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だいいっしょー。 その1

 時計は夜の十二時を回っている。

 部屋の中には、二人の人間が床に座りこんでいた。

 一人はごくふつうの大学生、橘一輝という少年。

 もう一人は、見知らぬ不思議な少女。

 角があり、羽があり、尻尾がある、摩訶不思議な格好をした少女――メリメ、と名乗る悪魔少女。

「――なにこれ?」

 一輝がぽつりとつぶやいた。

「わかんない……」

 金髪の悪魔少女、メリメはうつむきながら、ふるふると首を振る。

「……」

「……」

 どちらも言葉もない。

 二人の間には、所在なげにぶらぶらと手が揺れている。

 繋がってしまった、手が。

 ――手が。

 手が、繋がっている。

 どこからどう見ても、繋がっている。

 融合している。合体している。

 肉が。

 一分のすきまもなく。ぴったりと。

 まるで、――そう、はじめから繋がっていた、かのように。

「「…………………………………………………………………………………………………」」

……。

「なんだよこれ?」

 一輝が繋がった右手をちょい、と軽く動かした。ぶらぶらと、手が揺れる。

 揺れる、それだけ。

 手に特に変化はない。繋がったままだ。

 誰がどう見ても、完全に、物理的に、融合したままだ。

「……。マジか……?」

 どうしよう。

 どうすればいいのか。

 つーか、なんだこれ。なんだこりゃ。よく分からん。

 一輝はボケッと天井に目を向けた。

 そうやって軽く放心してから、顔を戻す。

「まあ、なんだ。なにがなんだかわけが分からんが。とりあえず、現実は理解した。理解しました。俺とお前の手が繋がってるな。マジで」

「……」

「マジで……」

 口に出してみると、どーん、と空気が落ち込んだ。

 一輝の右手の先にいる少女が、ふるふると肩を震わせる。

「……なんで、なんでぇ……? なんでわたしの手が、こんなことに……?」

 絶望的な声で言う。

「なんでこんなことに、なってるの……!?」

「俺だって知らねえよ。つーか、色々とわけが分からん」

 一体ぜんたい、なにがどうなってこんなことになってしまったのか。

 振り返ってみると――


 その日は、一輝に特に変わったことはなかった。

 当たり前の、ふつうの一日だった。

 朝起きて、大学に行って、テキトーに授業を受けるかサボるかして。

 帰りがけにスーパーに寄って買い物して、一ヶ月前に交通事故でいくらか骨を折って病院に入院している父親の見舞いに行って。

 家に帰ったら母の仏壇に手を合わせて、そしたら夕食の準備をして、食べて。

 それで今日は終わり。

 そういうわけで、自宅のマンションの自分の部屋で夜までダラダラしながら、テレビでも見ていただけだ。

 そしてふと、なんとなく天井を眺めて――こう思った。

(彼女とか、欲しいなあ)

