第19話:王都の『経済封鎖』と『献納の儀』の真実
ライブ会場を埋め尽くしたのは、これまでの王都には存在しなかった鮮烈な七色の輝きでした。
ノエルが黒炎の魔力を精密に操作し、ドワーフのヤスミンが水晶の筒に封じ込めたその杖は、観客が振るたびに赤、青、黄と自在に色を変えていきます。
ステージ中央でマイクを握るエマは、客席に広がる「光の海」を見て、思わず絶句しました。
(……嘘、これって現世にいた頃の『ペンライト』じゃない! なんでこの世界にあるの!?)
一瞬の驚愕。しかし、自分の歌声に合わせて何万もの光が激しく揺れ動く光景に、彼女の肥大化した虚栄心は瞬く間に塗りつぶされました。
「みんな、最高の光をありがとう! もっともっと、あたしに愛を届けてねー!」
ライブがかつてない熱狂に包まれていることにエマはご満悦でしたが、その光の供給源が、かつて王都を追放された「魔女」ノエルによるものだとは、露ほども知りませんでした。
一方で、物販を仕切るヒュデは、商人の真髄とも言える『えげつない策』を並行して仕掛けていました。
「さあさあ! 聖女様への愛を証明したいなら、この最新の光を手に取りなさい! 金がない? 構いませんよ。エマ様のグッズをこの場で『下取り』しましょう!」
この言葉に、金欠に喘いでいた信者たちが飛びつきました。かつて土地を売り払ってまで買い集めたブロマイドやペンダントが、新作の杖を手に入れるための「軍資金」として次々とヒュデの手に渡ります。
皮肉なことに、エマが七色の光を指さしてウィンクするたび、人々は「あの杖さえあれば聖女の視線を独占できる」と錯覚し、争うようにヒュデへ金貨を差し出しました。エマが振りまく愛が、そのままノエルの軍資金に変換されていく。まさに、自分の首を絞めるための熱狂でした。
さらにヒュデは、下取りした中古グッズを自分の質屋で『公式の半額以下』で叩き売り始めました。「こっちの方が安いぞ!」と群がる群衆。公式ショップの店員は閑古鳥が鳴く中で、ただ震えて見ていることしかできません。
もはや王都の富は、エマを素通りして安土へと流れ始めていました。
ヒュデの質屋には「あの光る杖のオーナーが作った魔道具が欲しい」と貴族たちが列をなし、安土の技術力が王都の経済を内側から食い破る。エマが必死に稼いだライブ収益までもがノエルの元へ吸い上げられる、完璧な搾取構造が完成したのです。
「あっはっは!エマ様もいい仕事をするよね〜!!彼女が愛を振りまくたびに、僕らの蔵には金貨が積み上がる。これだから商売はやめられないんだ。ノエルちゃんヤスミンちゃんに感謝しなきゃ!」
王都でも指折りの目利きを持つ質屋の店主ヒュデは、倉庫にゴミのように積まれたエマの中古グッズを見下ろし、心底愉快そうに目を細めました。
※※※
熱狂と混乱に沸く王都の喧騒から切り離された、王宮の執務室。静寂を破ったのは、重厚な扉を叩く、一定の計算されたリズムを刻むノックの音でした。
「……入れ」
アルフレッド王子の低く鋭い声が響くと、扉がゆっくりと開かれます。
ハーフテールに結った紫の髪を揺らし、眼鏡の奥で琥珀色の瞳を冷徹に光らせる男――王家直属の軍師、ミツルギが悠然と足を踏み入れました 。
部屋の中央では、焦燥に駆られたアルフレッド王子と、剣の柄に手をかけたまま険しい表情を浮かべる騎士団長アレンが待ち構えていました 。
「ミツルギ……! 貴様、今までどこで何をしていた! 数ヶ月もの間、一通の報告も寄越さず……!」
部屋の中央で待ち構えていた第一王子アルフレッドが、血走った目で怒声を張り上げる。その傍らには、先日安土から帰還したばかりの第12騎士団長アレンが、複雑な表情で控えていた。
「お怒りはごもっともです、アルフレッド殿下」
ミツルギは琥珀色の瞳を細めて恭しく一礼すると、持参した深紅の布包みを机の上にことりと置いた。
「安土の『調査』があまりに興味深く、つい没頭してしまいましてね。お詫びと言ってはなんですが、あちらで手に入れた極上の葡萄酒を持参いたしました」
「ふざけるな! 酒で誤魔化せると思っているのか!」
「まあ、そう仰らずに。……私が持ち帰った『真実』は、この酒よりも遥かに刺激的ですよ」
ミツルギが眼鏡を指で押し上げると、室内の空気が一段と冷たく張り詰めた。
「さて、殿下が気に病んでおられる安土の状況ですが……一言で言えば、『新世界の誕生』です」
「新世界、だと?」
