赤い傘
『赤い傘』って知ってますか?
いえいえ、すみません……。
今日知り合ったばかりの貴方が知るはずもないですよね。
ではお話させてもらいましょうか。
七不思議、何処の学校でもありますよね?
動く模型人形。
独りでに鳴り出すピアノ。
深夜の2:22分キッカリに見ると異世界に吸い込まれてしまう魔性の鏡。
黒い服を着た花子さん――あぁ、すみません。
『黒い』というのは私の通っていた学校指定の制服のことなんです。
それはもう、上から下まで真っ黒で……
まぁ、今となっては制服の制度はなくなってしまったんですけどね。
――おっと、これは話がズレてしまいましたね、すみません。
赤い傘。これも私の通っていた学校の七不思議のひとつでした。
学校が傘を持ち忘れた生徒の為に、傘を用意しているのはご存知ですか?
えぇ、そうです。
黄色い傘、ですよね。
私の学校には下駄箱の近くにその黄色い傘が十二本、傘立ての中に置かれていました。
その黄色い傘に混じって一本、嫌でも目立つように赤い傘が置かれていたのです。
それに私が気がついたのは――いえ、入学した当時、
下駄箱に初めて入ったときから気がついてはいたのです。
初めてその傘を見たとき私は誰かの置き忘れ、私はそう解釈しました。
日にちは経つにつれ、そうですねその学校に入学してから半年経ったほどでしょうか、
その傘は依然として黄色い傘に混じり、誰が持ち帰るという気配も無かったので、
私と私の友達はそれを学校が用意した傘だという認識に変わりました。
しかし、妙なのです。
安物の黄色い傘とは違い、全体的に丈夫そうであり、高級感が溢れていたのですが、
そのどこまでも真っ赤な傘は、不気味でもありました。
その不気味なその傘を、私たちも気にはなっていたので、
担当の先生に聞いてみたりとしたのですが、いつもはぐらかされるのです。
そんなこともあり、私たちの遊び仲間の間ではたとえ傘を忘れた雨の日でも、
その赤い傘を使うものはいませんでした。
おそらく、今となっては分かるのですが他の生徒もおなじように使わなかったのでしょうね。
まぁその赤い傘とは、僕たちとは無縁の関係でした。
それもあの時までは、ですけどね。
私たちのグループの中にA君という子がいました。
そのA君の家は母子家庭で貧しかったのですが、
昔の私らは無知でそういうものにはあまり関心がなく、仲良く遊んでいました。
そんなあるのこと日です。
天気予報は大きく外れて、昼間からどしゃ振りの大雨が降ってしまいました。
私は早くやんでくれればいいななどと考えていたのですが、
そんな考えも空しく雨は強さを緩めるどころか、さらに強さを増していきました。
やっと授業が終わったかと思うと、私はすぐさま下駄箱に向かいました。
そうです、『黄色い傘』で家に帰るためです。
しかしたった数本しかない傘はとっくに誰かに持ってかれてしまい、
やはりというべきでしょうか、赤い傘がぽつりと残っていました。
例え使えそうな傘でも、あの傘の放つ異様な雰囲気に、
私たちは手を伸ばすことなど出来るはずもありませんでした。
みんなが諦めて雨に打たれて帰ろうとした、その時でした。
A君が赤い傘を使って帰ると言いだしたのです。
何か背中に冷たいモノを感じ、私たちは必死に止めました。
しかしA君は「服を濡らして帰ったらお母さんに怒られる」と言うのです。
お母さんに怒られる? そんなことだけで赤い傘を使うのか?
