Scene;7
いるかはいぬかといぶかしみ
≪都市区画の必要部位の変移成功≫
≪エミュレティムとの同期開始≫
≪成功≫
≪`カレイドスコープ`起動≫
----------
扉が開いた。
そこから見えるその部屋、いや、部屋と呼ぶには余りに殺風景で広大に過ぎたが、そこには銀と青のみがあった。あらゆる外部の振動から内部を守りうるその銀板は、空間を至言の資源とする都市において余りにも広大な部屋をくまなく覆っている。その部屋の中央には青く眩い球体があり、それは燐光を撒き散らしながらゆるりと回っていた。燐光はその一つ一つが疎らな距離を漂うと、眩い光を散らし消えてゆく。その周囲を二十重に廻るのは、これまた銀の円環だ。一つは糸のように細く、それが外部にゆくにつれ太くなっていく。それら環の回転にはある規則が見受けられ、眺めているにつけ数え切れない幾何学模様を描いている。見ると飛び行く燐光は、回転する環に当たることで弾けているようだった。細い環に当たれば弱く、太い環に当たれば強く、様々に消え、そうして生じる青光は、それら燐光の可能性を示すようにも見えた。
継ぎ目の一つも見当たらない銀の板の反射に青が映る様は非自然の極みと言える美しさを有していたが、それを見ている2人にとって、まったくそれはぞっとしない光景に違いなかった。
「入れたのはいいが」
目前にあるホログラフィーに示されたデータを見ながら、科学者は言う。
「どう止めるんだよ、これ」
示された数値-もしくは式-はもはや彼の知る`発明品`から離れ始め立体となり始めており、故にできることはその式を二次元に観測しなおすことだけだった。しかしエミュレティムに比して余りに小さなその能力では、パッチワークのような応急処置すら難しい。彼は途方に暮れながらも手を休めず、隣の相方に視線を向けた。
「多脚歩行機の演算能さえ使えれば、まだ何かできるかもしれないが」
ボソリとそう言うと、彼は発光を続ける青い球体へと近寄って行く。
「おい、危ないぞ」
その球体が何なのか、未だに科学者は完全には把握できていなかった。だからそれへ吸い込まれるように歩を進める相方に、ある意味当たり前の警告をする。言われた方はといえば、そんな警告など聞こえないのだとでも言うように怯えの様子の一も無く、すたりと数多円環伴う光体の前まで寄った。
「何をする気だ」
科学者の視界にその光体はひどく不安定な状態に見えていた。
彼の視界のホログラフィー、科学者の作った視覚化プログラム-彼はシーアと呼んでいた-を通して見ると、狭義の未来を見ることができた。僅か数秒先ではあったが、視界の中にあるものがどこに在りえるのかを見ることで、未だに定まっていないモノの位置をほんの少しだけではあるが、先に見ることができた。シーアの映すは無限個の粒と色が集合し、波となっている世界だ。それは`積荷`を研究するうちに見た、過去の`オリジナル`の見せる世界をコピーした、いわば劣化品だ。演算能力が違い過ぎる上に世界はフラクタルに難し過ぎるから正確な、そして広義的な予言などできなかったのだから。
それでも予知する時間を、場所を狭めれば、それに比するだけの精度で答えを得られた。だから、シーアは都市にとってあまり役には立てなかったが、科学者の自信作だった。
しかしその光体はホログラフィーを通して見ることはできなかった。
当然だった。未来を予測するために作られたものは、過去を予測することが出来なかったからだ。シーアはそんなふうに作られたし、その根本にある`遺物`はもはや殆ど何も出来ない程のコピーだったのだからそれは仕方の無いことだった。故に科学者の目に見えるのはその光体と円環が織り、成している、未来と過去のモザイクだ。灯る青が現在を、飛び行く燐光が未来を、廻る銀環が未来と現在を決定する過去をそれぞれに受け持つようだったが、それらの全てが影響しあって混ざり合い、もはや湧き上がる無限の色の坩堝と化していた。それに現在が触れたのならばどうなるのか、科学者には予測など出来るわけもなかった。だから、それに手を伸ばす相方をただ見守っているわけにもいかず、彼は光体へと駆け出した。シーアに見えるのは過去の色が突風のように現在を包み込む様子だった。
いぬはいるかといきどおる