 特に深い意味はない。若い学生なら、彼女の一つも欲しいと思うのがふつうだろう。

 かいがいしく世話を焼いてくれるような、献身的で可愛い彼女でもいればな、などと都合のいいことを想像した。

 そして、家には自分以外の誰もいなかったので、独り言をつぶやいてみた。

『……神様、仏様。俺に彼女を下さい。この際だ、悪魔でもいいや。悪魔よ、現れろ。俺の願いを叶えろ、彼女が欲しい……』

 思えばとても恥ずかしい独り言であるのだが、別になにげなくつぶやいただけのことだった。

 すると、目の前が急に光りはじめて――。


「……どうしよ、どうしよ。なんなのこれ、う、うう~……!?」

「……」

 そして気づいたら、目の前にこの少女がいたのだ。

 あまりにも唐突な展開である。

「……。うーん……なんだか、マンガみてえだな……」

 一輝は自分の前に座っている少女を見た。

 頭の脇に生えた、大きな二本の角。イミテーションのようにも見える、小さな羽。ぺたしぺたし、と床を打つ、細く黒い尻尾。

 悪魔である。

 どこからどう見ても。

 実にテンプレートな、見本のような悪魔少女である。

 一輝はこほん、とセキをして仕切り直すと、少女にたずねてみた。

「なあ、お前さ」

「え? な、なに? わたし?」

「マジで悪魔なの?」

「……うん」

 こくり、と悪魔少女のメリメが頷いた。ふむ、と一輝はあごに左手をやる。

「そうか。まあ、そうだな。角とか羽とかしっぽとか、悪魔っぽいしな。夢でも見てる気分だけど」

「え? し、信じるの?」

「ん? 悪魔なんだろ?」

「あ、悪魔だけど……。でも、さっき信じてなさそーだったし?」

「いやあ。俺もさすがにマジでいるとは思わなかったからな、うん。ひょっとしたら次の瞬間には夢だったー、って目が覚めるかもしれねーんだけどさ」

「……」

「まあ、それはいいや。ぶっちゃけ正直言うと、全然わけ分からんけどな。でもこの際だから、そのへんはもうそういうことでいいよ。そこにこだわっているどころじゃない気がするし。そんなことより、問題は、だ」

 そう、それどころではない。

 一輝は繋がってしまった右手を、少し持ち上げてつぶやいた。

「――こいつだ。どうすればいいんだ、これ? つーかなんなんだこれ?」

 手は、やはり奇妙な形をしていた。

 手の甲は上から見ると縦に長いかのような妙な形になっており、逆に裏返すと指が両方の手のひらからボコボコと飛び出ている。

 ちょうど親指以外の四本の指の、その根元のあたりから少女の左手と繋がっている。そこに関節が新しく一個できたみたいにけっこう自在に動くのだが、滑らかなまでに融合していてふつうに外すことはできそうもない。

 ありていに言うと、少々、いやかなりグロテスクな謎の肉オブジェと化していた。

「これってどういうことだ? なんで俺たち手が繋がってんの?」

「わ、わかんない……」

「え? わかんないって、お前。えーと?」

 さらによく見てみると、たった一つになった縦に細長い手の甲には、その真ん中に上からハンコでもされたみたいに謎の文字らしきものが浮かんでいた。どこかで見たような、しかしまったく覚えのない呪術的な謎文字は、なにか意味ありげに赤く光っている。

「……。……どうしたもんかな……。いや、マジでどうすんだよこれ……?」

 異常事態である。やたらと異常事態である。

 まるで、マンガやアニメで見るような、突然部屋に女の子が現れました、みたいな状況。

 それが現実に起きている。

 いや、それ自体については一輝としては別に構わない。むしろ歓迎してもいいくらいだ。

 お話の中でしかないようなことが、自分の身にも起きた――本当に。

 逆にワクワクしてくるぐらいである。目の前の少女はせいぜい中学生ぐらいで少々幼すぎて、そういうケのない一輝にはそれが不満と言えば不満ではあるが。

「うん。それはいいんだ、それは。そういうのは俺的には別にOKだ。でも……?」

 ただし――それらの話では、あくまでふつうに現れただけだ。

 これは、繋がっている。

 一輝の目が狂っていない限り。

 手が繋がっている。

 物理的な意味で。

「……。なあ、お前」

「……お前って呼ばないでよぅ。わたしには、ちゃーんとメリメって名前があるもん」

「ああそう。俺の名前は橘一輝です、よろしく。じゃあメリメさん、どうしましょうか、これ。つか、なにこれ? 俺の手がなんかグロいことになってるんですけど。俺にはちょっと意味が分からないんですが? どういうこと?」