ミツルギは、王都の惨状とは対照的な、安土の圧倒的な繁栄を淡々と語り始めた。
「ノエル様は、ただの石ころに魔力を物理的な機構に組み込むことで、『魔法を使えない平民』でも、貴族が使う魔石を使った家具と同じ恩恵を受けられる仕組み――『魔道具』を完成させました。火を起こす、水を殺菌する、灯りを灯す……。それらすべてが、呪文も魔力も持たない平民の手で、ボタン一つで行われているのです。彼らの暮らしは今、王都の貴族以上に豊かに潤っています」
その言葉に、アルフレッド王子は目を丸くした。
「魔道具……。そうか、エマのライブを席巻しているあの『七色の光る杖』も、その魔道具の一つというわけか」
「ご存知でしたか。あれこそが、安土の技術が王都に放った先鋒です」
ミツルギの言葉に、アルフレッド王子は顎に手を当て、少しだけ顔をほころばせた。
「……素晴らしい技術ではないか。平民もまた、私の尊い国民だ。血筋に恵まれずとも、彼らの過酷な生活が豊かになるのであれば、大いに推奨すべきだ」
それは、王子としての純粋な『良心』からの言葉だった。
傍らに立つ第12騎士団長アレンも「殿下……」と、かつての志を忘れていなかった主君の姿に少しだけ目を潤ませる。
しかし、ミツルギは残酷な微笑みを浮かべた。
「お見事な君主としての器です、殿下。……ですが、王宮の貴族たちはそうは思っていない。魔導の力は貴族の特権であり、平民に与えるなど言語道断だという『保守派』が猛反発しています。そして何より――」
ミツルギは、言葉を区切って王子の目を真っ直ぐに見据えた。
「聖女エマ様が、あの魔道具を『悪魔の呪い』と呼び、徹底的な排除を訴え始めておられます」
「なっ……! なぜだ! エマは心優しい聖女だぞ。民の暮らしが楽になる技術だと説明すれば、彼女とて必ず分かってくれるはずだ!」
エマを盲信する王子の的外れな反論を、ミツルギは鼻で笑うこともなく、ただ冷淡に聞き流した。そして、本日の最も重い「爆弾」を投下する。
「殿下、もう一つ。……私が安土で見てきた、最も重要な報告があります」
「今度はなんだ」
「私はこの数ヶ月、ノエル様が魔道具を作る工程を間近で見てきました。彼女の魔力操作は、神業と呼ぶにふさわしい精密さです。すべてを焼き尽くす『黒炎』の温度を完全に手懐け、鍋一つ焦がさずにスープを温めることができるほどに」
ミツルギの声が、地を這うように低く、重くなった。
「殿下。プレリュード王立魔法学院の卒業式……あの『献納の儀』での魔力暴走事件。あれは、ノエル様の仕業ではありません」
「……は?」
「彼女ほどの精密な魔力操作ができる人間が、あのような稚拙な暴走を招くはずがない。ノエル様は、何者かによって罠にかけられたのです。……殿下、貴方は無実の婚約者を断罪し、辺境へ追放するという、取り返しのつかない過ちを犯されたのだ」
「…………ッ!!」
アルフレッド王子は息を呑み、よろめくように数歩後ずさった 。そこで、それまで沈黙を守っていた第12騎士団長アレンが、絞り出すように口を開いた。
「……殿下、ミツルギの言う通りかもしれません。あの儀式の直後、私は殿下の命で祭壇の水晶を調査しました 。ですが、どれほど調べても『ノエル様が意図的に魔法を暴走させた』という客観的な証拠は、何一つとして出てこなかったのです 」
「アレン、お前まで……! なぜあの時にそれを言わなかった!」
「申し上げました!『疑わしきは罰せず』と私は何度も報告したはずです!ですが、聖女エマ様に魅了された王都の熱狂と、殿下ご自身の裁定が、私の声をかき消してしまった…… 」
第12騎士団長アレンの苦渋に満ちた告白が、追い打ちをかけるようにアルフレッド王子を打ちのめす。ノエルが無実だとしたら。では、あの暴走は一体誰が? なぜエマは、あんなにも怯えて見せたのか?
愛する聖女への絶対の信頼と、君主としての良心、そしてかつての婚約者への罪悪感 。アルフレッド王子の脳内で、信じていた世界が音を立てて崩れ始めていた。
「……嘘だ。そんなはずはない……! エマが、エマが嘘をついているとでも言うのか!」
「さあ? それを判断するのは、王となる貴方の役目です」
ミツルギはこれ以上の言葉を重ねることなく、持参した葡萄酒の瓶を一瞥すると、深く一礼して執務室を後にした。
残されたのは、混乱と絶望に頭を抱える王子と、沈痛な面持ちでそれを見つめるアレンだけだった。王都の崩壊は、いよいよ彼らの中枢にまで牙を剥き始めていた。




