Scene;1
明るい明るい光が灯り、暖か朗らか陽が照る。燦々降るのは燈の光。あるいは命の源の。
昔語りのその意味は。
空を仰がば暗がりよ。雲に籠った星の目は、遥か彼方の陽をも見ず。
暗がり灯す燈火の、かそけき光の績むが主、あるいはエデン、そう呼ばる。内に暮らすは陽持つ猿。もはや空には鈍い雲。故にそれらは陽を担ぐ。日に日に荒るる土と猿。パサリパサリと音を立て、崩れ行くのが其の園だ。終わり行くのが疎の園だ。
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「まずい」
皿の上に乗ったいつも通りのハワタイヌコケのペレットをどうにか食べ、フォークを投げ捨てるように置くと男はそう言った。もちろん、まずいとぼやいたところで味が変わることもないし、他のものが出て来ることがないことも彼は分かっていた。
しかしどうにも、滅多に食べなくても養が足りるとはいえ、以前のような味色とりどりな食物が無いことはなにやら彼の空虚感を広げていくようだった。そも、こんな籠で生き続けてどうなるものか。そんな自虐的な思考に入ると、こうなることを分かって残った先祖を呪いたくもなる。彼を始めとして多くの人間が望んでやまない籠の外へ出る手立ては多脚歩行機しかないが、しかしそれに乗ることは即ちスペシャリストになるということで、結果は何も変わらない、いいや、より早く死を迎えることに他ならなかった。どうしようもないことは分かっている。だから、彼は溜め息を吐いてから一言`やるか`と呟いて部屋を出た。
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彼の勤める箇所は通称開発課。もうかれこれ30年は同じものを開発している-正確にいえば開発を`していた`-気の長い部署だ。彼らが作っていたのはこの閉塞された状況を一気に好転させることが出来るものだった。開発課のスタッフたちは次々に更新されるデータに従い、三代に渡りそれを作り続けた。そうして遂に完成した際の都市のはしゃぎようときたら、その日のたった一日で一月分の電気を使うほどだった。けれど誰も文句なんて言わなかった。数は少ないかもしれないが、それでもその場の全ての人間が喜ぶことなどそうはないだろう。それ程までに都市は閉塞していた。
喜び浮かれる街人をよそに開発課は、いいやそれを設計したものは気付いていた。すなわちこの都市のこの先をだ。
「セントラルは何と?」
青いモニターに照らされた精悍な男がそう問う。
「許可する。だそうです」
簡素なインカムを外しながらその女性はそう言った。男はそれに頷くとその部屋の出口へ向かい、ドア開け振り向き俯いた。
「どうしたんです。あなたがやることは一つでしょう」
それを聞きながらも顔を上げず。
「悲しくはないんだ。けどなんだか嬉しくて空しくなってさ」
潜めた笑い泣きを隠す様子もなく、彼はそう言った。
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そうして、その日の内に多脚歩行機の再活性が行われ、積み荷はセントラルへと向かいだした。再活性に用いた電力は都市の消費量にして8年分。発電機構をオーバードライブしてそれを生じ終えると、それは長い冷却期間を必要とする。実に3年だ。`暖かい`星において電力が無くなることは即ち死を意味し、よって人類の25%を住まわせる都市を率いるものは苦渋の決断をせざるを得なかった。
即ち、地上との隔絶。
予備電源のみで3年間都市のライフラインを保つには大規模通信施設を始めとする電力を食う施設を停止する必要があったからだ。だがそれは即ち、他の一切の都市-といっても後二つしか無いのだが-から半ば以上死んだものとして扱われることを意味していた。
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スペシャリストが内部をむき出し花のように咲く多脚歩行機に乗り込むと、その乗り手はそれこそが自らが自らである証左のように滑らかに認証を済ませる。すると花は蕾に逆に咲き、まるで完全な甲虫のような姿へと為った。その内部から極至近距離用の通信波を用いてハンガーへと彼の声が流れる。
「`スペシャリスト`準備完了。積荷は大丈夫か?」
積荷とは即ち完成した都市の民の希望だ。`スペシャリスト`の役割はそれをセントラルへと運ぶこと、およびセントラルで電力供給を受け動きだしたそれを`スペシャリスト`として支援することだった。
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「積荷はそのまま運ぶのか、それとも積荷の中に積荷を積むのか。選ぶのは君だ。選ばれたのが君なのだから」
多脚歩行機に固定された積荷の前で、浮かぶ青いモニターウィンドウ越しの声に積荷の完成に立ち会った男は問われていた。
「多脚歩行機を再活性させた残り分だから遠慮はいらない。君が望むのなら、勝算が少しでも上がるのなら行ってくれ。この都市はもれなく死ぬのだから」
分かりきっていた。そして積荷の完成に立ち会ってどうするかは決めていた。
「乗ります。これの扱いは俺が一番分かってる」
その言葉を皮切りに積荷に電力供給が行われる。全チャージ量の4%。多脚歩行機の後とはいえ、都市一つ分の電力を供給されてなおこれだけしかチャージが不可能。これこそが積荷がセントラルへと向かう理由だった。
電力供給を受け開いた積荷のハッチから乗り込むとそそくさと、正に手慣れた様子で至近距離通信を入れ宣言した。
「積荷の積荷だ。積荷はハラペコで動けません。てェわけで`スペシャリスト`。セントラルまで、セントラルから、よろしく頼む」
それを言い終わると少しの間を起き。
「こちら`スペシャリスト`。了解した。積荷は揺らさないように努力しよう」
そんな返答が返ってきた。
それを聞いて積荷はクスリとし、だからこんな提案をした。
「なぁ`スペシャリスト`。この都市の連中に名乗って行こう。そうすりゃ俺らはこの都市の連中に嫌ってもらっていられる。上手く行かなくても俺らのせいにしてくれる。どうだ、いいアイディアだろう?」
それは諦観のようにも聞こえるが、しかし彼にそんな気はさらさらないようだった。だから、`スペシャリスト`が間髪を入れる暇さえ無しに積荷は都市全域に通信を入れた。
「開発課チーフのハワタだ。ちょっくら出かけて来るわ。みんなのメシもしばらく貧相になるけど我慢してくれよ?
まずかったら当たってくれていい。今から俺はイヌゴケだ」
食うたびにしみじみ美味くないと思っていたその食品は、しかし積荷-いいや、今からイヌゴケだ-が作り出した種だった。わずかな光と水で必要な栄養全てを作り出すその緑の発明は、イヌゴケにとってあるいは積荷の完成よりも誇らしいものだった。
「`スペシャリスト`、お前も何か、嫌われもののになれよ。毎日毒づかれるような」
イヌゴケがそう言うと、`スペシャリスト`はどうやらそれは彼のクセらしい少しの間をおいてこう告げた。
「モノレンマ。そうだな。俺は今からモノレンマだ。イヌゴケほどには嫌われていないと思うが」
その名は忌避すべきものだった。そうとも、今や僅かしか生きていない都市の住人の全てが憎む象徴だった。
「やっぱり面白いな、お前は。モノレンマが積荷とイヌゴケを運ぶ。愉快だな!」
イヌゴケはカラカラと笑い飛ばす。そうして、積荷の耐寒シールドを起動して。
「行こうぜ。セントラルが待ってる」
外部へ出る用意が出来たことを示した。
「分かった。
`スペシャリスト`、セントラルへ出向する」
それだけ述べると、光すら射さないモノクロの大地まで続く隔壁の群れへと歩を進めた。