「だ、だから、わたしはわかんないってば。そ、そっちがどうにかしてよぅ……」

 泣きそうな声が返ってきた。

 しかしどうするもこうするも、一輝にはどうしようもない。

「え? そ、そんなこと言われても。……どうにかしなきゃって? これはちょっとさすがに、どうなんだ? メリメ、だっけ? お前が、なんとかしてくれなきゃ……?」

「わかんない。しらないったらしらない。しらないもん。なにもしらないもん……」

「おい、なんだよ? おーい?」

 一輝は呼びかけてみるが、メリメはうつむいてしまってそれ以上の返事はなかった。メリメはふて腐れているらしい。もしくは現実逃避。

「なんだかなぁ。別にへこんでてもいいけどさ。……少し、喉が渇いたな」

 このまま暗い顔を突っつき合わせていてもしかたがない。場の空気を変えよう、とりあえずなにか飲み物でも、と一輝は思った。

 自分の身に起こったことの大きさのわりには、一輝は意外にも冷静だった。

 ふつうなら悪魔なんてものが現れたらもっとあわてふためいてもいいものだが、それより突然右手に起こった謎現象のインパクトのせいで、むしろあっけに取られてしまっていた。まさに夢でも見ているようで、全然現実感がわいてこない。

 つまり、混乱を通り越して、軽くぽかんとしてしまっていた。

 一輝はゆっくりと立ち上がる。メリメがこちらを見た。

「……どこ、行くの?」

「ちょい待ってろ。ちょっとお茶でも出してくるから」

 そしてそのまま歩いて、一輝は冷蔵庫に向かおうとする。


 ぐん、と右手が引っかかった。


「えっ?」

 一輝が立ち止まった。

 振り返る。

 振り返ってみると、角やら羽やら尻尾やらが生えた、例の金髪ツインテールの悪魔少女がそこにいた。

 こっちを見ている。手を伸ばして。

 繋がった手の尺の長さの関係で、ぴん、と限界まで手を伸ばして。

「えっ? ……えっ?」

「……な、……な、なに、……するの。ひ、引っぱらないで、よぅ……?」

 そう言って、今度は逆にメリメがぐっと手を引き返した。

「うわっ?」

 一輝が引っぱられて、転ばないように勝手に足が一歩下がる。

「な、なんだよ引くなよ。……って。引く……?」

「ひ、引くなって、だってぇ。そっちが先に、え? ……引く……?」

 二人の目が合う。


 離れることが。

 できない。


 手が繋がっているので。

「……」

「……」

 メリメは座っている。一輝はお茶を取りに、台所に行きたい。

 だから、いったん距離を取らなければならない。

 しかし。

 できない。

 ――できない。距離を取れない。

 手が繋がっているから。

 離れることはできない。

 ……。

「……おい……!?」

 ごくり、と一輝がつばを飲んだ。

「……離れ……られない……だと……!?」

 考えてみれば、当然だ。

 繋がっている以上、離れて行動することなどできるわけがない。

 いまさらになって、事態の重さを一輝はようやく理解した。

 悪魔がどうこう、ということではない。

 人一人のサイズ・質量を持つものと、手と手が繋がっている、ということの意味を。

「そ……そうだよ。そうじゃねーか……? ど……どうすんだよこれ……!?」

 これは――しゃれにならない。

 一輝は頬をつねってみた。

 目が覚めない。夢ではない。

 まるで夢でも見ているようだが、夢ではない。現実である。

 そして冗談みたいな現実だが、冗談になってない。

「嘘だろ……!? ちょっと待て、ちょっと待てって!? おい! マジかよおい!?」

 あわてて自由な左手で右手の手首をつかみ、ぐい、と引っぱってみる。

 しかし、取れない。

 やはり取れない。取れるわけもない。

 肉が繋がっているのだ。腕力でどうこうできるものではない。

「お……おいい!? は、外せ!? 外せよ、なんだよこれ!? どーすんだよ!?」

「し、しらない! わたしにそんなこと言われても、わたししらないよ!?」

 メリメがかぶりを振って答えた。一輝は唖然とする。

「はぁ!? ……いやお前、悪魔だろ!? あの悪魔なんだろ!? じゃあ、魔法かなんか使えるんだろ!? それを使えば、この手ぐらい外せるだろ、悪魔なんだし!?」

 当然だ。と、一輝は思っている。

 なんせ、悪魔だ。悪魔である。

 まさに目の前の少女は、見た目からしてマンガやアニメで見るような、あの悪魔である。裏はあるけど願い自体は不思議な魔法で一発成就、悪魔さんである。

「できるだろ!? なんとかしろよ! なあ、おい!? 悪魔さんよ!?」

 しかし、メリメはぎゅっと目をつぶって叫んだ。

「で、できないよぉっ! できるわけないでしょーーーーーーっ!?」

「え゛っ!?」

 ぴしっ、と一輝の顔がこわばった。

「え……え、いや、ちょっと待て。え!?」

「できないっ! わたしにできるわけないじゃんそんなのっ! むりだよぅ!?」

「え、ええっ!? な、なんでだ!? 悪魔なら、不思議な魔法でチョチョっと外して……」

「で、できないできないできないっ! そんなのできないーーっ!! わたしはまだ中学生だし、魔法だって『失物・発見』の初等Ⅰの、たった一つしか使えないんだもんっ! 呪文の解除とか分離魔法なんて、高校で習うことだもんっ!?」

