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第18話:握手券で消える未来。魔王と過保護な小姓の王都散策

 ドワーフの里での「七色の杖」開発を終え、ノエルたちは王都へと帰還しました。


 王都の一等地に佇む、ヒュデの質屋の前に馬車が停まります。

 荷台から大量の「光る杖」が入った木箱を運び出しながら、ヒュデはいつもの胡散臭い、けれど頼もしい商人の顔でニヤリと笑いました。


「さて、我が『魔道具オーナー』様。この『七色の杖』の独占販売ルートは、僕が完璧に手配しておくね」


「ええ、期待しているわ、ヒュデ」


「王都の狂信者たちが、なけなしの金貨を投げ打ってこれを奪い合う姿が目に浮かびますよ」


 ヒュデが足早に店の中へと消えていくと、今度はミツルギが馬車の荷台から、大量の琥珀色のボトルを大事そうに抱え上げました 。


「……ノエル様。私も、葡萄酒ワインを自邸の冷暗所へと保管してまいります。また、安土にて合流いたしましょう」


「……道中、割らないように気をつけてね」


 ノエルに見送られ、ミツルギもまた、カチャカチャと騒がしい音を立てながら足早に去っていきました。


 残されたのは、ノエルとランの二人きり。

 ノエルは馬車の窓ガラスに映る自分の姿を、軽く首を振って確かめました。ドワーフの里からの帰りの馬車の中で、またしてもヒュデの手によって、今度は後ろでスッキリとまとめた可愛らしい編み込みの髪型にセットされていたのです。

 動きやすく、それでいて公爵令嬢としての気品を損なわないその髪型は、王都の街を歩くのにはぴったりでした。


「ラン。安土に帰る前に、少しこの『王都』を散策しましょうか」


「はい、ノエル様! どこへでもお供いたします!」


 月光のようなライトブルーの髪を揺らし、ランは嬉しそうに頷きました 。

 二人が歩き出してすぐに、ノエルは隣を歩く少年の視線が、以前よりも少し高い位置にあることに気がつきました。


「最近また身長が伸びたんじゃない?」


「はい、ノエル様! ボクはいつでも、ノエル様のお体を覆い隠して、お守りできるようになりました!」


 ランは胸を張り、真剣なグレーの瞳で真っ直ぐに答えます。

 かつて泥にまみれていた少年は、今や長身でしなやかな筋肉を持つ、頼もしい騎士のような青年へと成長しつつありました 。「いつでも盾になりますからね」と言うランに、ノエルはふふっと目を細め、「頼もしいわね」とその背中を軽く叩きました。


 しかし、二人の穏やかな空気とは裏腹に、王都の景色は異様なものでした。


 数ヶ月に一度は商会の視察などで王都を訪れているノエルですが、来るたびに街の雰囲気は悪化しています。

 かつては美しく整備されていたはずの石畳の道端には、回収されずに放置されたゴミの山が悪臭を放ち、手入れの行き届いていたはずの街路樹の根元には、見苦しい雑草が生い茂っていました。


 代わりに街の至る所を埋め尽くしているのは、とびきりの笑顔を浮かべた『聖女エマ』の公式ポスター。


「……酷い有様ね。エマの凱旋パレードや舞台セットにばかり国庫を注ぎ込み、街の清掃や景観維持に回す予算すら底を突いているというわけ」


「……ええ。ノエル様の治める安土の街の方が、何百倍も清潔で美しいです」


 歩き疲れた二人は、王都の大通りにある行きつけのカフェへと入りました。


 王都の物価は、相変わらず安土などの平民が住む街の十倍 。ノエルは迷うことなく自分の大好物である「柿を使った上品なスイーツ」と、紅茶を二つずつ注文しました。


「さあ、座って!ラン!」


「はい!」


 ノエルに誘導されるように、カフェのテラス席に座りました。


 本来、平民であるランが貴族と同じテーブルで食事をとることは許されません。ラン自身、他に貴族の目がある場では絶対にノエルの隣には座りませんでしたが、こうして二人きりの時に限っては、ノエルが「一緒に食べるように」と甘く、上機嫌に命じるのです。