私は咄嗟に口に出しました。
そうすると、A君は泣きそうな顔になってしまいました。
本当は、お母さんに心配と迷惑を掛けたくなかったのでしょう。
それを本音にだすのが恥ずかしくて、そんなことを言ったということが今となっては想像がつきます。
私たちはA君に対し『弱虫』と罵りました。
お母さんに怒られるのが怖い弱虫――。
本当は、赤い傘を怖がっている僕らにそんなことを言う資格はないのです。
多勢に無勢。結局A君は仲の良かった友達に咎められる状況に耐え切れず、
下駄箱をあとにしました――赤い傘を持ったままです。
私たちはA君が去っていくのをただ見ていました。
みんながみんな、その後ろ姿をずっと見ていました。
やがて、A君の姿が見えなり、グループの中の一人が振り絞るような声で
「明日A君に謝ろう」と意見を言いました。
その声で私は我に返り、酷い罪悪感に襲われました。
明日A君に謝り、仲直りをするという約束をして私たちのグループは解散しました。
次の日、私は下駄箱に赤い傘が置かれているのを見てA君がすでに教室にいると考えました。
やっぱり赤い傘の魔力なんかなかったと安堵をするよりも、
A君への罪悪感のほうが大きく、重い足取りで教室に入りました。
しかし、A君の姿はありません。友達にも聞いてみたのですが、
今日はまだ来ていないと言うのです。
私はおかしいなと思いながらもA君がやってくるのを待ちました。
結局、A君はやってきませんでした。
先生によると、昨日の帰り道に交通事故に合ってしまったとのことです。
幸い、命に別状はないとのことでしたが、
自分たちのせいだ、まさかこんなことになるとは、と酷く後悔しました。
とはいえ、このまま後悔をしていてもしょうがないと思い、
先生からA君が入院している病院を聞き出し、
休み時間の間にぎこちない手つきで折った千羽鶴を持って、
放課後に友達とお見舞いをしにいくことにしました。
A君の入院している病院とは三階建ての、お世辞にも良い病院とはいえないところでした。
病院に着くとまず受付にいた、年配の看護婦にA君の病室を聞いたのです。
その言葉を聞くと看護婦は「あぁ」と納得した顔になりましたが、
そのあと直ぐに困惑したような顔になってしまいました。
看護婦は少しだけ考えるような素振りをしたあと、
「今日は帰ってくれないかな」と、子供をあやすような声で言うのです。
もちろん私たちは引き下がりませんでした。
それでも看護婦は頑なに「帰ってくれ」というのです。
しばらくイタチごっこが続いた後、廊下の方から医者がやってきました。
私たちの言い合いを聞いた医者は私たちに
「どんなことが合ってもA君の友達でいられるね?」と聞くのです。
私たちは意味が分からず、それでもA君に合うため肯定の返事をしました。
医者は着いてきなさいと行って廊下へと進みます。
二階にある一番端の病室に入ると、そこにはA君の姿がありました。
そこで私たちは看護婦が頑なに「帰ってくれ」と言っていた理由と、
医者の言葉の意味が分かりました。
A君は病室内のベットにいたのですが、様子が少しおかしいのです。
何か呪文のようにブツブツと同じ言葉を呟き、眼も虚ろで、
この前まで一緒にいたA君とはまるで別人のようでした。
痩せこけたA君に近づいてみると、呟いていた言葉が聞き取れました。
「黒い傘が……黒い傘が……」と何度も繰り返していたのです。
黒い傘――? えぇ、A君が持っていったのは赤い傘です。
しかしA君が呟いているのは謎の『黒い傘』
A君に話しかけても、肩を揺さぶってみても、反応はありません。
どうすることも出来ずに私を含めたみんなが唖然としていると、医者が口を開きました。
医者は「轢かれたときの身体的な外傷は少なかったが、心理的なショックが大きい」と言うのです。
私たちはやっと分かりました。
これは赤い傘の仕業だと。
私たちは病院を後にしました。
さらに次の日、学校へ行くとやはり赤い傘があるのです。
A君が轢かれたというのに傷ひとつない赤い傘が。
恐怖心よりも、好奇心が勝っていました。私たちは赤い傘のことが知りたくなっていったのです。
けれども担当の先生ははぐらかすばかりで話をしてくれないことは分かっていたので、
他の人から聞こうということになりました。
そこで私たちが目をつけたのは学校に一番長く勤めていて、
その学校のことも詳しい人間である公務員のBさんです。
休み時間を使って私たちはBさんを探しました。
Bさんは学校の中を少し探すと、呆気なく見つかりました。
Bさんは私たちが呼び止めると、愛想良く返事をしてくれたのですが、
