第21話:経済封鎖完了。魔王、莫大なライブ収益で『三段銃』を量産する
王都で「七色の杖」が爆発的な流行を見せ、エマのライブ収益がヒュデの質屋を経由して吸い上げられ始めてから数日後。
黄金の不夜城『安土』の巨大な地下金庫には、ヒュデの商隊によって運び込まれたばかりの金貨が、眩い山を築いていました。
「……素晴らしい眺めね。王都の『信仰』とやらを換金すると、これほどの重さになるのね」
漆黒のドレスに身を包んだノエルは、手の中の金貨をジャラリとこぼし、冷たく美しい笑みを浮かべました。
「ノエル様、ヒュデからの報告によれば、王都のエマグッズを取り扱う公式ショップはすでに何店舗も閉店に追い込まれているそうです。エマのグッズはもはや、うちの魔道具を買うための『割引券』に成り下がりました」
傍らに控える筆頭小姓のランが、誇らしげに報告書を読み上げます。
「ご苦労様、ラン。……来てくれてありがとう。ヤスミン」
「ノエル姉様! ドワーフの里から急いで駆けつけてみれば……すごい! 何ですか、この金貨の山は!」
ノエルの呼びかけに応じ、金貨の山の陰から目を輝かせて顔を出したのは、急遽ドワーフの里から安土へと呼び寄せられていた天才職人のヤスミンでした。
「長旅ご苦労様、ヤスミン。早速で悪いけれど、この金貨、すべてあなたに回すわ」
「えっ!?これ、全部……!?」
ヤスミンは、ピンク色のふわふわの髪をビクッと揺らし、金貨の輝きを反射させて目を皿のように見開きました。
あまりの衝撃に、膝がワナワナと小刻みに震え、持っていた工具袋を危うく床に落としそうになります。
「……申し訳ないけど、急いでもらえる?王都の経済はすでにこちらが握ったけど、何か嫌な予感がする。魔法の使えない平民兵士たちでも扱える兵器、『三段銃』の完全量産と配備を最優先に進めて欲しいの」
「ひ、ひえぇっ……! わ、わかりました、ノエル姉様! こんな大金、正直怖くて手が震えちゃうけど……姉様がそう言うなら、アタシ、命がけでやってみせます!!」
前世で数々の修羅場を潜り抜けてきたノエルの中にある『武将としての勘』が、彼女をそう急がせていました。
その夜。
ノエルは息抜きも兼ねて、ランだけを連れて安土の経済の中心『楽市楽座商店街』へと繰り出していました。
「いらっしゃい! 黒炎コンロで焼いた熱々の串焼きだよ! お嬢ちゃんたち、どうだい!」
「こっちの光る魔石灯も安いよ! 魔法が使えなくても、夜なべ仕事が捗るぜ!」
通りには、かつては王都の商人に銅貨数枚で買い叩かれ、怯えて暮らしていた平民たちの、活気に満ちた力強い声が響き渡っていました。誰もが質の良い服を着て、魔法という「特権」に縛られることなく、自らの才覚で商いを楽しみ、正当な利益を得ています。
「……ふふっ。いい顔をしているわね、みんな」
ノエルは買ったばかりの串焼きをかじりながら、満足げに目を細めました。
「はい。……ノエル様が、彼らに『生きる誇り』を与えてくださったのです。この景色はすべて、あなたの力です」
ランは、主君の美しい横顔を見つめ、心からの敬意と、隠しきれない熱情を込めて呟きました。彼にとって、ノエルはもはやただの主君ではなく、崇拝すべき世界そのものでした。
「ラン、あなたは少し大げさよ。わたくしはただ、古い盤面をひっくり返しただけ」
ノエルは小さく笑うと、ふと、切れ長の瞳を夜の王都の方角へと向けました。
「……盤面といえば。ヒュデから、面白い裏情報が入ったわ。王都の聖女様が、どうやら隣国の王族と密かに接触を図ったらしいの」
「隣国と……!? また、きな臭い話ですね。聖女の狂信者は隣国にも及ぶと聞いたことがあります。」