 そう言って、メリメはテーブルの上にあった時計を持ち上げた。

「んっ!」

 メリメが息を止める。ふっ、と持ち上げられた時計が、宙にかき消えた。

「……。ぷはっ!」

 息を吐く。すると、また手の中に時計が現れた。

「はいっ! 終わりっ! わたしの魔法は以上っ! さわってるものを消すだけっ! 息を止めてる間だけ見えなくしたり、どっかなくすだけっ!」

 メリメは憤然として言い放つ。

 一輝はと言うと、それを見て二つの意味でぽかんとした。

「……え? 消えた。スゲー、手品……。え? 終わり? それだけで? ……ショボッ」

 つい感想を口走ってしまった。

 メリメはみるみるうちに真っ赤になって、半泣きになってドンドンと床を踏み鳴らす。

「う、うる、うるしぇーーっ!! よけーなおせわだよぅっ! どうせしょぼい悪魔だよぅ、文句あるのかよぅ!? ううう~~!!」

「お、怒るな落ちつけ! ……え、じゃあ……っつーか、そもそもそれで、どうやって俺の願いを叶えるつもりだったんだ……? 自信満々に願いはなに、ってお前……」

「し、知らないよぅっ!! あんたが、そんな悪魔を喚んだんでしょーがっ!? とにかく、わたしじゃ外せないったら外せないっ! 外せないーーっ!」

「……はああ゛!?」

 衝撃の事実に一輝は愕然とした。

「ちょ、ちょっと待てよ! いきなりそっちが現れたんだろ!? だいたいおかしいだろ、繋げられるのになんで外せないんだ!? 意味わかんねえぞ!?」

「わかんないのはこっちだよぅっ!! わけわかんなーーーーいっ!! こんなんじゃおうち帰れないよぉっ、わたしをおうちに帰してよぉっ!? なんでよぅ、うわ~~ん!」

 メリメはとうとう泣き出してしまった。

 一輝の顔が青ざめていく。

「な……ん……だと……?」

 どうしよう。

 どうするんだ、それ。まずくないか、これ。

 くっついてるから、お互い離れて行動できないし。

 つーか、学校は? 俺、どうやって学校行くんだろう。まさかこいつを連れて? そんなバカな。

 困ったことになった。大問題である。

「……お、おい。じゃあこれ、どうやって……外せばいいんだ……!? 俺、明日からだって生活があるんですけど!?」

「だから、何度も言ってるじゃん! わたしはわかんない! なんにもわかんないよぅ! ぐすっ、パパに、怒られちゃうよぉ~っ! どうしよ~~っ!」

「は……!? な、な、なにかあるだろ!? だってお前、そんな、それじゃまさかひょっとして、ずっとこのまま……!?」

「だってだってぇ! こういう時にどうすればいいかなんて、教えてもらってないんだもん! わたし、悪魔は悪魔でもただのちゅーがくせーだもん……!」

「バ、バカな!? そ、そんなバカな……!?」

 どうにもならない。

 そう、どうにもならない。

 本当にどうにもならない。どうしようもない。

 手は繋がっている。手は誰も外せない。

 この場に、繋がった手を外せる者はいない。

 悪魔少女の不思議な魔法では外せない。当然、一輝にも外せない。どうにもならない。

「な、なんだそりゃ!? 理不尽すぎるぞ……ひ、ひどすぎる……!?」

 絶望である。

「うええ~~んっ! どうしよ、どうしよぉーーっ!?」

「どーしよー、じゃねーよ! ふ・ざ・け・ん・な!! 呪われたアイテムか何かかお前は!? ドラ○エのまじんシリーズか、デロデロデロデロデーデかよ!?」

