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第3話:美少年小姓と魔王、腐った「王国公認商会」に火種を置く

「ノエル様! ノエル様、お待たせしました!」


バタバタと板張りの廊下を駆ける足音。

 ずぶ濡れのまま、用意されていた漆黒の装束を大急ぎでまとったランが、大広間の奥にある客間へと飛び込みました。


「……遅いと言おうと思ったけれど。その顔なら、許してあげましょうか」


窓際で月明かりを背に立っていたノエルが、ゆっくりと振り返りました。


そこには、泥にまみれていた時とは別人のような、瑞々しい輝きを放つ少年の姿がありました。

 泥や埃にまみれて「くすんだベージュ」に見えていた髪は、洗い流されたことで一変していました。月光を浴びたような、白銀に近い、淡く透き通るようなライトブルー。それは、まるであらゆる汚れを拒むかのように、神秘的な輝きを放っていました。


畑仕事で鍛えられた体は、細身ながらもしなやかな筋肉を宿しています。そして何より、驚きに大きく見開かれたその瞳は、夜空の星を映したように儚げで、今にも消えてしまいそうなほど愛らしい、この上なく整った美少年でした。


(……ふふ。思った通りだわ。その髪の色……わたくしの黒炎に負けない、鋭くも美しい『風』を秘めている。……儚げな宝石ね)


ノエルは、ランの横に歩み寄り、その濡れた淡い青髪を愛おしげにき上げると、不敵に微笑みました。


「やはり、わたくしの目に狂いはないようだ。見違えたわね。今の貴方なら、わたくしの『小姓』として、どこへ出しても恥ずかしくないわ」


「……あ、ありがとうございます……っ。……あの、ノエル様」


ノエルの眩しすぎる微笑みと、頭を撫でる指先の熱さに顔を真っ赤にしながら、ランは不思議そうにぱっちりとした瞳を瞬かせました。


「……こしょう、ですか? あの、ピリッとする……辛い粉のことでしょうか? 僕、そんなに強そうに見えますか……?」


大真面目に首を傾げるラン。そのあまりに純真な問いかけに、ノエルは一瞬虚を突かれたように目を見開き、やがてクツクツと喉を鳴らして笑い声を上げました。


「ふふ、あははは! 面白い子ね。……いいわ、意味は追々教えてあげる。今はただ、わたくしのそばに相応しい姿になった自分を誇りなさい」


「は、はい……っ!」


ランは意味が分からないながらも、ノエルが楽しそうに笑ってくれたことが嬉しくて、ぶんぶんと勢いよく頷きました。


二人は足早に屋敷を出ると、まずは軽く村の視察へと向かいました。ランに案内された村の光景は、想像以上に過酷なものでした。痩せた土地、寒さに震える子供たち、そして何より、希望を失い、死んだ魚のような目をした大人たち。


(……なるほど。土地が死んでいるのではない。管理する側の『知恵』が死んでいるのね)


ノエルは一見しただけで全てを察しました。現状を確認した彼女は、ランに大切な野菜のカゴを抱えさせたまま、隣接する大きな城下町へと馬車を走らせました。そこには、この地方の物流を牛耳る「王国お抱えの商会」の支店があるのです。


やがて、目の前に高い石壁と、賑やかな喧騒が見えてきました。ボロボロの馬車が、華やかな大通りへと入り込みます。すれ違う豪華な馬車や、着飾った貴族たちが、汚れた馬車を見て眉をひそめました。けれど、その中から降り立ったのは、月光を宿したようなライトブルーの髪を持つ美しい少年を従えた、太陽のように苛烈な美貌を誇る「魔王」でした。


賑やかな市場の片隅にある買い取り所。ランは慣れた様子で、窓口の男に野菜を差し出しました。


「お願いします! 今朝採れたばかりの、いい野菜です!」


しかし、窓口の男はランの顔を見るなり、鼻で笑って野菜を指先で弾きました。


「……あぁ? またこの村のスカスカな野菜か。手間賃にもなりゃしねえ。ほらよ、銅貨3枚だ。嫌なら持って帰れ」


「えっ……。そ、そんな! 片道数時間もかけて運んできたのに、たったこれだけじゃ、種代にも……」


ランがすがるように食い下がりますが、男は「文句があるなら魔法で立派な野菜でも作ってみせろ、無能な平民が」と吐き捨てて窓口を閉めようとしました。その様子を背後で黙って見ていたノエル。彼女の瞳は、氷のような冷徹さでその光景を観察していました。


(……なるほど。これがこの地の『ことわり』というわけね)


ノエルは、ランが受け取ったわずかな銅貨と、窓口の男の背後に掲げられた「王国公認商会」の看板を交互に見つめました。


「ラン、その銅貨3枚。それで何が買えるの?」


「えっ……あ、ええと……。硬いパンが、一つ……買えるかどうか、です」


ランは情けなさに唇を噛み締めました。


(……馬鹿げているわ。ここへ来る途中で見た野菜には、銅貨30枚の値がついていた。ランが持ってきたこの野菜なら、それ以上の価値があっておかしくない。……それを、わずか十分の一の価格で買い叩くとは)


ノエルが感じていたのは同情ではなく、この「仕組み」に対する強烈な違和感でした。


(魔法を独占する貴族が、商会と結託して価格を支配している。……つまり、この窓口以外に売る場所がないから、彼らはこれほどまでに傲慢でいられるのだわ)


ノエルの脳裏に、かつて日本を揺るがしたあの革新的な思想が、閃光のように走り抜けます。


(座を壊し、市を解き放つ。……誰でも自由に商いができ、正当な価値が正当な対価を生む場所。……そうか、わたくしが作るべきは、魔法の城ではなく『自由な市場』なのだわ)


ノエルは不敵に口角を吊り上げました。その瞳には、目の前の小さな買い取り所ではなく、もっと先の、世界中の富が集まる巨大な交易都市の幻影が映っていました。


「……ふふ、面白いわ。ラン、その銅貨は持っていなさい。それが、わたくしがこの世界の『常識』を焼き払うための、最初の軍資金よ」


「えっ? ノエル様……?」


ポカンとするラン。ノエルは彼の手を引き、力強い足取りで城下町の大通りへと歩き出しました。


「行きましょう。まずはこの町の『物価』と『流れ』をすべて頭に叩き込むわよ。……商売という名のいくさ、まずは敵の陣形を知ることから始めるわ」


(……この腐りきった『座』を、根こそぎ灰燼かいじんに帰すためにね)


ノエルの赤い瞳の奥で、まだ誰も知らない革命の炎が、静かに、そして凶暴に揺らめいていた。

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