ランが顔を強張らせ、周囲への警戒を強めました。しかし、ノエルは楽しげに喉の奥で笑いました。
「理由はまだ分かりませんが……もし安土に喧嘩を売るつもりなら、好都合ですわ。聖女のメッキを剥がすついでに、まとめて黒炎で焼き払って差し上げます」
王都の動きすらも情報網で完全に掌握し、隣国の脅威すら鼻で笑う魔王 。
その絶対的な自信と覇気に、ランは思わず身震いし、改めて深く首を垂れるのでした 。
安土の夜は、黄金の光と人々の笑い声に包まれ、どこまでも平和で力強く輝いています。
——しかし、そんな完全無欠の情報網を持つノエルでさえ、この時ばかりは予測できていませんでした。
かつての婚約者であるアルフレッド王子が、軍隊でも暗殺者でもなく、たった一人の騎士を連れ、プライドを全て捨てて「謝罪」のためにお忍びでこちらへ来ていたのです。
※※※
夜にもかかわらず眩い光と活気に満ちたその商店街に、平民の粗末な外套を羽織りながらも、洗練された身のこなしや歩き方がどう見ても『貴族』にしか見えない二人連れの男が紛れ込んでいました。
「アレン、あれはなんだ! この魔道具は素晴らしいな! ああ、あちらからはなんとも美味しそうな匂いがするぞ!」
「でっ、アルフレッド……! あまり目立つ行動は……っ、声が大きいです!」
王都では見たこともない豊かな光景に、アルフレッド王子はまるで子供のように目を輝かせてはしゃいでいます。お忍びの護衛であるアレン騎士団長は、周囲の目を気にしながらハラハラと主君を見守っていました。
その時、とある屋台の前でアルフレッド王子がピタリと足を止めました。
「アレン! 見ろ!! 鉄板の上で、器用に串を駆使してクルクルと丸い玉を作っているぞ!」
「なんと……。魔法も使わずに、あれほど均等な球体に焼き上げるとは……」
王子の視線の先では、屋台の店主が『黒炎コンロ』の一定の火力を利用し、鉄板の上の生地を鮮やかな手付きでひっくり返していました。
「『たこ焼き』というのか。一つもらおう! ……あつっ!? だが、美味い! 外は香ばしく、中はとろけるようだ!ほら、お前も食え」
「あっ……熱っ! しかし、これは……絶品ですね。平民の屋台でこれほど複雑な味が出せるとは……」
初めて食べる『たこ焼き』の熱さと未知の旨味に、普段一流の料理人が作ったものしか食べたことのない舌の肥えた王子と騎士団長は揃って目を丸くして興奮し、もはや本来の目的すら忘れそうになっていました。
しかし、商店街の奥へと進むうち、ふとアルフレッド王子の足が止まりました。
彼の目が、とある小さな屋台に釘付けになります。
そこには、赤、青、黄、緑とカラフルでキラキラと輝く、まるで砕いた宝石のような小さな星型の砂糖菓子が山積みにされていました。
「これは……美しいな。ガラス細工か?」
「お兄さんたち、お目が高いね! これは『金平糖』っていうお菓子さ。なんと、うちの領主であるノエル様の発案で作られたんだぜ!」
屋台の店主が誇らしげに胸を張るのを聞き、アルフレッド王子はハッと息を呑みました。
(ノエルが、これを……?)
手のひらに乗せられた小さな甘い星の欠片を見つめながら、アルフレッド王子の脳裏に、すっかり忘れていた。いや、エマの魅了によって「忘れさせられていた」古い記憶が鮮やかに蘇ってきました。
「そういえば……ノエルは昔から、大の甘党だったな……」
ポツリとこぼした王子の呟きは、祭りの喧騒に吸い込まれて消えていきます。
舌の上で優しく溶ける金平糖の甘さが、アルフレッドの意識を、まだ二人が幼く、純粋に未来を語り合えていた遠い過去へと引き戻していきました。