 もちろん、ゴールドを払って呪いを解いてくれる教会など、現実にはどこにもない。

「ハァ!? だれが呪われたアイテムだよぅーーっ!? あんたの方でしょ!? わたしの手が、手が……!」

「そうだよ、俺の手だよ! いきなりなにしてくれてんだよ!? どーにかしてくれよ、このままじゃ生きていけねーじゃねーか!?」

「だからわたしはわかんないわかんないわかんないのーーーーっ!! そんなの先生に聞かなきゃわかんないよぅっ!」

「わ、分かんねえじゃねえ!? じゃあ、聞けよ!? 先生にでもなんでも聞いてこいよ! 聞けば分かるんならさっさと聞け!」

「だから、聞くにしてもこんな手じゃ帰るなんてできないよぅ~~っ!? わたしの召喚移動は一人分だもん! どうやって聞きに帰ればいいのよーーっ!?」

 メリメが泣きわめく。確かにこんな手では、元いた魔界がどこかに帰りようもない。

「知るかそんなの、なんとかしろよ!? 携帯とかで連絡しろよ!」

「ぐすん、今持ってないよぅっ!」

「なんで持ってねえんだよ!? じゃあ魔法で通信とか、そういう便利なやつは……!」

「だから、魔法は一つしか使えないって言ってるでしょ! だいたいケータイが通じるわけないじゃん、どうやってただのでんぱを次元の壁超えさせるのよぅ!?」

「ふざけんじゃねえーー!?  なにが悪魔だ、ただの手品師と変わんねーじゃねーか!?」

「な、な、なんだとぅーーっ!? だいたい、わたしを喚んだのあんたじゃんかーーっ!」

「つ、使えねー! こいつ使えねー!! このザコ悪魔!! バカかお前は!」

「うるしゃいうるしゃい、ばかばかっ! 喚んだくせに、喚んだくせにーーっ! やんのかこんにゃろーーっ!!」

 追いつめられた二人が醜い口ゲンカをはじめる。

 しかし、どれだけ相手を罵ろうとも状況が変わるわけでもない。

「と、とにかく! とにかくなんとかして、お前の先生とやらに連絡取れ! 助けを求めろ! 考えろ、なにかあるはずだって!」

「ないよぉっ! そんなの思いつかないよぅ!?」

「落ちつけ! れ、冷静に考えろ、なんとか思いつけ! ええとだから、帰れない、電話はない、とするとだ! なにか、なにか――手紙?」

「届かないよぅ!」

「じゃあ……電報?」

「だから届かないよっ! 届くわけないじゃん! 魔界だよ!?」

「くそっ、それなら……クール宅急便はどうだ!?」

「クールしてどーすんの!? だから届かないのっ!」

「ええい! なら飛脚でも伝馬でも紙飛行機でも、瓶にメッセージ入れて海に流すでもなんでもしろよ!」

「ぜんぶ届かなーーいっ! 次元の向こうにあるって言ってるじゃん!!」

「もう知るかーー! じゃあ取りに来てもらえーー!!」

 一輝はやけになって叫ぶ。

 すると、ピタリとメリメが止まった。

「――来て、もらう?」

「はあ、はあ……あ? なんだって?」

「来て……せんせーに、来てもらう……?」

 メリメが何かを思い出したように天井を見上げた。

 少し考えるように視線を宙にさまよわせる。そして、大声で叫んだ。

「あーーっ! そ、そうだ! 喚べばいいんだ!」

 そう言って、メリメがぽんと手を打とうとした。

 燈太の手にがくんと引っかかって、途中で止まる。手を打つことはできない。

「わわっ!?」

「うお!? 急に手を引っぱるなって! こ、今度はなんだよ!?」

