す話。どんなに手を伸ばしても王子は王女には届かず、悔やんで嘆くところで終わる。遥か昔の実話が元になっているらしい。
ありがちな話だ。しかしそれは裏を返せば皆が好きなパターンの話という事で。要するに鉄板。この手の話にハズレは無いという。
というわけで観終わった時には周囲は勿論、私やラヴィ様そしてマリコさん大号泣。三人がボロボロ涙流すのにギョッとしてディーノがおろおろ。
その後入った喫茶店で、王子と王女の想いの擦違いの話で大盛り上がりの女三人に、置いてけぼり食らうディーノ。
付き合せてごめんねディーノ! でも嫌な顔もせず成り行きを見守ってくれていたディーノは良い男だよ。お城の女性陣にちゃんとそう報告しておくからね!
「お姉様、今日はお付き合いいただいて本当にありがとうございました」
お店を出て後は帰るだけ。優雅な動作でラヴィ様がちょこんと頭を下げたその可愛らしさにトキメいたその時。
ドオン――
地響きのような音が轟いた。足に振動が伝わってくる。
「な、なに、地震!?」
マリコさんがラヴィ様を、ディーノが私を転ばないように支えてくれた。
「地震ではないようです。……多分、魔物です」
ディーノは私から少し離れると、天に手を翳した。赤白い文様が地面に浮き上がり風が巻き起こる。どこから出現したのかディーノの掲げられた手には一本の剣が握られていた。
半透明のガラスのような刀身の長剣。本能的にあれが聖剣なのだと悟った。
「ハル、すみません少し傍を離れます」
魔物を滅するのは聖剣士であるディーノの役割だから行かなきゃいけない。この国で一番強いディーノだから大丈夫。そう思って送り出すしか私には出来ない。
「……気を付けてね」
そう言うとディーノは少し目を和らげて、そのまま何も言わずに行ってしまった。
「ハル様避難しましょう」
マリコさんに誘導されながら私とラヴィ様はディーノが向かった方とは逆へと歩き出した。
町に配備されていた兵達が人々を避難させていた。
行進でもしているようにぞろぞろと人の波が流れていく。私達もその中を歩いていた。
グワアアアアアッ
急に大音量の獣の鳴き声が耳を劈いた。
バサリと羽をはばたかせて私達の頭上にいたのは、鳥の胴体に獅子の頭をした巨大な生物だった。鋭利な爪のついた足は楽に人を掴める程大きい。
これが、魔物。
魔物の咆哮と人の悲鳴が入り乱れて鼓膜が痛い。
「きゃあっ」
混乱し我先にと逃げ惑う人に押し退けられ、行列から弾かれてしまった。マリコさん達が何処にいるのかもう分らない。こけた拍子に擦りむいた手の平がじくじくと痛みを訴える。
見上げると魔物はまだ威嚇するように耳障りな唸りを止めていなかった。
早く、早く逃げなきゃ。
恐怖に縺れそうになる足を叱咤し立ち上がると、私は全速力で逃げようとした。
でも視線の先に途方に暮れたように立ち竦む小さな男の子を捉えてしまって。しかも魔物の視線も完全にその男の子に絞られているのを確認してしまった。
「走って! 逃げて!」
聞こえるか分かんないけど、あらん限りの声で叫んだ。怖いなんて言ってられない。
全速力でダッシュして男の子の所まで走る。バサリとまた羽ばたく音がした。
ヤバい、来る!
一か八か地面を蹴って、男の子に体当たりするように突き飛ばした。勢いで身体がざあっと滑る。慌ててさっき男の子がいた所を確認すると、魔物の爪が地面を抉っていた。
血の気が失せる。当たってたら、なんて考えたら震えて何も出来なくなるから思考を中断した。
「大丈夫!?」
近くに倒れていた男の子を抱き上げて少し揺するとうっすらと目を開けた。良かった一応は無事みたいだ。
グワアアアアアッ
「ひっ!」
すぐ至近距離からする魔物の咆哮。見なくても分かる。標的は私達だ。男の子を抱く腕に力が入った。
「まったく、気を付けるのは貴女の方じゃないですか」
ズダアンッとまた物凄い音を立てて魔物が崩れ落ちるのと同時に、その巨体の向こうからディーンの姿が現れた。
剣を振って付着した血を払い落とす聖剣士様は息一つ荒げずにいた。
「ディーノ!」
私の前まで来るとディーノはしゃがんで顔を覗き込んできた。
「お怪我はありませんか」
「うん、大した事はあああああーっ!!」
言っている途中に叫びに変わり、そのまま両手を伸ばしてグワシッとディーノ顔を鷲掴みにした。
「ディーノの顔に傷が! 何て事なのこんな綺麗な顔が傷物とかあってはならない!」
「お、おちつ」
「これ舐めればいいの!? ソレスタさんそう言ってたよね、あいつそれで私の治したよね!?」
「いやあれは彼の魔術」
「だったらソレスタさんに舐められたいの!?」
「そんなわけないでしょう!!」
「ていうかソレスタさんに出来て私に出来ないなんておかしいじゃない、私の方が本物の女なのに!」
「性別の問題では……兎に角落ち着いて下さい、俺は大丈夫ですから」
ディーノの顔を挟んでいる私の手を更に掴まれた。その手の温かさに自然と入っていた力が抜ける。
身体ごと彼に乗り上げる勢いだったので、そのままずるずると崩れ落ちてディーノに凭れ掛かった。難なく私の身体を支えてくれたディーノは安心させるように背中を擦ってくれる。
うう、大人の心遣いが沁みる。
胸に頭を預けていると心臓の音が聞こえてきた。
「お帰りディーノ、無事で良かった……」
「俺は無事ですよ。ただ誰かさんが俺のいない所で勝手に危険な目にあってるから肝が冷えましたが」
「ごめんちゃい」
「心がこもって無い」
「ごめんなさい」
何気に躾けが厳しいディーノ聖騎士様はご健在でした。
「お二人はそういう御関係でしたの」
「あ、姫様もう少しそっとしてあげても……!」
はっ! しまったラヴィ様達の事すっかり忘れてた!
そっちの方に気を取られてて、言われた内容が脳に伝達されるまでに数秒を要した。
そういう御関係ってどういう御関係だ? 私とディーノはユリスの花嫁と聖騎士で護衛ってだけだけど。
などとディーノに身を預けながらぼんやりと考えたわけで。
「ぎゃああっ!! 違う違うよラヴィ様これは生還を祝う儀式、え、なに儀式って!?」
「ハル、混乱し過ぎです」
頭がパーンってなりそうです! いやだって往来のど真ん中で座り込んで何やってんだ私達!?
しかもすぐそこに魔物の巨大な死体があるんだよ、どんだけシュールな絵になる事か。
大慌てでディーノから離れようとして、私はまた大きなミスを犯したのだと気付きました。
男の子の存在もすっかり忘れてた。
ディーノの顔に傷が出来てるという衝撃の事実にパニックになって手を放して……。
ゆっくり身体をディーノから離してみると、私の膝の上に丸まってる物体があった。
抱きつぶされてたらしく、ぐるぐる目を回してしまっている黒の物体が。
気を失ってしまっているそれは、真っ黒い子犬でした。
あれ、男の子は?