赤い傘の話題をだすと眉を顰め、顔つきが険しくなり、明らかに動揺しているのです。
しかしここで引くわけにもいきません。私たちはしつこく食い下がりませんでした。
Bさんは「何故そこまでして知りたいのか?」と、訛りの混じった口調で聞くのです。
そこで友達の一人が「友達が赤い傘にやられた」と言いました。
すると険しい顔をしていたBさんが一瞬驚いたような顔して「分かった」と呟き、
「放課後に公務員室に来てくれ」というので私たちは放課後を待ちました。
A君をあそこまでした赤い傘の秘密を知れるという興奮で、
午後の授業の内容がすっぽりと抜けています。
おそらく、この時すでにあの赤い傘に魅せられていたのでしょうね。
放課後、公務員室に向かうとBさんはいました。
公務員室というのは入った経験がないので、私たちにとっては未知の領域といったところです。
そこには畳が敷いてあり、その上にはテレビや小さい冷蔵庫、ちゃぶ台などがあり、
決して広いというわけではなかったのですが、落ち着ける空間でした。
Bさんは私たちが室内に入ると丁寧にお茶まで出してくれました。
「そうだな、何処から話そうか――」
出されたお茶に手をつける間もなく、Bさんは語り始めました。
とあるところに一人の女の子がいたそうです。
その女の子はある資産家の娘でした。
彼女は目にした色々なものを欲しがりましたが、
両親は欲しがるものを好きなだけ与え、甘やかして育ててしまいました。
その結果、高慢でワガママな性格へとなってしまいました。
そして彼女が好きな色は“黒”でした。
彼女の黒い色好きは異常とも言えるほどで、
『黒い色のものが好きだから』
それだけの理由で少し離れた町にある、黒い制服が着れるこの学校に入学したのです。
黒い制服に、黒いリボンと黒い靴。
下から上まで黒、黒、黒。もちろん、傘も黒でした。
彼女は特にその黒い傘をとても大事にしていました。
なにやらイタリアの職人に作らせた特注の物だとか。
そんなある日のことです。
その日は朝から天気が悪かったのですが、女の子の機嫌は悪くありませんでした。
何故なら自慢の黒い傘を使うことができるからです。
少女は軽い朝食を済ますと、黒い傘を片手に意気揚々と、散歩へと出かけました。
水溜りに映る黒い自分を見て、少女は満足げに道を進んでいきます。
少女はただの散歩ではつまらないと、自分の知らないところへと行ってみたくなりました。
少女は怖いものなどないといった様子で道を歩きます。
すぐに止むと思われていた小振りの雨でしたが、強さは次第に増して行き、雷も鳴り始めました。
彼女は、急いで家へと向かいました。
大事な服がこれ以上雨で汚れてしまうのが堪らなかったからです。
彼女がせっせと家へ帰る途中に、大きな横断歩道がありました。
そこは、車の通りが少ないくせに、信号が赤から青に変わるのが長いことで有名でした。
もちろん歩道橋なんてものもありません。
そして運悪く、彼女が渡ろうとした瞬間に信号が赤に変わってしまったのです。
しかし彼女は、信号などお構い無しに横断歩道を走り抜けようとしました。
そこに一台の車が、猛スピードで突っ込んできました。
少女が宙を舞い、地面に叩き付けられました。
朦朧とした意識の中で少女は辛うじて生きていたのです。
少女は今何が起こったのか、ひしゃげた自分の手足を見て理解しました。
叫ぼうにも、その力すら残っていません。
少女を轢いた車が、突っ込んできたときと同じスピードで逃げていきました。
自分はまだ生きているのに、心の中で車の運転手に必死に訴えました。
しかしそれどころではありません。
一瞬遅れて、鈍い痛みが少女を襲いました。
金槌で何度も執拗に叩かれたような痛みが全身からにじみ出てきます。
張り裂けるほど目を見開き、痛みに耐えました。
ドクドクと全身から赤い血が流れ出ています。
どれほど経ったのでしょうか、少女にはその時間がさながら地獄のように思えました。
少女の傍らに落ちている、まるで新品のような黒い傘は、彼女の血で赤く染まりました。
そして少女は思うのです。
『何故自分だけがこんな目に会わなければいけないのか』と。
話はこれでおしまいです。
え? A君がその後どうなったかって?
私たちは黒い傘の話を聞いてからも、定期的にA君の病室へと訪れましたが、ある日突然、
A君との面会ができなくなってしまいました。それが何故かは分かりません。
もしかしたら、少女がA君を連れ去ってしまったのかもしれませんね。
初投稿です。
どこかで聞いたようで、ありきたりな話。
そんな感じですが、評価頂けると嬉しいです。