 燈太が聞くと、メリメは繋がってしまった手を持ち上げてみせて言った。

「えと、あ、あるあるある! ある、あるよ! この手、外す方法があるよ! せんせ、わたしのせんせーを、「ここに」喚べばいいんだ!」

「ああ? 先生をここに喚べば? なんだ、どういうことだ?」

「外せるよ、外せる! だから、わたしがわたしの先生を直接ここに喚んで、これを外してもらえばいいの! わたしのせんせ、すごい大悪魔だから外すのなんてわけない! よ、よかったーーっ!」

「……あ、そうか! お前がお前の先生を召喚する、って手があったか!」

 メリメの提案に一輝も頷いた。ほっと息を吐く。

 帰れないで連絡も取れないというのなら、逆にこっちに来てもらえばいいのだ。召喚とは相手を呼び出すものなのだから。

「あぶねー助かった! よし、いいぞそれだ! じゃあソッコーで喚び出してくれ! その先生とやらを!」

「うん! じゃあすぐ召喚儀式するから、こうもりの羽ととかげのしっぽちょうだい!」

 ぱっ、とメリメが自由なほうの手を一輝の前に出して言った。

 ……。

 しーん。

 ……。

「はっ?」

「こうもりと、とかげ! あるでしょ、わたしを喚び出したんだから!」

「……え?」

「……。えっ? な、なに? ある……でしょ?」

「こ、コウモリと……トカゲ? 持ってねえよ?」

 一輝が正直にそう言うと、メリメはぽかんとした顔をした。

「ハァ?」

「え? いや持ってねえって」

「ハァ!? じゃ、じゃあどうやってわたしを召喚したの? 生贄くらいないと、悪魔召喚なんてできるわけ……?」

「そんなん持ってるわけねーだろ。俺は、悪魔よ来ーい、ってつぶやいただけだし……」

「ええーーっ!?」

 メリメがなにそれ、と言わんばかりに変な顔をしてこっちを見てくる。

「ええって言われても、知らねえよ!? 持ってねーよ、俺の部屋見たら分かるだろ? ちょろっと独り言言っただけで、儀式とか、そんな変なことしてねーし……」

 一輝の部屋には、魔術めいたものなど一つもない。ありふれた、ごく普通の部屋だ。

「なにそれぇ!? だ、だってふつーは、ローブとか着て魔方陣描いて、燭台とか香炉とか杖とか、聖別したアイテムがなきゃ……!?」

「せいべ……なんだそれ? よく分からんけど」

「な、なな、なんだよぅーーっ!? じゃあ、ダメじゃん!? ダメじゃないの!? もーこの、ヘッポコ召喚師ーーっ! このっ、このぉっ!」

 べしべし、とメリメが一輝を叩いてくる。

「痛てっ、痛て。 叩くなよ、そんなこと言われても」

「ううう~~っ! どうしよ、どうしよーーっ!?」

「ええ? つまり……なんだ、呼べない……のか?」

「喚べないよぉーーっ! もー、ばかーーっ!! なんでよぉーーっ、うえ~~んっ!!」

 メリメが頭を抱える。抱えると言っても、手が繋がっているので片手でだが。

「な、なんだよ……ぬか喜びさせんなよ。じゃあ、つまり……」

 どうやらなんとかなりそう、ではあるらしい。

 しかし……今すぐには、どうにもならない。

「と、トカゲとコウモリが手に入るまで……結局、このままなのか……」

 はあ、とため息をついて、一輝はがっくりと肩を落とした。


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