 運ばれてきた柿のスイーツにノエルがとろけるような笑みを浮かべていると、ウェイトレスが恭しく二つの紅茶のカップを置き、その横に「裏返された厚紙」を二枚添えました。


「……何かしら、これ」


「お客様。こちらは当店限定の『聖女エマ様・微笑み神託コースター(全十五種ランダム)』でございます! 飲み物を一つ頼むごとに一枚お配りしておりまして……」


 ノエルが指先でコースターをめくると、そこにはウインクをしたエマの顔と共に『今日もあなたにラブ・マジック!』という謎の文字が書かれていました。


「…………」


「…………あとでヒュデの店で買い取ってもらいましょう、ノエル様」


 せっかくの好物を目の前に現実に引き戻されたその時、街角の方から、ガシャーン!というグラスの割れる音と、女性の金切り声が響き渡りました。


「いい加減にしてよ!! あなたがまた『聖女様のプレミアム握手券』のために家の貯金に手を出したせいで、来年の子供たちの学費がなくなっちゃったじゃない!!」


「う、うるさい! エマ様に愛を届けるのは、王国民としての誇りであり義務なんだ! 買うのは当然だろうが!」


「もう顔も見たくない! 出てって!!」


 叫ぶ妻に靴を投げつけられた貴族の夫が、こちらに走ってきてノエルにぶつかりそうになりました。しかし、瞬時にランがその逞しい体でノエルを覆い隠すように割り込み、男を冷たく牽制しました 。


「……っ、失礼。……ノエル様、お怪我はありませんか?」


「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ラン」


 静まり返った店内で、ノエルはゆっくりと紅茶を啜り、優雅に息を吐きました。


「……エマのライブやグッズ販売で、一部の特権商人は潤っているように見える。けれど、その足元では、こうして家庭が崩壊し、街はゴミに溢れ、国そのものが内側から腐り落ちている」


 王都の民は今、極度の金欠に喘いでいました。

 見栄っ張りの貴族たちですら、王都の高い物価に耐えきれず、馬車で半日かけて平民の村である『安土』までお忍びでやってきては、安くて美味しい食材をこっそり買い込んでいる始末です。


「この国のお偉方も気づいていないのよ。自分たちが今、どれほど脆い『砂上の楼閣ろうかく』で踊っているかにね」


 ノエルは、テーブルの端に追いやったエマのコースターを冷たい目で見下ろしながら、三日月のように美しい唇を吊り上げました。


「さて。あの七色の杖が火を噴けば、この狂乱の街はどうなるのかしら。……楽しみね、ラン」


「はい。ボクはどこまでも、ノエル様が創る新しい景色について行きます」


 カフェを出た二人は、夕闇に包まれ始めた王都の路地を抜け、待たせていた馬車へと乗り込みました。安土での洗練された生活に慣れた二人にとって、ゴミの山が放置され、聖女エマのポスターだけが虚しく輝く今の王都の空気は、ひどく淀んで感じられました 。


 馬車が人気ひとけの少ない裏通りに差し掛かった、その時です。


 ガツン、という激しい衝撃と共に、馬車が急停車しました。


「ヒヒッ、運がいいぜ。こんな上等な馬車に、女と若造の二人きりかよ!」


「おい、身ぐるみ置いていきな。献金が足りなくて困ってるんだよ!」


 窓の外には、ギラついたナイフを手にした数人の暴漢たちが群がっていました。王都の治安悪化は、もはや末期的です。


 ノエルにとっては、指先から「黒炎」を一閃させ、彼らを消し炭にするのは造作もないことでした 。実際、彼女が迎撃のために魔力を指先に集めようとした、その瞬間――。


「ノエル様は、座っててください!!」


  鋭い風の調べと共に、ランがノエルの前に割り込みました。

 彼はノエルが魔法を使う隙すら与えないほどの速さで、その逞しくなった両腕を広げ、彼女を座席の奥へと押し込むようにして自らが「盾」となったのです 。


「……ラン? わたくしなら、あんなの……」


「わかっています。ノエル様がボクの助けなんて必要ないくらい、お強いことは」


 直後、ランは馬車から飛び出すと、ノエルから授かった『風の魔法』を容赦なく放ちました 。鋭利な旋風が暴漢たちをまとめて吹き飛ばし、彼らが悲鳴を上げて夜の闇に消えていくまで、ものの数秒もかかりませんでした 。


 静まり返った車内に戻ってきたランは、少し肩を揺らしながら、恥ずかしそうに髪を掻きました 。


「部屋に無断で入ってきた羽虫を駆除するようなものです。その程度でノエル様の手を煩わせなくても、ボクにお任せください。それにノエル様の御髪一本、あんな下劣な男たちの埃に汚されるなんて耐えられない。……どうかボクに、もっと守らせてください」


「ふふ。わたくしの小姓は、過保護すぎる」


 ノエルが可笑しそうに目を細めると、ランは居心地悪そうに視線を泳がせながらも、座席に深く座り直したノエルの足元へ、するりと滑り込むように片膝を付きました。 少しムッとした表情で、子供が駄駄をこねるような、けれど何か隠しきれない声で言いました。


「今日の髪型もよくお似合いです。……少しヒュデ様に嫉妬してしまいました。ボクも早急にセットの仕方を覚えることとします」


  夕闇の中、馬車は再び走り出し再び安土へと向かいました。

 一歩先で手綱を握るランの背中を見つめながら、来るべき王都の崩壊と、その先に創る新しい世界を静かに想うのでした 。

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